【山形 巧哉 編】第9回:AI時代の自治体とコミュニティ(前半)
元自治体キーマンが描く、ICT活用の過去・現在・未来シリーズ
2026-10-20
日本のICT活用の進化を決定づけるのは地方自治体だ。国家レベルの施策を実際に運用し、国民へのサービスとして昇華させるのは各自治体の役目でもある。そんな自治体において、ICT活用の進化が著しいケースがいくつかある。そしてその共通項として必ず浮上するのが、特筆すべき人材、いわゆる「キーマン」の存在だ。ここでは各自治体においてキーマンとして活躍し、大事業を達成させてきた人物にそれぞれが思い描くICT活用について語ってもらっている。彼らの考えや軌跡をみることによって、同じ自治体はもちろん、企業、組織にも大きなヒントが得られるはずなので、ぜひ熟読していただきたい。
取材:中山 一弘
山形巧哉デザイン事務所 代表社員
一般社団法人コード・フォー・ジャパン
北海道森町 政策参与
- 北海道森町出身。自治体職員として、行政や教育現場でのデジタル技術活用や構築に関する実務経験を重ねながら、その経験をもとに、地域社会においてデジタルをどのように結びつけると良いかという実験・実証を行う。
独立後は社会ニーズや技術進化により変わりゆく「公共空間」に関し、研究調査・計画・設計・実証・実装といった多角的な支援を行っている。座右の銘は「まあすわりなよ」
合同会社山形巧哉デザイン事務所・Code for Japan・国際大学GLOCOM客員研究員・公立はこだて未来大学アソシエイト・デジタル庁オープンデータ伝道師
AI時代における自治体業務のやり方の変化
今回はこれまでお話しいただいた地域づくりや街づくりというところからさらに踏み込んで、自治体DXに関するところに注目して、どのような変化が起きているのかなどについて教えていただければと思っています。山形さんが実際に現場と接する中で、肌感としてどのようなことを感じていらっしゃるのでしょうか。
自治や地域コミュニティに関しては、今後もさらに大切になってくると思っています。その根底にあるものとして、ここ数年で急速に広まってきたAIの活用も、非常に大きいと感じています。
ところが一方で、AI活用が増えれば増えるほど、これまでお話ししたように人同士の触れあいや、地域や学生とのつながりなどに目が向いていったというところもあって、根底ではそういうことが大事なのだと思い続けてもいました。
自治体の仕事の仕方も本当に変わってきたと思いますが、いま私がCIO(最高情報責任者:副町長)補佐官として活動させていただいている自治体に、北海道の芽室町があります。担当職員さんなどとも密接な関係を築いてきました。
芽室町には、DXを着実に進めるビジョンがあります。自治体のBPR(業務プロセスを見直し、効率化・最適化する取り組み)も自ら研究し、「書かない窓口」に向けた施策を進めてきました。
ただ、大規模自治体のように窓口が混雑するわけではない小規模自治体でも、単に「書かない窓口」を目指すべきなのかという疑問もあったそうです。
そうしたことまで考えたうえで、芽室町の場合は人口が2万人弱というところですが、結論として「書かない窓口は必要だ」という考えに至ったということでした。
職員が作った窓口システム
窓口の混雑解消や手続きを簡単にできるようにすることは、どこの自治体でも課題になっていると聞きます。芽室町ではどういったシステムを導入したのでしょうか。
システムが必要なことは分かりましたが、実際にシステムの導入を検討していくと、かなり導入コストもかかるということが分かってきました。それだけの予算をかけて導入し、「実際に使ってみたら芽室町には合わなかった」ではまずいということに、当然ながらなりました。
普通はそこでシステム開発企業などに、「PoCがしたいので実証用にシステムを貸してください」となると思うのですが、ある職員さんが「それなら作っちゃうか」となったというのです。
すでに導入していたkintoneや、最近のバイブコーディングを活用できないか検討し、実際に「書かない窓口」の初期バージョンを作ってしまいました。
令和6年3月には、窓口の発券システムを実際の現場で稼働できる状態にし、住民サービスとして取り入れています。この発券システムの面白いところは、完全無人化を目指したものではないということです。
窓口の大型ディスプレイで発券できますが、エラーが起きれば利用者は困ります。そこで総合受付に常駐する職員が用件を聞き、発券操作を行うことで、エラーによる利用者への影響を最小限に抑えました。
完全オートメーションを狙うのではなく、システムのなかに人間を組み込んだというところが、芽室町ならではのやり方だったと思います。
またこのシステムではオンライン申請にも対応していて、その場合は「来客なし」のような選択肢があって、オンラインでもオフラインでも一括して管理できる仕組みになっています。
実際に日常的に業務を行っている職員が開発しているので、自分たちが普段やっていることをどうシステムに反映させるのかがきちんと分かっているからこそできたものだと思います。
住民の方が来庁されたときに、実際には担当者が聞き取りをしながら操作をしていることになるので、申請などに必要な手続きも一緒に考えていくことができます。
一方、運用を続けるには、エラー処理やデータベース設計など、従来はプロに任せていた領域の問題も出てきます。
簡単にいえば素人が組んでいるシステムなので、きちんとした知識がないと難しいところもあります。その点について私が相談を受け、さまざまな対応策を一緒に考えていくことになりました。
オープンソースとして公開した意味
そういった状況になってくると、他の職員も含めて使いやすいシステムにしていけるかどうかが問われてくると思います。芽室町の場合は、どのような方針で進めていったのでしょうか。
最初の時点では、「ある特定の担当者だけが使えるシステムでは困る」という観点から、システム開発企業さんなどとタイアップしながら、一緒に育てていくことはできないかという話もあったようです。
しかしAIやバイブコーディングの精度が上がる中、私が「デジタル庁も推進するOSSの手法はどうか」と提案すると、担当者たちは自作システムを本当にオープンソースで公開しました。
参考:MADO(芽室町版窓口支援システム)のオープン・ソース・ソフトウェア化の取組
これを「窓口番号発券システム」として、世界的にもメジャーなソフトウェア開発プラットフォーム「GitHub(ギットハブ)」でオープンソース公開しました。
参考:窓口番号発券システム
また、つい先日のことですが、申請書などの作成に関するシステムもすべてGitHubで公開を始めています。すでに大きな反響もあって、イシュー(課題やバグ報告を管理する機能)が登録され、プルリクエスト(他者が修正・追加したコードを提案する機能)も寄せられています。
職員がバイブコーディングを手にしたことで、庁内で内製するだけでなく、広く公開してよりよいものへ育てられるようになりました。「役場のシステムをみんなで作る」ことは、以前なら考えられなかったでしょう。
これはシステムだけでなく、役場の事務の流れを公開し、みんなで改善する動きともいえます。他の自治体と比べても、非常に面白い取り組みです。
他人任せにせず「自分ごと化」する
そこまで芽室町が踏み込んでいけたのには、どのような理由があるとお考えでしょうか。
「たまたまやる気のある人がいた」というような、単純なことではないと思います。
本格的な役場改革には、目標を定めて予算措置を進めることが必要です。例えば「2030年から本格運用する」と決め、「いまはその練習期間」と考えることもできます。
担当者はそれを受け止め、「1つでも改革する」という強い意欲で取り組みました。庁内の全係で「As is」「To be」を整理し、結果を定点観測しました。
何ができたのか、できなかったのであればその理由は何かを愚直に突き詰め、3年ほどで組織も大きく変わりました。こうした積み重ねもDXには重要です。
この事例には2人のキーマンと、挑戦を認める上長がいました。わずか3人でも、大きな変革を起こせることを示しています。
若手職員なども相談しやすくなってきたようですし、自分たちでも何かやってみようという取り組みも出てきました。それが「自分ごと化」につながっていったのだと思います。
現在は総務課がDXを担っています。以前はDXと情シスが別部門でしたが、町長の判断で統合されました。
「As is」「To be」と言っても、「行政では使わないビジネス用語だ」と受け取られることがあります。そこで私は、このフレームワークを「カレーライス」に置き換えて説明しました。
現在のカレーを理想のカレーにするにはどうすればよいかを考えるのです。最初のワークショップでは、チームごとに「カレーライスシート」を作り、収益を上げながら地域に根ざす方法などを考えてもらいました。
そこでは「ふざけたものを作ってみてください」と最初に言ったのですが、公務員のみなさんは優秀なので、「ふざけろ」と言われればとことんふざけたものを考えて作ってくれます。
そこで現在のカレーと理想的なカレーのギャップが見つかり、ステークホルダーに解決策を話す必要性やどこで仕入れるのか、コストはどうするのかといったことを考えてもらいました。これによって、「As is」「To be」のフレームワークを実感を伴って理解していただけました。そこからバックキャスティング的な発想が生まれ、自分たちが業務の中で見落としていた点に気付くなど、さまざまな発見もありました。
DX研修としてもなかなか個々人には刺さらないこともあるかと思いますが、芽室町では「カレーライスシート」を使うことで、より実践的なものになっていったと思います。それがさらに「1係1DX」の取り組みへと発展していくことになります。
私が芽室町と関係するようになったのは2023年からなのですが、もともと機運があり、素地も備わっていたと思っています。私がどうこうというのではなく、芽室町のポテンシャルがかなり高かったというのが実際のところなのだとも思っています。
バイブコーディングで作ったシステムにしても、ずっと使い続けるというものではなく、作っては捨てるということを繰り返して進化していくモノだと思います。
ただ、そこで構築したデータベースはずっと使い続けるものなので、その設計は重要だと思っています。まだ「作っては捨てる」という考え方が浸透するには時間がかかるかもしれませんが、いまはそういったところも蓄積していくフェーズだと思います。
―自治体のみなさまが本気でDXに取り組んでいる姿が目に浮かぶようなエピソードですね。こういった動きが全国で起これば、デジタルテクノロジーの有効活用が一気に広がる気がします。今回はここでいったん区切りますが、次回も引き続きよろしくお願いします。
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