2021.07.21
アディティブマニュファクチャリング(積層造形)は、旧車を復活させ、廃棄を削減するだけでなく、3Dプリンターで造形した補修部品で、オリジナル部品よりも優れた部品を製造できる可能性があります。
日産自動車株式会社(以下、「日産」)は、1994年にR32型スカイラインGT-Rの製造を終了しましたが、日産のヘリテージカーは日本をはじめとして各国の愛好家の間で依然として人気が衰えません。今年3月に、日産はHP Jet Fusion 3Dプリンターを使用して、R32型スカイラインGT-Rに必要な補修部品である樹脂製ハーネスプロテクターの製造を開始することを発表しました。この発表を受けて、顧客は期待を膨らませました。
日産自動車株式会社トータルサプライチェーン競争力創出部の斉藤 薫氏によると、今回の日産の3Dプリンティングの活用について、これでさらに長く愛車に乗ることができるとSNSで称賛の声が上がったといいます。
自動車のように大型で複雑な製品の修理には、正確に設計された多数の部品が必要となります。そして、メーカーは、低い需要や高い製造・保管コストを理由に部品の生産を中止することも少なくありません。そこで3Dプリンティングによる製造が、顧客を満足させるだけでなく、旧型製品をより長く使用し続けることで廃棄物の埋立処分を減らす手段として浮上しました。需要を満たすために、特定の部品を小ロットで製造する、これは循環型経済のコアの概念です。
提供:日産自動車
ヘリテージカーの愛好家に人気のR32型スカイラインGT-Rと、3Dプリンティングにより製造された樹脂製ハーネスプロテクター
自動車業界にとって、これは大きなコスト削減につながる可能性があります。購入後の車の改造や補修部品の市場規模は、米国だけでも2,880億ドルに上りますが、生産中止となった何百もの車両型式への供給を維持するには費用がかかり、部品が使用されなければ大量の廃棄物が生じます。必要な部品のみを3Dプリンティングで製造することにより、廃棄物の削減と出荷に伴うCO2排出量の削減が可能になるほか、車両のエネルギー効率を高められる最新設計にアップグレードする機会を得られます。Journal of Cleaner Productionが発表した調査では、3Dプリンティングは、自動車の重量を削減したり新たな効率性をかね備えた部品を再設計することで、車のライフサイクルにわたり環境への影響を改善できる可能性があると述べています。
HPの3Dプリンティング&デジタルマニュファクチャリングのコマーシャルビジネスの責任者であるジョン・ウェイン(Jon Wayne)は次のように述べています。「先を見据えているメーカーは、サステナビリティを優先事項として挙げています。3Dプリンティングとデジタルマニュファクチャリングは、生産の最適化に有効です。」
英国の自動車会社であるジャガー・ランドローバーは、長年にわたり部品のプロトタイプのテストに3Dプリンティングを活用しています。今では、品質向上とコスト削減を図った新たな3Dプリンティング技術が可能性を広げつつあります。例えば、2019年にはジャガー・ランドローバーのアディティブマニュファクチャリング部門はHPのMulti Jet Fusion方式による造形を採用し、一部のクラシックカーが公道の走行を続けられるようになりました。
最初の実績は、乗員がシートの角度調節に使用するリクライニングレバーでした。このリクライニングレバーは、2004年に生産中止となったスポーツ・ユーティリティー・ビークルであるランドローバー ディスカバリー2のもので、よく部品交換がされていました。
そのリクライニングレバーの元のサプライヤーが倒産したため、供給が不足していました。ジャガー・ランドローバーのアディティブマニュファクチャリング部門は、オリジナルの設計図面を基にリバースエンジニアリングを行い、HP Multi Jet Fusionの技法で新しいレバーを製造しました。また、レバーの設計を変更し、基材をクロス構造で補強することによって、強度の向上も実現しました。これは3Dプリンティングならではのメリットです。
HP Jet Fusion 3Dプリンターが、自動車の必要な部品のみを製造、廃棄物を削減、出荷に伴うCO2排出量の削減、エネルギー効率を高めるための部品の再設計の機会を提供
日産は現在、日本における3DプリンティングのパイオニアであるSOLIZEの協力のもと、NISMOヘリテージパーツの製造にHPの3Dプリンターを使用し、生産終了となった部品を製造しています。日産は、製品販売後もオーナーとの関係を維持していることに誇りを持っています。
日産の総合研究所 先端材料・プロセス研究所のアシスタントマネージャーである
弓削 健太郎氏は次のように述べています。「自動車産業では、変化し続ける顧客ニーズにいっそう俊敏に対応するために、製造そのものを変革する必要があります。」
R32型スカイラインGT-Rの樹脂製ハーネスプロテクターは、NISMOが3Dプリンターを使用して製造することになった初の補修部品であり、他の部品にもこの3Dプリンティングの採用が予定されています。
アディティブマニュファクチャリングの精度と効率性は、部品をただ交換するだけでなく、部品自体の性能を向上させることにも適しています。フランスのスポーツ用品会社であるデカトロンは、2016年に3Dプリンティングラボを設立し、自転車をはじめとした様々な製品を対象として、プロトタイプの試験や欠陥部品の交換など、これまで10万件を超えるプロジェクトを実施してきました。2020年11月、デカトロンはHP Jet Fusion 5200 3Dプリンティングソリューションの装置 を2台追加導入し、シューズのソールからハンドルバーのグリップに至るまで、同社が使用できる材料の種類と提供可能な補修部品の範囲を拡大しました。
「変化し続ける顧客ニーズにいっそう俊敏に対応するために、
製造そのものを変革する必要があります。」
—日産自動車総合研究所 先端材料・プロセス研究所
アシスタントマネージャー 弓削 健太郎氏
3Dプリンティングは、必要な補修部品の生産と入手に要する時間を短縮し、差し迫った状況にある故障車両のダウンタイムを削減することも可能です。AAVまたはアムトラックとして知られる水陸両用強襲車両は、1972年から米国海兵隊と補給物資の多目的輸送を行っており、長年にわたって使用された後に退役車両となります。ただし、完全に退役するまで使用を維持することが重要です。
使用中のアムトラックの台数は、メーカーが大量の補修部品の製造や保管をしなければならないほど多くはありません。そのため使用年数と老朽化によって、補修部品の入手に問題が生じています。
海兵隊システムコマンドに属するAdvanced Manufacturing Operations CellのチーフサイエンティストであるKristin Holzworth氏は次のように述べています。「こうした状況には、3Dプリンティングの導入が最適です。」
写真:ゲッティイメージズ
海兵隊の基地があるノースカロライナ州の海岸から出発する水陸両用強襲車両(AAV)。3Dプリンティングで補修部品を製造することで、差し迫った状況で必要な部品を入手するまでの時間を短縮
米軍は、北カリフォルニアにある製造会社Parmatechに協力を求め、遅延の短縮を目指しています。同社は、HP Jet Fusion 3Dプリンターを使用して、マウント、ブラケット、クランク、カップリングといった数百種類の部品を製造しています。
海兵隊は常時、サービスが困難な遠隔地に配備されていますが、コロナ禍による物流への影響や、2021年3月にスエズ運河で座礁したコンテナ船「エバーギブン」による物流の遅延などから、必要な時に必要な部品を入手できるよう3Dプリンティングによる製造拡大の必要性が提起されています。
「3Dプリンティングが海兵隊をどのように支援できるかは明確です」と海兵隊の
Holzworth氏は述べています。
3Dプリンティングによって、企業は遠方にある倉庫から出荷される部品に依存する必要がなくなります。PwCカナダのシニアアソシエイトであり、
「The Future of Spare Parts is 3D」と題したレポートの共同執筆者である
Jorge Lehr氏は、「あちこちで材料を保管して空輸する代わりに、現地で3Dプリンティングを活用できます」と述べています。同レポートに記載されているドイツの工業会社を対象に実施した調査では、約半数が自社の補修部品について3Dプリンティングによる製造を検討していると回答しています。
2020年、HPが世界中で製造業に従事する2,000人以上のエグゼクティブを対象に実施した調査では、70%以上が2021年にデジタルマニュファクチャリング技術に投資する予定があると回答しており、主なメリットとして、イノベーション、コラボレーション、サステナビリティを挙げています。コスト削減、車両の長期使用、CO2排出量の削減、サステナビリティ目標の達成などアディティブマニュファクチャリングのメリットを認識する企業が増加するにつれ、3Dプリンティングの活用方法は他の産業や大型製品の補修部品へと拡大し続けています。
HPのウェインは次のように述べています。「デジタルマニュファクチャリングは、生産のスピードアップとサプライチェーンの変革のための実行可能かつ長期的なソリューションです。世界中の企業が今、自社の製造とサプライチェーンに関する戦略を見直し、3Dプリンティングとデジタルマニュファクチャリングを取り入れる最善の方法を具体的に検討しています。」
HP Jet Fusion 5200シリーズ
3Dプリンティングソリューション
本記事は、2021年6月3日にThe Garageに掲載された記事(タイトル:Print my ride: How 3D
technology is keeping vehicles on the road and out of the scrapyard、著者Jackie Snow)の抄訳版です。