2021.06.03

変化する消費者行動への対応力がこれからの企業の競争力となる
~ 若年世代の変化を企業経営の中心から考える

ニッセイ基礎研究所主任研究員 久我尚子氏インタビューより

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株式会社 ニッセイ基礎研究所 生活研究部
主任研究員 久我 尚子氏

どのようなビジネスにも、その先には「消費者」または「生活者」の存在がある。BtoBビジネスでも、多くの場合最終的なお客様は消費者である。

消費者の価値観の揺らぎや変化による行動の違いによってビジネスは大きく変わっていくことはここで説明するまでもないが、コロナ禍にそのことを改めて体感する企業も増えている。感染症拡大という要因から始まった消費者の行動変化が、そのまま業績に大きな影響が出ている企業も多くあるだろう。しかしながらその原因を「コロナ禍の影響」とするのではあまりにも早計かもしれない。その変化が訪れた要因についてしっかり洞察し、そのことが一時的なものなのか、今後も続くであろう大きなうねりなのかの把握によって、中長期的な経営投資をするのかどうかが決まる。 渦中を乗り越えるために必要な投資なのか、それとも将来を見据えて行う投資なのか、という経営判断が重要なのである。表面的な出来事にとらわれず、消費行動の変化の裏で起き続けている価値観の変化に着目して、経営判断に影響を与えたいものであるが、今回は株式会社ニッセイ基礎研究所 生活研究部 主任研究員の久我尚子氏に、1990年以降から現在まで続く消費行動の変化を聞いてみた。そして本稿の最後では、今後の企業経営判断の側面からこうした変化への備え方を考察してみる。

価値観の変化がもたらした「モノからコトへ」の加速

消費者行動でもっとも気になる点が「コロナ禍で何が変わったか」だ。人々の行動が明らかに変化し、経済指標などにも影響が出ている。実際、多くのビジネスパーソンは「リモートワーク」の普及により出社が激減。これにより「会社帰りに」という行動が無くなりつつある。「飲み会」や「(会社帰りの)買い物」などが無くなったことで、ここを対象にしたビジネスを展開する企業にとっては大きな影響が出ているだろう。

しかし、このような行動の変化はあるものの、久我氏は先述の問いに対して意外な見解を示す。

「当社でもさまざまな調査を行っていますが、消費行動事態はコロナ禍で大きく変わったというより、その前から続く変化が加速している側面が非常に大きいです」

「変化」ではなく「加速」。それでは、一体どのような変化が起きているのか。久我氏は1990年代後半まで遡って紹介する。

「まず1990年代半ばに、女性の4年生大学の入学者が短大入学者を逆転します。さらに大学によっては『情報』の講義が必修になり、社会人になる前からパソコンに触れる機会が増えます。1997年にはスチュワーデスや看護婦などの呼び名が廃止。2000年ごろには携帯電話が普及して『iモード』などのサービスが誕生します。同じ頃、安価で高品質な商品が続々と登場しており、ファストファッションなどはその典型です」

このように、現代社会を大きく動かす「IT」や女性の社会進出、活躍推進などの端緒が、今からすでに20年ほど前に起こっている。2007年にはiPhoneが登場してスマートフォンが普及。そこからグローバルプラットフォーマーたちによる連続的なイノベーションが世界中の消費行動に影響を与えていく。

この20年の流れを踏まえて「特に40代前半までの消費行動に大きな変化がある」と久我氏は指摘する。この世代は先述の変化が起こり始めた時代には高校生、大学生という価値観が構築されていく時期を過ごしている。彼らが歩んだ時代背景には先述した女性の社会進出を代表とする大きな社会の変化や、ITの生活浸透といった変化があり、並行して停滞する日本経済を経験することで「コストパフォーマンスを冷静に考える選択」「安くても良いものを選ぶことが懸命」という本質を見ようという価値観ができあがっていったのである。また、商品やサービスが地球環境維持にどう貢献しているかなどで商品やサービス選ぶ傾向もこのミレニアル世代から始まっているという。これも本質を見ようという心理と価値観に支えられている。ブランドに興味がないわけではないが、モノを持ってひけらかすことはほとんどしない。その要因の1つには「スマホとSNSの普及などにより情報の流れが変化したのが大きい。これにより、個人の価値観まで変わりました」と久我氏は語り「Z世代」が含まれる20代などさらに若い世代ほどその傾向は顕著だという。ミレニアルズから始まった価値観とテクノロジーの変化は、本質的なモノの選択に加え、SNSを使ったコトを楽しむ生活への変化をもたらしたのである。

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若い世代ほど顕著という意味では「お金の使い方」にも変化があるという。久我氏は「物価上昇を踏まえても、若年単身勤労者世帯の可処分所得は上昇し続けています。安価で良質な製品・サービスが増えたとはいえ、使わずに貯金する傾向が見てとれます」と語る。貯金がよいのかどうかという議論は残るが、不安で先行き不透明な時代が長く続いたが故に起きたお金の使い方の変化である。

近年はスマートフォンが60代にも浸透。2019年時点で、60代前半のスマホ保有率が7割を超えているという。今後は、日本の人口比率が大きい高齢者世代の消費行動にも、より大きな変化が見られるであろうことは想像に難くない。

このように社会的背景から生まれる心理の変化、テクノロジーの変化がもたらす行動様式の変化、これらが相まって価値観の変化が生まれているとみることができるのである。

ファッション誌から見える消費行動の潮流

先に見てきたとおり、20年後に起こる大きな変化のきっかけは今起きている可能性が高い。将来、消費者行動を予測するにはどうすればよいのだろうか。

それには様々な方法があることを前提に、久我氏はある方法を示す。

「日経平均株価の推移とともに流行語大賞にノミネートしたキーワードをプロットしていくと、その世代の価値観、世相が分かるだけでなく、変化も見えてきます。それを踏まえて、今後世の中がどう変化するか予測するのはひとつの手かと思います」

さらに、久我氏は独自の予想方法を明かしてくれた。

「女性ファッション誌は、時代の一足先を捉えています。実際、過去に出版された雑誌とその後社会で起きた現象を比べるため年表を作成したところ、関連性が高いことがわかりました」

1980年代、女性ファッション誌といえば若いOLや女子大学生向けのファッション誌が主流だった。しかし、1990年代半ばに「VERY」が創刊される。そこで発信された「基盤のある女性は、強く、優しく、美しい」というメッセージは、結婚して主婦になってもおしゃれを楽しむという風潮の土台となっていく。

さらに、2000年代初頭にはいわゆる結婚しても働き続ける、もしくは復職して職場に戻る女性がファッション誌に登場する。

「この時、お母さんが働き続けることが一般化しつつあることを予見していたと思います。現在の女性活躍につながるコンテキストがこの頃のファッション誌から見えてきます」と久我氏は続ける。ファッショントレンドは編集者たちの創造力から生まれるものである。彼らの洞察力がどこから生まれるのかまではわからないと言うが、振り返って見比べてみれば確かにファッション誌が提示したメッセージが新しい価値観を醸成し、その後の消費者行動へ大きな影響を与えてきているように見える。久我氏ならではのユニークな視点である。

消費者の「サステナビリティ」への意識は高まり続ける

また、今後の消費動向に大きな変化を与えうるのが「サステナビリティ」だ。近年はESGやSDGsの社会的認知度も高まり、大企業を中心に経営の中心に据える企業が急速に増えている。日本はその取り組みが先進国の中でも10年以上遅れていると言われるが、それでも昨今の変化は疑う余地がない。

久我氏も、この流れは世代問わず消費者の間でも進んでいるという。

「これだけ地球環境や気候が変化して、日本でも災害が発生し続けています。環境保護に対する意識は高まり続けていますし、世代を問わずエコバックを持参して買い物をするのが当たり前になりつつあります」(久我氏)

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エコバックに関する行動は世代を問わずに起きているが、サステナビリティに対する意識は、やはり若い世代ほど顕著なようだ。久我氏は、この現象を以下のように読み解く。

「成熟した消費社会で生まれ育ったのもあると思いますが、大量消費するのではなく、エコであったり何か貢献につながる製品やサービスに価値を感じやすくなっています。これは合理的にコスパよく消費したほうがかっこいいという価値観と相性もいい。サブスクリプションやシェアリングサービスなどをうまく活用しているのは、このような背景があるのではないでしょうか」

さらに、サステナビリティに対する意識は「消費」だけでなく「働き方」にも影響している。久我氏はある例を示す。

「最近は、企業も女性の働きやすさを全面に出して新卒の学生をリクルートすることが増えています。これは優秀な女性を採用するのに有効なだけでなく、実は男性の採用にもポジティブに働きます。今の若い男性は育休取得意向が高く、就職先を検討する際には、育休取得など、自身が中長期的に働きやすい環境であるのかどうかを意識する傾向が強まっています。女性が働きやすいということは男性も働きやすい可能性が高く、企業もジェンダーを問わずそのような情報の開示を進めています。これからの世代は男女を問わず給与や社会的なステータスだけでなく、サステナブルな働き方ができるかも重要なポイントになっています」

コロナ禍で見えたビジネスを加速させるヒント

コロナ禍によって業績に深刻な影響が出ている企業もある一方で、飛躍につなげるきっかけを掴む企業もある。

久我氏が、その事例として興味深いサービスを挙げる。

「料理教室をオンラインで提供しているケースがあります。これまで教室に通って、対面で受講するのが一般的だったと思いますが、オンラインを活用するとこれまでとは異なった体験が提供できます。私が個人的に興味があるのは、京都の九条ネギを使ってピザを作るなど、ご当地食材を使った料理教室です。これは従来の料理教室と差別化されていますし、作った後に出来栄えを参加者同士で見せ合ったり、Instagramにアップするなど、料理を作るだけでなく、付随する体験も発生します。また、家事代行サービスが手掛けるオンラインサービスも興味深く、掃除を『一緒にやろう』と呼びかけて、オンラインを通じて掃除のプロのレクチャーを受けながら参加者自らが自宅のガスレンジなどを掃除します。億劫になりがちな掃除をオンラインを活用して参加型のイベントにしてしまう。これは良いアイデアだと思いました」

料理教室や家事代行サービスなど、本来であればオフラインでなければ成り立たないと思われていた。しかし発想を逆転させ、オンラインのつながりやすさという本質的な利便性を利用し、新たなサービスに活路を見出している。そしてこのようなサービスが広がっていくことで消費行動の変化が大きなうねりとなっていくことが想像できる。

「デジタルのサービスを展開する上で、五感を使ったり一体感を醸成するのが難しいと言われてきました。しかし、オンラインでも五感を使う料理教室や一体感を高めてみんなで掃除することができてしまう。この『意外とできる』という感覚がコロナ禍を通じて芽生えたのは、今後新たなサービスが誕生するきっかけになるのではないでしょうか」

意外とできる―。この感覚は昨今のビジネスパーソンにも多く訪れているだろう。リモートワーク下の社内会議はもちろん、ビデオ会議システムを活用した商談など、やってみるとこれでも十分いけると感じる方が多いのではないだろうか。営業は会って話をするのが当たり前という価値観が感染症をきっかけに大きく揺らいでいるのである。

一方でオフラインによるリアルな場が全て無くなることもないだろう。リアルなサービスが生き残る道として久我氏はあるキーワードを挙げる。

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「今後を考える上で『余白』をどう設計するかがポイントになるでしょう。オンラインはあらゆる物事を効率的にしますが、雑談などリアルには当然のように存在し、一見無駄のように見えるけれど、コミュニケーションの潤滑油になったり、その空気感から新たに何らかの価値を生み出す可能性を秘めている機会が消えてしまいます。これからのリアルビジネスを考えるヒントは、こういったオンラインが苦手とすることを付加価値として、どう際立たせるかにあると思います」

消費行動の変化を企業経営にどう取り込むか

ここまでお伝えした消費行動の変化を踏まえて、最後に企業はそれをどう経営に生かしていけばよいか考察したい。

消費行動の変化には、社会背景とテクノロジーの変化、そして人口動態の中心を占める世代がどこにあるのか、また長い目でみると若年層が育った時代の経済状況が相関していることが今回の取材から伺える。このことをどう洞察し、ビジネスの機会創出に結びつけるのかが重要であることは間違いない。また、今回のコロナ禍のような状況では変化が一時的なものなのか、そうではなく長くうねりとなっていく変化なのかを捉える必要がある。同時にビジネスドメインを国内なのか、グローバルなのか、を考えながら、その変化の度合いを見抜いていくことも必要である。

問題は、これらの探索をしていく事業を事業ポートフォリオの中でどのように設定していくかが経営判断の中心から見た場合に重要になる。果たしてその機会は本物なのかどうか、そしてどの規模の投資をすべきなのか。予測しづらいビジネスをどう判断していくのか。これらを現在中核をなしているビジネスと同じような判断基準で判断してよいのか?特に日本の企業が抱える難問である。しかしながら、ここに投資をしなければこの先の成長もまた訪れることはない。この命題は、久我氏の取り組みにも出てきたファッション業界以外のビジネスにファッション誌のメッセージから未来を予測する、といったユニークな視点がどのように企業経営に取り組まれていくかという命題としても置き換えられる。

このような探索が必要なビジネスにおいては、既存組織と切り離し、別の価値観で別のルールで進めていくことを提案したい。もちろん、この組織に既存組織から人を入れ込むような構成でもよいかと思うが、ここは兼任ではなく専任にすべきである。そして彼らのもつ既存組織と違うルールが経営陣のコンセンサスとガバナンスの中でどこまで許容するのかをあらかじめ決め、そして経営側がそれを保護する点がまずひとつめの点である。同時に、改めて自分達のビジョンや存在価値を再度定義しておくことを2つめにあげたい。それに沿っているかどうかが、既存のビジネスを深掘りしているチームには説明しなければならない要素となるからだ。そして、3つ目として、探索するビジネスには過去の成功かキャリア、経験をそのまま持ち込まないことを付け加えたい。過去の成功を抽象化させ、本質だけ持ち込むことはよいことだが、なかなかそうなることは少ないが故に、一度それはリセットしてフラットな状態で新しいルールで挑むことを推奨したい。そのことで、これまでになかった判断基軸ができていくからである。

そして、もう1つ付け加えておきたい点が「サステナビリティ」の視点である。どんな新しいビジネスの機会を見つけようともこの視点を必ず入れておくことで、将来への担保ができる。社会貢献ではなく、ビジネスの中にサステナビリティを組み込むのである。若い世代の価値観に環境配慮などの新しい視点が入り込み始めたこともあるが、投資家たちや銀行、そして社会全体がこの視点でビジネスと企業を評価していくことは間違いないからである。

コロナ禍をきっかけに、これまで起きていた消費者行動の変化が加速し、その対応に追われている企業も多い。また、新しいことを考える余裕もない企業も多いだろう。しかしながら、価値観の変化を本質的にとらえ、かつ経営へそれを取り込んでいくような企業内変革を起こすチャンスでもある。その際、本稿で取り上げた内容などを踏まえながら、事業戦略や事業ポートフォリオの見直しに留まらず、投資する事業選択を含む経営側面から組織の在り方までも考えなおすには今が最適の時期ではないだろうか。