2019.10.17

働き方改革が後押し、人事部門にもデジタル化の波

海外の先進企業は「HRテック」で何をしているのか?

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Persol Innovation Fund代表の加藤丈幸氏

「働き方改革」の流れの中で、企業の人事業務にデジタル技術を導入しようという気運が高まりつつある。この種のデジタル技術は「HR(Human Resources:人事)テック」と言われている。

人材サービス大手のパーソルホールディングスは、HRテックに積極的に取り組んできた。例えば2017年10月には、グループの研究機関であるパーソル総合研究所内にデータ分析の専門部署「ピープルアナリティクスラボ」を設立した。データサイエンティストが顧客企業の人事データを分析し、社員の適材適所、離職防止、ハイパフォーマー分析といったテーマに沿って課題解決策を提案する。

また2018年5月には、アルバイト・パートサービスや転職サービスを手がけるグループ会社、パーソルキャリアが、HRテックの国内ベンチャー企業であるシングラーを連結子会社化した。同社は人材データの分析を通じて企業の採用サービスを支援する事業を展開している。

パーソルグループは、国内外のHRテック関連企業や人材関連のスタートアップ企業に対する投資も推進している。

その活動を主導しているのが、コーボレートベンチャーキャピタル事業を担う「Persol Innovation Fund」だ。Persol Innovation Fundは2015年11月に設立(当時の名称はTemp Innovation Fund)。例えば海外では、店舗人員の最適配置を可能にする米Percolataや、短期労働力のマッチングに特化した米Wonolo、従業員からの口コミ情報を比較できる米Comparablyなどに出資してきた。

Persol Innovation Fund代表の加藤丈幸氏に、HRテックの全体動向と、日本企業がHRテックを導入することの可能性について聞いた。

働き方改革の流れでますます注目集まる

HRテックそのものはそれほど目新しい分野ではない。ただし近年の動きとして注目すべきは、官民一体で進められている「働き方改革」の流れだ。「社員や組織の生産性を本質的に高める手段として、HRテックがあらためて注目を浴びている」(加藤氏)。

HRテック関連で最近特に耳目を集めているのは「ピープルアナリティクス」である。これは社員の活動データなどを取得して職場の在り方や働き方を最適化し、個人や組織の増力化を図るものだ。

例えばセンサーを使って社員の行動履歴を取得し、オフィス内のどこで誰と接触しているのかを統計的に把握。行動履歴と社員の業績などを見比べることで、パフォーマンスの高い社員がどのようなコミュニケーションを心がけているのかを見いだす。さらにはその結果を働き方に関するルールの設計や人材育成、オフィスの設計などに活かす。米国などではIT関連企業や保険会社のコールセンターなどがいち早くピープルアナリティクスに注目して効果を挙げている。

ピープルアナリティクスをうまく適用すれば、社員のやる気を引き出したり、エンゲージメント(社員が組織に持つ愛着や帰属の思い)を高めたりすることも可能だ。「近年は売り手市場。優秀な人材が獲得しにくく離れやすい状況の中、エンゲージメントは離職防止の観点から特に注目されている」(加藤氏)。

加藤氏は2017年6月頃、ビジネスパーソン向けSNSであるLinkedinで、世界で「ピープルアナリティクス」という肩書きを持つ登録者を調べたところ、およそ19万8000人の名が挙がったという。2018年4月末に再度その人数を調べたところ、約79万人だった。1年で約4倍に増えた格好だ。「人事にデータサイエンスを持ち込む流れが世界規模で強まっていることの証し」(加藤氏)といえる。

またAI(人工知能)やロボットなど、生身の人間以外の労働力をどう職場に組み入れて活用していくかという話題も関心事となりつつある。加藤氏としては、これもHRテックの1領域として組み入れて考えているという。

データが足りない日本企業

日本企業がHRテックに熱い視線を送るようになった理由としては、米グーグルによる書籍『How Google Works (ハウ・グーグル・ワークス) ―私たちの働き方とマネジメント』(日本経済新聞出版社)の存在も大きいという。書籍で人事データを活用して効果を上げている実例が公開されており、「日本国内の人材業界にまさしく衝撃が走った。それ以来、人事関係者の間ではHRテック、特にピープルアナリティクスがしきりに話題になるようになった」(加藤氏)。

しかし多くの日本企業はここで「データが足りない」という課題に直面した。ピープルアナリティクスを実践するには、分析にかけられるだけの十分なデータ量が必要となる。「分析するためのデータが揃っていないという『それ以前』の状態にあることを自覚し、足踏み状態にある企業も少なくない」(加藤氏)。

米国企業は年数をかけて「タレントマネジメント」を実践してきており、その過程でピープルアナリティクスに使えるようなデータが整備されてきた。タレントマネジメントとは「人の能力をいかに活かし伸ばすか」という観点から社員情報を管理することである。組織内での適材適所を進め、社員のスキル強化が狙える。

ところが「日本企業の場合はデータを蓄積するための取り組みがすっぽり抜けている」(加藤氏)格好だ。タレントマネジメントに限らず、日本企業の人事部門はおしなべてデジタル技術の導入が後手に回っていた。加藤氏はその理由として、(1)人事担当者が頭の中に持っている“データベース”が充実していたこと、(2)人事異動のルールがいわゆるローテーションという形で色濃く残っており、データによるアプローチがそれほど必要とされてこなかったこと、(3)間接部門であることからIT投資が後回しになっており、システム更新が行われていないケースが少なくないこと、などを挙げる。

しかし今、国内の大手企業を中心に変わらざるを得ない状況に直面している。特に大きいのは経営のグローバル化だ。「海外で買収した企業まで含めて人材の特徴を把握するには、もはや本社の人事部門の力業だけでは不可能。グローバル規模で人材を活かすためにデジタル技術の助けを得ようということで、タレントマネジメントに真剣に取り組む企業が増えてきた」(加藤氏)。

海外の先進企業は「チーム&ワークマネジメント」へ

米国のHRテック先進企業では一歩進んで「チーム&ワークマネジメント」と呼ばれる領域に着手し始めているという。こちらは「どんな人材の組み合わせであればよりパフォーマンスが上がるか」をテーマに据えた手法および技術である。

チーム&ワークマネジメントには、社内の人材はもちろん、社外のフリーランス人材も含めて管理する機能が備えられる。例えば新しいプロジェクトに向けてチーム編成をする際に、社員の空き情報だけでなくフリーランス人材の空き情報も参照できるようにする。併せてフリーランス人材と契約を交わす際の事務処理や、発注書・請求書などの発行を支援する機能なども付与される。

「米国では2020年にはフリーランスの職業人が労働人口の5割を超えるという予測がある。優秀なフリーランス人材とうまく組めれば成果が上げられる一方、企業側の管理工数は膨らむ。こうしたフリーランス人材にまつわる事務手続きを支援する機能は、今後ニーズが高まるだろう」(加藤氏)。

チームのパフォーマンスを計測し改善の手立てを見つける試みは、「ネットワークアナリシス」と言われる分野として注目を浴びつつある。例えば社員同士のコミュニケーションの活性具合を電子メールやチャット、あるいはミーティングの回数などを通じて計測し、それがチームの成果にどのように結びついているのかを分析する取り組みを指す。

ネットワークアナリシスはスナップショット(ある時点)のデータからでも有効な知見が得られることがあるという。「データ量が少ない企業でも取り組める、比較的着手しやすいテーマ」(加藤氏)といえるだろう。

働き方改革が熱い今こそチャンス

加藤氏は「日米企業を比較すると、日本企業は人事分野のITシステムについて投資する機会が少ない印象がある」と語る。

その裏事情を加藤氏はこう見る。米国企業は人材の流動性が高いこともあって、日本企業よりも頻繁に人事のマネジャーが替わる。新任の人事マネジャーは経営者にアピールできる目立った成果を挙げるために、新しい仕組みの導入を目指す。導入する仕組みは必然的にHRテックとなり、企業内では良くも悪くも新しい取り組みが早いサイクルで検証されていく。

ただ日本企業の人事部門でも問題意識を持つ人が増えており、加藤氏にHRテック分野の意見交換を求める人が増えているという。加藤氏は「働き方改革が叫ばれている今こそ、予算獲得のチャンス」とアドバイスする。

「HRテックとまでいかなくても、人事まわりを助けるITツールは以前に比べてかなり進化している。相応のコストで十分なパフォーマンスが得られる製品が各所で登場している。『人事は間接部門だから投資はなるべく押さえる』という傾向が根強くあるが、しかるべき投資をして、会社ぐるみで大きなリターンを得るチャンスだ」(加藤氏)。



*文:高下 義弘
*本記事は 2018年6月25日 JBpress に掲載されたコンテンツを転載したものです