2021.08.26
効率化だけでは生み出せない、本当の価値とは何か?
企業と消費者のコミュニケーションが多様化する中、広告手法も絶えず進化を遂げてきた。そして、突如訪れたコロナ危機。人々の外出が制限される中、屋外広告という媒体の“あり方”が問われている。今後、屋外広告は社会の中でどのような役割を果たし、人々の行動にどのような影響を与えていくのだろうか。屋外広告の変遷と未来にフォーカスし、今後の新たな可能性を探るべく、まもなく創業100年を迎える歴史を持つ総合広告会社 オリコム OOHメディア局の山本正博氏に話を聞いた。
株式会社オリコム OOHメディア局 山本 正博 氏
山本 正博 氏(以下、山本氏) 屋外広告というと、かつてはネオンサインなどが溢れ、街中の賑わいを醸成していました。そして時代は変わり、広告ボード・ポスター等のアナログ媒体からデジタルサイネージなどに変わりゆく屋外広告も増えてきました。
電通が毎年発表している「日本の広告費」において、屋外広告は「プロモーション広告」に分類されており、販売促進にかなり近いジャンルとされています。そういった意味では、いわゆる「4マス」と呼ばれるラジオ・テレビ・新聞・雑誌とは若干位置づけが異なります。これは人々の購買行動の中心が店頭だった頃、マス広告と店頭を結び付ける役割が主な屋外広告の価値であったことから「プロモーション広告」に位置づけられてきた、というように理解できます。
また屋外広告は、基本的に人がいる街中に広告出稿することに対して、皆さんが価値を認識されています。電車内にみられる交通広告も同様ですね。しかし、緊急事態宣言下で街に人がいなくなった際には、その広告価値が疑問視されました。前述の購買行動がEC等へと変化している昨今に加えて、これが昨年、2020年に起きた出来事です。
一度目の緊急事態宣言下には極めてナーバスな状況でしたが、2020年末頃から徐々に人流が戻ってきました。そうした中で失われかけていた屋外広告の価値も徐々に回復しつつあります。
山本氏 コロナ前には、特に若年層に対して広告が伝わりにくくなっていました。そこで、街に出て人がいることの価値、いわゆる「ロケーションバリュー」に価値を見出す企業が多かったのだと思います。そして、多くの若年層の誰もがスマートフォンを持ち歩き、SNSを通じて情報を拡散することが当たり前の時代だからこそ、屋外広告×SNSの組み合わせが媒体価値を向上させたのではないでしょうか。
特に、渋谷のような街では、デジタルサイネージ自体が極めて多くなっています。以前は一枠しかなかった場所に複数の枠が配置されるようになれば、その分だけ市場規模が大きくなることも頷けます。
山本氏 先にお伝えしたとおり、屋外広告の特徴の一つは、売り場に近いところでユーザーに広告を見てもらえることです。私たちはその恩恵を「リーセンシー効果」と呼んでいます。これは、直前に接触した広告自体が直接の購買行動に結びつきやすい、ということを指します。また、ユーザーが自ら見ようとしなくても視界に飛び込んでくる「強制視認」の効果もあるでしょう。別の角度から見ると、偶然の出会いを生み出す「セレンディピティ・メディア」ともいえます。
一方、検索エンジンやSNSで展開されているインターネット広告は、ユーザーの行動に応じて関心を持ちやすいジャンルの広告を表示させる仕組みです。そういった点を比べると、屋外広告は必然性だけではない偶然の出会いを演出できる点から、ユーザーの心を動かしやすいメディアなのではないかと思います。クリエイティブの力、表現力を駆使することで出会いを演出し、「誰かに伝えたくなるメッセージ」を発信している企業も少なくありません。
山本氏 例えば回転寿司をチェーン展開するスシローは、渋谷の「5面ビジョン」と呼ばれる屋外広告に衝撃的な広告を出して話題になりました。複数のビジョンを回転寿司のレーンに見立てたクリエイティブを展開し、「すしで、笑おう」というキャッチコピーの広告を掲出しました。
2020年5月の渋谷といえば、本当に閑散としている状況でした。そんな中、同社が実際に渋谷で撮影し、公式SNSに挙げたプロモーション動画は、YouTube・Twitter等でバズを起こし、その動画の再生回数は110万回を超えました。
【動画】スシローが渋谷で展開した大型デジタルサイネージ広告(外部リンク)
先ほどお伝えした通り、従来の屋外広告の価値の多くは「その場に人がいる」というロケーションバリューにありました。しかし、渋谷の街に人がいないことを逆手に取り、そこに屋外広告として自社のメッセージを表現して、ソーシャル上での拡散を生み出したことは非常に興味深い展開だったなと思います。
その後のSNSでの同社の広告の評判を見ても、「スシローのイメージがすごく良くなった」「家にいて退屈していたけど、コロナが落ち着いたらスシローに行って寿司を食べようと思った」というように、ポジティブなものが多く見られていました。
山本氏 屋外広告といっても色々な形があるので、これまで多くの人が抱いていたイメージとは違うものも多いかもしれません。他には、同様に昨年の事例ですが、空調機器メーカーのダイキン工業が出した巨大看板での展開が話題になりました。
同社が展開するマスコットキャラクター「ぴちょんくん」の形をした屋外LED看板は、大阪・梅田と新大阪駅前に置かれています。その色が「大阪府新型コロナ警戒信号」に合わせて変わっていき、その様子がテレビの天気カメラやSNSによって広まっていきました。
山本氏 そうですね。そしてクリエイティブの仕掛けの面白さだけでなく、そこで発しているメッセージと企業のパーパスがうまくシンクロしていることも重要だと思います。
スシローは当時、多くの日本人がナーバスになっている状況で、日本全体を意識したメッセージを打ち出しました。通常のCMでもそうしたメッセージを出すことはできます。ですが、「渋谷の街中に行きたくても行けない」というタイミングだからこそ、その渋谷の街からメッセージが届いてくることに加えて屋外ならではの立体的なクリエイティブ表現をもって、それまでの広告とは感じ方が違うように思えたのではないでしょうか。
山本氏 人流が変わり、最初に厳しい状況に陥ったのが電車広告でした。しかし、この数カ月で乗降者数も以前の7~8割程度まで戻ってきている状況です(2021年7月時点)。
電車に乗っていると、感染リスクやマスク着用のマナーなど、色々なストレスが渦巻いているように思えます。そうした中ということもあり、以前は見られなかったジャンルの広告出稿も増えました。例えば、リモートワーク用の商材やデリバリーサービスです。
中には、「あ~今日も疲れた~。リモート会議はコミュニケーションがうまくいかないし…」というように、電車に乗っている人たちの声を代弁したコピーを打ち出す広告も見られました。このバスクリンの入浴剤の広告には隠れメッセージが含まれていて、頭文字を縦読みすると「いいフロの日よ」(11月に実施)「あ~コロナ終われ」「コロナに負けるな」と書かれていることがわかります。
デジタルサイネージでは15~30秒の表示の中で、どうしても読み飛ばされてしまうことが多いものです。一方、電車の中吊り広告はじっくり読んでもらうことができるので、気持ちに染み込ませるような表現・メッセージが増えてきたともいえます。
山本氏 海外は日本と比較して、屋外広告のデジタルシフトが非常に進んでいます。イギリスの屋外広告に占めるデジタルの割合は6割程度、アメリカが4割弱ですが、日本はまだ2割に届いていません。
こうした中、海外ではポスター媒体自体がデジタルサイネージに変わる例も増えており、データに基づいて運用型で配信を行うプログラマティック広告も出てきています。しかし、実際に運用が行われているのは全体の1割に満たないようです。こうした状況を踏まえると、今後は適材適所でデジタルとアナログを使い分ける方向に進むと考えられます。
山本氏 屋外広告の分野でもデジタルが先鋭化しつつあります。だからと言って、街中で「〇〇%OFF!!」といったセールス広告を出されても、よほど買いたいと思っている商品やサービスでない限りあまり気分の良いものではないと思います。こうした広告は、広告主の企業価値も、街自体の価値も損ねてしまうでしょう。
もちろん、買いたいと思っているお客様に届けるようにターゲティングの精度や効率化を目指した仕掛けも必要ですが、屋外広告のもう一つの本質は別のところにあるんじゃないかと思います。そう考えると、今後は「プロモーション」と「ブランディング」といった2つの目的に分かれてくるはずです。
近年、スマートフォンの位置情報を活用して人流解析を行い、その結果を踏まえて特定の時間帯に集中的にデジタルサイネージを出稿する仕組みも出てきています。また、「GAFA」のような海外プラットフォーマーが行動履歴等のデータを活用して、屋外広告の配信を最適化する仕組みも拡大していく可能性があります。これらは画期的な仕組みである一方、どれほどのプロモーション効果が見込めるかは都度、冷静に見極める必要があります。
片や、屋外広告自体は「街をつくる風景の一部」という見方もできます。そして、屋外広告には街の価値、いわゆる「ロケーションバリュー」が存在することにも注目して、活用することが求められます。
人々がなかなか外出できない期間を経て街に出た時、そこで様々な屋外広告を目にするはず。そのときに企業は人々にどんなメッセージを届けるのか。「プロモーション」だけの枠組みではなく、企業価値を向上させるための「ブランディング」として屋外広告を捉えることが大切になってくるのではないかと思います。
山本氏 コロナ禍で街の風景が一変し、人々の価値観にも変化がみられました。屋外広告もデジタルとの連携が進み、広告主側が届けたい相手に効率的に広告を掲出する方法も増えつつあります。しかし、屋外広告が「街の風景の一部」ということは変わりません。
いつかは始まるアフターコロナの時代において、「リアルの価値=街の価値」はさらに輝くものになっていくと思います。街の風景を彩り、人々に偶然の驚きや感動を伝える屋外広告の価値も、時代の変化に伴ってさらに高まっていくと信じています。
【インタビューを終えて】
株式会社 日本HP 甲斐 博一
コロナ禍で世界的に大きな打撃を受けた屋外広告について、改めてしっかり考えさせられるインタビューになった。ただ人が外に出ない、あるいは出ても短い時間だから屋外広告は厳しいという発想ではなく、改めて今訪れている変化は未来に向けて大きな変革を起こせるチャンスであると痛感した。
デジタルテクノロジーは進化を支える大きな梃子になる。屋外広告がデータインプット、アウトプットの場所だと捉えることでその価値は大きく変わる。単純に屋外広告をプログラマティックにしようというだけではデジタル空間のほうが圧倒的に相性がよい。ではなく屋外広告の良さを生かしたテクノロジー活用が必須なのである。スペースの大きさと印刷の価値を活かしながら、センサリングとIoT化を目指すことを考えると可能性は広がる。
とりわけ広告表現は印刷であるもののIoT化された広告場所は様々なデータインプットの場所となり、これまで苦手としていた印刷広告が一気にデジタル化され、とれるデータはデジタル空間の比ではなくなることで価値が最大化できる。
また、インタビュー後半で出てきた街づくりの観点はまた重要でかつ屋外広告の新しい視点である。住み続けられる街の一部と化した屋外広告スペースは、街が発信するメッセージと一体化する。これこそが屋外広告の大きな魅力となることは間違いない。そしてその街が発信するメッセージと企業からのメッセージがシンクロしたときにこの表現は広告を超え、新しい価値を生む可能性を秘める。
テクノロジーの価値ある活用、そして街づくりの一貫として設計された屋外広告、これこそが屋外広告の未来だと信じるインタビューとなった。そして、デジタルテクノロジーと印刷技術の発展は、まさにHPの仕事である。