2020.10.29

100年企業が東京の中心で実現させる印刷会社の変革とは?

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 1916年(大正5年)、塚田十五郎氏が東京都千代田区神田神保町の地に塚田印刷株式会社を創業。活版印刷を営む会社としてスタートしたが、オフセット印刷が登場すると1947年(昭和22年)にオフセット印刷の部門を独立させ、錦明印刷は誕生した。そして活版印刷が商業として一時代を終えると、1980年に塚田印刷と錦明印刷は合併。高度成長期の真っ只中で日本の多くの企業を支えながら、会社は大きく発展していった。

 塚田司郎氏が、錦明印刷の4代目社長に就任したのは2003年。バブル経済がはじけ、日本経済の停滞とともに印刷業界は厳しい時代を迎えている時だった。そうした難しい時代を生き延びながら、2016年には創業100年周年を迎えた錦明印刷。塚田氏は、“失われた10年”をどのように乗り切り、これからどのように舵を切ろうとしているのか?100年企業の強み、そして錦明印刷の未来について伺った。

アメリカで学んだ印刷ビジネスの捉え方の違い

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錦明印刷株式会社 代表取締役社長 塚田司郎氏

 錦明印刷の本社は、千代田区神田の古本屋街に隣接する。周辺には出版社も多く、創業以来、錦明印刷を支えてきた出版印刷は、現在も印刷部門の主軸のひとつを担っている。

 「創業時から変わらないのは、美しいグラフィックアーツの提供。すべての印刷に必要ではないかもしれませんが、美しいグラフィックアーツは人の心に深い印象を残します。それ故、これからもこだわっていきたいと考えています。このことは、昔も今も、そしてこれからも変わることはないでしょう。

 しかし、それだけでは会社経営は厳しくなることは明白です。90年過ぎをピークに印刷業界は伸びなくなり、それから年々縮小傾向が続いている。ちょうど私が社長を受け継ぐ2003年前後は、業界全体に閉塞感のようなものがありました。」

 1990年代、アメリカへの出張が多かった塚田氏は、受注産業としての限界を感じていた。それまで錦明印刷を含む日本の多くの印刷会社は、上流工程を担うお客様から受注したものを印刷し納品物に対して売上が発生する、いわゆる受注産業だったが、21世紀に入ると印刷業の縮小化は加速。従来のビジネススタイルでは立ち行かなくなっていた。

 そんな状況下で感じていたのは、日本の印刷技術の高さと、欧米の印刷業のビジネスに対する考え方の違いだった。日本の印刷技術は、欧米の印刷業と比較しても高いレベルにある。しかし、アメリカでは一般的にそれほど品質にこだわることはなく、それよりもデジタル印刷の利便性を追求するとともに、印刷業をサービスとして捉えていることが印象的だったという。印刷に対するビジネスの捉え方が、異なっていたのだ。

 従来のオフセット印刷はかなり成熟し、今では品質面、価格面、納期、どれをとっても差別化しにくくなっている。そうなると差別化できるようなサービスや、顧客が求める印刷の付加価値を創出していく必要があるのではないか。そう考えた塚田氏はアメリカで学んだ経験をヒントに、社長就任してからすぐにさまざまな改革に取り組んだ。

 それまでの日本の印刷業界の価値観とは大きく異なるため、“新しい価値観”を推進するために、従来のオフセット印刷のラインとは別にデジタル印刷の専門チームを設立。新設された部署のミッションは、新しい製品、サービスを研究する独自技術の開発と、顧客ニーズやさらにその先にいるエンドユーザーが求めるニーズを追求していくマーケティングの推進だった。

 しかし、当初は何もかもが手探りの状態で課題も多かったという。

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 「印刷業は、ひとつの印刷会社だけで完結するわけではありません。たとえば加工や製本などは協力会社に外注することもあり、社内的には生産管理部を通さないと発注できない仕組みやルールがあります。しかし、デジタル印刷のチームがそのルールにいちいち従っていては、なかなか前に進まない。デジタル印刷はスピード感が大切なのに、以前の組織やルールのためにその特長を生かせないわけです。

 従来と同じ組織のなかで従来と同じ仕組みでやってもうまくいくわけがない。ならばまったく別の価値観やルールのもと、ビジネスを推進していく必要がある。そう考え、新しいチームは治外法権として副社長(当時)直下で事業を進めていきました。だから他部署とは価値観の違いもあり、当時のメンバーは苦労も多く肩身の狭い思いをさせたかもしれません。」

 ハード面の問題もあった。当時のデジタル印刷機はまだまだ発展途上で、それまでの印刷機と比較すると品質の点において差があった。錦明印刷が大切にしてきたクオリティを担保できない。営業担当者は、「本当にこのレベルのものを納品してよいのか」と半信半疑でクライアントと向き合っていたという。

 それでも塚田氏はデジタル印刷の強みを生かし、それまでの錦明印刷では提供できなかった小ロット印刷への対応やパーソナライズ、スピード納品のサービスを実現させながら着実にデジタル部門を伸ばしていった。

 その後、2010年にはデジタルオフセット印刷機HP Indigo5500、2013年にはHP Indigo7600を導入。デジタル印刷機が進化していくと、創業以来、こだわり続けてきた出版印刷における高品質な印刷もデジタル印刷機で担うことができるようになり、デジタル印刷の特長を生かした小ロットの書籍制作サービスなども展開しながら事業は展開されていった。

 さらにプロモーションのためのSPツールやPOPの作成、Webやスマートフォンを活用したキャンペーンの実施、エコで低コストのDMなど、新しいサービスや商品を次々と開発。顧客に寄り添ったソリューションを開発し、印刷会社の新しいビジスネススタイルを切り拓いていった。

製造業、受注産業からの脱却。そしてサービス業への転身

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 現在、錦明印刷のビジネスは大きく3つの事業から成り立っている。ひとつは、創業以来、会社を支える出版印刷だ。

 たとえば、専門書や全集ものは、昔に比べて数は売れない。すると出版社としては出版を控えてしまうという事態が起きてしまう。しかし全体の需要は減ってきたとはいえ、専門書も全集もまだまだ根強いニーズがあり、価格が高くても必要とされる。そうした小規模のニーズにも、今のデジタル印刷の技術ならばビジネスとして成立させることができるという。

 ふたつめは、塚田氏が社長に就任してから新しく立ち上げた写真事業だ。アルバムビジネスは本来、印刷会社が得意とする分野だ。印刷会社が提供するからこそ、写真集のようなクオリティーで仕上げられることから、たとえばブライダルのような一生の思い出としていくためのニーズは着実に存在する。当然、商品は超小ロットになるが、これもデジタル印刷が普及してきた現代だからこそ実現できるビジネスになっている。

 また、特長的なところでは、錦明印刷の強みである写真事業を発展させ、撮影からアルバムづくりまで付帯サービスを丸ごと受注し、自らつくったフォトブックのデータ作成システムを他社に販売したり、海外から上製本機を輸入して販売するなど、写真に関連するプロ向けのB to Bサービスも展開。印刷だけにとどまらず、多角的なサービスの開発にチャレンジしている。

 そして出版印刷、写真事業に続くもうひとつの錦明印刷の柱が、一般企業やブランドオーナーを対象とする商業印刷の事業だ。ここ数年、デジタル印刷を活用したマーケティングサービスや、プロモーションの仕組みづくりを提案する案件が急増。印刷物を使って購買履歴や行動までを追うビジネスは、かつての印刷会社にはなかった。

 「従来、マーケティングやプロモーションのビジネスは、企画会社や広告代理店が考え、印刷物作成の部分だけ印刷会社が担ってきましたが、デジタル印刷のメリットを最大限に生かして、印刷物だけではなく、そのプロモーションの仕組みまで提案する機会が増えてきました。これだけ消費者とのコミュニケーションの方法やニーズが多様化されてきているなかで、印刷会社だからこそできることがある。」

 この変革において、塚田氏が力を入れてきたのが、顧客ニーズの徹底したリサーチと、それに対して自分たちでどのようなサービス、ソリューションを提供できるかを考える社内教育だ。

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 「かつてハイデルベルグデジタル社の社長は、『デジタル印刷というのは顧客のニーズを満たして、その満足度によってチャージするビジネスである』といっていました。当時は、機械が高いから、そう言っているのかと思っていましたが、結果的にそれは正しかったわけです。

 顧客の依頼を受けてそのとおりに印刷物を刷り、納品するだけではなく、顧客の課題とその先にいる消費者のニーズを把握することからビジネスは始まります。たとえば美しいグラフィックアーツの製品を製造して納めてそのコストを回収するサービスではなく、顧客側で何が困っているのかを的確に把握し、課題解決法を提案しないと、相手のビジネスのストライクゾーンには入らないわけです。そうした議論を重ねていくと、お客様とはより深い関係を築いていくことにもつながります。お客様自身も今の状況をなんとか打開したいと思うから手のうちをいろいろ見せてくれて、お互いに良い結果を得ましょうという話になる。このような関係になれば自ずから施策全体の相談をしてくれるようになっていきます。

 つまりもはや発注者と受注者という関係ではなく、パートナーとして困っていることに対してともに考え、解決する。それにふわしいソリューションをもってサービスを提供すれば、お客様は喜んでくれます。そこにこれからの商機がある。お客様のビジネスの深い理解こそがすべての始まりです」。

 印刷業界は、不思議な産業だと塚田氏はいう。製造業でありながら、サービス業を営む第3次産業的な要素が求められるからだ。そしてデジタル印刷とマーケティングサービスの親和性は高く、これからはサービス業として求められる要素はますます増えていくだろうと塚田氏は考えている。

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 最後に、錦明印刷の最大の強みとは何か、あらためて聞いてみる。

 「つねに時代と同期し、変化を恐れず、新しい取り組みに対して躊躇しないことだと思います。我々がどうのこうのというより、社会はつねに変わっていっている。顧客のニーズも、その先にいるカスタマーのニーズも変化し続けています。今回のコロナ禍のような不測の事態も起きる。こうしたさまざまな変化に対して柔軟に適応していきながら、少し先を見据えた現代的なサービスを提供していくことが会社を存続させ、未来を切り拓いていくには必要なことだと考えています」。

 多様化していく時代だからこそ、変化に順応していく柔軟性はこれからの会社経営には必要不可欠だ。そしてそれがどの時代でも貫けるからこそ、企業は100年以上も脈々と受け継がれていくのだろう。

 受注産業からサービス産業への転身。塚田氏が描いてきた変革は、少しずつ、しかし着実に実りつつあるようだ。


【本記事は JBpress が制作しました】