2023.01.27

印刷会社の未来をつくるM & Aとは?

株式会社フジプラス

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株式会社フジプラス 代表取締役社長 井戸 剛 氏

株式会社フジプラス C & P本部 生産管理グループ ゼネラルマネージャー 浦谷 千晶 氏
合併後の統合プロセス(PMI: Post Merger Integration)を担当

印刷業界は、紙の印刷物が情報伝達の主流であった時代から、大きな転換期に入って久しい。インターネットやデジタル媒体の普及に伴い、印刷物の需要は年々減少し、加えて、昨今では度重なる資材の値上げにより、これまではなんとか凌いできたものの、改めて事業を存続できるかどうかの瀬戸際に立たされている会社も多く存在する。また、ほとんどが従業員300人以下の中小企業が占めるこの業界では、後継者不足によりやむを得ず廃業に追い込まれるケースも珍しくない。新規事業開拓や事業変革など、生き残りをかけた経営戦略が問われる今、新たな印刷会社のあり方を追求するひとつの成長手段として「M & A(Merger and Acquisition:合併と買収)」に注目した。企業の成長のためにM & Aという経営選択をするフジプラスの事例から、その具体的手法とM & A選択の理由を探っていく。

株式会社フジプラス(https://fujiplus.jp/
従業員163名、大阪に本社を構え、創業90年という長い歴史の中、カタログ、パンフレットなどの印刷関連サービスを中心としながら、常に時代のニーズに対応することで販売促進サービス、インターネット関連サービスなど事業を拡大している。2007年にHP Indigoデジタル印刷機を導入し、DM、名刺、出版・書籍、絵本、紙什器など、時代に即した多品種・小ロット・パーソナライズな製品を展開。会社の価値を高めることに注力し、そのひとつの手段として2022年2月、株式会社トライワーク彦根(https://www.trywork.co.jp/)をM & Aにより吸収した。

前編 ~M & Aを成功に導くための実行プロセス~

1. 生き残りをかけた厳しい市場環境の中で何をすべきか

――印刷業界の今後の展望をどのように捉えていますか?

井戸氏:「印刷業の分野として最も多いのは商業印刷だと思いますが、一般的な商業印刷は決して増える傾向にはなく、今後も減っていくだろうということは常に意識しています。何らかの特徴をもっていなければ、生き残るのは難しいでしょう。

ここ最近ではコストの上昇も顕著です。大型の印刷機を保有する印刷業であれば、原価の2割〜4割程度を紙が占めていますが、ここ1年で4回も紙の値上げがありました。印刷業において1.5倍にも跳ね上がったコスト増は深刻です。もちろん、印刷物の値段が上がったからと言って、クライアント企業の広告予算が増えるわけではありません。結局は、印刷する部数やページ数、印刷回数が減っていくわけです。そうやって利益の根源が縮小する中、インキ、電気、ガス、アルミ板など、あらゆるコストが上昇し、マーケットとしては厳しい状況に立たされているのが現状です。

しかし、そんな中でも、一点突破のように特徴を尖らせてビジネスをしている会社は、この時代の流れにあっても元気があるのもまた事実だと思います」

――中長期的な視野から、フジプラスの未来に向けた成長戦略を教えてください。

井戸氏:「これからは、ただ単に紙にインキを載せるだけでは苦しくなるのは目に見えています。また、以前のような営業スタイルでは仕事は取れなくなるでしょう。ですから、ただ単に刷るのではなく、プラットフォームをつくる事業をいくつか立ち上げたいと考えています。また、新しい事業を自ら創造して、新しい仕事が発生する仕組みをつくることが重要になると思っています。

フジプラスには「感動をつくる会社」というスローガンがありますが、お客様の心を動かすには、印刷に何らかの価値をプラスしなくてはいけません。当社は、クリエイティブ力とシステム力を強みとして持っていますので、それを軸にお客様の心を動かすようなサービスを提供していくことが成長戦略の中核です」

2. M & Aの目的と実行のステップ

――その中で、M & Aはどのような目的として捉えていますか?

井戸氏:「フジプラスは、この10年間で3社のM & Aを実施しました。経営手段のひとつとしてM & Aという選択肢を考え出したのは20年ほど前ですが、当社にとってM & Aの主な目的は、自社にない部分を補完し、自ら成長するというところにあります。オフセット輪転機のチラシの仕事は、継続的に下降していますから、何もせずにビジネスが上向くことはありません。

その目的に沿って考えてみると、M & Aを検討する上では、対象となる会社の現有資産が重要になります。資産もいろいろとあり、例えばパッケージ印刷など、自社にはない技術を補完するのもひとつですが、私が最も注目しているのは「顧客資産」です。設備に投資するならば、会社自体を購入して、「お客様」という資産を獲得するという考えです。もちろん新規顧客開拓を目指して営業を鍛えるという選択肢もありますが、そのスピードも考慮したうえで顧客獲得のためにM&Aを実施する、という戦略ですね。

特に商業印刷の世界では、技術力にそれ程の差はないように感じています。そういう意味で、設備や技術以上に注目している価値が顧客資産なのです。

M & Aによって顧客網や取引先を獲得することで、短時間で事業の拡充を図ることが可能ですが、今年2月に取得したトライワーク彦根は、フジプラスにとってそれ以上の価値がありました。同社は、先代の社長が亡くなり、急遽先代の娘さんが経営されていました。29人中27人が女性、残業も少なく、有給休暇消化率も非常に高い。オフィスが驚くほど整理整頓されていて、セルフコントロールに長けている会社だと感じました。

例えば、仕事の方式や企業文化も価値ある資産ですが、トライワーク彦根には、独特の仕事の方式が根付いていました。通常、どこの会社も工程別に部署(またはグループ)が分かれているものです。印刷業であれば、営業がいて、データを作るDTPや、作業を分割する生産管理、印刷オペレーター、加工オペレーターなどがいます。ところが、トライワーク彦根は、営業は実質ゼロで、お客様とやり取りをする担当者がデータを加工し、プリントキューまで発生させ、見積から請求業務までの全てを一人でやる多能工方式なのです。

この方式が、この会社の一番の強みです。しかも、女性が多い職場では、子どもが熱を出して突然休むこともありますが、急に誰かが休んでも、他の誰かが同じようにできる仕組みが出来上がっている。どこの会社も、働き方改革、女性活躍を目指していますが、それが既に実現できていたことも、投資としても有益だと判断しました。トライワーク彦根の文化をフジプラスに逆移植すれば相乗効果も狙えると考えたのです」

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――M & A実行のステップを簡単に教えてください。

井戸氏:「まずはM & Aの仲介会社から、ノンネーム(譲渡対象となる会社・事業を特定できないように事業概要を要約したもの)で紹介を受けるところから始まります。

関心があれば、機密保持契約を締結して企業名を開示してもらいます。企業概要書を確認して交渉を先へ進め、経営者同士の面談、会社見学などを実施し、その段階で、3期分の決算書も見せてもらいます。

次に、こちら側の弁護士、税理士、会計士などの専門家によって、デューデリジェンス(買い手側が、リスクの把握や買収にふさわしい会社かどうかを判断するため、専門家に調査を依頼する)を実施します。会計、財務、税務、労務、契約など、あらゆる側面から2〜3日かけて徹底的に調べるのです。デューデリジェンスでは、企業概要や決算書だけではわからない情報が明らかになるため、この段階でM & Aを断念するケースもあります。数字だけでは見えないことを、現場のヒアリングや、契約書の確認などで明らかにしていきます。

調査分析を経て、引き続き買収の意向があれば、最終的な交渉フェーズに入ります。売り手企業をどのように統合するか、M & Aのスキームを決めるのですが、経営統合方式としては、株式譲渡、事業譲渡、合併、会社分割などがあり、その後の手続きや対価(現金や株式)もスキームによって異なります。基本合意書を取り交わし、買い手候補が入札書を提出します。その後、最終条件交渉がまとまれば、M & A取引契約締結となり、対象会社の株式や事業の対価を支払い、M & A成約となります」

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3. 外部の専門家の力を借りて適切な判断とリスクヘッジを

――M & Aを成功させるために意識したほうがよいポイントはありますか?陥りやすい失敗はどのようなものがあるでしょうか。

井戸氏:「M & Aは、取得する企業の財務状況が非常に重要ですから、M & Aの仲介会社に任せきりにするのではなく、外部の専門家に第三者の目で精査してもらうことが重要だと思います。例えば不動産を買う時は、売り手と買い手の両方に代理人が立ちますよね。ところがM & Aは、なぜか仲介会社が両社の中間に立つわけです。ですから、当社は仲介だけではなく、わざわざ費用をかけて自社側に弁護士や会計士といったファイナンシャルアドバイザーを立てています。契約書ひとつとっても、弁護士に入ってもらって一緒に進めれば、リスクヘッジできます。

また、買収する企業が、社長が営業出身なのか技術出身なのかによって着目すべき点が大きく変わります。まず、営業出身者の場合は、代表者個人にお客様がついている場合があり、社長交代と同時に顧客が離れてしまうケースがあります。そのため、経営者個人ではなく、会社自体がお客様と繋がっている企業を吟味しなければなりません。社長が変わっても取引先との繋がりが変わらなければ、M & Aによって短期間で顧客網を拡大できることになります。

逆にオーナーが技術出身の場合、自社の技術を過信してしまい、うまくビジネスに繋げられていないケースも見受けられます。適切なM & Aの判断をするためには、1社1社の情報をしっかりと精査し、相手の本当の強みが何なのかを把握することが重要です。

数字を読み解くだけではなく、現場を実際に見に行くことも大切で、必要以上にゴミが落ちていないか、資材の在庫がたまっていなかなどは必ず見るようにしています。」

――今後、印刷業界ではM & Aによってどんな未来が展望できますか?

井戸氏:「どの会社も、あらゆる可能性を視野に入れて『売れる会社』にしていかなければなりません。
企業の中には、経営者がもともと売れると思っていたのが、あけてみると評価が低く売れない会社が多々あるものです。社内で人材が育つ仕組みや、商売を生み出すような仕組みが必要になるでしょう。売れる会社にするというのは、『どのように企業価値を上げていくか』という話に他なりません。印刷会社の場合、結局は、会社の仕組み、人、そして顧客資産に行きつくのではないでしょうか」

後編では、M & A成約後の経営統合プロセス(PMI)にフォーカスして、PMI第一段階の責任者であるフジプラス 浦谷氏のインタビューより、『完全なる「アウェイ」からのスタート』、『M & Aで得た新しい企業文化からの学び』を、全体のまとめとして『M & Aのポイント』をお届けします。

後編 ~M & Aの成功の鍵を握るPMI(M & A後の経営統合)~ 記事へ

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