【藪上 憲二 編】第10回:本当のDXは一体いつになったら実現するのか?デジタル化すら二重投資となる自治体のジレンマ
元自治体キーマンが描く、ICT活用の過去・現在・未来シリーズ
2026-10-30
日本のICT活用の進化を決定づけるのは地方自治体だ。国家レベルの施策を実際に運用し、国民へのサービスとして昇華させるのは各自治体の役目でもある。そんな自治体において、ICT活用の進化が著しいケースがいくつかある。そしてその共通項として必ず浮上するのが、特筆すべき人材、いわゆる「キーマン」の存在だ。ここでは各自治体においてキーマンとして活躍し、大事業を達成させてきた人物にそれぞれが思い描くICT活用について語ってもらっている。彼らの考えや軌跡をみることによって、同じ自治体はもちろん、企業、組織にも大きなヒントが得られるはずなので、ぜひ熟読していただきたい。
取材:中山 一弘
一般社団法人 日本管理者支援機構
代表理事
- 1979年生まれ、大学卒業後、準大手建設会社入社後、姫路市非常勤職員、気象庁職員、IT企業役員を経て2005年姫路市入職。4年間生活保護ケースワーカとして勤務後、IT部門のシステム管理課(現:デジタル戦略室)へ異動。端末、ネットワーク、セキュリティそれぞれの調達・運用の他、情報系仮想基盤やネットワーク分離の調達・運用も主担当として9年間携わる。その後、教育委員会事務局のIT部門である教育研修課へ異動し、教育委員会におけるGIGAスクール構想に関することを含むIT整備全般を主担当として4年間携わった後退職。(一社)日本管理者支援機構を設立し、自治体や教育委員会の支援に奔走中。保有資格に高度情報技術者(ST、SM、PM、SA、NW、SC)など。
デジタル化で発生する二重投資とは
今回のお話では、自治体の業務をDX化していくときに起こりがちな、「二重投資」という問題について教えていただけるということですが、これはどういったことなのでしょうか。
私が自治体の現場で働いていたときに担当したもので、「施設予約システム」というものがありました。このシステムは、それぞれの施設の空き状況を一元的に閲覧でき、場合によっては利用料の支払いまでできる機能を備えていました。
ただ、当時はみんながスマホを持っているという状況ではなかったので、特に高齢者の方などはシステムがあっても使うことが少なくて、結局は窓口まで来られることも多かったのです。
そこで何が起きるのかといえば、窓口で申請書を書いてもらうことになるのですが、システムへの登録が必要なので、その転記作業を職員が代わりに行うことになります。
その手間を考えたら、最初から紙だけの方が1回の作業で終わるというようなことになってしまって、デジタル化によって二度手間が発生することになりかねません。
デジタル化しても紙の書類での申請が残っていれば、結局は二重投資の状態になってしまって、本来進むはずの効率化と低コスト化が、まったく進まないということになってしまいます。この状況では「デジタル化になんの意味があるの?」という意見さえ出てきてしまいます。
そうなってしまうのには、役所の側で「紙の書類も必要だから残さないと」という意識があるのでしょうか。
本当のことをいえば、役所の側ではなるべく紙の書類は残したくないというのが本音だと思います。
なぜかというと、紙の書類の場合は例えば5年間保存などのルールがあって、申請書なども勝手に処分することはできません。そうなると保管場所やそれにかかるコストも必要になるので、なるべくなら減らしていきたいと考えているのです。
しかし、住民の方によってはデジタル化できない場合も当然あるので、それらの方に対応するためにもすべてやめてしまうわけにもいきません。
どこかで割り切るという判断ができればよいのですが、首長の姿勢や地域の環境などによってもそのあたりは変わってくると思います。
いま実際の現場がどうなっているのかというと、完全デジタル化と紙の文化の中間点くらいの感じで、「書かない窓口」などに代表されるように両方のやり方を残しつつ、デジタル化に移行しようとしているようなところだと思います。
マイナンバーなどに関連する業務でも、いまは最終的には紙ベースで出しているという実情があります。
ペーパーレスと紙文化
最近では住民票や印鑑証明なども、マイナンバーカードを使い、コンビニなどで手軽に取得できるようになってきました。ただ、いったん市役所に行くと窓口に並んでいたりしますし、これがしばらくは続くということでしょうか。
やはり高齢者を中心として、まだまだデジタル化に対応しにくい住民の方もいらっしゃるので、対応が難しいところでもあります。
実際に私がいた姫路市役所などでは、なるべくコンビニでできることはそっちに振りたいので、コンビニでやると手数料が安くなるなどの設定をしていました。
ただ、どうしても来庁される方が多いというのと、本人だけの操作で発行できるものが限られているという問題があります。やはり役所の職員が介在しないと、発行できない書類などもまだまだ多いので、そういったことによって窓口で並ばなければいけないようなことも起きています。いまだに手書きの書類も多いですし、印鑑が必要になる場面も多く残っています。これには、自治体側の意識が旧態依然としている状況もあると思います。
自治体側にも「住民の方だけではスムーズに処理できない」という先入観を持っている場合もあって、それが原因でデジタル化が進んでいかないという場合もあるでしょう。
しかし、他業種の進んでいるところでいうと保険業界などは、最近では保険会社や代理店の人はみんなタブレットを持っていて、お客様にもそれを使って商品の説明をしたり、届け出をしてもらったりするのが普通になっています。印鑑も使わず、手書きが必要になる場面はタブレットでサインをしてもらうところだけだったりします。携帯電話の契約なども、同様にタブレットですべて済ませるのがもう普通だと思います。
自治体業務の場合も、デジタル機器で完結する、こういうやり方を目指すべきだと思います。とりあえず「手書き書類ではなくデジタル機器で入力してもらう」ところを当面の目標にすべきでしょう。
紙をなくすことと、デジタルに不慣れな住民への配慮は、どのように両立すればよいのでしょうか。
大切なのは、紙とデジタルをいつまでも同じ形で併存させることではなく、住民の手続きは職員が支援しながらデジタルで完結させることだと思います。例えば、窓口にタブレット端末を置き、職員が画面を一緒に確認しながら入力を手伝えば、住民に紙を書いてもらい、後から職員がシステムへ転記する必要はありません。住民から見れば対面で相談できる安心感を残しつつ、自治体側では最初からデータとして受け取れます。
また、手続きを一度にすべてオンラインへ移すのではなく、利用件数が多く、入力項目が比較的少ないものから順に変えていくことも現実的でしょう。その際には、単にシステムを導入した件数ではなく、紙の申請や転記作業がどれだけ減ったか、処理時間や住民の待ち時間がどれだけ短くなったかを確認する必要があります。デジタル化そのものを目的にするのではなく、住民と職員の双方の負担を減らせたかを成果として見ることが重要です。こうした小さな成功を積み重ね、現場に効果を実感してもらうことが、次の改革にもつながると思います。
いまは税金の申告などでも、オンラインで入力させるやり方が一般的になっています。国がやることに関しては、オンラインでできることが増えているので、自治体業務についてもそういうところを増やしていく必要があります。
前回もお話ししましたが、自治体の業務の中の法定事務などについては、国がそういったシステムを使って対応してくれるようにしてもいいと思います。
とはいえ、国からの補助金に関する事務などは、まだまだ紙ベースだったりもします。そのあたりについては、国側の意識を変えてもらうことが大切です。「いままで紙だったから」ということで、その方が業務としても慣れているから惰性で続いているという側面もあると思います。
自治体での人手不足に対応するために
いずれにしても、今後働く人の人口がさらに減ってくると、否応なくデジタル化を進めていく必要があるようにも思えますが、そのあたりはどうなのでしょうか。
いま自治体を就職先として選ぶ人がかなり減ってきていて、どこの自治体でもそれは問題になっていると思います。人手不足のために、人材の質的な担保が難しくなっているようなところもあります。これに対応するためにも、デジタル化を進めないと業務が成り立たないのではないかと思います。
最近ようやくというところでは、いままで残っていたFAXによる紙でのやり取りなどは、かなり減ってきたと思います。こういうところは、役所がリーダーシップを取っていかないと進んでいきません。デジタル化を進めるためには、それを前提として考えなければ進まないと思います。
実際の業務で考えても、デジタル化を進めた方が仕事は楽になると思うのですが、既存のやり方に固執するようなところもまだまだ残っているようです。
手書き書類の場合、けっこう問題になるのが文字を判読できないことがよくあるということです。国勢調査などでも、書き間違いや誤字脱字、癖のある文字などの確認に、想像以上の時間を取られています。これを解決するためにも、きちんと入力フォームを作って入力してもらった方がはるかに事務負担も減るはずなのですが。
もちろん自治体業務では、現場で直接住民の方などに対応しなければいけない仕事もたくさんあります。それも重要なので残っていくはずですが、書類ベースの業務に関しては間違いなくデジタル化が進んでいくと思います。
いまGIGAスクールで学んでいる子どもたちが大人になって社会に出てくれば、これはさらに一気に進んでいくことは間違いないでしょう。
役所の場合は機微データなどもたくさんあるので、簡単には情報を出せないという事情はもちろんありますが、それもカバーしながら徐々にでも切り換えていかなければなりません。生成AIの利用などに関しても、これは同じだと思います。
そのためには、やはり意識改革が必要だと思います。役所の場合は「文句を言われたら困る」ということが、どうしても頭にあると思います。そこをどう突破していくかということも、現場では重要になってきます。これは現場の担当者ではなく、上司や首長などがきちんと責任を取って、改革を主導してくれることが大切です。そうすれば現場は動きやすいですし、デジタル化も進みやすくなるでしょう。
地方議会の議員さんには高齢者も多いので、そういった方の意識改革が必要になる場合もあります。このあたりはジレンマなのですが、自治体ならではの「しがらみ」を取り払っていけるかどうかもポイントだと思います。
自治体DXは、新しいシステムを導入するだけでは実現しないことが分かりました。例えば紙文化についても、紙を前提とした業務や従来の慣習を見直し、住民への配慮と職員の負担軽減を両立させる必要があるのだと思います。人手不足が深刻になるなか、首長や管理職が責任を持って改革を主導できるか。本当のDXを実現する鍵は、技術以上に自治体の決断と意識改革にあるのですね。本日はありがとうございました。
- 第1回:自治体ICTを動かすキーマンの原点
- 第2回:ICTのための予算獲得には「理屈」が必要な訳とは?
- 第3回:IT部門は“何でも屋“?自治体におけるIT部門の位置付けを考える
- 第4回:他力本願も大いにあり!自治体のIT人材育成を考える
- 第5回:なぜ自治体にはIT部門がいくつもあるのか?部門の「壁」の実態を探る
- 第6回:マイナンバーの導入と共にあったネットワーク分離とその功罪
- 第7回:コロナ禍を通じて一気に進んだ「GIGAスクール構想」と教育ITインフラの大幅な進化、そしてゼロトラストネットワークへ
- 第8回:日本の自治体インフラはパブリッククラウド一辺倒で大丈夫!?本当に費用対効果の比較をしているのか!?
- 第9回:システム共同化 ガバメントクラウドは何のため?
- 第10回:本当のDXは一体いつになったら実現するのか?デジタル化すら二重投資となる自治体のジレンマ
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