2021.05.12
生産性向上に向けた役割と今、すべきこととは
(中央)東京ガス 専務執行役員 総合企画部 グループ体制改革PJ部 エリア開発PJ部 岸野 寛氏
(左)日本能率協会コンサルティング 取締役 経営コンサルティング事業本部 本部長 兼 復興支援センター担当 シニア・コンサルタント 大谷 羊平氏
(右)日本HP 経営企画本部 部長 甲斐 博一氏
新型コロナウイルス対策として始めた企業も多いテレワークだが、危機管理的な要素が強かったことも否めない。そうした日本企業の対応は、生産性向上に結び付いたのだろうか。生産性向上につながらないとすれば、この働き方は元に戻るのだろうか。コロナ禍における働き方と生産性向上に加えて、業務改革や事業戦略、人材・組織など、今、経営企画部がフォーカスすべきテーマについて、3人の有識者が語り合った。
甲斐 「経営企画部門は生産性向上にどう関与していくべきか」をテーマに議論していきたいと思います。最初に経営企画部門の役割について、1990年代以降、どのように変化してきたかをお伺いします。
岸野 弊社の事例は少し特殊かもしれませんが、もともと企画部門には大きく2つの役割があり、1つは設備投資企画部としての役割です。LNGを導入するにあたって、受け入れ基地を建設し、パイプライン網を関東全域に広げていく中で、巨額の投資計画を立てる必要がありました。もう1つは規制産業としてガス事業法を遵守しながら、20年ほど前から始まった自由化の流れの中でいかに企業として収益を上げていくか。株主に利益を還元する一方で、料金引き下げを行い、利用者に対してもメリットを提供することを企画してきました。
電力会社含め、エネルギー事業者の経営企画部門は、多かれ少なかれ、今言ったような機能があったと思います。しかしながら、自由化に伴う競争が本格化する中、また脱炭素化、デジタル化の潮流が一層加速する中、2019年には、2030年に向けた経営ビジョンを策定、公表しました。従来は、エネルギー事業で収益のほとんどを稼いできました。それを、2030年には電気とガスで50%の利益を稼ぎ、それ以外にもソリューション事業による価値提供で25%、海外事業で25%の利益構成に変革していくことを目指すというもので、経営戦略の立案機能が求められていると実感しています。
大谷 中期経営計画を立てることが、日本企業における経営企画部門のこれまでの主な役割だったと思いますが、ここ20年ぐらいで、計数管理的な部分のウエートが高くなってきています。意思決定する上でも、計画を立てる上でも、会社の数字をどう見るか、管理会計的な要素をお客さまにどう説明するか、いわゆるIR的な観点がますます強くなってきていると思います。
背景には説明責任があります。IRで何を出していくのか、それも分かりやすく出していかないと、株価上昇にはつながりません。特に最近の経営者はさまざまな指標をそろえて、分かりやすく説明しているので、経営企画部門において、そこの補佐機能が大きくなってきています。
甲斐 少し引いた視点から数字を見ながら会社全体を考えるというのは、経営企画部門ならではの仕事ですね。改善提案を考える上でも、数字で見ることはすごく大事です。私自身、経営企画部門にいて、そう思います。一方で、いろいろな部門、経営者も含めた人と関わっていく部門でもありますが、この点についての変化はありますか。
岸野 当社では、部門長の集まりがトップマネジメントを形成しており、それをサポートするのが経営企画部門の役割です。トップマネジメントは自分の部門の事業責任を持っていますが、経営会議では自分の責任の範囲を超えて議論しています。それを支えられるよう、経営企画部門には優秀な人材を幅広い部門から集めています。若い人にとっては、経営層とも近くなるし、会社の意思決定にも深く関わることになりますから、面白い仕事ではないでしょうか。
大谷 経営企画部門の役割が変化する中で、われわれが行った調査でも、業績が伸びている企業では、経営企画部門が事業部門の支援部隊になっているケースが多いことが明らかになりました。かつてのように、数字を集めたり、事業部門に指示を出すという役割ではなくて、今はどちらかというと、事業部門にない機能やスキルを提供するという役割が強まっている気がします。
甲斐 東京ガスさんの生産性向上の取り組みについて、ここ5年ぐらいのタームで教えてください。
岸野 5年前はまさに全面自由化のタイミングで、2016年に電力、翌2017年には都市ガスの小売全面自由化が実施されました。電力の方は、いかに攻めていくかという話で、できるだけ早く投資をして、お客さまを囲い込むことが重要でした。一方のガスは“防衛戦”です。過剰防衛、すなわち過度な値引き競争に走ることは避け、効率化を図り、ある程度シェアが奪われる中でもしっかり利益を維持していかないといけないということで、生産性の改善に取り組みました。
具体的には、約2年前にBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)の取り組みを本格化しました。規制の中で仕事をしていると、無駄も結構あります。そこで、業務フローをつくって、棚卸しを行い、ECRS(Eliminate、Combine、Rearrange、Simplify)を旗印に無駄な業務を見直すとともに、業務フローの標準化に取り組みました。それに合わせて、個人の意識付けも行いました。仕事に対する考え方、特に業務フローをしっかり理解し、それを標準化することが重要であると訴えてきました。システム開発をするときも、標準化ができていないと、今の業務フローをそのままシステムに移管してしまうことになるので、そうならないよう、この2年間取り組んできました。
並行して、ITシステムについても見直しを進めています。新設されたデジタルイノベーション本部が旗振り役となり、「IT都市計画」という10年計画に基づいて、システムのリプレースのタイミングで、バラバラにつくったシステムを順次、モジュールの平仄を合わせていくことを、2030年に向けて実施しています。
大谷 ここ数年、全社の業務改革をやりたいというニーズが企業の間で非常に高くなっています。その少し前にも、働き方改革がありましたが、今は業務改革のムーブメントが来ている気がします。業務改革にあたって、その先にERP(統合基幹業務システム)の入れ替えを前提としているようなケースでは、仕事のやり方を見直さないで入れ替えを行うとコスト的にも高くつきます。ですから、業務フローをきちんと整理した上で、ERPを更新したいというご相談が、われわれのところにも継続的にあります。
甲斐 その旗振り役は、いわゆるプロジェクトチームですか。
大谷 東京ガスさんのようにきちんとしたプロジェクトチームを時限的に設置するところもありますが、最近では、業務改革部のような組織を置いて、業務改革に継続的に取り組み、改善体質を身に付けようという企業も増えています。そうした専任組織がプロジェクトリーダーとなって、全体最適の観点からBPRを推進するケースが散見されます。
甲斐 とはいえ、全体最適と個別最適は相いれませんし、総論賛成・各論反対みたいなことも起こると思うのですが、皆さん、どのように対処しているのですか。
大谷 業務改革にあたっては安心感が大切です。改革をするからといって、決してヒトを切るわけではない。わが社は新しいところに向かうから、そこにヒトを充てていかないといいけない、成長分野にヒトを充てるためにも、業務改革が必要なんだというメッセージが重要です。そうした意味でも、プロジェクトを取り仕切る行司役がいて、改革の推進を現場にまで浸透させる必要があります。
岸野 繰り返しになりますが、業務改革は個人の意識付けと両建てでやっています。事業部門ごとに担当者を置いて、業務の棚卸しや無駄の探索を一人一人に教育しています。上司との面接にも、今年度の計画の中に業務改革の項目を設けて、一人一人がPDCAサイクルを回すようにしています。プロジェクトチームは2年の有期組織でしたが、現在はそれを総合企画部が引き継ぎ、継続して業務改革に取り組んでいます。
甲斐 テレワークを含めた働き方と生産性との関連についてはいかがですか。
岸野 テレワークについては、もともとオリンピック・パラリンピックに合わせ、オフィスに出てこなくても仕事ができるよう、ノートパソコンやスマホを配って、準備を進めていました。コロナの感染拡大を受けて、VPN(仮想私設網)のリソース不足の課題もありましたけれど、回線の増設を前倒しするなどしてなんとかやれるようにしました。
テレワークへの移行に伴い、脱はんこやペーパーレスの動きを加速させようとしましたが、やはり最初はコロナの影響で無理やり導入した部分もあるので、「テレワークは生産性が落ちるのではないか」というのが、昨年夏ぐらいの部長たちの意見でした。今年2月に議論した際には、「労務管理も慣れてきたし、働き方についてもなじんできた」との意見が多く、いいことはいいし、一方でうまくいかない点も明らかになってきた状況です。オフィスワークもテレワークもそれぞれにいいところがあるので、コロナが収束したら、両方のいいとこ取りをしたハイブリッドな働き方が当社でも定着するのではないかと見ています。
甲斐 日本ではやはり全般的に危機管理の観点からテレワークの導入が進んだ節もあります。大企業の間では、東京ガスさんのように事前の準備を進めていたところも多かったと思いますが、中堅・中小企業についてはそうではなかったのではないでしょうか。
大谷 大企業と中堅・中小企業で対応が分かれたのは間違いありません。出社させられない中で、基盤ができているか、できていないかが大きな分かれ目となりました。基盤ができていた企業、特にもともと社員が出払っているような企業は違和感なく始めることができました。一方、目の前にいる部下の様子を見て労務管理をしている企業にとっては難しく、無理やり始めた企業の中には、半分有給休暇みたいな状況の会社が多かったと聞いています。ただ今回、テレワークに慣れた企業は、恐らく以前の働き方には完全には戻さないのではないでしょうか。
甲斐 画一的な働き方は過去の日本企業にとって良いところでもありましたが、そうした時代はもはや終わり、コロナ禍が契機になったとはいえ、多様化が進んだことは一定程度、評価できますね。
大谷 一方で、社員を集めて、一堂に会する機会をどうつくるかが結構、重要だと思います。当社のグループ会社が企業の人事部に対して行ったアンケートによると、エンゲージメントを一番の課題に挙げています。従来は10位くらいに出てくる課題でしたが、テレワークを1年間やってきた中で、新入社員を中心に社員のエンゲージメントをどう高めていくかが大きな課題になっています。オンライン、オフラインを含めたイベントなどを通じて、会社そのものを感じてもらうための仕掛けづくりが求められてくるでしょう。
岸野 われわれも2030年に向けた経営ビジョンの中で、従業員のエンゲージメントを高めていくための「3つの約束」を外部に公表しており、そこは大きなポイントと考えています。生産性というのは、基本的に働きがいややりがいによって大きく左右されると思っています。それをどれだけ持ってもらえるか。さらに、一人一人の仕事と会社の目標や利益をどうやって1つにできるかが、今年の重要な検討課題になっています。
甲斐 心の変化が生産性に大きな影響を与えるということは、まだあまり言われていませんが納得感があります。フィジカルに集まる機会が希少になったからこそ、それがエンゲージメントに結び付くべきだという考え方は私自身も強く賛同します。具体的にはどうやっていけばいいのでしょうか。
岸野 経営ビジョンでは、「CO2ネット・ゼロをリード」「価値共創のエコシステム構築」「LNGバリューチェーンの変革」という3つの挑戦を掲げています。また、「3つの約束」とは、「社会に大きなインパクトを与える仕事を生み出す」「多様性がぶつかり合い、切磋琢磨する場を作る」「一人一人の自己実現にこだわる」です。
この「3つの挑戦」と「3つの約束」を実現するために、具体的な経営戦略の具体化はもちろんですが、同時にこれまでの保守的と言っていい「企業文化」を変えていくため、パーパス、行動指針、人事制度などの見直しに今年度グループを挙げて取り組むことにしています。
甲斐 企業の持続的な成長のためには、経営企画部門に求められることは何でしょうか。ESG(環境・社会・ガバナンス)などの視点も含めて、お考えを教えてください。
大谷 われわれはコンサルティング会社ですが、真剣に取り組む会社を支援したいと考えています。SDGs(持続可能な開発目標)もDX(デジタル・トランスフォーメーション)もそうですが、はやりだからということで取り組む会社も少なくありません。そうではなくて、本質的にそれをチャンスとして、変革していこうという姿勢が重要だと思います。本気で取り組む会社はステークホルダーにも伝わりますし、会社のファンをつくるときにもすごく重要です。ESG経営と当面取り組む経営課題を切り分けて、計画的に管理していくのが経営企画部の役割です。
岸野 ESGのうち、ガバナンスについては、今年7月より指名委員会等設置会社になりますが、ガバナンスコードから見ても先進的と思います。Eについては、経営ビジョンの「3つの挑戦」でCO2ネット・ゼロを掲げ、戦略の具体化と実行に取り組んでいるところです。Sについて、エネルギー企業ですので環境への取り組みが社会貢献に占めるウエートは高いと思いますが、それ以外の分野について企業としてのストーリーがつくれていませんし、価値創出に向けた戦略も描けていないと思っています。3つの挑戦の「価値共創のエコシステム構築」が、それに相当するのかもしれませんが、デジタルの活用も含めた新しい事業の創出については、まだまだです。会社としてどういう社会価値を追求していき、その中でどうやって収益を上げていくのか。そのときに、企業の成長が社員の成長と一致できるかどうか、今後の課題です。
甲斐 本日のテーマに設定させていただいた「経営企画はいかに企業に貢献していくべきか」について、最後に一言ずつお願いします。
岸野 結局、何をやっているのかというと、ビジョンをつくったり、中計をつくったり、そうした計画を立案していく中で、会社全体に求心力を持たせていくことが重要ですし、一方で遠心力を持たせるようなマネジメントシステムの設計も大事な役割だと思います。経営ビジョン、中計、対外発表、対外説明、経営戦略なども一度つくったら終わり、ではなくて、常にブラッシュアップしながら、会社全体の方向性をマネジメントしていく必要があります。
大谷 おっしゃる通りです。また、今後は事業ポートフォリオをどうしていくかという部分で、経営や各事業部門に刺激を与えていくことがますます求められてくるでしょう。既存の延長ではうまくいかない事業が出てくる中で、その事業が稼いでいるうちに、次の“タネ”をどう生み出していくかという部分にも貢献していくことがポイントになりそうです。
【本記事は JBpress が制作しました】