2021.06.08

ESG思考「いますぐ実行に移すべきサステナビリティ経営」(前編)

~急げ日本企業!すでに世界はここまで変わっている~

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株式会社ニューラル 代表取締役CEO 夫馬 賢治 氏

ESG思考は、従来の考え方を一新する。特に1990年頃からの30年間におけるサステナビリティへの取り組み方は、グローバル企業と日本企業とでは全く異なっている。2020年、管首相が「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことを宣言したことを機に、日本でもサステナビリティへの取り組みが動き出したものの出遅れ感は否めない。なぜ、ここまでグローバル企業と日本企業で大きな差がついてしまったのか? 過去の歴史を振り返りながら整理すると同時に、それでもここから日本企業が巻き返していくにあたって推進すべきESG思考の本質、CSRを超えたサステナビリティへの対応こそが今後の日本企業の競争力の明暗を分けることを、株式会社ニューラル 代表取締役CEOで『超入門カーボンニュートラル』『ESG思考』の著者でもある夫馬賢治氏に聞いた。

インタビュアー/甲斐 博一(株式会社日本HP 経営企画本部 部長)

経済認識の4分類モデル

甲斐博一(以下、甲斐):夫馬さんが描く経済認識における4分類モデルとはどのようなものでしょうか?

夫馬賢治氏(以下、夫馬):横軸は環境・社会問題に取り組むことで利益が増えるかどうか、縦軸は横軸を踏まえた上で、環境・社会テーマにどう向き合うかを表しています。

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従来は、左下④の領域に多くの企業が位置していました。つまり、“環境・社会問題に取り組むことは利益にならない、だから企業イメージを損なわない程度に最低限取り組む”というスタンスです。こうした考え方を私は「オールド資本主義」と呼んでいます。

しかし、いまは多くのグローバル企業が右上①にシフトしています。“環境・社会問題の解決は、利益の源泉になる。だから積極的に取り組んでいく”という「ニュー資本主義」です。

ニュー資本主義に似て非なるものが、左上③の「脱資本主義」。たとえ利益が減っても、環境・社会問題には積極的に取り組むべきだという考え方です。そして右下②の「陰謀論」の人々は、“環境・社会問題に取り組んでも利益が増えるなんて何かの陰謀だ!”と考えます。
ニュー資本主義と脱資本主義は、環境や社会を良くしていこうという点は共通しているものの、利益に関する考え方はまったく異なります。

環境・社会問題は経済に直結している

甲斐:世界経済が直面している課題は何でしょうか?

夫馬:モノやサービスを作るためには、様々な資源が必要です。これまでは資源を採掘するために山を削ったり、森林を伐採したりと、作れば作るほど環境に悪影響を与えてきました。経済を成長させるためには、環境負荷が多少大きくてもしかたがないと考えてきたのです。社会という点でも同じで、富が一部に集中して格差が広がることは止むを得ないとされてきました。

しかし、自然環境は年を追うごとに悪化し、気候変動を身をもって体験する機会が増えたことから、社会も今後荒廃していく傾向が実感できるようになりました。しかたがないなどと言っていられない状況になったわけです。そのため環境保全・再生と経済成長を両立する道を見つける必要が出てきたのです。社会においても、マイノリティや弱者と呼ばれる人々を支援して格差を是正しなければいずれ社会が破綻していくことから、格差がない社会をつくっていこうという動きに変わりました。

環境や社会の悪化を食い止めなければ、経済活動そのものが減衰する。つまり、環境・社会問題は経済に直結することが明確になったのです。

甲斐:世界経済フォーラムで発表されたグローバルリスクについてどう捉えていますか?

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夫馬:今後10年間に発生する可能性の高いリスクと、影響が大きいリスクについて指摘しているのが「グローバルリスク」です。2021年版では気候変動緩和・適応失敗や異常気象、感染症などが挙げられています。
そのうち気候変動については2011年版で最も深刻な経済リスクと指摘され、グローバルではかなり強く認識されていました。この当時から、こうしたリスクを正面から捉えて利益と両立させなければ、経済の継続的成長もあり得ないと多くの経営者が自覚していたことがうかがえます。

技術への投資が世界と日本の差につながった

甲斐:グローバルで考え方や取り組み方が変わっているにもかかわらず、日本では再エネのコストが高いなど立ち後れているように思えます。

夫馬:世界の経済界は2011年時点で、気候変動が今後より大きな問題になることを認識していました。そのため、気候変動に対応し、追い風にできる事業が急成長することを見越し、EVや再エネへの事業転換を率先して進めていきましたね。

自動車のEV化を促進したのも、欧州と中国。特に、中国は初期からEVシフトを強力に推進しました。この10年間の技術開発によって、再エネやEVのコストは下がり、性能も大幅に向上しています。つまり、環境への悪影響を抑えてモノを作り、事業を伸ばし、経済成長を実現できるという知見が蓄積された。これをさらに加速させようというのが世界の考え方です。

甲斐:日本の再エネのコストは今後下がるでしょうか?

夫馬:技術開発によって価格を下げることは十分可能です。その鍵を握るのが、洋上風力発電。イギリスで普及が進んでいる着床式洋上風力発電は、水深が深い日本海域には向いていません。また、もう一つの方式である浮体式洋上風力発電でも、欧米は有力なスタートアップが登場してきています。日本企業が出遅れた要因は、投資不足に他なりません。

浮体式洋上風力発電で日本が技術イノベーションを起こすこと。再エネのコストダウンには、それが不可欠だと考えます。脱炭素研究に2兆円の予算を計上するなど国も本腰を入れているので、浮体式の技術開発に本腰を挙げて投資すれば、日本が巻き返すとことも十分可能ではないでしょうか。

バイデン政権で何が変わるか

甲斐:アメリカの政権交代は、日本企業にどのような影響をもたらすとご覧になっていますか?

夫馬:バイデン政権になって日本の政策は激変しました。トランプ政権は、再エネやEVよりも火力と石炭を重視するなど環境問題を優先していなかったため、ある意味日本にとっても都合が良かった。その後ろ盾がなくなったいま、日本はG7でも異端となっています。必然的に日本も政策を大きく転換、それに伴い環境問題に対する企業戦略も変わらざるを得ない状況になりましたし、実際に変わってきています。
管首相による「2050年までのカーボンニュートラル・脱炭素社会実現宣言」によって、ようやく日本は世界の経済競争の土俵に上がったという印象です。

甲斐:大手企業と中小企業とで受け止め方に違いはありますか?

夫馬:中小企業に大きな影響を与える存在は2つ。取引先と銀行です。大手の取引先がサプライチェーン全体でのカーボンニュートラルを目指す場合、一次・二次取引先も影響を受けます。カーボンニュートラルに対応しないと、取引できなくなる可能性があるからです。これは経営にとって、非常に大きなインパクトです。つい先日、米アップル社がサプライチェーンの 100%カーボンニュートラル達成を表明したのは、この最たるものと言えます。

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次に銀行です。2021年5月17日、三菱UFJフィナンシャル・グループが日本の銀行として初めて、ネットゼロ・バンキング・アライアンスに加盟。2050年までに投融資ポートフォリオのカーボンフットプリントをゼロにするとコミットしました。つまり、同行のすべての融資先は2050年までにカーボンニュートラルを求められ、実現が難しいと分かった時点で融資が受けられなくなります。海外ではすでに大手40行以上が、このアライアンスに加盟しています。日本でもこうした動きは他の銀行にも広がっていくことでしょう。

オールド資本主義からニュー資本主義への変遷

甲斐:オールド資本主義衰退のきっかけは何でしょうか?

夫馬:大きな分岐点になったのは、2008年のリーマンショックです。それ以前まで、多くの経営者は環境・社会問題をそれ程重要視していませんでした。しかし、2005年のハリケーン・カトリーナによってアメリカ経済は大打撃を受け、このまま環境破壊や温暖化が進むと経済がまずいことになるのでは、という危機感が生まれました。

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そして3年後のリーマンショック。これまで“自社は盤石だ、安泰だ”と言っていたにもかかわらず、株価は下落し大きなダメージを受けてしまった。経営者にしてみると、恥以外の何でもありません。さらに追い打ちをかけたのが、脱資本主義の動きです。企業や投資家が儲けたしわ寄せで苦しむのは弱者だと、批判の矛先が向くようになったのです。

そして経営者たちの間に、“このままでは事業が存続できなくなるではないか”という大きな危機感と、“二度とこうした経済危機は起こさない”という決意が生まれました。投資家からも、環境・社会問題も含めたあらゆるリスクを把握し、その解決に取り組むことが求められるようになったのです。

甲斐:2006年のPRI(責任投資原則)も経済界の意識変革の幕開けになったのでしょうか?

夫馬:その通りです。1992年のリオサミットで環境・社会問題は世界的に認識され、SDGsへとつながる「持続可能な開発」も当時からすでに重要な概念になっていました。しかし、経済成長を優先する流れはその後も続きます。

そこで国連が着目したのは、民間金融機関です。環境と経済を両立させ、世界の経済格差を縮小するためには大きな投資が必要ですが、国連には十分な予算がありません。そのため国連は、2004年に「機関投資家」と呼ばれる投資家に着目。環境や社会課題に積極的に企業が向き合うことで、投資家のリターンを増やすことができるかについて分析を依頼しました。その結果、環境・社会問題などの課題に向き合えば向き合うほど、投資リターンを増やせることが分かったのです。

これを機にサステナブルな投資を行い高いリターンを目指す機運が高まり、2006年のPRIへとつながります。PRIは国連主導と捉えられがちですが、運営主体は投資家たちです。環境・社会問題と経済を両立しようという動きは突然現れたのではなく、2006年から年数を経るごとに着実に広がっていきました。

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さらに2008年のリーマンショック後、事業会社は「マテリアリティ(重要な経営課題)」を意識し、投資家たちと歩調を合わせるかのように、長期視点での事業リスクは何か、気候変動のようなマクロ的な課題が事業にどのような影響を与えるかなどを分析するようになりました。2011年以降はさらにその動きが進み、長期的なリスク及びその解決に向けた取り組みを経営戦略として発表するようになります。

次の大きなきっかけは、2015年のSDGsとパリ協定、そして2016年のブレグジット(イギリスのEU離脱)です。環境問題についてはSDGsとパリ協定に盛り込まれましたが、ブレグジットによって経済格差も経営リスクになることが、改めてクローズアップされるようになりました。

例えば、イギリスではCEOと従業員の平均給与の倍率開示がルール化、アメリカでも取締役の給与に関する開示ルールができました。また、自国・自社のみではなく、地域やサプライチェーン全体での取り組みが不可欠だと考えるようになりました。

これがオールド資本主義からニュー資本主義のへの変遷に関する世界の流れです。

後編に続く)

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夫馬 賢治(ふま・けんじ)
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株式会社ニューラル 代表取締役CEO。
サステナビリティ経営・ESG投資アドバイザリー会社を2013年に創業し現職。東証一部上場企業や大手金融機関をクライアントに持つ。環境省、厚生労働省、農林水産省のESG関連専門家会議委員。Jリーグ特任理事。国際NGOウォーターエイド・ジャパン理事。著書『超入門カーボンニュートラル』『ESG思考』(以上、講談社+α新書)、『データでわかる 2030年 地球のすがた』(日本経済新聞出版)他。世界銀行や国連大学等でESG投資、サステナビリティ経営、気候変動金融リスクに関する講演や、国内外のテレビ、ラジオ、新聞で解説を担当。ニュースサイト「Sustainable Japan」編集長。ハーバード大学大学院リベラルアーツ修士(サステナビリティ専攻)課程修了。サンダーバードグローバル経営大学院MBA課程修了。東京大学教養学部(国際関係論専攻)卒。

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甲斐 博一(かい・ひろかず)

株式会社 日本HP 経営企画本部 部長。
IT業界においてマーケティング職20年。これまでB2C、B2Bそれぞれの特徴を活かす独自のマーケティング施策を実施。途中eコマースビジネスの立ち上げにより、本格的なデジタルマーケティングを経験。以降、ブランド開発からコンバージョンまでのフルファネル設計と段階ごとのクリエイティブ開発、評価を得意とする。また最近では、アフターデジタル時代を見据え体験を中心に置くデジタルとフィジカルを融合させた付加価値創造マーケティングを追求しながら、現在は経営企画にてマーケティングのDXとサステナビリティ時代の経営などを中心に活動中。