【谷 正友 編】第7回:デジタル・シティズンシップ教育への転換 ~「禁止」から「活用」のルールメイキングへ~

元自治体キーマンが描く、ICT活用の過去・現在・未来シリーズ

2026-08-03

校務DXとデータ利活用
校務DXとデータ利活用

日本のICT活用の進化を決定づけるのは地方自治体だ。国家レベルの施策を実際に運用し、国民へのサービスとして昇華させるのは各自治体の役目でもある。そんな自治体において、ICT活用の進化が著しいケースがいくつかある。そしてその共通項として必ず浮上するのが、特筆すべき人材、いわゆる「キーマン」の存在だ。ここでは各自治体においてキーマンとして活躍し、大事業を達成させてきた人物にそれぞれが思い描くICT活用について語ってもらっている。彼らの考えや軌跡をみることによって、同じ自治体はもちろん、企業、組織にも大きなヒントが得られるはずなので、ぜひ熟読していただきたい。

取材:中山 一弘

今回のテーマは「デジタル・シティズンシップ」となっています。一般的には「デジタル技術を安全かつ倫理的に利用し、社会に主体的に参加・貢献する能力」を指していて、デジタル社会を生き抜くための情報モラルやテクノロジーで社会課題を解決し、他者との協働を目指す概念だと理解されていると思います。谷さんはどのようにしてデジタル・シティズンシップにたどり着いたのですか?

デジタル・シティズンシップという概念そのものは、2000年代から国際的に提唱されてきたものです。ただ、日本の学校現場で広く 必要とされ始めたのはGIGAスクール構想が本格化した 後、つまりコロナ禍のころからでした。

もちろん、そのころにはスマートフォンやパソコンがすっかり普及していましたから、子どもたちは放課後にはスマートフォンで、自宅ではパソコンでインターネットにつながり、SNSやゲームを楽しむようになっていました。

当時から、SNSやゲームには多くの問題があり、ネットの仲間外れや、ネットの中だけでもつながりに依存するようなケースが後を絶ちませんでした。学校側としてはそれらの問題は家庭の問題として捉え、関与しないという風潮が多かったように思いますが、GIGAスクール構想が始まり、コロナ禍ということで自宅にいる子どもたちにオンラインで授業を届ける必要が出てきました。つまり、これまでは傍観していたインターネットにまつわる課題に、学校側としても対応しなければならなくなったということです。

もちろん、こうした課題は教育委員会全体で共有しなければなりません。当時私が在籍していた奈良市では、まず 「インターネットは学習にも有用なものだ」というところから意識の統一を図っていきました。こちらの意図することについては理解していただきましたが、その際に学校からも「実情を理解してほしい」という声もあり、それも真剣に受け止める必要がありました。

それをどうするかを考えて、私もいろいろと調べたり考えたりしながらたどり着いたのが、「デジタル・シティズンシップ」という考え方になります。「規制するだけでは何も解決しない」というのが第一にあって、それではどうするか、どう使っていくのかを自ら主体的に考えていくことが大切だという考え方になります。

従来の「情報モラル教育」は、インターネットの怖さを教えて行動を抑止する方向に働きがちでした。デジタル・シティズンシップはその逆で、使うことを前提に、子どもたち自身が善き使い手として考え、判断する力を育てていくものです。ここが一番大きな違いだと思います。

谷さんにとってデジタル・シティズンシップのどのようなところに惹かれたのですか?

第一に「規制するだけでは何も解決しない」という部分ですね。それは、「何でも好きに使わせる」ということとは異なり、「自ら考えて主体的に使っていく」ということにつながります。これはデジタルに限らず、一般の市民社会とも共通していることです。

デジタルなコミュニティのなかに絞るとしても、その環境のなかでどう立ち振る舞っていくのか、あるいは自分にとって大切なものは何なのか、ということをしっかり自律的に考えて使っていくことを軸にする、というのがデジタル・シティズンシップの基本的な考え方になると思います。

大切なのは自己決定であって、自分でバランスを取った使い方を選んでいくことです。例えば大人が「ゲームは1時間」と決めるのではなく、子どもたち自身が24時間のなかで学校や睡眠や食事などの時間をちゃんと考えて、残った時間のなかからどれくらいゲームに使えるのか考えていきます。もちろん、ゲームの他にも漫画を読むことやスマホを使うこともあるかもしれませんが、それらとバランスを取ってどのくらいの時間があるのか、自分で考えていくことが重要だということです。この「自己決定」という考え方は、子どもの権利条約が定める意見表明権や、2023年に施行されたこども基本法の理念とも重なります。国連の子どもの権利委員会も2021年の「一般的意見25号」で、デジタル環境における子どもの権利を正面から取り上げていて、国際的にも「危険から守る」だけでなく「子ども自身の権利として使う」方向へ舵が切られているのです。

時間の使い方だけではなく、ゲームでもSNSでもバーチャル空間のなかでの、自分の発言についての責任ということも考えていく必要があります。あるいは友達同士のコミュニティのつもりのところで、ちょっと言葉足らずだったためにまったく逆の意味に取られてしまって、トラブルが起きるようなこともあります。

そのときにきちんと相手と向き合って誤解を解かなくてはならないこともあるでしょうし、直接会って話をして解決するようなことが必要になるかもしれません。そうした物事を解決する方法も子どもたちに学んでいってほしいことのひとつになります。

そのほか、「デジタルタトゥー」とよく言われますが、度を超した「やらかし」というものはなかなか消えないという問題もあります。最近でもよくありますが「迷惑動画」などに関しては、もういたずらでは済まないので長い期間ネット空間に残ってしまうことにもなります。

オンライン上での振る舞いということもきちんと自分で考えていかないと、リアルな社会では決してやらないような攻撃性が表に出てしまうような人もいるわけです。そういうことをしっかり考えるのがデジタル・シティズンシップなのです。

この考え方に基づいてインターネット活用の正しい在り方について教育を進めていくことで関係者の理解を得て、取り組みがスタートしました。これが令和2年度前後の、コロナ禍だった当時の話になります。

インターネットに潜む危険性や情報モラルは、大人でも理解されていないケースがあるように思います。

インターネットやSNSを上手に使いこなしている子どもに話を聞くと、やはり「胡散臭さ」のようなものを敏感に嗅ぎ分けるアンテナのようなものを持っていると思います。「ああ、あれはダメだね」と自分で判断できて、上手に渡り歩いている高校生や大学生はけっこう多いと思います。

ただその一方で、そういう罠に無警戒にはまり込んでしまって、やたらと買い物が止まらず、最終的には犯罪に近いところに行ってしまうような人もいます。

この差がどこで出てくるのだろうと考えてみると、デジタル向けで何か特別なことを知っているから有利だとか、そういうことではないのだと思います。一般社会のアナログも含めた価値判断や思考、そういったことをきちんと身につけているかどうかの方が、実際には役立ってくるように思えます。だからこそ「禁止」だけではそういったことが分からないといえるのです。

「禁止」というのは目の前の一瞬の秩序を実現するのには便利なのですが、その場を離れたときに同じ判断ができるかというと難しいところがあります。

「できること」と「やっていいこと」の区別をどうつけるかは、SNSやゲームの世界でも大切なことです。サービスを提供する側の方でも、こういうことを配慮することはもちろんですが、ユーザーの側が賢くなることで不適切なサイトなどが駆逐されていくことにつながるはずです。

スマホ広告などがいい例ですが、ユーザーに不便を強いるようなものも最近話題になっています。広告を作る側も節度のあるやり方をしないと、結局はユーザー離れを招いてビジネスモデルとして成立しなくなってくるはずです。とはいえ、大手企業がやっているような現状もあります。だからこそ、ユーザー側が知識や対応策を身につけ、「賢いネット市民」を育てていく必要があるのです。

デジタル・シティズンシップは現状でどれぐらい教育に浸透しているのでしょう?

GIGAスクールが実際に始まってから結構な年月も経っていることもあり、学校や教育委員会の考え方もかなり変わってきたのではないかと思います。

とはいえ、全国は1,741の市区町村がありますが、教育のデジタル化関連についてのイベントや展示会などで、積極的にデジタル・シティズンシップの情報収集に来るのはまだ少数です。

日本最大と言われる「EDIX」などのイベントでも、どのくらいの教育委員会などが視察に来ているかといえば、1~2割程度がせいぜいといったところです。逆に、そうしたイベントに来ているような人たちは、デジタル・シティズンシップなどについても情報を知っていることが多いと思いますが、そうではない8割以上の地域の人たちはまだ知らないというのも実情だと思います。

私もいろいろなところでお話しすることもあるのですが、地域によっては相当古い考え方で進めているところもあります。そこでたまたま講演しても、継続性がなければ何も変えていくことにはつながりません。取り組んだという形だけが残って、実際には何も変わらないままというケースもまだまだあるのです。

GIGAスクールも2期目になっていますが、いまだにネット環境もマシン環境も古いままというところもあるのです。そういう地域では、デジタル・シティズンシップという言葉が何を指すのか理解してもらえないようなこともあります。

文科省も頑張ってはくれているのですが、なかなか伝わっていないところもあるのだと実感することもあります。その意味では日本国内の温度差が大きくて、そこをどう解決していくのかも課題として残っていると思います。

ただ、特定の誰かに頼るような属人性を持たせてしまうのは、本来目指すべき姿とは異なると思います。役所の担当者が変わっただけで、ガラッと変わってしまうこともありますが、本来はそれに関係なく継続していかなければならないことなのです。

その一方で、先進的な地域の子どもたちの環境を考えると、大人も子どもも関係なく高性能な機材を使いながら学んでいくことが多くなっています。特に高校生などになれば、場合によってはワークステーションなどまで使いながら、プロにも引けを取らない動画制作を学ぶような事例まであるといいます。

政策の側でも追い風は吹いています。文部科学省の生成AIガイドライン(Ver.2.0)には「一律に禁止したり義務付けたりするものではない」と明記されましたし、次期学習指導要領の議論では、情報活用能力が学習の基盤となる資質・能力として位置づけ直され、生成AIのリテラシーもそこに統合されていく方向です。「禁止」から「活用」へという流れは、国の方針としても固まりつつあります。デジタル・シティズンシップは、まさにその土台になる考え方なのです。

そうしたデジタル教育の先進的な事例を含めて考えながら、デジタル・シティズンシップについてもさらに広めていく必要があると思っています。学校はけっこう古くさい面もあって、放っておくとなかなか進まないところもあります。そういったケースでは教育委員会や文科省などの働きかけも重要だと感じています。地域による格差を広げないためにも、デジタル・シティズンシップが早く日本中の常識になるようにしていきたいですね。

本日はありがとうございました。

連載
  1. 第1回:奈良発GIGA先行と県域共同調達の舞台裏
  2. 第2回:奈良市が実践した「1人1台」が成功した理由とは?
  3. 第3回:なぜあの時、奈良県は成功したのか?GIGA端末の共同調達実現への道筋を振り返る
  4. 第4回:ネットワーク分離?ゼロトラスト?ネットワークの在り方で悩む教育現場の現状と対策
  5. 第5回:校務DXとデータ利活用 ~ダッシュボードが見せる「新しい学校のカタチ」~
  6. 第6回:「明るい不登校」という選択肢 ~ICTが拓く、誰一人取り残されない学びの保障~
  7. 第7回:デジタル・シティズンシップ教育への転換 ~「禁止」から「活用」のルールメイキングへ~

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