【山形 巧哉 編】第7回:学びの場の広がり ~学校と地域のゆるい往復

元自治体キーマンが描く、ICT活用の過去・現在・未来シリーズ

2026-08-03

山形 巧哉氏
山形 巧哉氏

日本のICT活用の進化を決定づけるのは地方自治体だ。国家レベルの施策を実際に運用し、国民へのサービスとして昇華させるのは各自治体の役目でもある。そんな自治体において、ICT活用の進化が著しいケースがいくつかある。そしてその共通項として必ず浮上するのが、特筆すべき人材、いわゆる「キーマン」の存在だ。ここでは各自治体においてキーマンとして活躍し、大事業を達成させてきた人物にそれぞれが思い描くICT活用について語ってもらっている。彼らの考えや軌跡をみることによって、同じ自治体はもちろん、企業、組織にも大きなヒントが得られるはずなので、ぜひ熟読していただきたい。

取材:中山 一弘

山形 巧哉

山形巧哉デザイン事務所 代表社員
一般社団法人コード・フォー・ジャパン
北海道森町 政策参与

山形 巧哉
  • 北海道森町出身。自治体職員として、行政や教育現場でのデジタル技術活用や構築に関する実務経験を重ねながら、その経験をもとに、地域社会においてデジタルをどのように結びつけると良いかという実験・実証を行う。
    独立後は社会ニーズや技術進化により変わりゆく「公共空間」に関し、研究調査・計画・設計・実証・実装といった多角的な支援を行っている。座右の銘は「まあすわりなよ」
    合同会社山形巧哉デザイン事務所・Code for Japan・国際大学GLOCOM客員研究員・公立はこだて未来大学アソシエイト・デジタル庁オープンデータ伝道師

いま学校関連のDX化はかなり進んできていると思いますが、国の政策・施策もデジタル化へ向けてどんどん進んでいるようなイメージがあります。山形さんは「学びは学校内に閉じない」ということをおっしゃっていますが、これは具体的にどのようなことなのでしょうか。

山形

前回お話ししたことともつながるのですが、学びは学校内にとどまるものではなく、地域なども含めた広がりを持つものだと思います。

これまで学校は、ある意味ではずっと体系化されてきたものであって、昭和・平成では学校内で多くを学んで社会に出て行くための準備をするといった意味があったように思います。ところが令和の現在では、学校の学びだけでは社会へ出るための準備が足りず、子どもたちにとって苦しい時代になってきたのではないかと思います。

これからは何が大事かを考えてみると、すでに大人だけでなく子どもたちも生成AIを当たり前に使うような時代になってきています。当たり前のようにデジタルデバイスを使い、最先端のテクノロジーを意識せずに使っている。私はそんな流れのなかで、改めて「人ってなんだろう」というようなことを、ここ最近はとても考えるようになってきました。このデジタル全盛の世の中で人間がまだできることは「創造すること」ではないかと思いました。

生成AIはこれまでの人類が学び得たすべての情報を活用しますが、それはあくまでも組み合わせでしかなくて、本当に新しいものを作り出すのは人間なのだと思います。物理的にもそうですし、社会に実装できるのはまだ人間だけだと思っています。

そのためには大人も子どもも関係なく、やはり現実に生きているこの世界や社会をしっかり見ていかなければなりません。そこで学校内に閉じることなく、地域にも出て行くことで様々な知見を得てもらいたいという期待もあります。

ここでの知見とは、学校で教わる数式や文法などだけではなく、地域のコミュニティに関わることで得られることなども含まれます。そこでの実体験や、先人たちの記憶や経験を学ぶことでもあると思います。そうした「身体を伴った経験」は、生成AIには得ることができないものです。

最近では児童・生徒が教師や親ではなく、生成AIに相談するというようなことも、ごく当たり前になっていると思います。ただその結果得られるのは、生成AIが知り得る範囲での回答であり、現実社会の常識とは乖離した状況になるような事例も散見されています。

もちろん、生成AIを否定するような意味で比較しているわけではありませんが、子どもたちに学んで欲しいのは、身体を伴った経験を含めた実態を伴ったリアルな情報であり、その多くを学べるのが学校であり、家庭であり、地域なのだと私は思っています。

家庭や学校というのは、本来は子どもたちにとって安心できる場所です。ある学説では、「子どもというのは本質的に保守性が強い」と言われているそうですが、幼少期から安全か危険かなどということを、経験のなかで学んでいる途中なのでそうなのかもしれません。

その点で家庭は親の庇護の下にいる場所だし、学校も守られた空間であるからこそ自由に振る舞えるという側面があります。

それがより厳しくなってきていたのが、これまでの学校教育なのかもしれないという仮説を立てたとき、AIの時代にもっと経験値や身体性を伴う体験を積み重ねていかなければならないと考えれば、学校もより柔軟で寛容なあり方を目指していく必要があるように思います。

ただそうはいっても、学校を一気に変えるのは難しいので、そこから外の地域などに出て行くことで、基本的に子どもの心理的・精神的な安全性を担保しながら、トライ&エラーが行える場所を提供してあげたいと考えたのです。

生成AIからの回答ではうまく伝わらないことも多いと思いますが、言語化できないような実体験が子どもたちにより良い影響を与えるということですね。

山形

その通りです。一方で課題もあると感じています。私自身が高校生といろいろな活動を行っていますが、地域の人間としてサポートする場合、現実的に難しい面があることも理解しています。

例えば地域の住民として「こうしてあげたい」という思いがあったとしても、忙しかったり、やる時間がなかなか取れなかったりといった問題もあります。そういったときに活用できるのがデジタルツールなのですが、LINEなどのコミュニケーションツールに関しては、学校側のルールでそれが禁止されてしまって活用できないような場合もあります。もちろんその理由もよくわかりますし、子どもたちを危険にさらさないために必要な場合もあるでしょう。

ただ、それはあくまでもそういったツールを悪用する人間が悪いのであって、ツールそのものが悪なのではありません。そういった意味では、短絡的に禁止するのではなく、もう少しみんなで議論できる場が作れればよいのではないかと思います。

なるほど、確かにそういった傾向はありますね。子どもをサポートできるコミュニティを地域で作りたいと考えたとき、どういったやり方があるのでしょうか。

山形

これは私も考え続けているのですが、なかなか難しい問題でもあります。

人口の少ない地域などでは、住民同士のコミュニティも小さいので、都会と比べればそういった連携も取りやすいところもあるかもしれません。一方で東京都心のマンション群などでは、住民同士の交流がほとんどないようなところもあるでしょう。

ただ、いずれの場合でも子どもたちに知見を広げてもらいたいという保護者や先生方の思いなどは、変わらないものだと思います。そこではプラスの内容の情報だけではなく、マイナスの情報もきちんと得られるような環境が必要だと思います。

しかしこれを行政側主導の市区町村単位でやろうとしたりすると、失敗する場合が多いのではないかとも思っています。そういった意味で、「行政とは何か」といったことも問われているような面があると思います。

これまで日本でも効率化を推し進めてきて、行政にしてもすべてがサービス化されて我々の暮らしも豊かになってきました。ただそれによって、「我々の暮らしについては行政に任せておけばよい」という気持ちが強くなってきたような気もしています。

この傾向については、田舎に行くほど強いようなところもあって、行政自体も「これについては国がやってくれるでしょ」というような意識もあって、「住民による自治」ということを忘れてしまったような感じもしています。

本質的な自治というのは、住んでいる人間がコミュニティとしてこの地域でどう暮らしたいのか、ということをきちんと考えていかなければいけない問題だと思うのですが、そういった意味でも子どもたちの問題に関しては住民主導でやれる方がいいと考えています。

本来はそれが自然発生的にできればよいのですが、実際にはなかなか難しいところがあります。私のアプローチとしてはそれが自然発生しないのであれば、ひとつの方法としては学校などからも地域に対して「どういう大人になってほしいのか」と問いかけることによって、それを考えるコミュニティを生み出していけるのではないのかという期待もあります。

私が住んでいる森町にしても、人口減少が続けば地元の高校などの存続に直結するような問題になります。そういったときに、人が集中しやすくなるとか考えやすくなる環境というのが作れないか、と考えながらアプローチしている面があります。

私はもともと行政に近い立場だったということもあって、いろいろなアプローチの仕方を知っています。例えばコミュニティの規模と、キーパーソンの存在は特に重要だと思います。

やみくもにコミュニティを作ろうとしてもうまくいかないので、「この範囲はこの人を中心にしていけばまとまりやすいかな」といったことは地元にいる経験値でなんとなくわかるようなところもあります。こういった部分はまだ生成AIに尋ねても分からないところだし、言語化できない部分でもあると思います。

これは地域の課題であるとも考えていますが、このようないわゆる非構造化データが世の中には多いというのが実情であり、経験知や体験といったアナログ的なものを作り続けるのも人間なのだと思います。

子どもたちと地域の大人たちがつながろうとするときに、いまの学校の制度上いきなりつながるようなことは難しいと思います。「地域の顔見知りの大人」が少なくなってしまった時代では、昔はありふれていたコミュニティが、現在では問題視されるケースもあるので、そもそも地域のつながりを作りにくくなっているかもしれません。

こういった時代だからこそ、コミュニティづくりにデジタルツールの活用は必要になってくると思います。例えば私自身のInstagramにしても、学生さんや町内の人がフォローしてくれていたりします。そのつながりを基本にすれば、リアルにつながることも敷居が低くなっていくかもしれません。

私が田舎に住んでいても活動できているのはインターネットのおかげでもあるのですが、まったく知らない人からネット経由でもリアルでも声をかけてもらえることはあまりありません。

結局は顔の見える相手からつながっていくのは変わらないので、地域内でもオンラインでもっとコミュニケーションを取っていった方がいいと思います。また、そうした関係を1回限りにしないでつながり続けていくためにも、デジタルツールは有効だと思います。

もちろん、つながり続けるのが必須なのではなく、「切り捨てる権利」も同時にあると思います。ただ、そのときにも他者を傷つけることなく、フェードアウトしていくような配慮が必要かもしれません。そうしたことも考えつつ、子どもたちが使いやすい「敷居の低い設計」を考えていく必要があると思います。

確かにSNSをはじめとした新しいコミュニケーションは積極的に使った方が得るものが多そうですね。本日はありがとうございました!

連載
  1. 第1回:小さな町から始めたDIY行政ネット改革
  2. 第2回:「まちづくり」を阻む壁を取り除くデジタルテクノロジー
  3. 第3回:まちづくりに気づきを与える住民と観光客の視線とは
  4. 第4回:ライフスタイルに合う土地と、生きづらさを感じる土地の違いを考える
  5. 第5回:親世代からの自然伝播が子どもたちの心に届くときに何が起こるのか
  6. 第6回:デジタルはそれぞれの世代に何を伝えてきたのか
  7. 第7回:学びの場の広がり ~学校と地域のゆるい往復

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