2019.08.08

「日本はAI後進国」ソフトバンク孫社長の“檄”と“展望”──投資先ユニコーン企業4社のAI活用事例

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7月18日に開催されたソフトバンク主催の大型ショーケースイベント「SoftBank World 2019」。その基調講演で同社の孫正義社長は「日本にAI後進国。投資対象となるユニコーン企業が現れていない」という痛烈なメッセージを放った。

いま、AIにおける日本と世界の“差”は何か。今後我々が目指すべき方向はどこにあるのか──。

同社が大型ファンド「Vision Fund」を通じて投資する東南アジアのユニコーン企業の代表が語った「最先端のAI活用術」の事例を織り交ぜながら、孫社長が“檄”に込めた思いに迫る。

AIの力を使って推論する世界になる

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講演冒頭、孫社長は「未来を予想し描く『推論』の力が、人類の進化の大きな源泉となっている」と述べた。

――孫
「人は目に見えるものや肌に触れるものを感じ、未来を推論してきました。その材料となるデータは爆発的な勢いで増加し、インターネット上に流れるデータはこの30年間で100万倍にも膨れ上がりました。

この先30年、さらに100万倍に増加していくでしょう。もはやデータを人間が直接使って推論を行うのは不可能になってきます。これからは、AIの力を使って推論する世界になっていくでしょう

これまで人間が勘と経験、そして未知に対する「度胸」によって成し遂げてきた推論や意思決定といった行動が、AIによってより科学的客観的に、データに基づいた形で加速していく── そう孫社長は語った。

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――孫
「いまから5〜30年後には、AIが徹底的にデータを集めて推測し、1日後に起きることを高い的中率で予言できるようになる」

一種の「AIブーム」ともいえる昨今、「AIを駆使している」ことを標榜するソリューションやプロジェクトが巷にあふれている。しかし、AIになんでもかんでもやらせるのはアプローチとして間違っていると、孫社長は苦言を呈した。

――孫
「AIは『Prediction(予見・推論)』の分野において最も適した役割を果たします。たとえば、気象データを元にAIを用いて天候を予想できれば、それをもとに商品の出荷数を推論でき、在庫の回転率を科学的に改善できます。

すでに中国においては、ユーザーに年齢や性別、職業といった属性データをいちいち入力させることなく、AIが具体的なユーザープロフィールを直接推論します。これによって一人ひとりに適切なプロモーションが可能となり、利益に直結させているのです。

AIが推論をすることで経営はスピーディーになります」

世界の「ユニコーン」はAIをどう使っているか

ソフトバンクが展開する大規模投資ファンド「Vision Fund」では、AIを用いた先進的な取り組みを行うユニコーン(評価額が10億ドル以上のスタートアップ企業)に特化し、1社あたり10兆円規模という巨大な資金を投下。同時多発的な投資によって強力なシナジーを生み出している。

今回のイベントでは、出資先企業のうち、

  • インドを拠点に展開するホテルスタートアップ「OYO」
  • シンガポールを拠点とする配車アプリサービス「Grab」
  • インドを拠点とする電子決済、電子商取引スタートアップ「Paytm」
  • アメリカを拠点とする農業スタートアップ「Plenty」

上記4社のCEOが登壇し、それぞれのビジネスにおけるAIの具体的な活用事例を紹介した。

OYO:「部屋の内装」から「価格設定」まで…AIの力で世界2位のホテルチェーンに急成長

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Ritesh Agarwal氏がCEOを務めるインドのホテルスタートアップ「OYO」は、世界各国の宿泊施設やその部屋を借り上げ、独自の基準をクリアしたものにOYOブランドを付与して貸し出しを行っている。このサービスの運営において、AIを積極的に活用しているという。

――Ritesh Agarwal
OYOは数億のデータを使ってリアルタイムで需要を予測し、5日以内というスピードで物件の契約を行います。一般的な同業他社の契約スピードは6ヶ月程度ですが、AIを駆使することでこの36倍も早い契約スピードを実現しています」

AIの活用分野はこれに留まらない。利用者の宿泊率アップに寄与する「部屋の内装パターン」を自動的に判断したり、部屋の宿泊料金設定も自動で行っているという。

――Ritesh Agarwal
「OYOでは1日5,000万回、1秒あたり730回ものタイミングで価格設定を変動させ、常に利益率の高い価格設定を自動で行っています」

ビジネスモデルの根幹にAIを取り入れ、OYOは急拡大。講演を行った2019年7月時点で、マリオットホテルに次ぐ世界2位の部屋数を抱える巨大ホテルチェーンへと成長した。

「このまま行けば、OYOはあと2〜3ヶ月以内に世界最大のホテルチェーンになるだろう」と、Agarwal氏は胸を張る。

Grab:AIが「最適な稼ぎ方」を導き出す、東南アジア最大の配車アプリ

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Anthony Tan氏がCEOを務めるシンガポールの配車アプリ「Grab」は、世界8ヶ国・336都市でサービスを展開している。タクシーの配車アプリサービスを中心に、フードデリバリーサービス、フィンテック(電子決済・電子商取引)サービスも展開し、東南アジアにおける人々の日常生活に欠かせない存在となっている。

Grabアプリのダウンロード数は1億5,500万にのぼり、同サービスを介して3兆回にのぼるタクシー配車が行われた。サービス利用の過程で蓄積されるログデータは膨大な量にのぼり、「毎日40テラバイトのデータが生まれ、これまでに4ペタバイトのデータを蓄積している」(Tan氏)という。これらのビッグデータの処理に、AIが活用されている。

――Anthony Tan
「GrabではAIを活用し、ユーザーがこれからどこへ向かおうとしているかを予想します。得られた情報にもとづき、もっとも効率のよい経路をシステムが提案するため、ドライバーはあらゆる渋滞を回避できます」

これらの技術は移動経路の効率化という観点に留まらず、日常生活の行動そのもののマネジメントまでも実現しているという。

――Anthony Tan
「Grabでは、ユーザーの移動時間を考慮したサービスの提案が可能です。たとえば、職場から帰宅して夕食を取るユーザーには、帰宅している最中にデリバリーサービスを自動注文するよう処理を行い、帰宅と同時に新鮮なサラダに舌鼓を打つことができるのです。

Grabは、交通経路に限らず、移動や食事といった1日のライフイベントを考慮したプランニングを実現します」

AIを活用し、適切なタイミングで適切なサービス発注が行える仕組みを構築することで、提供側も在庫ロスなどを大幅に削減できる。これにより、相対的に利益率の向上に成功したわけだ。すでにインドネシア国内では400億ドルの経済効果をもたらしているという。

――Anthony Tan
「Grabが恩恵をもたらすのはユーザーだけではありません。サービス提供者であるドライバーに対しても、雇用や所得、そして商取引に必要な信用情報を提供できます。

具体的にはドライバーの勤務態度を元に信用情報をGrabが付与し、自宅購入のローンなどといったマイクロファイナンス(小規模融資)を可能にします。Grabを利用することによって安定した収入を得て、所得を増やせるのです」

Paytm:膨大な学習データでリアルタイムな信用取引を自動化した“PayPayの親”

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Vijay Shekhar Sharma氏がCEOを務めるインドの電子決済・電子商取引スタートアップ「Paytm」は、QRコードをベースにした決済サービスを提供している。ソフトバンクとヤフーが日本国内で展開する決済サービス「PayPay」とも技術提携しており、同サービスにはPaytmのQR・バーコード決済技術が使用されている。

Paytmは2016年12月時点ですでに1億人のユーザーを抱え、30億ドルの取引額を上げていたが、2019年時点ではユーザー数が2000%もの高成長を遂げ、約20億人に。取引額も1,000億ドルと、目を見張る勢いで成長を続けている。

そんなPaytmは、AIを「信用取引」の分野に用いている。トランザクション(一連の取引)ごとにリアルタイムでユーザー側の与信状況を審査し、中間の信販会社を介さず販売店がユーザーに直接ローンを提供することを可能にした。

Plenty:AIの力で「64億通りの品種改良」を実現した農業スタートアップ

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Matt Barnard氏がCEOを務めるアメリカの農業スタートアップ「Plenty」は、AIによって人手では実現不可能な量の栽培コントロールと品種改良を実現している。

――Matt Barnard
「日照時間ひとつ変えるだけで野菜は甘い品種にもスパイシーな品種にもなります。栽培方法や肥料の栄養価、水やりに関する30以上のパラメーターをAIによって自動調整し、400万種類以上にも及ぶバリエーションの収穫物を作り出しています」

通常、人手による野菜の品種改良は長い年月をかけて行われるが、PlentyはAIを駆使することで一度に膨大な量の試行錯誤を実現している。その数は1日あたり64億パターンにも及ぶという。

これまで自然の時間という制約から逃れられなかった農業という分野を、AIの力で圧倒的にスピードアップさせることに成功したわけだ。

――Matt Barnard
「Plentyが作る(もともと独特の苦味を持つ野菜であった)ケールは、『もはや野菜として新しい名前を付けたほうがよいのでは』と言われるまでに進化しました。

AIによる『スピーディーかつ大量の品種改良』によってユーザーの好みに合わせて味をチューニングし、敬遠されがちだった“えぐ味”をできるだけ減らし、人気の高い味へと変えたのです」

これまで、畑における収穫のタイミングは1年で1〜2回程度であったが、Plentyでは1年で50回もの収穫が可能だ。

――Matt Barnard
「栄養がなくカロリーばかり高いものを食べないで済むよう、高栄養で優れた味の野菜を生産するすることが『Plenty』のミッションです。今後もAIを使い、効率的で大量な野菜生産を実現していきます」

「日本はAI後進国だ」

出資先企業のCEOたちによる講演を終え、「世界には、AIの力で最先端に躍り出た企業がたくさんある」と孫社長。その一方で「ほんの数年の間に、技術革命のあるAI分野で日本は完璧にAI後進国になってしまった」と、辛辣なコメントを残した。

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――孫
「日本では、AIを中途半端にかじったような評論家や学者が『AIに頼ってはいけない』と言いますが、時代錯誤も甚だしいと感じます。いまからでも手遅れではないかもしれませんが、“かなりやばい”状況です。このことは政府や知識人、ビジネスマンともに1日も早く目を覚ましてキャッチアップするべきです。

『日本は後進国』と辛辣な言葉を用いたのも、日本のことが好きで貢献したいからこそ。日本も早く目覚めてこの進化に追いつき、追い越さなければいけないのです」

情報技術の進化によってインターネットを通じて流通するデータの量が100万倍に増加し、そのデータをAIで最大限活用する。人類は「AIシフト」によってより大きな進化を得られる── そう孫社長は語った。

――孫
「AIによって人間の仕事が奪われるのではないか」という声を見かけますが、決してそんなことはありません。むしろ『AIシフト』によって新たな職業が創出されるのです」

孫社長は、かつての文明化を例えに挙げながら、こう説明した。

――孫
「かつて人類の職業の90%は農業でした。機械化が進んでその比率は下がりましたが、90%の人は職を失ったのではなく、新たな職業へと進化しました。『AI革命』は、人間を幸せにするためにあるのです」

インターネット黎明期だった25年前からAI革命を考えてきたという孫社長。日本国内にも「ビジネスそのものをAIで効率化させ、高速化させる」段階へと本格的に進み出すことが求められていきそうだ。

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(制作:Ledge.ai 執筆:天谷 窓大 )