全国9位の自治体面積。出先を巡回するだけで400km。
北海道の東部、世界自然遺産に指定された知床半島にも近いオホーツク海に面して別海町がある。東京23区が2つ入ってしまう広大な面積があり、そこに約1万7000人が住み乳牛の頭数約12万頭という全国でもナンバー1の酪農地帯である。 支所や出張所、公民館、老人保健施設など町役場の出先機関は町内全体に広がっている。
早くからPCの職員1人1台体制を進めてきたが、ISDN公衆回線を使っていた頃は通信速度の遅さが目立った。さらに問題となったのが町内各地の出先機関にあるPCのメンテナンスだ。「かつては350台のPCがあり、1年に1度何らかのトラブルがあって再インストールなどの必要があるとしても毎日1台はメンテナンスしなければならない計算になる」(別海町総務部総合政策課の小椋哲也氏)。トラブルを避けるために定期的に出先機関を巡回していたが、「一回りしてくると、自動車の距離計は350kmから400kmも増えている」(同)という広さなのだ。最低気温がマイナス25℃を下回ることもある冬ともなれば、その負担は並大抵ではない。小椋氏も「冬はなるべく出向くのを避けていた」と笑う状況なのだ。
目的
- システムの管理負荷の低減、管理コストの削減
- データの持ち出しを防ぐことによるセキュリティの強化
アプローチ
- 情報システムの管理を容易にするためにターミナルサービスの導入を検討する過程でシンクライアントシステムを知り導入を開始
- IDCにシステムを移管することで管理コストの削減を図る
システムの効果
- シンクライアント端末を導入することで故障率が激減し、以前5人だった情報システム担当者が、現在は2人で対応可能に
- シンクライアントシステム導入やIDCの活用によりシステムの保守費用、電気代などを含め試算上、年間1300万円程度の削減を見込む
ビジネスへの効果
- シンクライアント化とともに外部メモリの使用を原則禁止しセキュリティの向上を図った
- 端末が職員に帰属しないため、出先機関に外勤した時でもそこの端末を使ってID、パスワードで容易に自分の環境を再現でき業務を継続できる
小椋 哲也 氏
伊藤 武史 氏
PCの台数が増え、業務の多くが電算化されることで、システム管理の負担は増加する。セキュリティパッチをあてるだけでも大変な作業だ。 まして、職員それぞれが個人用のパソコンにデータを保存している状況ではトラブルによる業務の停止ばかりか、セキュリティ上も問題がある。 その解決策として、「センター側で処理をおこない、出先の端末には画面の情報だけ送るターミナルサービスを検討し、まず支所と出張所にあるPC30台をターミナルサービスの端末として使用開始した」が、その過程でシンクライアントシステムを知り導入を検討する。「以前、HPのサーバを使っており、サポートにも満足していた」 (小椋氏)という背景もあり、HPのシンクライアントを導入することを決めたのが2005年度。その年の7月にまず70台を導入した。
別海町を含む道内30自治体・1団体は、自治体が行政システムを共同で開発・運用するための組織「北海道自治体情報システム協議会」を構成し、中標津町に本社を置く中央コンピューターサービス(CCS)の提供している地方自治体け 総合行政システム「G-TAWN」を導入している。本協議会では情報交換が活発に行われており、 「協議会を通じて他の自治体の事例を知ることができて、シンクライアントの導入例もあり非常に参考になった」と小椋氏は語っている。
2005年度に最初の70台を導入して以来、「シンクライアント端末本体のトラブルは起きていない」(小椋氏)という。 仮にトラブルが起きても、シンクライアント上にはデータがないため、「他の端末を使ってID、パスワードでアクセスでき業務を継続できる。 そういうメリットがあるが、実際にはトラブルがないので職員は経験していない」(小椋氏)とか。シンクライアントの導入で、職員の業務形態も変化する。 PCの持ち出しを防ぐためにデスクトップPCを導入していたがFDやCD、USBメモリなどにデータを保存して使用することができた。 それがシンクライアント化で外部メモリのアクセスを原則禁止した。 「当初は不満も出たが、セキュリティのためには必要だと説明した。あとは慣れの問題」(同)という。
シンクライアント化とアウトソーシングでTCOを大幅に削減
実は別海町のシステム改革はシンクライアント化だけではない。システムそのものも2007年3月末までに、北海道自治体情報システム協議会が中心となって運用を進めているIDCに移管している。「戸籍台帳など外には出せないものと企業会計となる水道業務だけを自前のサーバに残した」(小椋氏)が、実は「水道業務システムには余裕があるので、そこにバックアップシステムを仮想化して搭載した」という。シンクライアント化に加えて、サーバのIDC運用に移行したことで業務負荷は減った。2005年4月1日付で総務部の総務課統計広報担当、企画調整課、メディア推進室を統合して現在の「総合政策課」が誕生した。地域情報化とシステム管理を担当していたメディア推進室の職員は5人だったが今では小椋氏ともう1人の伊藤武史氏の2人体制に。伊藤氏は、「ITの専門家というわけではないので異動の時は緊張した」という。それまで、「システム担当者が出先を回っていたり、サーバルームにこもっていたりしてデスクにいるときがほとんどない状態。職人の仕事だと傍から見ていた」からだという。「以前のシステム担当は技術的な知識が不可欠。それを継承していくために1年くらいの“修行”も必要だった」と小椋氏も言う。 しかし、トラブルを起こさないシンクライアントマシンとIDCへのサーバ移管で、「誰でもできる普通の業務になっていくだろう」と伊藤氏は笑う。
シンクライアント化とIDCの利用は人件費の削減だけでなく、TCOの削減に大きな効果をもたらした。IDC移行前、シンクライアントシステムへの移行を開始した2005年度のシステム運用経費は電気代などを含み総額で年間3400万円だった。それがシンクライアント端末の導入を終えた2009年度には2700 万円となる見込みだ。PCを存続させて庁内にサーバを設置し続けた場合を試算すると2009年度に約4000万円の経費が必要になる。それに比べれば1300万円程度の年間経費の節減になる。 IDCの利用により経費の節減以外にも「電気代を大幅に減少してCO2排出削減にも貢献できる」(小椋氏)と時代に即した面も強調する。
別海町では4年計画で毎年70台ずつ、合計で280台のシンクライアント端末導入を進めている。「職員の削減もあり280台でほぼ事務職員をカバーできる見通し。さらに仮想化についてもさらに拡大していきたいと考えている。さらにシステムコストの安いLinux版の導入も検討課題のひとつだ」と小椋氏は語る。 実際に、恒常的に稼動するシステム以外の一部業務に関しては仮想化して、その都度起動させる方が効率的というケースが多いのだという。
厳しくなる自治体財政の中で、情報システムのTCOコストの削減は喫緊の課題。 別海町はシンクライアントシステムとIDCの利用で、業務負担と財政負担の軽減を実現したといえるだろう。