【谷 正友 編】第10回:教育DXロードマップを読み解く ~国が描く学校の未来図と自治体が「今」すべきこと~
元自治体キーマンが描く、ICT活用の過去・現在・未来シリーズ
2026-10-30
日本のICT活用の進化を決定づけるのは地方自治体だ。国家レベルの施策を実際に運用し、国民へのサービスとして昇華させるのは各自治体の役目でもある。そんな自治体において、ICT活用の進化が著しいケースがいくつかある。そしてその共通項として必ず浮上するのが、特筆すべき人材、いわゆる「キーマン」の存在だ。ここでは各自治体においてキーマンとして活躍し、大事業を達成させてきた人物にそれぞれが思い描くICT活用について語ってもらっている。彼らの考えや軌跡をみることによって、同じ自治体はもちろん、企業、組織にも大きなヒントが得られるはずなので、ぜひ熟読していただきたい。
取材:中山 一弘
一般社団法人 教育ICT政策支援機構 代表理事
- プロフィール
大手SIer、奈良市役所、奈良市教育委員会を経て、2022年一般社団法人教育ICT政策支援機構を設立、代表理事。全国各地の教育DX推進や県域共同調達、データ利活用、ダッシュボードに関するコーディネータを務める。現在、文部科学省学校DX戦略アドバイザー、総務省地域情報化アドバイザー、富山市教育DX政策監、JDiCE 日本デジタル・シティズンシップ教育研究会理事を務める。
最新の教育DXロードマップとは
前回は「教育ICTに関する翻訳家」というお話を伺いました。今回は教育DXロードマップがテーマです。学校や教育委員会では教育DXに取り組んでいますが、現在はどのように進んでいるのでしょうか。
デジタル庁等から公表された「教育DXロードマップ」は2022年に策定され、2025年6月に最新版が公開されました。
2022年版は批判的に受け止める人も多かったのですが、最新版は現場でも手が届きやすい内容になった印象です。「誰もが、いつでもどこからでも、誰とでも、自分らしく学べる社会」を引き継ぎ、「学ぶ人のために、あらゆるリソースを」という考え方が加わりました。対象は子どもに限らず、すべての「学ぶ人」です。
教育の中心となる子どもたちについては、デジタル技術を使って学びを助けることが重視されています。日本語を十分に扱えない家庭の子ども、読み書きが苦手な子ども、学校に行きにくいと感じている子どもも、デジタル機器を使えば授業を理解しやすくなったり、学習を楽しむきっかけを得たりするかもしれません。
先生の働き方にも大きく関係します。多くの業界でデジタル機器が普及した現在も、教育現場には「まず紙で」という文化が残っています。授業や準備、学校運営に加え、事務処理や先生同士の情報交換まで、つい最近まで紙を中心に行ってきました。そのために生じている膨大な作業をデジタル化によって減らせれば、先生にとっても大きな助けになります。
情報を蓄積すれば、家庭や子どもから申し出があった後に対応するだけでなく、学校側から「どうですか」と働きかけるプッシュ型の支援や、状況に応じた改善提案もしやすくなります。従来の1対30~40人の一斉授業とは異なる指導が可能になり、より高い教育効果を目指せるでしょう。ロードマップが描くこうした総論には、反対する人はあまりいないと思います。
具体的にどうしていけばよいのか
理念には賛成できても、個々の教育委員会が何をすればよいのかとなると難しさがあるようなお話を伺ったことがあります。現在、どのような取り組みが求められていますか。
具体策として、「12のやめることリスト(デジタルに変えること)」があります。難しいと評する人もいますが、書かれている内容自体は納得できるものです。最初に挙げられているのは、「電話等による児童生徒の欠席連絡等の受付をやめましょう」という項目です。次に、紙で保護者アンケートを取ることをやめるなど、12項目が示されています。
参考:教育DXロードマップ 令和7(2025)年6月13日版
デジタル庁は実施状況を定期的に調査し、達成状況をダッシュボード形式で公開しています。工夫して作られたリストだとは思いますが、私は「やめること」ではなく、「やることリスト」に変えたほうが効果は出やすいと感じています。
例えば、欠席連絡にアプリを導入しても、現場では従来どおり電話も受け付けがちです。職員会議の資料をデジタルで共有しながら、端末を使わない人のために紙も用意することがあります。これではデジタルと紙の両方の作業が発生し、仕事が増えてしまいます。欠席連絡も受付窓口が広がり、確認箇所が増えただけになりかねません。手段が増えた結果、見落としが起きては本末転倒です。
民間企業では社外との連絡に電子メールやチャットを使い、電話さえ減っています。一方、学校では保護者への「お手紙」が今も使われ、全体としてデジタルになり切れていません。
教育現場でこの話をすると、「デジタルが苦手な人は切り捨てるのですか」と聞かれます。もちろん、そんなことはありません。ただ、小中学生の保護者の多くはパソコンやスマートフォンを日常的に使っています。祖父母世代も60代くらいなら、仕事でパソコンを使ってきた人が中心です。
実際には「デジタルが苦手」というより、新しいアプリや連絡方法を知らないだけの場合が多いのではないでしょうか。間違えることへの不安もあるので、使い方を教え、「知っているか、知らないか」を乗り越える仕組みを優しく整える必要があります。一度経験すれば、2回目からは「これならできる」となるでしょう。利用者がキャッチアップできる関係をつくれば、結果として先生の仕事も楽になります。
「12のやめることリスト」はネガティブな印象を与えやすいため、「きちんとお手伝いします」と添えるだけでも受け止め方は変わります。デジタル庁は「誰一人取り残さない」と掲げています。デジタルデバイドを避けるためにも、ロードマップはこうした「優しさ」をもっと打ち出すべきだと思います。
デジタルツールの裾野の広がりと優しさ
家族がLINEを使うときも、祖父母に孫が教えることがあります。そういった環境で、無理なくアプリを自在に活用している例を何回か見たこともあります。ICTも少し優しく教えれば、すぐ使えるようになる人もいるでしょうね。
LINEの利用者層の広がりは圧倒的です。電話番号を知らなくてもLINEではつながっている、という関係も珍しくありません。
以前、選挙事務所を手伝った際、ボランティアとの連絡手段を確立する必要がありました。個人情報の扱いに配慮し、LINEのオープンチャットで、匿名でもよいのでグループに参加してもらいました。すると年配者も若い世代も同じように活動できました。年配の方も「孫に写真を送るのと同じだから分かる」と話しており、身近な経験につなげれば新しい使い方も受け入れられると実感しました。
セルフ式ガソリンスタンドも、登場時は怖くて給油できないという人がいましたが、今では年配者も普通に利用しています。始めてみれば、思った以上にスムーズに広がるものです。「分からない人にはじっくり教えます。聞きに来てください」という姿勢が大切でしょう。
学校では現在も、先生が現金を徴収することがあります。お金の管理は神経を使い、本来は先生の仕事ではないはずです。ここをデジタル化し、交通系ICカードや電子マネーなど幅広い決済手段を用意すれば、保護者の利便性も高まります。
パソコンが主に自分で作業する道具だとすれば、スマートフォンは人とつながり、楽しみを共有する道具です。コミュニケーションの価値があったからこそ、急速に普及したのでしょう。教育DXロードマップの世界観には、「これまでできなかったことを、こうすればできるようになる」という魅力があります。その理念に優しさを加えて進めることが大切です。
AIも含めた新しい世代の活躍に期待
AIの普及により、民間企業では業務の効率化が進んでいます。教育の世界では、今後どうなっていくと考えますか。
AIは使い手によって活用法が大きく変わるツールで、使ったことがある人とない人の格差が広がっています。経験者は「次はこんなこともできるのでは」と楽しみながら試し、仕事への活用法にも気付き、使い方を発展させていきます。一方、未経験者はテレビなどでAIを知っていても、自分のスマートフォンでも使えるとは思い至りません。
スマートフォンに話しかけるだけで自然な回答が返る様子を見せると、とても驚かれます。しかし一度見れば、「どうやるの。簡単そうだ」と使い始める人もいます。体験できる環境をつくることが、「誰一人取り残さない」取り組みであり、社会実装につながると思います。
教育DXロードマップには「2040年以降の社会を見据えた持続可能な社会の創り手の育成」と記されています。遠い話に聞こえますが、2040年は高齢者人口がピークを迎え、現役世代が大幅に減少するといわれる時期です。その社会を担うのは、現在0歳か、就学年齢に達する前後の子どもたちです。若い世代にどのような環境を用意し、どのような社会をつくるのかを今から考えることに、ロードマップの大きな意味があります。
ロードマップも、谷さんのような“翻訳家”が読み解いて広める必要がありそうですね。
読み解くには一定のリテラシーが必要で、忙しい先生には大変な面があります。私も支援していきますが、保護者にもこうした目標があることを知ってほしいと思います。
現在はGIGAスクール構想第2期の途中で、再来年には第3期も控えています。第1期の開始時に若手だった先生が、校長や教頭などの管理職になる例も増えました。管理職のなり手不足で校長が若くなるなか、「デジタルも大事」という価値観を持つ人が学校を率いることが普通になりつつあります。紙をすべてなくす必要はありませんが、「紙でなくてもよいこと」はたくさんあります。それを切り分け、優しさを持って変えていくべきです。
役所や学校では、問い合わせ対応にAIを使い、記録を残す例も増えています。働く人が減るなかでも利便性を維持し、冷たさを感じさせないサービスが重要です。
小学1年生からGIGAスクール環境で学んだ子どもが育ち、第1期に中学生だった人はすでに大学生や社会人として活躍しています。今後、こうした人材が続々と社会に出れば、生成AIやデジタル環境の使い方も変わるでしょう。これまで体験できないと思っていたことが日常になり、好奇心を満たす機会も増えるはずです。デジタルはあくまでツールです。新しい世代とともに、道具をうまく、楽しく使っていきたいと考えています。
国の施策として提示されるロードマップを正しく理解することで、ICT活用がより早く、広く浸透していくのではないかと考えさせられました。私は教育関連の組織に所属したことはありませんが、外部の人間にとっては分かりにくい表現も多いように思います。そこを谷さんのような方に優しく解説していただくと、こんなにも分かりやすくなる。ICTに対する考え方も、施策を提示する側の人々の成長とともに、優しい方向へ変化するといいですね。本日はありがとうございました。
- 第1回:奈良発GIGA先行と県域共同調達の舞台裏
- 第2回:奈良市が実践した「1人1台」が成功した理由とは?
- 第3回:なぜあの時、奈良県は成功したのか?GIGA端末の共同調達実現への道筋を振り返る
- 第4回:ネットワーク分離?ゼロトラスト?ネットワークの在り方で悩む教育現場の現状と対策
- 第5回:校務DXとデータ利活用 ~ダッシュボードが見せる「新しい学校のカタチ」~
- 第6回:「明るい不登校」という選択肢 ~ICTが拓く、誰一人取り残されない学びの保障~
- 第7回:デジタル・シティズンシップ教育への転換 ~「禁止」から「活用」のルールメイキングへ~
- 第8回:世界から見た日本のGIGAスクール ~韓国・台湾での登壇で見えた現在地と未来~
- 第9回:教育ICTの“翻訳家”として ~自治体・企業・学校の「言葉の壁」をなくす~
- 第10回:教育DXロードマップを読み解く ~国が描く学校の未来図と自治体が「今」すべきこと~
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