【中窪 悟 編】第10回:偽情報社会を生き抜くために ~自治体に求められるレジリエンス~
元自治体キーマンが描く、ICT活用の過去・現在・未来シリーズ
2026-10-30
日本のICT活用の進化を決定づけるのは地方自治体だ。国家レベルの施策を実際に運用し、国民へのサービスとして昇華させるのは各自治体の役目でもある。そんな自治体において、ICT活用の進化が著しいケースがいくつかある。そしてその共通項として必ず浮上するのが、特筆すべき人材、いわゆる「キーマン」の存在だ。ここでは各自治体においてキーマンとして活躍し、大事業を達成させてきた人物にそれぞれが思い描くICT活用について語ってもらっている。彼らの考えや軌跡をみることによって、同じ自治体はもちろん、企業、組織にも大きなヒントが得られるはずなので、ぜひ熟読していただきたい。
取材:中山 一弘
中窪商店(ITコンサル) 店主
一般社団法人コード・フォー・ジャパン Govtech チーム
総務省 地域情報化アドバイザー
総務省 地方公共団体の経営・財務マネジメント強化事業アドバイザー
- 自治体職員として30年間勤務。うち15年をいわゆる情シス担当として自治体の情報通信インフラからネットワーク及びシステム全般の構築・運用に従事する。
Googleのソリューションを全面的に導入し、自治体で初めてフルクラウドによるゼロトラストな環境を構築。2025年4月より現職。
偽情報に振り回されないために
前回は「デジタル民主主義」と「ブロードリスニング」などについて伺いましたが、最近では偽情報の氾濫なども問題になっているかと思います。中窪さんは偽情報などに関しては、どのようにお考えでしょうか。
偽情報(ディスインフォメーション)の問題に関しては、私は直接関わっていないのですが、Code for Japanという組織でも取り組まれています。
偽情報(ディスインフォメーション)に対する取り組み
参考URL:https://www.disinformation.code4japan.org/
選挙などもそうなのですが、最近では熊本地震などの災害が起きた際に嘘の情報が発信されて、それに現場が振り回され、混乱してしまうようなこともあります。
特にSNSではそういう偽情報が入りやすいので、それに対してX(旧Twitter)にある「コミュニティノート」という機能などでは、投稿された情報に対して訂正や補足をすることができます。こういった機能を使って、「これは正しい情報ではない」などのコメントを付けていくことができます。
Code for Japanでは「BirdXplorer」というプロジェクトによって、コミュニティノートのデータだけではなく、Twitter APIのデータや推定した言語やトピックのデータをAPI化することで、情報をまとめてダッシュボードで見せることができるような取り組みもしています。
すでに生成AIによって偽情報が作成され、それが大量に投稿されている実情もあるのでハレーションも起きますし、様々な問題が起きています。それを考えたときに、情報の真偽に関しても正しいものかどうかをチェックする手間や時間が増えているという問題もあります。
情報に関するチェックや、真偽の判断は今後ますます重要になってくるでしょうし、偽情報を信じて行政が動いてしまうようなことは避けなければなりません。その意味でも、こういった取り組みには注目していきたいと思っています。
自治体が発信する情報のあり方
行政が間違った情報によって判断した結果、住民を危険にさらしたり、不利益を与えたりすることは絶対に避けなければならないことですね。
偽情報をフィルタリングする仕組みなどは、現状ではまだ発展途上でそれぞれがいろいろなものを作っているという段階だと思います。悪意ある偽情報だけに限らず、生成AIがハルシネーションを起こし、「正しくない情報」が増えてくるという問題もあるでしょう。
ただ、ではこれまではそういった偽情報のようなものがなかったのかといえば、それこそ噂話やデマが広がって大きな騒動になった事件もたくさんあります。単に「自分がそう思っている」だけのことを「そうだ」と断言してしまう人や、それを受けて拡散してしまう人などは昔からいました。
これがSNSになってくると、悪意の有無に関係なく、ただ再生回数を稼げればいいという考えで偽情報を発信する人もいます。そして再生回数が増えてくると、必然的に他の人の目に触れる機会も多くなってしまうので、それに脊髄反射的に反応してしまい、さらに偽情報を拡散してしまう人も出てきます。
さきほどのコミュニティノートなどは、そういったことが起きたときに「それは違いますよ」といったん冷静になるよう促し、事態を鎮める役割があると思います。とはいえいま課題になっているのは、様々な情報があるなかでいかに正しい情報を届けていくのか、ということだと思います。
Code for Japanの取り組みについて教えていただきましたが、自治体などの現場からの情報発信のあり方についてはどうお考えでしょうか。
行政については、当然ですが発信する情報の信頼性や正確性といったことが求められます。住民の側でも、「行政側が出す情報は正しい」という前提で見ているので、誤りはできるだけ少なくしなければなりません。
また、もし誤りがあったとしても、それをしっかり訂正して発信できることも大切です。行政が出す情報は、生成AIなどから参照される基礎データになると思います。その意味でも、しっかりした情報を出していく必要があります。
従来はWebサイトに掲載する程度だったかもしれませんが、今後は情報の出し方も変わってくると思います。
属性情報やメタデータも含めて、いろいろなところで文脈として使いやすいような情報の出し方が必要になってくるでしょう。
偽情報があったとき、その真偽を判断するためのしっかりしたソースは、行政が出した正確なデータになるはずです。そう信じてもらえるように、日頃から情報の出し方も含めて考えていく必要があります。
どこの自治体でも正確な情報を出したいと思っているはずですが、現状では自治体によって情報量や出し方に違いがあります。その差があることで、自治体によって伝わりやすいかどうかや、見やすさなども変わってきてしまいます。そのあたりをどの自治体でもさらに高度化していくことや、均していくことも必要だと思います。
また、偽情報と一口にいっても、実は悪意があるものだけとは限りません。実際には「悪意なき偽情報」というものもあって、勘違いや他のコメントなどを鵜呑みにして拡散してしまうことなどもあります。熊本地震でも、炊き出しの場所を間違って拡散したりした事例もありました。
リアルタイム情報だと信じていたものが、実は別の場所の能登地震の話と混同していたりするようなケースもあったと思います。
災害が発生した場合に、例えば震災などがあったときにボランティアの窓口になるのは社会福祉協議会だと思いますが、まずそこが発信する情報を参照するなどということは、住民側でも理解しておく必要があります。住民側ではそのあたりは知らないことも多いので、普段からそういったことを周知しておくことも大切でしょう。これに関しては日頃から情報を出し続けて、しっかり認知してもらうことが大切です。
特に災害時にはいろいろな分野から、様々な人たちが地域に入ってきます。医療関係者や福祉関係者など、時系列に沿ってそのときに必要とされる人材がどんどん入ってきます。そこで課題だと感じるのは、それらの情報をまとめるということです。もちろん、それらに関する取り組みは始まってはいるのですが、これが高度化されていくことで、もし偽情報が混じってもそれを排除することができるようになります。
ただ、Xなどの場合には情報を更新しても、先に出した情報が上書きされるわけではないので残ったままになります。場合によっては、その古い情報を見て拡散してしまい、結果的に偽情報になってしまうこともあります。
こういう特性があることを、行政側もしっかり理解しながら取り組んでいくことが求められてくるでしょう。SNSサービスは行政がやっているわけではないので一定の壁はあると思いますが、それぞれの特性を普段から把握しておく必要があります。
住民の情報リテラシーを向上していくための取り組み
行政が正確な情報を発信していくことは当然として、それを受け取る住民の側でもそういった考え方は大切になってくると思います。住民の方の情報リテラシーの向上という点では、自治体によって取り組みに大きな差があったりするものなのでしょうか。
現状では自治体によって、バラツキがあると思います。先頃もニュースになっていましたが、地域によっては携帯電話の販売店がそういったリテラシーの向上のために、スマホ教室を開催するなどの活動をしているようなところもあります。
これは国からも協力要請があったりして、そういう動きになっているのですが、そもそも自治体のなかにそういった販売店が存在しないところもたくさんあります。そこには地域格差があるのですが、こういう状況を理解して取り組んでいる自治体もあれば、そうでないところもあります。
これは公助というようなことではなくて、もはや互助なのだと思いますが、地域間格差を縮小するためには国などももっと考えるべきところです。
ただ、SNSのツールの変化というものも大きくて、例えばTikTokのようにショート動画がどんどん流れてきて、単純に感情に訴えるだけだったりすることも増えています。
そうした状況で、感情的なものだけでなく情報を自分で熟考して理解する、といった機会自体をどうやって作るのかも難しい問題だと思っています。情報リテラシーに関しては、そのときに使っているツール側の影響も非常に大きいと思います。
現在はGIGAスクールなどの学校教育を通じて、小学生くらいからネットリテラシーの話もされるようになってきています。そこで教わった子どもたちが社会に出てくるようになれば、また少し変わってくるのかなという期待も持っています。家庭教育だけでは無理だと思うので、公教育のなかで育てていくことも大切です。
その情報のソースがどこにあるのか、それは正しいのかということを判断していける力を付けることが、いちばん大切なことだと思います。我々のような世代の人間にとっても、これは同じく大切なことだと思います。
こうしたことを多くの人が身につけていけば、様々な人たちが自由に意見を言い合える場所づくりにもつながると思います。地域の視点でいえば、暮らしの基盤としてのコミュニティづくりにもなっていくでしょう。地域の当事者としてみんなが考えることを、正しい情報をベースにしてやっていければ、地方でも国でも問題を解決しながら進めていけると思います。
偽情報やSNSでの理想的な情報伝達などについては、まだまだ自治体も住民もリテラシーを身につけていく必要がありそうですね。一方で、正しい情報共有ができるようになれば、身近な問題の発見も容易になり、解決への近道もすぐに見つかりそうです。今のGIGA世代の子どもたちが今後の主役になるころには、もっと良いツールも出てきそうですし、私たちの世代でも意見が言える場があるのはうれしいことです。そのための環境づくりにはぜひ協力したいです。本日はありがとうございました。
- 第1回:肝付町を変えた光回線と行政DXの起点
- 第2回:オンプレミスからクラウドへの変革はなぜ必要だったのか?
- 第3回:すべては必然だった!クラウドが促進した“場所”からの解放
- 第4回:ICTの考え方を根本から見直す!構造の転換が自治体DXを促進する
- 第5回:ゼロトラストの先に見据える自治体セキュリティの未来
- 第6回:働き方を変え、地方の暮らしを豊かにするゼロトラストの実践
- 第7回:レガシーシステムは「遺産」となるか? ~AIとの共存戦略~
- 第8回:デジタルディバイドの深化と新たな課題 ~「使える」のその先へ~
- 第9回:ブロードリスニングが導くデジタル民主主義の未来
- 第10回:偽情報社会を生き抜くために ~自治体に求められるレジリエンス~
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