2022.07.26
オフセット印刷とは、凸凹がない平らな「版」を必要とする平板印刷です。100年以上の歴史がある印刷手法で、印刷スピードが速く大部数の書籍やチラシなど商業印刷に使用されてきました。本稿では、オフセット印刷の仕組み、メリット・デメリット、印刷業界を取り巻く環境までわかりやすく解説します。
オフセット印刷は、「版」を必要とする印刷手法です。凸凹がない平らな板を使うため平板印刷とも呼ばれ、新聞紙、出版物、チラシといった印刷物に用いられています。
オフセット印刷の歴史は長く、1900年代初頭にアメリカで紙に使えるオフセット印刷機が開発されました。同時期に、日本でも海外の機械をモデルに国産のオフセット印刷機が開発されています。それ以降、オフセット印刷の利便性や再現性の高さが評判を呼び、現在は主流の印刷手法となりました。
オフセット印刷の特徴は、スピーディに大部数の印刷ができるということ。大量印刷をすればコストを低く抑えられるので、チラシや書籍といった商業印刷で広く利用されています。
オンデマンド印刷とは高速デジタル印刷機を用いた印刷手法で、デジタル印刷とも呼ばれています。オンデマンド印刷とオフセット印刷の大きな違いは、「版」の有無です。
デジタル印刷機は刷版を使用せず、デジタルデータから紙に印刷をします。刷版の工程が省かれるため、時間やコスト削減が図れるというメリットがあります。
「オンデマンド」には「需要に応じて」という意味があり必要なタイミングで、必要な量だけの印刷が可能です。また、紙の廃棄量やCO2排出量の削減にもつながるとして、環境の観点からも注目を集めています。
グラビア印刷は凹版印刷の1つで、イラストや写真を色鮮やかに再現できる印刷手法です。
オフセット印刷と同様に刷版が必要で、金属ロールを加工して作ります。金属に凸凹をつけ、溝にインクを流し印刷する仕組みです。平板印刷であるオフセット印刷と比較して、刷版に手間がかかりコストがかかるというデメリットがあります。
グラビア印刷のデメリットは刷版にかかるコストだけではありません。印刷工程で排出されるVOC(Volatile Organic Compounds:揮発性有機化合物)が、人体に悪影響があるという点です。
例えば、グラビア印刷手法で冷凍食品を包むプラスチックフィルムを印刷するとき、VOCが含まれた印刷インキを使用します。印刷工程で、大型印刷機や乾燥機ユニットからVOCが排出されるため、母性保護を目的に女性の就業は法律で禁止されています。
オフセット印刷の仕組みとして、どのようなものがあるのでしょうか? ここでは4点解説します。
オフセット印刷の工程は、次のとおりです。
大きく分けて、「印刷前工程(1、2)」「印刷(3)」「印刷後工程(4、5)」の3工程で成り立っています。商業印刷や出版印刷では、基本的に上記の順番で進められます。
引用:オフセット印刷の意味と構造(https://odahara.jp/guide/printing_method/)
オフセット印刷は、版胴につけたインキをブランケット胴に転写し、さらに用紙に移して印刷します。すると、版のデザインどおりに印刷される仕組みです。
上記2つの動作が印刷工程に含まれるため、「オフセット印刷」と呼ばれています。
引用:オフセット印刷の意味と構造(https://odahara.jp/guide/printing_method/)
オフセット印刷はアルミで作られた刷版が使われており、版に凸凹は施されていません。また、水分より乾きが早い顔料油性インキが使用されています。
そこでオフセット印刷では、水と油(インキ)の反撥する性質を利用し、画線部には油(インキ)、非画線部には水分を使うことで、文字やデザインを印刷します。
オフセット印刷における「網点」とは、小さな点の集まりです。新聞など、オフセット印刷で作られた印刷物をよく見ると、小さなドットの集合を見つけられるはずです。データをスクリーニングという作業で網点に変換し、デザインの細部を版上に再現します。網点の配置、数、大きさを調整することで、色鮮やかで高品質な印刷が可能です。
オフセット印刷機には、カット済みの紙に印刷する枚葉印刷機と、ロール紙から連続印刷する輪転印刷機の2種類があります。
引用:枚葉印刷機とオフセット輪転印刷機について(https://odahara.jp/guide/printing_method/)
枚葉印刷機の特徴は、1枚ずつ紙に印刷をするので、用紙の厚みやサイズを変えてもフレキシブルに印刷できる点です。ポスターやチラシの印刷でよく利用されています。印刷機によっては、両面印刷や多色刷りができる機種も見られます。印刷終了後、自然乾燥してから、次工程で加工されます。
引用:枚葉印刷機とオフセット輪転印刷機について(https://odahara.jp/guide/printing_method/)
輪転印刷機は、ロール紙を用いて連続で印刷します。新聞や雑誌、書籍などの大量印刷でも、短時間で高い生産性を維持できるのが特徴です。印刷する際、インキを大型の熱風ドライヤーで乾かし、冷却装置で温度を下げる工程が含まれます。このとき使う熱風ドライヤーは、大きな電力消費とガスの放出が伴うため、環境に負荷をかける点が懸念されています。
オフセット印刷のメリットには、どのようなものがあるのでしょうか? ここでは3点解説します。
オフセット印刷は、大量印刷をするとコストダウンにつながるメリットがあります。刷版にはコストがかかりますが、一度版が完成すれば内容に変更がない限り、同じものを何度も利用できるからです。
逆に、初期費用がかかるため少部数の印刷では、1枚当たりの印刷コストが割高になってしまいます。
オフセット印刷は色の再現性が高く鮮明に印刷できる点も、メリットの1つです。印刷工程でインキがしっかりと用紙に定着するので、高品質な印刷物を生産できます。
細かな網点が色の濃淡を細部まで表現し、にじみが起こりにくいのも特徴です。したがって、ほかの印刷手法よりも安定的な仕上がりが期待できます。
オフセット印刷は印刷スピードが速く、生産性が高いのもメリットです。特に、ロール紙を使う輪転印刷機なら、短時間で大量印刷を実現できます。
また再印刷が必要になった場合も、版が残っていればすぐに対応可能です。例えば、ヒットした書籍が映画化され増刷がかかった場合などでも、版があればコストを抑えて印刷できます。
オフセット印刷のデメリットとして、ここでは6点解説します。
刷版が必要なオフセット印刷では、小ロット印刷、特に1000部未満などの印刷をする際は割高になりがちです。
しかし、最近ではギャンギング手法を用いることで、小ロット印刷にも対応する印刷会社が見られるようになりました。ギャンギングとは、複数の顧客からの印刷物を、1つの版にしてまとめて印刷する手法です。
オフセット印刷は、製版や印刷工程におけるCO2排出量が比較的多い傾向にあります。
2009年に発表された日本印刷技術協会(JAGAT)の調査で、デジタル印刷と比較してオフセット印刷は、環境優位性が低いことがわかりました。その理由として、オフセット印刷で必要な製版工程でCO2が多く排出されている点があげられます。
デジタル印刷は版を必要としないだけでなく、必要な数量だけ印刷すれば印刷の無駄も減らせるため、CO2排出量を削減しやすいというメリットがあります。
さらに、オフセット印刷機の1つである輪転印刷機は、乾燥装置でインキを瞬時に乾燥させるとき、膨大な電力やガスを消費しCO2が排出される点も、デメリットの1つです。自治体によっては、輪転印刷機を使用する印刷会社に対し、電力規制をかけるケースも見られます。
現在は、環境に配慮した経営が重要視されているため、オフセット印刷機から環境負荷が少ないデジタル印刷機への切り替えの検討は、急務といえるでしょう。
参考・出典:デジタル印刷とオフセット枚葉印刷のCO2排出量の比較調査│公益社団法人日本印刷技術協会
https://www.jagat.or.jp/past_archives/content/view/1197.html
関連リンク:デジタル印刷へシフトする必要性とは? オフセットとの違いや市場規模について
https://jp.ext.hp.com/techdevice/printing/40indg_sc01/
オフセット印刷は、版で印刷内容が固定されるため、バリアブル印刷に対応しにくい点がデメリットの1つです。バリアブル印刷とは、印刷内容を1枚ごとに変える印刷方式で、可変印刷とも呼ばれています。年賀状、名刺、キャンペーンコードが掲載されたチラシなどの印刷で利用されています。
バリアブル印刷は、パーソナライズと共に近年のマーケティング手法の一部として注目を集めている印刷手法です。
版が必要なオフセット印刷は、初期費用がかかるので大量印刷が前提です。作成した印刷物がすべて利用されれば問題ありませんが、需要の読みにくい状況では多めの印刷をすることが多く、結果無駄が発生しやすくなります。
在庫の印刷物を管理するのにもコストがかかり、担当者の負担は増大します。また、印刷物の廃棄にも費用が必要になるだけでなく、焼却処分でCO2排出量が増えるリスクがあります。在庫を抱えることになると、大量印刷でコストを抑える計画が上手く進まないだけでなく、企業や環境への負荷が増加する結果となってしまうでしょう。
オフセット印刷でトラブルが発生すると、解決に手間がかかるという点も見過ごせません。版、インキ、印刷機など複数のトラブル原因が考えられ、問題の箇所を特定するだけでも時間がかかる恐れがあります。
トラブルが特定されたとしても、インキ粒子、網点、用紙、湿し水の細かな調整が必要で、解決には経験やスキルを要します。
▼ オフセット印刷におけるトラブルの名称と内容の一例
名称 | トラブル内容 |
---|---|
紙むけ | ブランケットから用紙が離れるときに、紙の繊維やコート層がむけること |
画線太り | 柔らかすぎるインキや湿し水のpH値が原因で、網点が太くなり、画線の白抜き箇所が埋まって色調が不安定になること |
パイリング | ローラーや版などにインキが溜まって、画線が太くなること |
ゴースト | 印刷物の絵柄の形などが、次々と紙の網点部に、残像のように現れること |
オフセット印刷で高品質の完成品を納めるには熟練した印刷技術が必要で、技術継承に5〜10年かかるといわれています。熟練工が引退前にすべての技術を伝えようとしても、そもそも若手人材が不足しているという問題もあります。
デジタル化が進む現代社会では、若者にオフセット印刷の魅力を伝えるのが難しく、就職先として人気が低いのが残念ながら最近の傾向です。一方で若い人は企画やマーケティングに興味を持つ傾向にあるので、デジタルマーケティングの視点で印刷物を提案する事業を行うなど、事業そのものをアップデートする必要があるでしょう。
印刷業界は今、どのような環境に置かれているのでしょうか? ここでは具体的に3点解説します。
日本政府は「2050年カーボンニュートラル」という目標を掲げています。2050年までに温室効果ガスの排出量を全体で実質ゼロにする社会の実現を目指し、各産業界に取り組みを求めているのです。
日本印刷業連合会は2022年3月に「2050年カーボンニュートラル宣言」を表明し、実現に向けて積極的に挑戦すると述べました。今後は、会社としてCO2排出量の削減など温暖化対策への取り組みをしなければ、印刷業界で生き残るのは難しくなると言っても過言ではありません。
オフセット印刷の課題は、製版工程でのCO2排出量や余分な印刷による資源の無駄使いです。改善するには、刷版出力が無く小数部の印刷にも柔軟に対応できる、デジタル印刷機へのシフトを検討することが必須となるでしょう。
参考・出典:印刷業界のカーボンニュートラル行動計画フェーズⅠ目標 / 経済産業省
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/chikyu_kankyo/seishi_wg/pdf/2021_001_07_02.pdf
ESGとは、「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」の頭文字からできた単語です。企業が長期的に成長するには、株主以外にも自然環境や社会、お客様や従業員、そしてパートナー会社に配慮したESG経営が重要視されています。
投資機関や金融機関もESGに注目していることから、ESGを考慮した経営をしなければ、会社存続が難しくなるかもしれません。
印刷業界のプレイヤーとして、環境に配慮した印刷手法を導入するだけでなく、ダイバーシティに配慮した事業運営も積極的に取り入れていくべきです。
印刷業界が直面している課題として、原材料の高騰があげられます。刷版で必要となるアルミニウムの価格だけでなく、印刷用紙やインキの値上げも大きな問題です。高騰が続く原因として、ロシア・ウクライナ情勢で物流コストが上がった点や、円安が進行し生産コストが上昇している点が要因として考えられます。
刷版が必要で、大量印刷する機会の多いオフセット印刷は大きな打撃を受けており、値上げされた用紙で大量に印刷することによって、コスト負担が増大してしまう可能性があります。
印刷業界が直面するさまざまな課題の解決に向け、CO2排出量を削減でき、少部数印刷でも対応しやすいデジタル印刷へのシフトが加速しています。
矢野経済研究所が2022年に報告した調査では、2021年のデジタル印刷市場は3,214億円に達し、2022年には微増し3,290億円になると予測されています。また、2022年に発表された日本印刷産業連合会によるアンケートでは、「デジタル印刷の売上が10%を超える」と答えた企業は全体の3割以上を占め、増加傾向であることがわかりました。
同アンケート調査では、デジタル印刷の顧客への訴求ポイントとして、次のような点を述べています。
また、オフセット印刷よりもデジタル印刷の方が良いと評価した企業は、「オペレーターが確保しやすい」点をあげていました。これらに加えて、今後は環境配慮やESGの観点からデジタル印刷を中心に据えた事業展開を考慮していくことも重要になるでしょう。
参考・出典:
デジタル印刷市場に関する調査を実施(2022年)│株式会社矢野経済研究所
http://www.env.go.jp/earth/datsutansokeiei_mat01_20220418.pdf
印刷業界におけるデジタル印刷に関するアンケート調査 2021 年デジタル印刷市場の現状(概要版)│一般社団法人 日本印刷産業連合会
https://www.jfpi.or.jp/files/user/pdf/2021digitalsummary.pdf
日本HPのデジタル印刷機は最新のデジタル印刷テクノロジーを搭載しています。独自開発したエレクトロインキは、樹脂が顔料を覆っているため、さまざまな顔料を使用でき、多彩な色を表現できるのが特徴です。1時間6,000枚もの印刷が可能で、オフセット印刷機にも引けを取らないスピードです。
サステナビリティにも配慮し、ハードウェアの製造では太陽光パネルから得た再生可能エネルギーを工場で使用。さらに、カーボンニュートラルを実行するために、製造時の温室効果ガス排出量を数値化しています。
関連記事
HP Indigoデジタル印刷機におけるサステナビリティへの取り組み
https://jp.ext.hp.com/techdevice/printing/30indg14/
参考・出典:
HP Indigoデジタル印刷 基礎解説動画(約10分)│Tech & Device TV
https://jp.ext.hp.com/techdevice/liveandmovie/dx_20211005_am/
歴史あるオフセット印刷には、デザインの再現性が高く大量印刷でコストダウンできるなど、さまざまなメリットがあります。しかし、印刷業界を取り巻く最近の環境問題とESG経営の展開を考慮すると、今後はオフセット印刷からデジタル印刷へのシフトが主流になるといえるでしょう。持続的な社会や経営の実現に向け、印刷業界は今大きな変革を迫られているのです。