2021.07.09

サステナビリティ新時代!
今、日本企業が取り組むべきサステナブル・ファイナンス

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有限責任 あずさ監査法人 加藤俊治氏

 多くの日本企業がサステナビリティをCSRの文脈で捉え、企業経営の中心にはなかなか据えきれなかったこの10年間。その間も地球温暖化は進み、ダボス会議では何度もトピックスにあがり、SDGsなど国連の動きも活性化、変動の渦が大きくなり続けている。一方、投資家たちが企業を評価する基準も大きく変わり始めた。ESGインデックスが増え、日本ではGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が2017年にESG指数に連動した投資を始めたことから企業側からの感心も一気に高まった。こうして気候変動対応が直接的に企業価値に影響を与える現在、ESGの視点を踏まえたファイナンス戦略を描き、大胆に実行へと移していく必要がある。

 では、具体的にどのように情報を集め、どんな考えのもとで変革を起こし、どんなアクションを選択していくべきなのか。今回は、有限責任 あずさ監査法人にて、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)やEUタクソノミーなどを専門分野とする加藤俊治氏にお話を伺った。

リーマンショックを機に、長期投資・ESG投資の考え方が拡大

―― 気候変動対応が企業価値に影響を与えるようになった背景、経緯を改めて振り返っていただけますか。

加藤: まず、企業を巡るステークホルダーとの関係の変化を考える必要があります。貸借対照表の左側から見た場合の商品・サービスを購入する消費者、サプライチェーンを構成する取引先企業、貸借対照表の右側から見た場合、つまり資金調達サイドでは、銀行等金融機関、そしてESG投資、つまり長期投資を行う投資家の存在があります。いずれもサステナビリティという観点から、企業経営に影響を与える存在です。そして、2019年8月にアメリカの経営者団体ビジネス・ラウンドテーブルが発表した「ステークホルダー資本主義」の考えの広がりが挙げられます。これは必ずしも株主だけではなく、従業員や消費者、金融機関など、様々なステークホルダーとしっかりとコミュニケーションをとって経営することが、これからの企業体のあるべき姿という考え方です。

―― 株主資本主義からの脱却と捉えることができますが、このような機運が高まったのは、PRI(Principles for Responsible Investment:国連責任投資原則)が要因でしょうか?

加藤: 確かにこのようなESGの考え方は、2006年にコフィ・アナン国連事務総長(当時)のもとで発足されたPRIからスタートしたと言われていますが、実際に潮流となり始めるきっかけは、2008年のリーマンショックと言えるでしょう。

 この金融危機によって、欧米の先進国において短期的な利益を追求していくことだけが果たして正しいのか、という風潮が強くなっていきました。年金基金のようなアセットオーナーは、年金受給者、受給権者等のために長期運用を行うことになります。短期的な利益追求よりも、長期的な視点に立った資産運用を行う傾向がアセットオーナーを中心に広がったと認識しています。

―― 長期投資が増えたことは、どうESGと結びついたのでしょうか。

加藤: 運用を長期で行って長期リターンを目指す場合には、反対側のリスク管理も長期となります。長期投資の運用リスクとして一番大きいものは何か?といった場合に、最も重要なのは気候変動リスクであると考えられます。その他にも、人権などの社会的な課題も重要になります。そのためESGの考え方が普及していったと考えています。

経営陣は2030年のマーケットを考えていかなくてはならない

―― リーマンショック時点では世界も日本も、ESGやサステナビリティどころではなかった印象です。一方でコロナ以降では、日本と世界では動き方にどのような差がありますか。

加藤: 「ステークホルダー資本主義」と対比で語られる「株主資本主義」は、実にアメリカナイズされたコンセプトで、少なくともアメリカの投資家の方を中心に広まった考え方だと私は思っています。日本企業は必ずしもそうではないわけです。要するに、「針の振れ幅」の問題だと思っています。

 欧米系の企業がもともと株主資本主義に大きく振れていたので、ステークホルダー資本主義が広まった際に、大きく変化したように思えます。ただ日本企業は、そもそも株主資本主義に大きくは振れていなかったため、その反応も当然小さくなり、あまり変わってないように見えるのだと捉えています。

―― 欧米のグローバル企業がESG領域においてベンチマーク対象になっている印象ですが、彼らは具体的にどのような経営方針で動いているのでしょうか?

加藤: ESGの文脈で多く出てくるグローバル企業は、自発的な動きがもちろんあるにせよ、アセットオーナーのプレッシャーが大きいと思います。それこそ2015年9月の国連総会でSDGsが採択されてから、経営陣は「対応しないとどうなるか?」を考え、我々にも急に問い合わせが増えていきました。

 また、最近「SDGsネイティブ」という言葉が広まっています。主にZ世代、そしてその前のミレニアル世代を指しますが、これから社会に出てくるZ世代以降の層は、学校ですでにSDGsを学んでいます。多くの企業が2030年の目標を掲げていますが、Z世代は2012年生まれまでを指すことから、全てのZ世代は2030年に選挙権を有することになります。Z世代=SDGsネイティブの方々が中心になっていきます。

 SDGsネイティブ世代がマーケットに入ってきて、どのように商品を選ぶのか考えた場合、サステナビリティを一つの基準として、その対応を行っている企業の商品を選ぶことになるかも知れません。例えば、サステナビリティに熱心な企業とそうでない企業とが同じ商品を作った場合、どのくらいの価格差までを許容するのか、プレミアムを認めるのかを考えてみると、10%~15%くらいの価格差であれば、許容されるのではないかとの話もあります。だからこそ企業も、脱炭素やSDGs、ESG重視の姿勢へと経営の舵を切るのは自然の流れだと思います。これから20〜30年先の消費マーケットを考えると、そういう消費者が2025年頃には半分近くを占めることになると言われています。

グリーンだけの経営は危うい!企業の対応が求められるTCFDとEUタクソノミーの違い

―― ESG投資の話になると、現時点では利益拡大と財務諸表には現れない取り組みのバランスが難しいと感じますが、いかがでしょうか?

加藤: 結局、グリーン(環境的にサステナブルな活動)に投資すると高い利回りが得られる状況であれば誰も文句を言いませんが、将来的に減価する可能性のある座礁資産=潜在的な財務影響額があるのであれば知りたいというのが、ESG投資家のニーズだと言えるでしょう。

 もちろんグリーンを追求して地球温暖化抑制へ貢献できれば、喜ぶステークホルダーの方もたくさんいますが、企業体として利益を出さなくてもやっていけるかというとそうではない。やはりある程度の利益確保は大前提になります。

 世界中の当局や政府を見ても、PRIの原則は支持しているものの、ESGを取り入れない人はけしからん、とは言っていません。投資家にとって利回りは依然として重要ですから、グリーン一辺倒になるのはリスクがあると考えています。

―― 企業はESGへの取り組みはどう発信し、投資家に評価してもらうべきでしょうか?

 20~30年先の話は、現在の財務諸表には出てきません。だからこそ、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が必要となっているわけですが、それをどう読み取るかは、難しいですね。

 「2050年の影響額はどうですか?」と聞かれると、現時点では「おそらく20億から2,000億です」と答えるような、幅の広い数字のやりとりになりますから、開示したことによってハレーション、株価への影響、レピュテーションリスクが出ることも想定されます。そうなると、ステークホルダーにとっても難しい状況となりますので、どう答えていくのか経営者としては非常に難しい判断だと思います。

―― サステナブルファイナンスを加速させると言われている「EUタクソノミー」と「TCFD」の違いについても、教えていただけますでしょうか?

加藤: 根本的な違いは、TCFDの開示は任意だということです。一方でEUタクソノミーはEUのローカルルール、法令にあたるので、スコープに入ると必ず開示しなくてはいけません。ここがまず大きな違いになります。付随して、法域の定義も異なり、EUタクソノミーはEU域内に適用されますが、TCFDには法域の限定はありません。

 次に、両者とも気候変動リスクの開示を含んではいますが、EUタクソノミーは、現在はE(Environment=環境)しか対応していません。EUタクソノミーのレギュレーション(タクソノミーレギュレーション)には「将来的にはS(Social=社会)も検討する」とあります。TCFDはEだけであり、EUタクソノミーはEにプラスしてSも対応すると言っている点が、違いになります。

 そして三つ目の違いは、気候変動に関わるシナリオ分析の有無です。TCFDについては潜在的な財務影響額、つまりは座礁資産の見込額を出すという話になっています。しかしEUタクソノミーについてはグリーンか、グリーンではないかを決めるだけなので、シナリオ分析をするとは言っていません。これら三つのポイントが、大きな違いだと言えます。

日本政府によるサステナブルファイナンスの捉え方

経済産業省「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針

―― 日本政府も今年、クライメート・トランジション・ファイナンスを打ち出しましたが、加藤さんとしてはどのように捉えていらっしゃいますか?

加藤: 大前提として、今グローバルでは大きく2つの流派があります。一つはEUのようなタクソノミー派。タクソノミーのもと、グリーンかグリーンじゃないかを法律で決め、なるべくグリーンにお金を投資するという考え方です。もう一つは、グリーンだけに投資をするよりも、ブラウン(環境を害する事業)をグリーンに変えていく方が脱炭素社会への転換には効果があるのではないかという考え方です。日本政府の主張は後者の方になり、トランジション(移行)にお金をつけようとしているわけです。

―― 両者に優劣はあるのでしょうか?

加藤: どちらも描いているゴールは一緒でしょう。結局、グリーンに投資して、サステナブルな世の中にしたい、という部分は一緒で、効果が出るのはどちらかという話です。そしてこれは、やってみないとわからない領域です。

―― 国内市場だけではなく、海外市場、グローバルな市場を持っている国内企業からすれば、この両軸をどう捉えて対応してくべきなのでしょうか?

加藤: 結論としては、両方やるしかないかもしれません。少なくとも、EUタクソノミーは2022年1月から動き始めます。ただ先ほどお伝えした通り、こちらはあくまでグルーバルルールではありませんので、EU域内でビジネスを展開している企業のみで対応が必須ということになります。

サステナブルファイナンスは、多くの企業にとってチャンスともなりうる変革期

―― 日本政府の今年の5月の発表を受けて、各金融機関はどういう動きをすることになるのでしょうか?

加藤: 昨年12月に経済産業省から公表された「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」では、3大メガバンクの環境融資目標を30兆円としていますが、もっと増やしたいと考えているはずです。金融機関を動かすものとしてPRB(Principles for Responsible Banking=責任銀行原則)があり、日本の大手金融機関も賛同を表明しています。

―― PRBでは、金融機関に何が求められるのでしょうか?

加藤: 銀行の経営をパリ協定やSDGsにアラインメントし、その状況を毎期開示してください、ということです。初年度から2年目、3年目と次第に金融機関は毎年のサステナブルファイナンスの貸出が増加していることを、レポートで見せていく必要があります。おそらく政府もサステナブルファイナンスの増額を求めていると思います。こうすることで金融機関のグリーン融資が活発になり、企業側のグリーンへの設備投資資金が増え、結果として利益も上がる。日本政府がよくいう経済と環境の好循環になるはずです。

―― 企業には、他にどんな影響がありうるのでしょうか?

加藤: 企業は色々大変だと思うのですが、例えばサプライチェーンのトップにいるような企業が、サプライチェーン全体で脱炭素(カーボンニュートラル)をやると言ったとしたら、当然ながら傘下の企業にも影響があります。再生可能エネルギーをどれくらい生産活動に使っていますか、などの情報を提供していくことになります。

―― どのサプライチェーン頂点企業も、サプライチェーン全体でカーボンニュートラルを達成しますと宣言していくとしたら?

加藤: 傘下企業は当然対応しなければなりませんが、対応できていないからといって、すぐにサプライチェーンから外されるわけではないと思います。但し、2,3年経過しても対応しない場合には、その企業はサプライチェーンから外される可能性が生じます。また、リスクと機会は表裏一体なので、大変なことばかりではありません。例えば、きちんとサステナビリティに関する対応と開示を行っていれば、新たに別のサプライチェーンに採用されるということも考えられます。

 いずれにしても、現在のアクションが将来の利益に繋がることを頭に入れながら対応していくことが、重要なのではないでしょうか。

企業は、まずはマテリアリティをちゃんと考えるべき

―― 動きが早い領域だからこそ、今企業はどう動くべきか、アドバイスをいただけますか。

加藤: 一番はトップがコミットすることです。30年後も50年後も繁栄して続くという条件を考えた時に、コミットすべき一つがグリーン対応になるでしょう。経営陣が全社的にコミットする旨を、まずは社内に周知すべきでしょう。そして、日々変化する情報については中央集権的に集めて、素早く対応をとることです。まだ抜きんでた企業が多くは存在しない今が大きなチャンスだと思います。

―― 最後に、企業がESGを推進しながらも企業価値を上げていくために、まずは何から始めたら良いのでしょうか?

加藤: まずは自分たちの事業をしっかりと見ていただいて、EとSとG(Governace=ガバナンス)、どの事業がどういう具合に紐付いているのか、マテリアリティをしっかりと考えることでしょうね。

 最近パーパス経営などとよく言われますが、要するにその企業の存在価値を明確にし、社会やステークホルダーからの期待と一致させるわけです。いろいろと話してきましたが、ESGは今向き合わなければならない大きな課題であることは間違いありません。また、もともと日本企業に相性の良い分野でもあります。各企業の事業特性や利益性を見極めながらトップのコミットメントと共にできるだけ早く始めていくことが大切だと思います。

取材/文:長岡武司
撮影:太田善章

加藤俊治(かとう・しゅんじ)氏
 KPMG/有限責任 あずさ監査法人 金融事業部/金融アカウンティング・アドバイザリー・サービス室 兼 サステナブルバリュー本部 テクニカル・ディレクター 公認会計士

 都市銀行を経て、1999年に朝日監査法人(現 有限責任 あずさ監査法人)に入所。金融事業部にて銀行、証券業、アセットマネジメント業など主に金融機関の監査業務に従事しながら、IFRS(国際財務報告基準)に関する会計アドバイザリー業務、ボルカー・ルールなどの金融規制に関するアドバイザリー業務、銀行設立に関するアドバイザリー業務などに従事。 現在、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)最終報告書に基づく開示フレームワーク、欧州サステナブルファイナンス、EUタクソノミー、ESG投資などサステナビリティを専門分野とする。

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