2020.01.30
アクセラレーターが語る日本企業の課題と可能性(後編)
WiL 共同創業者CEO 伊佐山元
日本の大企業はイノベーションを興せるのか――。
日本企業のイノベーションを支援するJapan Innovation Network(JIN)専務理事・西口尚宏氏とWiL CEO伊佐山元氏による対談。前編では、日本の大企業がイノベーションを興こすための方策が提示された。
後編では、イノベーションにまつわる誤解とあるべき教育の姿を語っていただく。そしてそこから導き出された日本企業の可能性に対する結論とは――。
――前回、イノベーションの発信地とも思えるシリコンバレーで「テック(技術)の前にリベラル・アーツ(一般教養)」という潮流があるというお話がありました。どんな背景があるのでしょうか。
伊佐山: 世界の成り立ちや多様性を理解した上で、きちんとした思想を持たなければ、技術やお金に振り回されるだけの人間になるという危機感からです。
というのも、シリコンバレーは、技術と資本主義の論理が強く支配してきました。そのため、数々のシリコンバレーの成功者たちのように、大学を中退して起業し、お金持ちになってほしいと期待する親も多くなりました。しかし、そうした論理が支配したアメリカで非常に大きな問題が発生しました。貧富の二極化です。
世界で一番地価が高い、つまりお金持ちが多いと言われるサンフランシスコが、同時に最も窃盗とホームレスの多いエリアでもある。そんな皮肉な現実が象徴的です。
資本主義の勝者たちは努力したから金持ちになった、ホームレスは努力が足りないから貧乏になったという明解な論理がそうした社会をつくってしまったのです。
こうした論理は、日本のようになんとなくみんなが一緒の状態がいいという状態に比べて緊張感があるという点で、もちろん良い要素もあります。
――「アメリカン・ドリーム」という言葉が表すように、実力があれば勝者としての成功をつかめるということですね。
伊佐山:そうです。しかし、それが行き過ぎて勝った人が負けた人をないがしろにしていいのか、持たざる人は「努力が足りない」ということだけで片付けていいのだろうか、努力以外の要素で、持たざる世界の住人になった人を救済する仕組みをつくるべきではないか、という意識が芽生えてきたのです。
そうした視点は、政府のような利益を追求しない力が介入しなければ実現できないことです。政府を排除し、優秀な人たちの民意で価値が形成されるシリコンバレーは未来の先進都市だと思っていたのに、その未来はパラダイスではないと、私を含め多くの住人が実感しはじめたのです。
実は、私自身、技術を知らないと「世の中の落ちこぼれになるのではないか」というくらいの強い危機感を持って10年以上働いてきました。しかし、その考えが間違っていたのではないか、と最近強く思うのです。
大学でも、同様の流れがあります。つまり、以前は産学連携で大学時代からビジネスを意識し、ベンチャーを起業しろという風潮もありました。しかし、今は、起業する前に、きちんと人間関係を構築しながらしっかり勉強するのが大学の価値だというふうに見直されてきました。スタンフォード大学といったベンチャー企業の聖地のような場所であっても、そういう空気になってきています。
今後日本を含め、世界的にも、自分たちの活動が社会全体にどのような影響を与えていくかという感覚を持つ、つまり「人としての深み」を育むことの方が重要になってくるでしょう。
Japan Innovation Network 専務理事 西口尚宏氏
西口:伊佐山さんがおっしゃるように、人としての深みが今まで以上に求められる時代になってきていると感じます。これから先、売り上げ規模の大きさが評価の指標ではなくなる時代が来るからです。つまり、売り上げは「会社」の問題で、「社会」の価値ではないのです。
また、「イノベーションとは技術革新である」と確かに誤解されがちだと思います。技術とインサイト(洞察)が交差するところで生み出される社会的・経済的「価値」がイノベーションなのです。インサイトとは、思い付きのことではなく、物事の本質に対する深い理解を意味します。こうしたインサイトは技術面をいくら勉強しても持てるものではありません。社会にどういう価値を生み出していくか、という発想があることこそ大事なのです。
私が「持続可能な開発目標(SDGs)※1」に注目しているのは、目指すべき「社会的価値」が具体的に挙げられており、企業活動の目的として大いに参考になるからです。
例えば、交通事故の死傷者の数を半減させる、感染症による死亡者数を3分の1まで削減するといったことなどです。もちろん前提として、こうした目的を見て何を感じるか、という思いや感受性が必要になります。
――「技術」だけではイノベーションが実現できないとなると、「技術力」で高い評価を得てきた日本企業に優位性は残されているのでしょうか。
伊佐山:むしろ、これからますます日本人の感性が生かせる局面が増えるように思います。それは、技術が人に代わってできることが多くなるからです。それは逆に、人同士が付き合う時間が増えていくことにつながります。そのため今後、人と人の触れ合いの中でどのように「快適」な時間を提供できるかが、ビジネスでより重要になるでしょう。その際に、いわゆる日本の「おもてなし」の精神と言われるものが生かせるのではないかと考えています。
日本人は今こそ、世界市場のミッションを理解し、自分たちが果たせる役割を認識すべきです。特に日本のベンチャー企業は、国内だけでなく、海外へも目を向けて長期的な視野で世界の課題を解決してほしいのです。
西口:世界各国が競争するだけでなく、手を握り合ってイノベーションを興す、まさに「オープンイノベーションの時代」が到来しているのを感じます。そうした環境で、イノベーションによって、世界が共有する「社会的価値」を実現するという流れは、日本企業にとって追い風だと思います。
長い歴史を持つ日本企業の設立目的や創業者の言葉を振り返れば、金もうけありきではなく「世の中のためになる」という点に、力点が置かれてきたことが分かります。最近までの日本では株主重視で短期的な利益を上げるという方向性に行き過ぎた感があります。しかし、長期的な視野で社会的価値を実現ながら収益を上げていくという価値観は、日本企業がもともと持っていたものです。そうしたDNAがある日本だからこそ、社会価値と収益を両立させるイノベーションが興せるはずだと思います。
※1:2015年に国連総会で採択された「2030年までに達成すべき目標」。加盟国193ヵ国の共通目標として17分野のゴール、その下にある169のターゲット、232の指標で構成されている。
*文:小林 麻理
*本記事は 2018年12月19日 JBpress に掲載されたコンテンツを転載したものです