2021.04.30

月刊総務編集長に聞く(前編)!
令和時代に飛躍する企業が実践すべき「オフィスの再定義」

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 オフィスを今後どうすべきか。コロナ禍により、多くの企業がこの課題に直面している。

 リモートワークが推進され、オフィスへの出社率は大きく下がった。先行きが見えない状況を踏まえて、オフィスの解約、本社ビルの売却などの固定費削減を進める企業もある。

 しかし、このような状況だからこそ、あえてオフィスという空間の意義をもう1度考えるべきではないだろうか。オフィスの役割とは何か、改めてその存在価値を問い直す時期だとの声も多い。

 『月刊総務』 の編集長を務め、数多くの企業の取材を通じてオフィスを見続けてきた豊田 健一氏は、安易なオフィスの解約には警鐘を鳴らす。「オフィスは社員が演じる舞台装置であり、それを創り上げるのが総務」と語る豊田氏とともに、令和時代のオフィスの役割を再定義しよう。

生産型企業活動を実践するオフィスで重要視された「効率性」

 そもそも、なぜオフィスが必要だったのか。オフィスを再定義する上で、まずオフィスの根本的な価値の変遷を見ていこう。

 高度経済成長からバブル期にかけて、日本企業は右肩上がりに成長を続けた。1960年代には実質経済成長率が二桁を記録する年もあり、バブル崩壊直前の1988年でも6.4%と堅調に伸び続けた。人口増加の影響も受けながら、経済成長率は高水準にあり、敗戦で全てを失ってから「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と評されるまでに至った。

 モノもまさに飛ぶように売れた。3種の神器をはじめ、カラーテレビや自動車、クーラーなど現代の日本人にとって当たり前の製品が日本人に急速に普及したのも高度経済成長期以降だ。

 「作れば売れる」

 そんな時代に求められていたのは、生産に特化した組織だった。豊田氏は「生産性」について、ある例え話を挙げる。

 「生産性には2つの概念があります。和菓子屋さんに例えるなら、すでに販売しているお饅頭を、時間やコストをかけず『効率的』に作る生産性。もう1つは、新商品になるお饅頭を『創造』する生産性です。まずはこの2つの生産性の概念を理解する必要があります。そして、生産型社会における日本は、まさに前者を重視していました」

 この時代のオフィスに求められていたのは、まさに効率的にモノを生産するのに適した空間だ。社員全員が一同に集まり、生産するために必要な機能ごとに部門を分け、そのパフォーマンスを最大限発揮させるように職位など階層をつくる。島式対向でデスクを並べて、阿吽の呼吸で業務を進められるようにオフィスも設計された。

 このような取り組みを地道に重ねた結果、日本は生産型社会において経済面で大成功を納めた。しかし、これがゲームチェンジが起き始めた2000年前後から大きな足かせとなる。

 その変化の端緒は、ある製品の誕生が密接に関わっていると豊田氏は明かす。

 「1番大きかったのは、パソコンがオフィスに普及したことです。これが未来の働き方を大きく変えるきっかけになりました。デスクトップPCからモバイルPCになり、バッテリーの性能が向上して電源もずっとつなげる必要はありません。さらに無線LANによってLANケーブルからも解放されました。パソコンの変遷が働き方の影響を与えたのは間違いありません」

 生産型社会において、いわゆる工業とそれを支える金融などのサービスが重要視されていた。しかしパソコンの誕生と進化、インターネットの普及により情報革命が起こる。これに伴い、経済活動の中心も生産から知識産業へと世界の先進国は舵を切り始める。ITを活用したサービス産業の台頭だ。そこから10年程度で、GAFAなどのメガIT企業、まさに知識産業が世界を席巻していく一方で、過去の成功体験にとらわれた日本企業は、このシフトチェンジに大きく出遅れた。

 これはここ10年のオフィス形態からもうかがえる。生産型社会に最適化された日本企業のオフィスとGAFA(最近ではMicrosoft社を加えたGAFAM)をはじめ知識産業企業のオフィス設計は根本から異なってきた。先ほどの和菓子屋の例に沿うなら、世界を席巻する知識産業のオフィスは、まさに新しいサービスを創造し続けるためのオフィスになっている。

「オフィスの縮小」は安易に進めるべきではない

 時代が大きく変化する中で、このような理由からオフィスの再定義はすでに必要に迫られていたともいえる。しかし、それを加速させる事態が発生する。コロナ禍により、まさにオフィスのあり方は大きく問われることとなったのである。リモートワークが普及して、出社という概念が薄れつつある。都内の一等地に、高額な賃料を払ってまでオフィスを持つ意味があるのか。最近ではROIC経営の重要性が叫ばれ、稼ぐ力をつけるとともに固定資産や負債の圧縮も同時に求められている現代なら尚さらだ。

 実際に、オフィスの解約率は上昇傾向にあり、内装工事を手がける企業によっては、緊急事態宣言前後で原状回復工事の件数が倍以上に増えているケースもあるという。今後、コロナ禍が続けば、これはさらに加速するかもしれない。

 しかし、ここで立ち止まって考えてみよう。果たして、単純にオフィスを解約することが、企業に長期的な成長をもたらすのだろうか。

 これが「オフィスを再定義」するポイントの1つになる。豊田氏も安易なオフィス解約には待ったをかける。

 「今回のコロナ禍によって、社員は働く場所の自由を与えられたと思います。オフィスでなくとも、自宅、さらにコワーキングスペースをはじめとしたサードプレイスでも働ける職種が多いことが証明されました。しかし、オフィス以外でも働けるからといって、安易にオフィスを解約してしまうと、社員に対してこのメリットが提供できません。社員の中にはオフィスで働きたいと考える方います。必ずしも自宅やサードプレイスではなく、オフィスがよいという社員も一定数いるのです。その方に対してオフィスで働くという選択肢を与えられないのは、企業にとってデメリットになるかもしれません」

 豊田氏によれば「コロナ禍が収束したら、社員をできるだけオフィスに出社できるようにしたい」と決め、オフィスをそのままにしておく経営者もいるという。さらに、むしろオフィスを積極的に拡大する企業さえあると、その存在を明かす。

 「GAFAが、ニューヨークの中心部でオフィスを拡張しています。コロナ禍で社員がいつオフィスで働けるようになるか不透明ですが、彼らがオフィスは必要だと考えているのは明らかです」

 報道では、GAFAがニューヨークでオフィスを拡張する背景には、優秀な人材の獲得、ニューヨークが持つ文化的な蓄積や人材の多様性、交通の要所である点を挙げ、ポストコロナ時代でも人々を惹きつける要因があると指摘している。これらの観点も、今後オフィスを再定義する上で欠かせない要素だ。

これからの時代に強く求められる、オフィスの役割と条件

 それでは、今後オフィスに求められる役割は何か―。豊田氏は、これまで「効率性」を重視してきたオフィスとは真逆の発想を示す。

 「これからのオフィスは『創造性』と『社員エンゲージメント』を高める場に転換しなければなりません」

 その上で、『月刊総務』が全国の総務担当者に対して実施したアンケート結果を示す。「オフィスで働くことのメリットとは?」という質問(複数回答可)に対して、72.3%が「簡単な打ち合わせや質問がしやすい」を挙げ、52.8%が「雑談ができる」を挙げている。

『月刊総務』オフィスに関する調査より引用

 自身の業務を行うのは大前提として、社員間の交流を求める声が大きいのは間違いない。また、豊田氏はイノベーションを起こす企業は、社員が偶発に交流できるよう意図的にオフィスを設計していると指摘する。

 「スティーブ・ジョブズは、ピクサーを買収して本社を改装する際に『お手洗いは1箇所のみ』と要望を出しました。利便性を考えたら、複数あった方が社員の満足度も上がるでしょう。しかし、ジョブズには別の狙いがありました。お手洗いは必ず使う施設です。そうすると、そこに行く人が動線上でぶつかる。これにより、社員同士のコミュニケーションの頻度が上がるのです。イノベーションを起こそうと考えるマネジメントは、いかに人をぶつけて偶発的な出会いの場を創出するか考え抜いています」

 創造性が求められる現代において、イノベーションの創出は最重要テーマの1つだ。多様で優秀な人材をいかに集めて交流させるか。これまでは半ば強制的に行くのが当たり前だったオフィスを、今後「行きたい場所」に転換できるかが成長を続ける企業の条件の1つになる。実際、豊田氏が取材する企業の中には、それを実現すべく本気で取り組みを進めるケースもあるという。

 「最近取材したある企業では200〜300万円もする、世界一のバリスタが監修したコーヒーメーカーを導入して、社員が無料で飲めるようにしたそうです。オフィスで世界一おいしいコーヒーが飲める、こう聞くと行きたくなりますよね。そうやって、社員が行きたいと思えるような仕掛けが必要ですし、これは単なる福利厚生ではなく、社員同士を交流させイノベーションを起こすための企業戦略とも言えるのではないでしょうか」

 そしてもう1つ、今後のオフィス設計で欠かせない視点が「サステナビリティ」への配慮だ。これからはオフィスの消費電力やゴミの排出量の削減による温室効果ガスの抑制はもちろん、循環型経済の構築に役立つオフィスを目指さねばならない。また若く優秀な人材は、企業のサステナビリティへの意識に敏感だ。多様な人材を採用するには、このサステナビリティへの取り組みが欠かせず、それはオフィスの選定や設計にも大きな影響を与える。

 オフィスビルの運営会社によっては、入居企業に対して太陽光などの再生可能エネルギーによる電力供給を選択肢として提供し、温室効果ガスの排出量をゼロに近づける取り組みも行われている。さらに、日本政府が温室効果ガスの排出量を2050年までに実質ゼロにすると宣言してからは、問い合わせ件数も増加しており、企業の意識は明らかに変化している。

 そして、豊田氏はサステナビリティに対する取り組みはオフィス外にも広める必要があると説く。

 「SDGsが大きな注目を集めていますが、オフィスだけでなく、社員に一人ひとりが各々の家庭でもサステナビリティへの実践できるよう啓発するのが望ましいです。事例などと合わせて、サステナビリティに取り組みを紹介するなど、企業によっては総務が旗振り役を務める必要があるでしょう」

 イノベーションを創発し、サステナビリティにも貢献する。ポストコロナのオフィスの常識は、これまでの考え方から大きく変化する。総務が果たすべき役割を総括する意味で、豊田氏は最後にこのようなメッセージを送る。

 「総務はこれまでモノの管理が主でした。机を例にすれば、それを何個揃えればいいのか。最低限業務ができれば、コストの方が重要視されていたかもしれません。しかし今後は、コストより『どのような机を揃えれば創造性が発揮されるか』を考えねばなりません。そして、このような取り組みを積み重ねて、社員エンゲージメントを高める発想が、総務には求められるのです」

後編に続く)

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