2022.07.05
印刷業界は1990年代前半に出荷高のピークを迎え、以降は下降傾向にあります。紙の印刷物への需要減少、若手人材の雇用の難しさといった課題の中、新たなビジネスチャンスを掴むためにどのような取り組みが必要なのでしょうか?
本稿では、印刷業界の市場動向やコロナ禍の影響を、課題解決に取り組む事例とともに解説します。また、印刷業界が取り組むべきカーボンニュートラルやESG経営についてもお伝えします。
印刷製品の製造や取引を行う業態が、印刷業界です。印刷製品を用途別に分類すると、出版印刷、商業印刷、帳票などの事務用印刷、ラベル&パッケージ印刷に分けられます。
出版印刷は、新聞や雑誌の定期出版、書籍や教科書、コミックの不定期出版などを取り扱います。印刷会社の主流である現在のビジネスモデルは、エンドユーザーである出版会社、新聞社、官公庁、研究機関などから依頼をもらう受注生産型です。
商業用印刷のエンドユーザーは一般企業や各団体です。商業用印刷には、ポスター、カタログ、パンフレット、チラシ、DM、カレンダーなどの宣伝用印刷物、販促物、報告書、名簿、マニュアル、社内報などの業務用印刷が含まれます。
企業内の取引管理で使用される帳票印刷も、印刷製品の1つです。入出金の記録に使われる伝票印刷と合わせて、フォーム印刷と呼ばれています。パンチやミシン目、ナンバー印刷などの加工が施される印刷様式です。
紙以外の印刷であるラベル&パッケージ印刷も印刷製品の一角を占めます。たとえば、冷凍食品のパッケージ、ペットボトルのシュリンクラベルなどがあります。ラベル&パッケージの印刷内容は情報伝達だけでなく、ブランド認知の役割があるのが特徴です。
矢野経済研究所が2020年に発表した一般印刷市場の調査によると、2021年度は3兆740億円で下降傾向にあると予測されました。新型コロナウイルス感染拡大の影響やデジタル化に伴い、印刷需要が減少していることが背景にあります。
過去から現在まで、印刷業界の市場はどのように推移しているのでしょうか? これまでのあゆみと現在の状況を詳しく解説します。
出典・引用:一般印刷市場に関する調査を実施(2020年) / 株式会社矢野経済研究所
https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/2531
日本印刷産業連合会が各省庁の統計データをまとめた「年次動向」によると、印刷出荷額は次のように推移していることがわかります。
印刷産業は90年代にピークを迎え、その後は下降を続けています。2019年の出荷額は80年代前半と同等となり、かつてGDP(国内総生産)の約2%を占めた出荷額は1%まで落ち込みました。
また、戦後の日本は印刷供給が需要に追いついておらず、生産性に課題がありました。しかし、活版印刷からオフセット印刷、DTP、CTPへとデジタルへの技術投資と導入が進み、現在は印刷作業の効率化が実現しています。
現在の印刷業界は多様化する顧客ニーズ対応の観点からデジタル印刷機の導入が促進され、デジタル印刷の分野で需要拡大が期待されています。
出典・引用:年次動向 / 一般社団法人日本印刷産業連合会
https://www.jfpi.or.jp/topics_detail6/id=4674
印刷業の生産金額は、商業印刷と出版印刷が5割以上を占めています。しかし、出版印刷の規模縮小が続き、商業印刷が業界を下支えしているのが現状です。
2004年から2020年までの16年間で出版印刷の生産金額の構成比は、30.0%から16.7%へと大幅に縮小しました。その背景として、雑誌の廃刊や電子化が要因としてあげられます。一方、単行本や文庫本等の一般書籍は緩やかな減少に留まっています。
(デジタル印刷と印刷業界全体の市場動向)
矢野経済研究所が2022年に発表したデジタル印刷市場に関する調査によると、2020年は3,097億円とコロナ禍にかかわらず規模を維持していることがわかりました。さらに、2022年は3,290億円と増加すると予測されています。
一方で印刷業界全体で見ると、2013年に3.6兆円だった市場規模は2019年には3.4兆円と、縮小傾向が続いています。
上のグラフを見てもわかるように、印刷産業の市場規模は縮小傾向にあります。しかし、デジタル印刷はマーケティング戦略の一環として企業活動の上流工程をサポートでき、付加価値の高い提案やBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)への進出などで需要拡大が期待できるでしょう。
出典・引用:デジタル印刷市場に関する調査を実施(2022年) / 株式会社矢野経済研究所
https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/2962
昨今の印刷業界では、事業の多角化やM & Aが盛んです。従来の受注生産型のビジネスモデルから脱却し、プロモーション企画、デザイン制作、EC支援など付加価値の高いサービスを提供する印刷会社が見られます。
また、規模拡大とコスト圧縮を目的にM & Aや資本提携に取り組む企業が、大手を中心に見受けられるようになりました。今後は厳しい時代を生き残るために、M & Aが難しい中小企業も、自社リソースで不足している領域は、他社と業務提携を進めるべきだと考えられます。
関連記事:印刷会社が描くべき生存戦略、未来を拓く鍵は何か…?
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新型コロナウイルス感染拡大による自粛要請は、世界の経済活動に大きな打撃を与えました。ここでは、印刷業界におけるコロナ禍での影響について解説します。
日本印刷産業連合会が2022年に発行したMonthly Reportによると、2022年2月の印刷業の生産金額は、2年前の同時期と比較して30億円低い水準で着地したことがわかりました。特に、外出自粛で在宅勤務が普及し事務用印刷の減少や、デジタル化による出版印刷減少の影響が見られます。
また、屋外イベントや展示会の開催中止、観光やブライダル関連のパンフレット印刷の需要が激減したことも要因の1つです。
出典・引用:印刷産業 Monthly Report 2022年04月 / 一般社団法人 日本印刷産業連合会
https://www.jfpi.or.jp/files/user/pdf/Monthly_Report_22_04.pdf
株式会社電通は2021年に「2020年 日本の広告費」を発表し、2020年の国内総広告費は6兆1,594億円で前年比88.8%と大幅に減少していると伝えました。
日本の印刷業界は宣伝用印刷物、つまり商業印刷が支えていることから、紙の印刷需要は依然として厳しい状況が続く見込みです。今後は、売上により貢献できる、マーケティング目線で作成された印刷物を企画から提案できるかといった観点や逆に増えていくデジタルマーケティングとの連動施策への統合サービス提供能力などが、印刷会社の命運を分けるでしょう。
出典・引用:2020年 日本の広告費 / 株式会社電通
https://www.dentsu.co.jp/news/release/2021/0225-010340.html
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、テイクアウトや通販市場の規模が拡大しています。巣ごもり需要に伴う各市場規模の拡大により、魅力的なテイクアウトパッケージや通販カタログなど、他社と差別化した印刷サービスが重要視されました。
2021年 | 2020年比 | |
---|---|---|
テイクアウト | 7兆3,552億円 | 104.0% |
株式会社富士経済が2021年に発表した外食産業国内市場の調査で、2021年はテイクアウト需要が伸び7兆3,552億円になると予測されました。
2020年 | 2019年比 | |
---|---|---|
通信販売 | 10兆6,300億円 | 120.1% |
また、日本通信販売協会の調査によると、2020年の通販市場における売上高は10兆6,300億円で前年と比較し20%以上増加しています。
出典・引用:
ファストフードやテイクアウトなど6カテゴリー64業態の外食産業国内市場を調査 / 株式会社富士経済
https://www.fuji-keizai.co.jp/market/detail.html?cid=21075&view_type=2
通販市場、20.1%増の 10.6 兆円市場へ / 公益社団法人日本通信販売協会
https://www.jadma.or.jp/pdf/2021/20210823press2020marketsize.pdf
東京商工リサーチの2020年発表の調査で、コロナ禍でペーパーレス化が進みコロナ破たんする印刷会社が23件と、前年比で6割増加したことがわかりました。
外出自粛で大打撃を受けた飲食業の323件や、資材高騰が影響した建設業の231件と比べると低い数字ですが、旅行業やイベント事業の印刷物が多い企業はコロナ禍の影響を色濃く受けていえることが推測されます。また、急速に進む印刷物のデジタル化や広告減少も追い討ちとなり、廃業に至ったと考えられます。
出典・引用:
コロナ禍で「ペーパーレス」加速、印刷業のコロナ破たんがジワリ増加 / 株式会社東京商工リサーチ
https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20220330_01.html
「コロナ破たん」急増は潮目の変化か
https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20220406_05.html
印刷業界にはどのような課題があるのでしょうか?ここでは3点解説します。
印刷・情報用紙の国内需要は2005年の1,199万トンがピークで、2021年には637万トンまでに減少したと日本製紙連合会は発表しました。需要減少の理由としてデジタル化の普及があげられます。
企業が紙の印刷物とデジタルを比較したとき、費用対効果が高いのはデジタルだと判断しているのが要因の1つです。原材料の高騰も印刷の需要減を加速させています。今後、改正電子帳簿保存法が施行されるなど、データ保存が促進されることから紙への需要減はさらに進むと考えられます。
出典・引用:製紙産業の現状│日本製紙連合会
https://www.jpa.gr.jp/states/paper/index.html
世界は今、温室効果ガスの排出量を全体でゼロにするカーボンニュートラルを目指しています。日本政府も2050年までにカーボンニュートラルを達成すると宣言し、各業界に積極的な協力を求めました。
ESG経営の重要性も高まっています。ESGは、「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」を意味します。
印刷業界では、従来のオフセット印刷よりCO2排出量を少なくできるデジタル印刷機の導入が、環境保護につながります。また、これまでのオフセット印刷では有害な化学物質が排出されることから女性は就業を敬遠されてきました。デジタル印刷機は女性も安全にオペレーション可能です。これは、女性の社会進出やダイバーシティの促進に貢献できます。
印刷業界のプレイヤーは、従来の大量印刷や大量廃棄モデルから脱却し、適量生産や環境問題、さらには職場環境にも配慮した経営をするよう迫られているのが現状です。企業によっては大きなシフトが必要になるかもしれません。しかし、投資家や金融機関もESG経営に目を向けていることから、持続的に成長するために自らが変革する機会ともいえるでしょう。
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印刷業界の大きな課題の1つとして、若年層の採用や人材育成が困難である点があげられます。オフセット印刷工場では特殊スキルが必要となり人が集まらず、特に地方では後継者不足に悩む傾向にあります。
採用課題を解消するには、特殊スキルを要するオフセット印刷機の利用を見直し、デジタル印刷機への入れ替えを検討する必要があるでしょう。新たな人材の雇用や若手育成につながると考えられます。また、印刷業界もこれからはデジタルテクノロジーへの素養を前提とすることから、人材育成方法さえ整備できれば、より魅力的な業界へと発展していく可能性もあります。
社会全体のデジタル化に伴う紙の印刷需要の減少は避けられません。今後、印刷に関わる全企業は付加価値の高い企画立案や事業領域の拡大、事業提携が必要となるでしょう。
それにも増して重要なのが、世界的なメガトレンドであるカーボンニュートラルとESG経営への対応です。気候変動や人権問題、企業の不正行為は、もはや見過ごすことができない段階に突入しています。
投融資の判断にもESGが重視されており、真摯に向き合わなければ企業の存続が危ぶまれるでしょう。今後は短期利益志向ではなく、経済活動の土台である社会や地球環境にも配慮した経営を根幹に置く必要があるのです。
これまでに述べた背景から、印刷業界ではデジタル印刷や環境対策、女性オペレーターの配置など、新たな取り組みが見られます。ここでは6つの事例を紹介します。
プリントイノベーションを提供し続ける株式会社グーフの岡本社長は、日本HPとの対談で、ESGをビジネスモデルの中心に捉えることの重要性を伝えています。同社では適時適量で印刷物が作れるサービスを提供。全国の印刷会社と連携し適地生産も実現しています。
これまで印刷会社は、デザイン面や機能面で紙に付加価値を提供してきました。しかし今後は、ビジネスサイクルでCO2排出量を抑え、環境や社会に配慮したESGを軸とした事業展開で、付加価値を提供すべきだと岡本社長は言及しています。
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ベルギーの印刷会社であるSymetaは、格安スーパーマーケットに160万部以上のフルカスタマイズ小冊子を制作していました。そこにデジタル印刷機を導入したところ、32ページのクーポン冊子を4ページにまで縮小でき、コスト削減と環境負荷低減の実現につながりました。
さらに、顧客ごとの購買行動に基づきカスタマイズした冊子の作成で、クーポンの利用数が増加しROIが2%向上したといいます。また、環境面でも年間6億6,500万ページ以上の紙の節約に成功しています。
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大手出版会社であるKADOAWAは、書籍の大量生産と大量廃棄という課題解消に向け、デジタル印刷機HP Indigo及びHP PageWide Web Pressを導入。同時に、出版物を適時適量で生産できる書籍製造プラットフォームを取り入れました。効果的に在庫管理をしながら注文が入るとデジタル印刷機で即時生産できる仕組みを構築し、生産量の最適化を図っています。
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出典・引用:
ところざわサクラタウンから発信されるKADOKAWAのSDGs / KADOKAWA
https://group.kadokawa.co.jp/sustainability/project/sakuratown-sdgs02.html
100年もの歴史を持つ錦明印刷株式会社では、アメリカの印刷業界で見られた付加価値の高いデジタル印刷サービスに早くから着目。国内でオフセット印刷が広まる中、社内にデジタル印刷チームを作りました。
デジタル印刷の特徴であるスピード感を重視し、新しい仕組みを作り小ロット印刷、パーソナライズ、スピード納品を実現しています。従来は広告代理店の役割であったプロモーションの統合的企画立案も担い、顧客のパートナーとして課題解決に取り組んでいます。
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軟包装パッケージコンバーターである株式会社マルタカは、製版が不要のHP Indigoデジタル印刷機を導入。小ロット印刷で環境に配慮した物づくりに取り組んでいます。
また、日本HPや自治体、ガンバ大阪などと連携し、デジタル印刷機を用いた循環型経済の実証実験をしています。具体的には、生分解性紙コップをデジタル印刷機で作成し、ガンバ大阪のホームゲームで販売されるドリンクに使用。使用後はスタジアムで回収し、分解装置で堆肥にして再資源化しています。
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無線綴じラインと三方断裁機で毎時6,000冊の製本を仕上げる株式会社木戸製本所では、紙の書籍への需要が右下がりになる中、新事業の展開に踏み切りました。
その1つが、HP Indigoデジタル印刷機の導入によるオンデマンド製本部門。小ロットで耐久性に優れたハードカバーブックを製造しています。また、デジタル印刷機はパソコンで操作できるため、女性社員がオペレーションを担当することで、女性が働きやすい職場を構築しています。
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印刷業界は、デジタル化に伴う紙の印刷需要の低下、次世代人材確保の難しさ、環境対策への取り組みなど、大きな変革に迫られています。印刷物の出荷高は下降傾向にあることから、事業転換も含めた差別化を図り生き残るための対策が急務です。
今後は、ESG経営やカーボンニュートラルへの取り組みや、マーケティング戦略を実現するための統合的施策企画などの新たな付加価値提案が必要となるでしょう。その一環として、CO2排出量を抑え小ロット印刷ができるデジタル印刷機の導入が有効です。日本HPは印刷業界の変革に伴走するパートナーとして、皆さまとともに歩んでいきたいと考えています。