2022.04.07

デジタル印刷テクノロジー最前線
複合現実を活用した次世代の印刷機保守サービス「xRServices」とは?

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 2021年11月、日本HPは複合現実を活用した次世代の保守サービス 「HP xRServices」を発表した。印刷業界初の試みとなるこのカスタマーサポートは、複合現実のテクノロジーを活用することによって、HPサポートエンジニアが物理的に離れた場所にいながら、あたかも現場にいるかのごとく、リアルタイムで印刷機の状態を共有し、迅速な問題解決に導くという革新的なサービスだ。新型コロナウイルスの蔓延により、リモートサポートの強化・拡充の必要性が高まる中、先進的なテクノロジーを駆使してお客様のミッションクリティカルな印刷ビジネスを支える「HP xRServices」の全容を解説する。

株式会社日本HP デジタルプレス事業本部 カスタマーサービス本部
テクニカルサポート部 部長 大森 康孝

HP xRServicesとは?

 HP xRServicesは、複合現実(MR:Mixed Reality)を活用した次世代のリモート保守サービスである。複合現実とは、ウェアラブルデバイスのカメラを通して認識された「物理世界」と、ホログラム投影による「デジタル世界」を重ね合わせて融合する最先端のテクノロジーだ。

 では、それが実際のサポート現場でどのように機能するのだろうか。まず、印刷機のオペレーターが専用のヘッドマウントディスプレイを頭部に装着する。すると、機器のセンサーが動作を感知し、オペレーターが実際に見ている目線の映像が、リアルタイムにコールセンターのリモートサポートエンジニアに共有される。対話は、ウェアラブルデバイスを通してMicrosoft Teamsの会議通話で行う。サポートエンジニアが印刷機の状態を見ながら確認し、問題を特定できたら、必要な情報を高解像度ホログラムに投影させ、遠隔作業支援を実施する。オペレーターは、現実空間に現れるホログラムを見ながらハンズフリーで部品交換などの作業ができるのだ。

 まさに、現場の印刷機のオペレーターと、コールセンターのサポートエンジニアとの間で、リアルタイムかつインタラクティブなコラボレーションを可能にする、空間を超えたサービスだといえる。

HP xRServicesの紹介動画(約1分半)はこちら

 ユーザーであるHPデジタル印刷機のオペレーターが使用する専用のウェアラブルデバイスは、マイク、スピーカーはもちろん、必要なソフトウェアを全て搭載した自己完結型のホログラフィックコンピュータで、視線、動作、音声コマンドで動作する。リモートでサポートに当たるエンジニアは、ユーザー視点の映像をPC上で確認しながら、専用のツールパレットを使用して、操作手順やパーツを特定する矢印などをホログラムに映し出すことができる。

 HP xRServicesは、HPのデジタルプレス全体を対象としたサポートサービスで、HP Indigoデジタル印刷機を始め、HP PageWide Web Pressインクジェットデジタル輪転機、HP 3Dプリンターなどの保守に対して有料オプションとして提供される。

HP xRServices開発の背景

 保守サービスの目的の一つは、お客様の印刷機のダウンタイムを最小化することである。工場の生産を停止させない為には、大きく2つの対策があると日本HP大森氏はいう。1つは、故障させない為の「予防保全」であり、プロアクティブな対策だ。もう1つは、やむを得ず発生してしまう突発的な故障に対する迅速なサポートである。HP xRServicesは、後者の突発的な故障に対するソリューションとして位置づけられている。どんなに優れた製品であっても、ハードウェアである以上、老朽化や故障は避けられない。訪問修理は、サポート拠点から印刷工場までの物理的な距離や、エンジニアの人数、出張スケジュールなどの観点から、どうしても時間を要することが多い。復旧までの時間をできる限り短縮するためには、お客様が自立自走できるように支え、リモートで迅速に解決できる道筋を作るのが最も効果的だと大森氏はいう。

 「エンジニアが訪問し、診断し、部品を手配し、修理が完了するまでにはどうしても時間がかかります。もしもその場で応急処置ができれば、生産を続行できるかもしれません。リモートで対応できればエンジニアの到着を待つよりも断然早いですし、仮にエンジニアが訪問する場合でも、先に問題点を特定し、必要な部品を手配しておけば、オンサイトでの作業はスムーズにいきます。リモートサポートを強化することで問題解決までの時間短縮につなげ、印刷機のダウンタイムを最小化したいというのが本サービスの開発の背景です」

 リモートサポートで使用するデバイスについては、タブレット端末やVRなど様々な案があったという。しかし、より高いサービスレベルやお客様のメリットを追求した結果、複合現実(MR)のテクノロジーが最も現場のニーズにマッチしていると判断された。

 HP xRServicesのリリースは、コロナ禍でリモートサポートの需要が爆発的に増えたことが後押しとなり、加速したといえる。諸外国では各地でロックダウンが行われ、外出禁止の戒厳令が敷かれた。先の見えないまま完全なるリモートサポートを強いられた地域も多く、HPはこうした非常事態環境下でもできるだけ迅速に、お客様にとって満足度の高いサービスを提供したいと考えたのだ。

HP xRServices活用のメリット

 日本でも、現在HP xRServicesの試験的な導入が進んでおり、「エンジニアの到着を待たずに復旧できた」という実績を着々と増やしている。また、HP xRServicesがその力量を発揮するのは、何も障害時に限ったことではない。例えば、印刷機を導入して間もないユーザーは、現場で生産を開始すると操作に不安を感じる場面が多々あるものだ。そんな時、
HP xRServicesを利用して質問すれば、専門用語や操作に不慣れなユーザーであっても、コールセンターで手取り足取り支援してもらえる。「まるでトレーナーに隣でサポートしてもらっているかのような感覚」だとお客様からは高い評価を得ているという。

 「お客様と同じ目線で実機を見ることができるのは大きなメリットです。これまでのリモートサポートは、電話によるお客様からのインプットが全ての情報源でした。障害の視覚情報を言語化して伝えるのは思った以上に難しいことです。正しく伝えたつもりでも、相手が異なる解釈で認識してしまうこともあり、状況把握を間違えてしまえば、解決までは遠回りになります。当社のエンジニアは、よりスムーズに問題解決に導けるよう、ヒアリングスキル向上のトレーニングなども受けていますが、やはり『百聞は一見にしかず』です。お客様の視界がエンジニアの視界となり、リアルタイムで現象を確認できることで、言葉での説明は最小限で済み、迅速なトラブルシューティングにつながるのです」と大森氏は語った。

 コミュニケーションの精度が高まることは双方にとって大きなメリットとなる。もちろんお客様にとっては、障害発生時のダウンタイムを最小化でき、生産時間の確保につながることが最大のメリットだろう。しかしそれだけではない。

 「自営保守の意識とスキルが高いお客様は、HP xRServicesを自社の強みにできていると感じます。メーカーに依存しなくても現場で対応できるのは印刷会社にとって大きなアドバンテージです。そのようなお客様は、生産計画と印刷機のコンディション、それに自分のスキルを加味して、柔軟にメンテナンスのスケジュールを組めるので、生産管理に強みがあるといえます」 

 さらに、災害やパンデミックのような有事の際は、生産管理だけではなく事業継続性がさらなる大きなアドバンテージとなるだろう。メーカーの訪問に依存せず、自分たちで自営保守できることが、工場の生産を止めない高いサービスレベルの提供につながり、競合との大きな差別化になるのだ。

HP xRServicesのウェブサイトはこちら

自走できる工場運営を実現する

 従来印刷機の保守というのは、トラブルがあればエンジニアが現地へ駆けつけるのが当たり前の世界だ。一方HPは、お客様の印刷機オペレーターにメンテナンス作業を託すというスタンスをとっている。それは、突発的なトラブルに迅速に対処できる力を養うことこそが、レジリエントで自律した工場運営につながると考えるからだ。

 「担当のエンジニアは、言わば印刷機の『主治医』です。かかりつけ医のように、定期メンテナンスとして定期的に訪問して問診をします。風邪をひいたり具合が悪くなったりしたら、リモートでアドバイスを受けながら自分で応急処置をして、次の点検の時に相談する。また、Predictive Press Careというマシンの稼働ログをクラウドサーバー上のAIで自動解析する機能もあり、この機能を活用して個々の印刷機の状況に合わせたより的確なメンテナンスをプロアクティブに提案します。さらに、HPは『アップタイムキット』というスペアパーツをお客様に提供していますが、それはまさに『置き薬』です。重大な故障に関わるパーツをユーザーが持っておくことで、部品配送の手間や時間が省けますし、障害切り分けの迅速な判断にもつながります。部品がなければ、様々な推測を立てるのに時間がかかりますが、現場に部品があれば、疑わしいパーツを交換してみて判断できるので、診断をショートカットできます。使用した部品は保守契約の範囲内で後日補充されるという仕組みです」

 壊れないようにプロアクティブなメンテナンスでしっかりと予防を行い、故障した際のリアクティブな修理については、HP xRServicesをはじめ、HP Print Careの自己診断機能や、リモートデスクトップなどのツールで迅速な応急処置ができるよう強力にリモートでサポートする。このように、HPはダウンタイムの最小化という指針に向けて総合的なサポートを行っているのだ。

新規ユーザーの立ち上げ支援

 もちろん、デジタル印刷機の導入から間もない新規ユーザーのことも忘れてはならない。いきなりリモートサポートと聞けば及び腰になるユーザーも多いはずだ。そこで、HPは他社以上に手厚い総合的な立ち上げ支援を実施している。

 「HP xRServicesが自動で印刷機を修理してくれるわけではなく、やはりサポートの中心となるのは印刷機のオペレーターです。オペレーターを支援するトレーニング、リモートサポートの体制、自立支援体制が揃ってこそ、相乗効果が生まれます。お客様に寄り添い、お客様自身のメンテナンス力向上を支えていくのがHPのサポートのコンセプトであり、HPの強みはそこにあると考えます」

 日本HPは、オンボーディングサポートの一環として、HPデジタル印刷機を新規導入されたユーザーに対して、トレーニングとランプアッププログラムを提供している。トレーニングはナレッジやスキル習得をロードマップにしたカリキュラムで、ランプアップは実際のお客様の仕事を通して、HPのエンジニアが現場で立ち合いながらサポートを行う、より実践的なプログラムだ。

 例えば、HP Indigoデジタル印刷機のオペレーター向けトレーニングは複数の段階に分けられ、レベル1では基本的なオペレーション、レベル2では部品交換やトラブルシューティング、レベル3ではより複雑なメンテナンスを習得できる。実際に、レベル2のトレーニングを完了すると「交換する部品がわかれば対応できるので作業のサポートは不要」というユーザーもいるという。その場合、HP xRServicesを使用すれば、障害切り分けに至るまでのコミュニケーションも短縮でき、より正確な処置ができる。つまり、いきなり立ち上げ直後からHP xRServicesを使うのではなく、ニーズに合わせて訪問サポートを使用し、オペレーターの習熟度に合わせてサービスを開始することもできるのだ。レベル2の段階にもなれば、HP xRServicesのケイパビリティを十分に発揮できるだろう。

 さらに、HPは印刷機の操作だけではなく、HPデジタル印刷機を活用したビジネス開発まで支援している。デジタル印刷機を導入して操作ができるようになっても、十分に活用してビジネスを回せなければ意味がない。物を製造して売るだけではなく、お客様のビジネスを立ち上げ、活用を広め、安定運用に導くまでがメーカーの役目であると考え、HPは専門のビジネス開発部門を持ち、お客様に伴走しながらビジネス開発をサポートしている。このように新規ユーザーのビジネス立ち上げサポートが充実しているのもHPの大きな特長だ。

 なお、非対面が求められる時代の変化に合わせて、一部のトレーニングはハイブリッド型に刷新している。従来は、対面式で5日間フルに実施していたが、生産を止めることが前提となり、トレーニングを受けたくても受けられないという声があった。現在、講義はリモートで対応し、5日間午前中のみに変更。実習はオンサイトで2日間とコンパクトにまとめている。従来と同じレベルの習得が可能で生産への影響も少なく、ユーザーには大変好評だという。

HPカスタマーサポートが描く今後の展望

 今後は、革新的で使いやすいサービスをさらに追求し、複合現実(MR)のテクノロジーを活かしたセルフガイダンスの拡張機能なども検討しているという。このセルフガイダンスの拡張機能を活用すれば、仮想コーチが実際にその場でアドバイスしているような感覚を得ることができるだろう。さらに、HP xRServicesは、1対1だけではなく、複数人のエンジニアが同じ現場の映像を共有することもできるため、チームで議論しながら解決に当たることも可能だ。例えば、エスカレーション対応など、日本HPのエンジニアが、HP Indigoデジタル印刷機の開発拠点であるイスラエルや上位エンジニアのいるシンガポールからサポートを受ける際にも活用できるだろう。

 また、印刷機のトラブルが滅多になく、せっかく導入してもHP xRServicesの出番が少ないというケースも想定される。トラブルがないことは幸いであるが、せっかくなので、トレーニングなど障害対応以外の機会でも活用を広げられないか、現在様々な可能性を模索している。

 「お客様のニーズは時代とともに変化します。お客様の声をよく聞いて、柔軟に対応していくことが大切だと私たちは考えています。一度確立した既成概念を ”Disrupt” つまり一旦破壊してまた創造していく、それが、HPのあらゆる事業に共通した姿勢でもあります」

 古いものを手放さなければ新しい流れはやって来ない、そんな発想からHPのイノベーションは生まれているのかもしれない。コロナ禍をきっかけとしてリモートワークが普及し、定着したように、HP xRServicesは、サポートに対する世の中の意識を変えるきっかけとなるだろうか。複合現実(MR)によって生み出されたサポートサービスが、ダウンタイムの最小化という大きな課題を解決する糸口となるか、その力量が試されるのはこれからだ。テクノロジーの進化が切り拓くカスタマーサポートの新たなステージから目が離せない。

HP デジタル印刷機
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