2021.03.16

自発的なアイデアも続々、博進堂の「社員の自主性を育む教育」
創業100年、「全員経営」の極意を清水伸社長に聞く

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 今年創業100年を迎える印刷会社の博進堂。新潟市に印刷・製本工場を持つ同社は、社員の発案によって、自社工場を開放し見学や本づくりの体験するイベント「オープンアートファクトリー」を実施したり、毎年1万部以上が完売するオリジナルヒット商品「便蔵さまカレンダー」を販売するなど、ユニークで新しい取り組みを実現している企業である。

 約40年前には社員のボイコット騒動まであったという同社。その博進堂に「自分で計画を立て、実行し、評価する」といった「全員経営」が浸透し、会社のために自発的にアイデアを出す社員が育ち、「社員教育や働きやすい職場づくり」に共感する若者が求人に多数応募するようになるまでの過程には何があったか。代表取締役社長、清水伸氏に聞いた。

「やらされ感」から「全員経営」への試行錯誤

 博進堂は1921年に新潟県で創業。事業の中心として学校アルバム制作を手掛け、太平洋戦争や1964年の新潟地震、2004年の新潟県中越地震などを乗り越え、長い歴史を刻んできた老舗印刷会社である。

 しかし1970年代、父の急逝によって27歳という若さで社長となった先々代の清水義晴氏は、従業員による仕事のボイコットという窮地に陥る。兄でもある先々代の当時の心中について、現社長の清水伸氏はこう振り返る。

 「兄(先々代)は、社員があまりにたくさんの仕事量を前にボイコットにまで至った根底には、社員に『やらされ感』があるからではないか、と強い自省の念に駆られていたように思います」

清水伸社長

 そんな博進堂へ社員教育の道を示したのが、同社の経営の師ともいえる藤坂泰介氏であり、先々代の社長清水義晴と二人三脚で、この後進めることになる。藤坂氏の示した方針は「教えない、命令しない、規定しない」というものだった。

 「教育といえば、実習場で全ての手順を逐次教えることが当たり前と思っていたので、その意味が分からず、『教えない教育とは何か』が長い間、私自身の大きなテーマでした」と語る清水社長。

 社員が「やらされ感から仕事をする」のではなく「自分で計画を立て、実行し、評価する」全員経営という考え方を浸透させるための「教えない教育」について、先々代と三代にわたる試行錯誤が始まる。

社員教育の道を示してくれた藤坂泰介氏
(写真は博進堂主催の学校アルバム夏期講座での一こま)

独自研修の開発や対話型MBO(目標管理)の導入

 最初に取り組んだのが、藤坂氏主導の「システムキャンプ」である。生活そのものを教育と捉え、野外活動やワークショップを通じてチームワークや自発的な行動を促進するというものだ。そして1984年には「これからの中小企業は中堅リーダーがカギになる」という考え方から中小企業中堅社員の教育施設として「点塾」を設立する。

「点塾」の入り口と塾舎

 これと並行して、独自の社内向け研修の研究開発にも着手。1983年には元ソニーの西順一郎氏の指導によって経営シミュレーションを通じて学ぶ「マネジメントゲーム」を導入。その後もファシリテーションやワークショップの手法を取り入れながら、研究者の大和信春氏から学んだ問題解決学をもとに「未来デザイン考程」といった独自のプログラムを開発、これらの研修をミックスした階層別研修にも力を入れる。

階層別研修の様子

 近年は、MBO(目標管理制度:Management by Objectives)を雇用形態にかかわらず社員全員に導入。「上から下へ一方通行にならずに、納得のいくように双方向の話し合いの中で目標設定と計画をつくるようにしています」(清水社長)という対話重視の方針で、毎年ブラッシュアップを重ねている。目標設定を社員自身で行うことは「自分で計画し、実行する、評価する」考え方の実践といえるだろう。

個人の自主性を尊重し、主体的な行動を促す

 こうして長年の試行錯誤を重ねてきた清水社長がたどり着いた現在の境地を次のように語る。

 「最近やっと、教えない教育とは『個人の自主性を尊重し、自ら行動して考える場と機会を創出すること』だと分かってきました。人は命令されても動かない、答えを教えても成長にはつながらないのです。だからこそ、自主性が大事なのです」

 つまり、教えない教育とは「自主性」を育み成長を促すものであって「背中を見て覚えろ」という昔ながらの職人教育の仕方を指すのではないのである。実際、博進堂は、仕事の手順そのものを教える教育は進化させている。作業の明文化とともに2年目の社員が新入社員の教育担当となって、品質を維持するための仕事の手順を丁寧に教えている。

 この背景には、学校アルバムは卒業シーズンに繁忙期がくるため、従業員150人の同社では毎年100人の短期アルバイト社員を繁忙期に雇い入れ、短期間の即戦力に育てる必要性もあった(アルバイトの中で「社員が気さくで仕事を丁寧に教えてくれる」という評判が定着し、毎年来るリピーターも多いという)

新入社員研修の中では、自分たちの食事づくりも共同で行う

 近年では、社員自身が講師を務める「社員の学校」もスタート。プログラムはDTPや印刷の基礎知識などから普段の仕事上のちょっとした工夫まで多岐にわたる。清水専務は立ち上げの想いを次のように語る。

 「偉い先生のありがたいお話を聞くという学びだけでなく、社員自身が仕事で役立つ、学びたいことを学ぶことにしました。もともと、社員一人一人の中にはマニュアルに書かれていない、大切な経験による知恵がたくさんあると感じていました。社員自身が、仕事を通じて得た知識や経験を次世代に継承するための先生となり、社員同士の学び合いの意識を高めてほしいと思ったのです」

 社員の知識や経験が明文化され、テーマとしてまとめられた講座数は、年間50にのぼる。また、自身が持つノウハウ・知識を人に教えることが、教える側の社員にとっても教育になっているという。そうした意味で「社員の学校」も「教えない教育」の一環なのである。

社員発案のアイデア商品や新しい取り組みが続々

 自主性を育む教育は、従業員による会社のための新しい提案となって現れた。例えば、2018年から始めた「オープンアートファクトリー」の取り組みも、社員からの発案だ。

 オープンアートファクトリーとは、地域の住民に工場を開放し、工場見学や本づくりが体験できるイベント。「子供たちから仕事をしている姿がかっこいいね、と言われることもあり、社員自身が『見られている』緊張感を感じながら、やりがいにもつながっているようです。従業員の家族が見学に来ることもあります」(清水社長)

 一昨年は300人以上が来社。こうした活動が地域での認知度を上げることや、新しい関係構築にも役立っているという。

地域住民に工場を開放する「オープンアートファクトリー」でも社員が先生役に

「オープンアートファクトリー」では安くておいしいと従業員から人気の食堂も開放する

 また、博進堂には社員発案のユニークなヒット商品もある。例えば、週めくりのトイレ用カレンダー「便蔵さまカレンダー」は、自社のオンラインYahooショップや量販店を通じて販売、毎年1万部以上が売れ、今年も完売した。

 こうした取り組みを通じ、同社の求人には若い人たちからたくさんの応募がくるのだという。

 若い世代に対する会社の想いについて、清水社長は次のように語る。

 「今は価値観が多様化しているからこそ、『自社は何を大切にしていて、どのような会社か』を分かりやすく発信することが重要だと考えています。

 そして、私たちと一緒に、学校アルバムなどの印刷の仕事に携わりたいという人が少しでも働きやすく、子育てや介護を理由に辞めることなく、長く勤められるような会社にしたいという想いでいます」

 こうした想いを背景に、同社では女性活躍の推進にも積極的で、2008年8月に「次世代育成支援対策推進法」認定マーク(愛称「くるみん」)を取得し、2018年には「プラチナくるみん」を取得した。全社員のうち約4割が女性社員で、HP Indigoデジタル印刷機のオペレーターも女性が担っている。また、前述の便蔵さまカレンダーを発案したのも女性社員だ。

 博進堂では未来に向けた新しい取り組みにも積極的な姿勢でいる。「ゆくゆくは工場を開放し、後世に残り続けるような“作品”を創出する場、人が集う場にしていきたいです。多くの子供たちにもアルバム作りをリアルの場で体感できるプラットフォームにしていきたいと考えています。また、国内外の修学旅行を誘致したいという気持ちもあります。一方、デジタルトランスフォーメーション(DX)にも積極的に取り組み、Webを通じた受発注についても、今後実現していきたいと考えています」(清水社長)

新たなアルバムの形として、定年退職記念アルバムのビジネスにも取り組む

印刷に誇りを持つ同志と「共創」したい

 博進堂の今後の教育についての抱負を清水社長は次のように語る。

 「技術の進歩やライフスタイルの変化、さらにはコロナ禍があり、答えのない時代に突入しています。だからこそ自分たちで課題も答えも発見していくことがより必要だと思います。ですから、今まで培ってきた自主性と創造性を育むような文化は継承しつつ、社内に留まらない広い視野を持って新しい技術を積極的に取り入れ、固定観念に縛られずに行動できる社員を育てていきたいです」

 こうした想いを発展させ、博進堂では長年の教育活動の強みを社内のみならず、社外にも積極的に展開する活動も開始。2012年に設置した「博進堂大学」では、社内外の企業研修の企画・運営、教材開発、インターンシップや会社見学の受け入れなどを実施している。この活動の一環として前述の「社員の学校」プログラムも社外に開放している。

 清水社長は自身が携わる印刷産業への想いについても語る。「多くの印刷物がデジタルメディアに代替され始め、影響を受けている状況はあります。一方で『本』だからこそ、『紙』だからこその良さがあります。私たちは学校アルバムをはじめとする自社の印刷の仕事に誇りを持っています。印刷は産業でもありますが、産業になる以前から文化を広める手段として人類の進歩に大きく寄与してきました。私たちは印刷産業の担い手として誇りを持ち、同じ想いを持つ方々と力を合わせながら、業界の発展と社会の文化が豊かになる一助になりたいと考えています」

 そして、その想いを共にする同志に向けて次のように呼び掛けた。「これからは同業であっても『競争』ではなく、協力しながら『共創』する関係性が重要になると思います。もし一緒に学びたい、創りたいという方がいらっしゃいましたら、ぜひご連絡ください」

 博進堂の門戸はいつも開いている。

取材協力

株式会社博進堂

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【本記事は JBpress が制作しました】

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