2021.10.14

HP PageWide Web Pressインクジェットデジタル輪転機徹底解説【顧客事例編】
持続可能な社会を目指して、デジタル印刷と新たな仕組みで社会的課題を解決する先進企業

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株式会社日本HP デジタルプレス事業本部
HP PageWide Web Press カテゴリーマネージャー
田口 兼多

 環境問題への対策が地球規模で叫ばれ、あらゆる産業において持続可能な取り組みが必要不可欠となった。印刷業界でも、SDGsを企業経営に取り入れ、いかに社会的課題の解決と事業を両立させていくかは重要な命題だ。企業投資の新しい評価基準にESG(環境・社会・ガバナンス)が盛り込まれ、上場企業・大企業がサプライチェーン全体でESGを推進することにより、その影響は中小企業にまで波及している。事業活動を行う以上、企業の大小に関わらず、地球の資源を大量に消費し、廃棄物を大量に排出する経済活動から脱却し、循環型の経済システムをつくり上げる責任の一端がある。持続可能な社会を目指して、デジタル印刷と新たな仕組みで社会的課題に対峙する先進的な企業の事例を日本HP田口氏が紹介する。

コロナ禍における市場の変化、デジタル印刷の成長性

 「いま、世の中の状況は大きく変わりつつあります。2020年のHPインクジェットユーザーの印刷ページ数は、コロナ禍にも関わらず、前年比で3%増加しました。請求明細書などのトランザクション分野は一部がWebに移行したことで若干減少しましたが、DMは下半期に盛り返しを見せました。特に好調なのが出版の分野です。出版が伸びているのは、巣ごもり需要で本が売れたのと、書籍の販売形式がECに移行していることが要因として考えられます。2021年もインクジェットは2桁成長を見込んでいます」と田口氏は解説する。

 コロナ禍で印刷業界の落ち込みが深刻化する中、印刷市場全体のCAGR(年平均成長率)は、アナログ印刷がマイナス成長を示す一方で、デジタル印刷は2020~2025年で成長が予想されている。印刷のネット通販であるWeb to Printの成長や、コロナ禍におけるECの急速な伸びが、小ロット・短納期・バリアブルが可能なデジタル印刷を後押ししている形だ。海外の書籍販売の市場は、2023年にはアメリカでは半数以上がオンラインでの販売に、日本に近い韓国でも23%がオンライン販売になると見られている。その書籍販売で、いま生産システムや流通構造に大きな変化が起きている。

出版業界の積年の課題に取り組む国内大手出版社 ~KADOKAWA/講談社

 国内大手出版社のKADOKAWAは、2020年11月に埼玉県所沢に「ところざわサクラタウン」という複合施設をオープンし、KADOKAWAの書籍製造・物流工場や、新オフィス、イベントホール、ホテル、ミュージアム、ショップ&レストランなどを展開している。オールジェンダーのトイレの設置や地産地消により地方創生へ貢献するなど、ESG経営に積極的に取り組む。書籍製造工場には最新のHP PageWide Web Pressインクジェットデジタル輪転機やHP Indigoデジタル印刷機を導入し、お客様や書店の多様化するニーズに即応して、出版物に合わせて適切な量を生産できる書籍製造プラットフォームを構築した。これにより、文庫を始め、新書、コミックなど、需要に応じて自社工場で一貫生産することが可能となった。

 さらに同社は、書店専用の発注・自動追跡システムを入れた専用端末を書店に導入し、直接KADOKAWAの在庫状況の確認や発注ができるようにしている。オーダーが入ると、在庫があるものは出荷し、ないものは工場のデジタル印刷機で即時に生産する仕組みで、生産数を最適化し、返品率を下げることに成功している。(参考:「ところざわサクラタウンから発信されるKADOKAWAのSDGs」https://group.kadokawa.co.jp/sustainability/project/sakuratown-sdgs02.html

 書籍の販売は、書店が出版社・取次会社(卸売業者)から本を仕入れ、一定期間店頭に陳列し、売れ残ったものは出版社に返本される。販売を見込んで大量に生産したものが売れなければ、倉庫に保管され、行く末は断裁され処分されてしまう。書籍の売れ行きが低迷する中で、出版される書籍数の増加、商品の陳列サイクルが短期化し、返本率が高くなっているのが課題だった。いうまでもなく、本の製造には膨大な紙やインキ、水、エネルギーといった資源を使用するため、大量生産・大量廃棄がもたらす環境への負荷は大きい。

 作りすぎによる過剰在庫や返本率を改善するため、そして欠本による販売機会を逃さないために、KADOKAWAは従来の「見込み製造型」から「需要即応型」への転換を図ったのだ。KADOKAWAが推進する出版のDXは書籍の製造だけに留まらず、制作、流通、在庫、データ管理など全体に及ぶ。

 「2019年にノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんが化学を志すきっかけとなったとして『ロウソクの科学(著者:ファラデー)』が紹介されると、書店に問い合わせが殺到しました。KADOKAWAは、即時に緊急重版の対策を検討し、通常であれば、出荷までに10営業日かかるところ、デジタル印刷機を活用してわずか2営業日で製造しました。旬を逃さず需要即納型を実践した一つの好例です」と田口氏は語る。

 一方、日本を代表するもう一つの出版社である講談社は2012年という早い段階にHPインクジェットデジタル輪転機を導入し、小部数・多品目の出版物の制作に柔軟に対応する体制を整えた。

 「講談社は文庫をはじめ、学術書などのカラー印刷もHPインクジェットデジタル輪転機で対応しています。講談社サイエンティフィクというレーベルでは、重版対応のみならず、初版からデジタル印刷機を活用しています。従来は、初版で大量に生産し、長期にわたり倉庫で在庫し、都度出荷しながら販売していましたが、当然汚損もあれば、絶版を決めて廃棄するものもあり、管理コストも課題でした。それをデジタル印刷に変更することによって、在庫を持たずに初版から小部数で制作できるようになったのです。これまで2色刷りだったものを4色フルカラーに変更すると、見栄えが良くなり、図表も見やすくなりました。デジタル印刷に使用した4色のデータは電子書籍にも転用し、追加売上につなげると言うのは導入当初からの目論見でした」

 学術書は、内容を改訂したり、最新のデータに更新したいという場合も多く、柔軟に対応できるのはデジタルならではの利点だ。

 講談社がHPインクジェットデジタル輪転機を購入したのは既に10年ほど前になるが、HPの印刷機はアップグレード可能な設計により、常に最新機種と同等の機能に更新しながら長年使い続けられるという特長を持つ。機械の廃棄は当然環境への負荷も大きいため、長く使えることは経済的にも環境的にも優しい。

 また、講談社は、世界各国の報道機関やエンターテイメント・メディアによって構成される国連の「SDGメディア・コンパクト」に加わり、報道、ライフスタイル、コミック、児童向けなどさまざまなメディアを通じて、SDGs達成によるサステナブルな社会の実現に向けて寄与している。

 「今後の出版は、世界の潮流を見ても、合理的に考えても、オフセット印刷で初期ロットなど大量ロットを印刷し、デジタル印刷で自動補充発注などにより在庫量を最適化し、そして販売機会の少ないタイトルを幅広く取り揃えるロングテールについてはPrint to Order(仮想在庫で、注文毎にデジタル印刷)で対応するという3モデルの併用になっていくと考えられます」と田口氏は分析する。

 次に、田口氏は、海外の出版業界におけるデジタル印刷の取り組みを紹介した。

仮想在庫モデルを展開するグローバル出版社 ~ピアソン社(英国)

 教育系出版社大手のピアソン社(英国)は、在庫を持たないビジネスモデルに力を入れている。通常、販売計画を立てて生産したものは倉庫に保管し、注文が来たらピッキングして配送する。在庫があれば72時間で出荷するが、在庫がない場合は都度デジタル印刷・製本する。ピアソンは、出版社向けのクラウドソリューションであるHP Piazzaというコンテンツ管理の仕組みを使用し、オーダーが来たら仮想在庫であるHP Piazza経由で、消費者に一番近い印刷会社に発注するワークフローを確立した。印刷会社が印刷・製本を完了すると、消費者に直接配送するので、出版社であるピアソンは物理的な在庫を持つ必要がない。この仕組みにより、配本までのサービスレベルは在庫がある場合と同じ72時間で対応できるようになった。イギリスでの試験運用を経て、今では世界中にサービスを展開している。

 環境配慮の視点では、紙やインクなどの資源だけではなく、輸送についても考慮すべきだ。なるべく消費者に近いところで作り、移動距離を減らすことで温室効果ガス削減に寄与できる。

 こうした環境への配慮は大切だが、事業活動である以上は収益性との両立も重要だ。同社は、変革の結果、印刷コストは若干高くなったものの、廃棄、棚卸、在庫などの管理費が削減され、総合的なサプライチェーンコストを20%ほど削減できたという。

適地生産モデルをグローバルに展開する出版取次会社 ~イングラム社

 米国最大手の出版取次会社であるイングラム社は、自社部門にライトニングソースという書籍オンデマンド製造事業をもち、世界中の出版社から許諾を受けた書籍のオンデマンド製造・販売を世界各地で展開している。ライトニングソースは、1冊作りを中心にデジタル印刷で書籍製造を行っており、2017年にはHP PageWide Web Pressを24台契約、その後も増設を続けている。イングラム社は、世界中の出版社と契約して、巨大な書籍データのデータベースを持っており、ライトニングソースが製造拠点を置くアメリカ、イギリス、オーストラリアは自社で、それ以外の地域では現地の印刷会社と提携して生産している。日本では2021年8月に大日本印刷株式会社がイングラム社と提携し、日本国内向けのサービスを開始した。今後は日本の出版社から許諾を受けたコンテンツを世界中に提供することも検討しているという。

(出典:https://www.ingramcontent.com/publishers/print-on-demand

 これらのモデルで注目すべきは、デジタル印刷機と即納の仕組みを持つ印刷会社と連携することで、倉庫から在庫を出して配送するのと同じくらいのスピードで製造ができてしまうことだ。ECによるオンラインオーダーでは在庫を持つ必要がなく、印刷会社から直接配送されるため、仕入れすらも必要がない。

 こういった事例からわかるのは、出版社が編集し、印刷会社が印刷し、取次が配本し、書店が販売するという従来の業界の垣根がなくなってきているということだ。それぞれの立場から、お客様によりよいサービスを提供するために必要な機能を取り込んでいった結果だろう。事例の通り、海外では出版社が自らデジタル印刷機を導入するのではなく、印刷会社と提携するケースが一般的だ。日本では、必要にかられて出版社が自らデジタル印刷に乗り出したのが実情のようだが、いま、それぞれの存在意義が問われ、流通の再編成が起こりつつある。

 続いて、田口氏は、国内外の商業印刷会社でインクジェットビジネスに取り組む事例を紹介した。

多店舗展開企業の課題を解決した商業印刷会社 ~ウイル・コーポレーション

 株式会社ウイル・コーポレーションは、Webサイトから簡単に見積り、注文ができる冊子専門の印刷通販「ウイルダイレクト」を運営している。小冊子にフォーカスし、用紙や仕様をある程度統一することで低価格を実現し、最小100部からという小ロットをHP PageWide Web Pressインクジェットデジタル輪転機で対応し、ビジネスを伸ばしている。

 また、同社は多店舗展開をしている企業から、店舗ごとの需要に応じた多品種小ロットの印刷注文を受けている。従来、このような多店舗展開を行う企業では、本社でまとめて作った印刷物を各店舗に配布していたが、地域ごとの行事や季節感など、店舗間の需要差にうまく対応できていなかった。店舗で印刷物を余らせたり、使えないものが届いたりといった課題があったが、店舗ごとにオーダーできる仕組みを作り、小ロット短納期での製造・配送を実現している。

データ駆動型デジタル印刷で、紙の消費量減と効果増を同時に実現 ~Symeta社(ベルギー)

 ベルギーの印刷会社、Symeta(シメタ)社は、あるスーパーマーケットのクライアントに対して32ページものクーポンブックをオフセット印刷機で作っていたが、それを4ページまで減らし、かつマーケティング効果を高めることに成功した。仕掛けは、画一的な内容をやめ、顧客の購買履歴に基づきパーソナライズしたクーポンブックへの変更だ。結果、クーポンの利用は活性化し、新規カード会員も増加した。紙資源の大幅削減にもつながり、顧客はクーポンで得をし、スーパーマーケットは収益増加といいこと尽くしだ。昨今は、消費者も環境への意識が高くなっているので、販促物も環境に配慮したものがより受け入れられる傾向にあるようだ。

パーソナライズDMでオンライン購買増 ~JD Williams & Go Inspire(英国)

 イギリスのJD Williamsというファッション小売りは、Web上の行動データをもとにDMを送っている。同社はバナー広告など、インターネット広告も展開していたが、アドブロッカーなどのソフトウェアではじかれることが多くなり、効果が落ちていた。そこで、マーケティングやデータハンドリング、印刷機能を持ち合わせるGo Inspire社の協力を得て、カート落ちした商品に対して24時間以内にパーソナライズしたDMを送ったところ、レスポンスは6%向上、注文額も増え、カートに入ったまま放置されている商品は14%も減った。

 電子メールが広く普及する中、反応率を比較すると紙のDMの効果の高さは一目瞭然である。スパムメールとしてはじかれ、未読のまま捨てられる電子メールとは違い、一度は手に取られる紙のDMは、工夫を施したクリエイティブやパーソナライズされたコンテンツで人々を惹きつける力があるのだろう。

 「2019年に、インターネット広告費がこれまで最大だったテレビ広告費を抜きました。DMは、配送料と制作費を合わせると、ネット、テレビに次ぐメディアです。DMの需要は世界的に伸びており、内容のパーソナライズ化が進んでいます。日本郵政主催のDM大賞にも『データドリブン部門』が加わるなど、顧客の行動データを掛け合わせて、内容と送付タイミングの最適化をはかる流れは加速しています」と田口氏は語る。

 また、デジタル印刷で可変印刷ができるのはもはや当たり前で、いまやそれを大量かつ高速に生産できる方法に目が向けられているが、HPは、業界内では唯一42インチ幅までの印刷が可能なインクジェットデジタル輪転機を持つ。事例で挙げた会社のほぼ全てが42インチ対応のインクジェット印刷機を保有しており、納期短縮につながる高生産性を確保している。

 印刷が社会の中で必要とされ続けるためには、どうあるべきなのか。紙でしか伝えられない価値がある一方で、持続可能性という側面では、大量生産、過剰在庫、大量廃棄など、印刷産業には多くの課題が残る。あらゆる工程をデジタルでつなぎエコシステムで形成することで、需要に応じた適切な生産をタイムリーにできれば、それはひとつの解決策となるだろう。ばら撒き型ではなく、データ連携で本当に効果的な印刷物を必要な量だけ作り、必要なタイミングで適切な人に届けることが鍵になるのかもしれない。

 「サステナビリティはよくわからない」、「小さい会社には関係ない」という考えは、この先経営リスクとなりかねない。社会に必要とされる会社として生き残るためには、正しい選択を積み重ねていくことが必要だ。廃棄物や環境負荷をできるだけ生み出さず、長く使い続けられる設備を選ぶこと、再生可能または再利用可能な資源や材料を利用し、循環型の製品やサービスを提供すること。できることはきっとたくさんある。世界や日本の多くの事例に触れ、自社に何ができるのか、未来を変えるためにはまずそこから考えてみたい。

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