2021.04.02
経営者が勇気を持ち、現実と向き合うために必要なこと
日本企業、とりわけ中小企業に訪れる事業承継問題。時代に淘汰される前に次の一歩を踏み出すべく、今、経営者はどのような対策を講じるべきなのだろうか。そこには、自力での突破口が残されているのか。あるいは、譲渡や売却の検討を進めるべきなのか。中小企業経営陣が常に頭を抱える「事業承継問題」の解決策について、事業承継案件に特化した独立系M&Aファーム GCAサクセション 常務執行役員の鈴木道夫氏に話を聞いた。
GCAサクセション株式会社 常務執行役員 鈴木道夫氏
――いま、日本の中小企業経営者にとって事業承継が深刻な課題となっています。印刷業界も例外ではありませんが、事業承継を実現する上で最も重要なポイントは何でしょうか。
鈴木氏 やはり、変化に対応する決断力が大切だとつくづく感じます。ただし、言うのは簡単ですが、実際にやるとなると大変です。どうしても変わることのマイナス面を考えてしまい、怖くなる。ワクチンの効果を理解していても、それ以上に副作用を気にしてしまうようなものです。それでも、変化を恐れずに決断する力が必要とされているのが今の時代です。
新型コロナウイルス感染症によって、私たちの生活様式は大きく変わりました。そんな状況で、今までと同じことをやっていてはまずいということは、経営に携わる人であれば皆わかっています。それでは何をどう決断すべきか。まずは「良質な情報」が必要です。理想は社内に経営企画部や社長室といった部署を設けて情報収集を進めることですが、それが難しい場合は社外にアドバイザーを持っておくことをおすすめします。かかりつけ医のような、いつでも相談できる存在ですね。
変化に先んじて動ける企業は一握りで、大半は遅れがちです。しかし、事業承継において遅れを取ることはリスクでしかありません。そして、その遅れる幅が大きくなればなるほど取り返しがつかなくなるのが現実です。
――決断力が重要で、遅れること、先延ばしにすることはリスクでしかないとのことですが、具体的にどのようなリスクが考えられるのでしょうか。
鈴木氏 私のお客様に、承継できると見込んでいた社内の人材が辞めてしまったため、第三者に売却せざるを得なかった方がいます。その方は、「もう少し早く動いていれば」と悔やまれていました。いくら以心伝心と思っていても、今後労働の流動性がより高まっている中、経営側の思うようにコトが運んでいくことはより少なくなるはずです。このことは避けられないように感じます。
もう一つ、私の事業承継に対する考え方に大きな影響を与えたエピソードがあります。2010年代からお付き合いさせていただいた社長の方で、会社は業界トップ、上場もしていました。売上も数百億円にまで成長して、この先も順調に伸びていくのだろうなと思っていた矢先に、胃がんを患ってしまいました。治りそうもなくて、余命わずかだと言われたとき、私も言葉にならないほどショックでした。
入院しながら、役員会には病室からリモートで参加して指示を出すようなことをされていましたが、それから亡くなるまであっという間だったことを覚えています。まだ60代で、それまでは一人で先頭に立ってがむしゃらに会社を引っ張っていましたから、後継者の育成なんてしていません。残された息子さんが取締役に昇格し、大半の株を相続して大株主になりましたが、高額な相続税のために銀行から借金せざるを得ませんでした。
さらに、相続により大株主となった息子さんが社長ではなく、一取締役として座るといういびつな状態が続きました。その後、息子さんは株式を売却して会社を去ってしまうのですが、その際に私がお手伝いをしました。亡くなった先代の意志を継ぎ、従業員の雇用も守り、会社も成長を続けられるという条件で、業界大手企業に売却しました。
――その方は、鈴木さんとの関係を築いていたから、最悪の事態はまぬがれたといえるのではないでしょうか。
鈴木氏 日ごろから相談できる相手がいることが、いかに重要かということです。準備らしいことはほとんどないままに旅立たれてしまって、多くのことが残されてしまいました。息子さんは、「本当に何も準備してくれなかったから、何をしていいかわからなかった。その代わりに、ものすごい借入だけができた」とおっしゃっていました。準備不足だと、後に残された人々は大変になりますし、特に親族への承継は難しいことが多いと言えます。ですから、事業承継の決断は早めにすべきなのです。
――大きな出来事が起こったことで、事業承継を考えざるを得なくなったというお話しでしたが、そもそも中小企業の経営者は、どのようなきっかけで事業承継を考えるものなのでしょうか。
鈴木氏 何らかのきっかけがあることは確かです。日本の中小企業の3分の1は事業承継が進んでいない、といわれているように、多くの経営者は承継の話しをしても「わかっているが、今じゃない」となりがちです。定番といえるきっかけは、やはり年齢と将来の不安です。2020年は新型コロナがあり、経営者にしかわからない将来に対する不安が大きくあったはずです。
最近お手伝いした2つの事業承継案件も、きっかけは年齢と将来の不安でした。1つ目の事例は、ご自身で創業された企業、買収した企業の2社を持たれている70歳台の経営者で、そのうちの1社は息子さんに承継しました。もう1社は、4~5年前からIPOも見据えて経営をされてきましたが、最終的にはある金融機関関連の投資ファンドに売却しました。売却後もその会社はIPOを視野に入れながら、従業員の雇用を守って、さらなる成長も期待できるよい売却だったと思います。
もう1つの事例は、まだ50代の方で後継者はいませんでしたが、そのオーナーに頼らずに経営できる環境を整備していました。その方いわく、多くの事業承継提案が電話やダイレクトメールで舞い込んできていたとのことです。ただ、あまりにも情報がありすぎて何が本当なのかわからなくて不安になった末に、当社にご相談いただきました。
――事業承継を検討する際、どのような課題に直面しやすいのでしょうか。
鈴木氏 事業承継の検討にあたって、これだけは準備しておいて欲しいというものが事業計画です。
事業承継には、M&Aをはじめ多くの選択肢があります。後継者の有無、後継者がいる場合にはいつやるのか、親族なのか親族外なのか、タイミングはいつなのか、など悩むことばかりです。後継者がおらず、外部に頼るとなると、M&Aを検討します。オーナーによっては、IPOを目指すのか、第三者に売却するのか、といった選択肢で悩む方もいます。両方を並行して検討し、最終的に好条件の方を選択するといったこともあります。いずれにせよ、自社の価値評価をするには事業計画が必要です。
印刷業界に関しても、他業界と同じようにデューデリジェンス(資産調査活動)が必要です。財務諸表や顧客基盤、製造設備の老朽化状況などを全て洗い出した上で、何が強みなのか、再点検して数値化します。オーナーにはビジョンが必ずあるはずで、それに向かって会社を進めるための羅針盤となるのが事業計画です。
ところが実際は、かなりの割合で事業計画がないケースがあります。そして「ない」ことの裏には、やはり理由があります。つまり、羅針盤があるようでない=向かうべき場所が見えていないということです。
印刷業界では既に淘汰が始まって長い時間が経過していますが、ここにきてデジタルトランスフォーメーションも加速し、さらにこの流れは強まるかもしれません。混沌とした中で市場がどこに向かっているのか、その行き先によって会社の売上がどうなるのかが見えていれば正しく舵を切ることができます。事業計画は、そのためにも欠かせないものなのです。
――経営者の方々も、いつか必ずその時が来るということは、頭では理解しているはずです。しかし実際は、なかなか準備が進んでいません。それを解決するにはどうすればよいのでしょうか。
鈴木氏 先ほどお話した、がんで亡くなられた方もそうですが、裸一貫で起業して、仕事に一心不乱に打ち込んできたような方は、なかなか事業承継に意識が向かないことが多いといえます。とはいえ、何も準備していなければ、残された人々――家族や従業員が大変な思いをするかもしれません。まずは、そのことをしっかりと認識してもらう必要があります。
私が思うに、社長は孤独な職業です。経営者としては、社長以外にも取締役が数人いて、常にチームで検討するのかもしれませんが、最後の決断は社長にかかってきます。前向きなことを決断するのは、社長以外でも難しくないでしょう。しかし、リスクを取ってより大きなチャンスをつかむような決断は、社長でなければできません。事業承継も社長にしかできない役割の1つなのだと認識してもらうことが大切です。
これは私の持論ですが、そういった場面で社内に依拠することは難しいものです。そのようなときは、社外に目を向けていろんな情報を集めたり、アドバイスをもらったりしてみることです。すると、「三軒隣の社長が実はあんな経営判断をしていた」とか「あそこの会社はこんな買収をしていた」とか、これまで見えなかったことが見えてくるものです。「彼らもリスクを取れたのだから、自分たちもできるはずだ」と絶対になります。その上で、かかりつけ医として私たちのような社外の者から、その戦略が良いか悪いかの判断材料を提供してもらえばよいのです。
そういった情報にアクセスをする努力を社長以上にしている人は、おそらく社内にはいないでしょう。だからこそ、ぜひリスクを取る勇気を持って乗り越えていただくしかありません。
――事業承継を考えるにあたって、もっとも重要なことは何でしょうか?
鈴木氏 繰り返しになりますが、重要なことは事業計画書を作ることです。私が事業承継でお手伝いするときは、必ず作っていただくようにしています。事業計画書が無い状態は、羅針盤を持たずに航海するようなものなので、極めて危険です。
もう一つは、これも繰り返しになりますが、「良質な情報」にアクセスするために外部にアドバイザーを持っておくことです。医者にセカンドオピニオンがあるように、アドバイスを求めるのは1社でなくてもかまいません。ただ、アドバイザーにもさまざまな種類がありますから、どのアドバイザーが良いか、ある程度調べていただく必要はあります。
いずれにしても、明確なビジョンと方向性、加えて定量的な売上と利益のイメージを持つ必要があります。そこを十分と議論することが、事業承継を成功に導く第一歩です。
――優れた技術を持ちながらも、後継者の不在や将来性のなさを理由に廃業を選択する企業が多くあります。企業価値を見出し、存続していくためにはどうすべきか、何かヒントはありますか。
鈴木氏 確かに日本はいま、廃業を選択する企業があまりにも多いのですが、その中には事業承継M&Aで救えたのではないかという会社もあります。いま事業承継が注目されていますが、もう1つ「事業継続」という視点もあります。どうやって継続するか、さらに一歩踏み込んで事業の存続のあり方を模索することです。例えば印刷業界の場合、垂直統合の実現は難しいでしょう。商業印刷の分野でデジタル化も含めた設備投資が必要だとしても、その選択を取れるほど財政面に余裕のある企業はそれほど多くはないからです。一方、水平統合は合理化や設備投資の効率化(削減)などを狙う上でも、検討は可能かも知れません。
印刷業界では、垂直でも水平でもない、業界を超えて統合する「クロスインダストリー」という事例もあります。ある印刷会社が、全く異なる業界の海外企業グループからのM&Aによって、これまでとは異なる需要を生み出したという事例です。印刷という事業内容は変わりませんが、新しい顧客や市場との接点が生まれたことで、その企業は復活を遂げたわけです。
会社の力量というものは、社長の力量とイコールです。会社の力量が社長の力量を超えることはあまりありませんが、それを可能にする千載一遇のチャンスがM&Aです。
印刷業界内だけを見ていると、将来は決して明るいとは言えないかもしれません。しかし、少し広い視点で産業全体を見渡してみると、思わぬ道筋が見つかることがあります。アイデア次第ではいくらでも可能性がありますし、既成概念にとらわれずに考えることが大切です。
当社グループの海外M&Aチームを見ると、事業承継の選択肢として、まずファンドが株式を取得して、それを大企業に売却するというサイクルができています。日本でも、5年後10年後に、広く海外まで含めて提携や事業承継のパートナーとして考えられるようになれば、ひいては日本の国力を上げることに繋がると考えています。