2021.09.15
2020年上半期、われわれの経済・生活スタイルに決定的影響を与えてたのが新型コロナウイルス感染症(COVID-19)である。世界的にも感染拡大のペースは収まっておらず、8月中旬には感染者数が累計で2000万人を突破した。
COVID-19は、咳(せき)やくしゃみ、さらには会話する際に口から飛び出る唾といった「飛沫(ひまつ)」が主な感染要因とされている。ランチタイムの何気ない会話、顔なじみとの気軽なおしゃべりでもウイルスが広がってしまう可能性が高く、結果としてわれわれの行動が大きく制限されることとなった。
「感染拡大防止」の重要性は誰もが認めつつも、かといって食料や生活必需品の生産、そして流通、生活インフラの維持などをおろそかにすることはできない。飛沫感染を抑止しながらどうやって日々の糧を得るべきなのか? あらゆる産業界において、この難問に向き合う日々が続いている。
その対処策の1つが、いわゆる「テレワーク」「リモートワーク」であろう。複数のメンバーが一カ所に集まることなく、それぞれの自宅などからインターネット経由でコミュニケーションしつつ、仕事をするという方法だ。
COVID-19の流行を契機に、なし崩し的にテレワークを始めたという企業は少なくないはずだ。しかし、COVID-19とはまた異なる新しい感染症への備えとしてはもちろん、働き方改革、人口減社会における多様な就業スタイルの模索という意味でも、テレワークはまさに全企業が取り組むべき課題だと言える。
本稿では、テレワークをはじめるためには何をすべきなのか、その初歩から解説する。
COVID-19の発生を契機に、テレワークないしリモートワークという言葉を一般マスコミでも目にする機会が増えたたため、さぞ新しい概念のようにも思えるが、その歴史は意外と古い。端緒とされるのは1970年代の米国・ロサンゼルスで、当時の石油危機、マイカー通勤の増加による深刻な大気汚染への対応のため、会社に出社することなく自宅で仕事をするスタイルが生まれたという。
つまり、約50年前の社会問題への対応策として、そもそもテレワークが生まれていたのだ。国土が広大な米国の事情もあろうが、COVID-19に向き合う現代人にとっても、どこか教訓めいたエピソードだ。
日本においては、電車通勤における混雑問題を主に緩和する狙いからテレワークの導入が試みられたが、「一般に普及した」とまでのレベルには達していない。とはいえ2010年代以降は、東日本大震災に伴う余震の頻発、さらには電力不足問題などを契機に在宅勤務制度が導入され、介護・出産・子育てなど従業員の都合に応じて、テレワークを認める企業も増えていったと見られる。
2012年のロンドンオリンピックも、テレワークにまつわる論議で頻繁に取りざたされる事例の1つだ。会期中の交通混雑を回避する狙いから、ロンドン市交通局や商工会議所などが連携して活用を呼び掛けた。最終的に約8割の企業がテレワークを導入。実際の混雑回避に寄与しただけでなく、また実施後の調査では従業員満足度向上などの波及効果もあったとされる。
さて、テレワーク・リモートワークの定義についても確認しておきたい。総務省や日本テレワーク協会によれば、「テレワーク」とは「ICT(情報通信技術)を利用し、時間や場所を有効に活用できる柔軟な働き方」である。現代であれば、光ファイバーによる固定回線や、4G LTEのモバイルインターネット回線がまさにICTの意味するところだが、これが1980年代ならば電話回線も花形であったろうし、2020年代にむけては5Gも当然視野に入っていくる。つまり、その時点における最新ICT技術を取り込みながら、その姿形を少しずつ変えていることが、テレワークの本質だ。
一方、「リモートワーク」という言葉は、テレワークとほぼ同義ととらえられてよい。ただ一部では「雇用された従業員が本来の勤務地以外で働くこと」のみをリモートワークと呼び、自営業を含むあらゆる労働形態を内包するテレワークと比べてやや狭義に位置付けるケースもあるようだ。またオフィスに一切出社しないレベルのテレワークを「フルリモート」などと呼ぶ例も見られる。
本稿では以後、特段の事業がない限り「テレワーク」「リモートワーク」を同義と扱い、表記はテレワークで一本化させていただく。
2020年代におけるテレワークとは、PC・スマートフォンを使って、数人~数十人が主にインターネット経由でコミュニケーションしながら仕事を行うこと、だと言える。
ICT技術の進化により、オフィスで同僚と顔を合わせることなく、インターネット経由での仕事が可能になった
もちろん、これまでもメールやチャットといった文字ベース、あるいは電話による音声ベースでのコミュニケーションは頻繁に行われてきた。作成した書類・帳票をメールで取引先に送信したり、社内会議のスケジュール調整を電話で行うというのは、ごく一般的な光景である。ただしそれは、オフィスに週5~6日ペースで通勤し、そのオフィスを起点に営業に出かけたり、事務仕事をこなすという前提に立っていた。
こうしたIT事情の中、COVID-19の感染拡大によって一気にクローズアップされたのは、オフィスへ出社することなく、かつ映像ベースのコミュニケーションをフル活用するというアプローチだ。
一般的なオフィスの場合、デスクの配置密度の設計にもよるが、作業スペースが比較的狭く、隣席との距離が1~2m程度となっているケースが大半だ。これにより、メールを送るまでもない、ささいな確認作業を口頭で終わらせられる等、大きなメリットがある一方で、飛沫の飛散を抑止するには限界があった。
一般的な日本のオフィスでは隣席との距離は1m~2mくらいとなっている。ここにフルに出勤していては、“密”は回避できない
テレワークであれば、当然オフィスに人が集中しないため、飛沫防止の面からはほぼ完璧な対策だと言える。だが多くの人が集まって同時に意見を出し合う作業、つまり会議・ミーティングをメールや電話で代替するのは困難だ。
そこを埋めるのが、Zoom、Microsoft Teams、Google Meetなどに代表される「遠隔会議ツール(ソフト)」である。これらを使えば、ノートPCやスマートフォンに内蔵されたカメラ/マイクを用い、顔の表情を映像でとらえながら、かつ電話と同等の音声会話を行える。
代表的な遠隔会議ツールの1つである、Microsoft TeamsのWebサイト
こうした「テレビ電話」的な使い勝手を実現するソフトウェアとしては、2003年リリースの「Skype」が著名だ(ビデオ関連機能の追加は2005年ごろから段階的に実施)。そこへ、2010年前後にスマートフォンやタブレットが爆発的に普及したことにより、通信回線の高速化を含めて多くの人が気軽に使える環境が結果的に整備され、中小企業・個人事業主でも遠隔会議が非常に身近になったと考えられる。例えば「LINE」のテレビ電話機能は、スマートフォン時代ならではのサービスと言えよう。
テレワークの基本的な考え方は「それまで普通にできていた仕事を、オフィス以外の場所からどのようなツールを使って代替するか」に尽きるといってよい。では実際には、どんな機材や体制の構築が必要となるのか? 順番に考えていこう。まず会社側だ。
すでにメールやWebを使いこなしている企業であれば、インターネット回線は当然敷設済みであろう。ただし、より本格的にテレワークを導入する場合は、回線速度や安定性にも留意したい。在宅作業中の従業員が、VPNゲートウェイ(後述)を経由して会社内のサーバーなどにアクセスする場合、頻度・同時接続数などによっては著しい速度低下に見舞われる可能性がある。光ファイバー級の回線導入は事実上必須だろう。
「Microsoft Office」や「Google ドキュメント/スプレッドシート/スライド」など、いわゆる「オフィス統合ソフト」も、テレワークには欠かせないツールだ。文書作成、表計算などのソフトは汎用性が高く、社外取引先とデータを共有したい場合にも役立つ。
近年のオフィス統合ソフトはクラウド対応が進み、テレワーク用途に耐えるだけの機能強化を果たしている。例えばクラウドに保存した1つのファイルを複数人が一斉に開き、それぞれ同時に追記することも可能だ。またBoxやDropboxのように、ファイルの保管・共有を目的としたオンラインストレージを準備しておくと、ファイルの受け渡しも容易になる。
オンラインストレージとしてシェアの高い「Box」のWebサイト
メール、スケジュール共有対応のオンラインカレンダーなどが該当する。ただし本格的なテレワークのためには、遠隔会議ツールの存在を抜きには語れない。オフィスに多くの従業員が居合わせれば、短時間のミーティングをすぐに行えるが、テレワークではそれが難しい。週1回・1時間程度の定例ミーティングはもちろん、毎日の朝礼などもZoomやMicrosoft Teamsを使い、業務の進ちょく確認を行うことが重要だ。
これらのツールは、基本的な機能が無料で提供される一方、ビジネス用途で必要な機能をフルに使いたい場合は追加料金が発生するケースがほとんど。実際にツールを利用する個人、もしくは法人単位で経費精算を考慮しておきたい。
従業員が自宅から、社内LANにアクセスしたい場合は「VPN(Virtual Private Network)」用の機材を社内側に準備する必要がある。
VPNは、インターネット上に仮想的なトンネルを構築して、第三者からのアクセスを排除しながらプライベートな通信を行うための技術として広く普及している。具体的な規格については時代と共に変遷しており、一昔前は「PPTP」が普及していたが、現在は「L2TP/IPsec」などが主流。
具体的には「VPNサーバー」「VPNゲートウェイ」などと呼ばれる機器を社内ネットワークに設置することになるが、ルータがVPNゲートウェイとして利用されるケースも多い。なお、自宅などからVPNゲートウェイに接続するためのソフトウェアは、Windows/iOS/Androidであれば標準で組み込まれている。
中小企業にてよくVPNゲートウェイとして利用される、ヤマハのVPNルータ「RTX830」。バッファローやシスコなど、ほかにもさまざまなメーカーから製品は提供されている
一方、主に自宅から作業することになる従業員側の準備についても確認しておきたい。
会社側と同様、従業員側にもインターネット回線は当然必要になってくる。ただし従業員すべての世帯に光ファイバー級の高速固定回線があるとは限らないため、スマートフォンのテザリング機能なども活用したい。長期的な観点では、従業員の通信費に対する手当・補助金の支払いも検討すべきだ。
業務に用いる端末類。会社側で調達したものを従業員に貸与するのが一般的だろう。従業員個人の私物端末を業務でも用いる「BYOD(Bring your own device)」というアプローチもあるが、セキュリティの懸念(私物ゆえに利用時間が長く、ウイルスに感染する可能性が相対的に高い等)から、業務用端末を厳密に指定するケースが少なくない。
10年以上前であれば、業務で用いる端末はPCのほぼ一択だったが、外回りの営業担当者など職種によってはスマートフォンやタブレットが用いられている。上述の業務用ツールを使用する基盤となる以上、必要十分なCPU性能、メモリー容量、空きストレージ領域を確保したい。
コロナ禍に伴う遠隔会議ニーズの高まりによって、その重要性が最も増したのがこれらのカメラ・マイク類であろう。一般的なノートPC、タブレット、スマートフォンであれば標準搭載されている。もちろんスピーカーも必要だが、イヤフォンで代替しても問題ない。
ただし、その品質・特性については千差万別なのが実情である。例えばノートPCの内蔵カメラの場合、画素数が低く、周囲の照明の具合によっては顔が暗く映り、表情が相手に伝わらないといった不満が頻繁に聞かれる。
そして映像以上に重要なのが、音声品質だ。遠隔会議においてはカメラを使わずに音声だけを用いてコミュニケーションするケースは少なからずある。逆説的には、映像がなくても音声さえ的確に伝われば、会議をつつがなく進行させられる。
スマートフォンであれば、もともと音声通話の利用が大前提となっているため、高品質なマイクが内蔵されている例は多いが、ノートPCに至ってはやはり品質にバラツキを抱えているのが実情だ。
よって音声入力用のマイクについては、使用するPCやスマートフォンの内蔵デバイス性能を試した上で、別売品を調達するのもよいだろう。マイクとイヤフォンが一体になっていて頭部に装着する「ヘッドセット」のほか、マイクとスピーカーが一体になっている「スピーカーフォン」などが代表的。
ヘッドセットは、バッファローやロジクール、ジャブラなどさまざまなメーカーから提供されている。写真はバッファローの「BSHSUH05BK」
スピーカーフォンも、ヤマハやNTTテクノクロス、サンワサプライなど、多くのメーカーから製品化された。写真はヤマハの「YVC-330」
テレワークなど比較的新しい技術論を語るとき、出てきがちなのが「中小企業のウチには関係ないよ」というような一蹴論だ。大企業と比べれば予算規模は限られ、コスト意識がより高い中小企業ともなれば、少なからず設備投資が必要なテレワークについて、導入に否定的な動きが出るのも、致し方ないことではある。
ただし、テレワーク──なかでも遠隔会議は、社内だけで実施するものではなく、むしろ社外とのコミュニケーションに欠かせない存在となる可能性が高い。
4~5月にかけて展開された「緊急事態宣言」を思い出してみよう。当時は、多くの企業で従業員の出社が自粛され、オフィスは空の状態となった。もしそうした企業に自社製品の営業をかけたい場合、どうすればいいのだろうか? 誰もいないオフィスに名刺とパンフレットだけを投げ込んでおいても、恐らくは誰にも見られることなく終わる。むしろメールで連絡をとり、興味を示した企業担当者との遠隔会議をセッティングするほうが建設的だ。
大企業と継続的な取引がある場合はどうだろうか。月に1回、大企業に訪問しての定例ミーティングが設定されているとして、これが大企業側の感染症防止ポリシーによって「原則、遠隔会議での実施」へと移行するケースは十分想定されうる。
このように遠隔会議は、社内コミュニケーションの円滑化だけでなく、社外取引先との関係維持にも威力を発揮する。
新型コロナウイルス問題の終息はいまだ見通せず、将来的に再び「緊急事態宣言」級の社会的対応が余儀なくされる可能性はある。また同時に、台風・大雨・地震などの大規模災害への備えとしての在宅勤務も、やはり考慮すべきだ。
オフィス以外の場所でも問題なく仕事ができるだけの環境を構築をすることは、非常事態下でもビジネスを継続させ、収益を安定化させることにもつながる。規模の大小に関係なく、すべての企業がテレワークを考えるべき理由は、まさにこの点にある。
以上、テレワークの意義やその重要性について考えてきた。ここまで述べてきたほかにも、テレワークは働き方の多様性につながっていく。けがや障害で通勤は難しい、家族の子育てや介護の都合で半日しか勤務できない、オフィスから数百km離れた地域にどうしても1カ月滞在しなければならない等、働く人にはさまざまな事情がある。
しかしテレワークの体制が整っていれば、これらの問題を回避できる可能性も高くなる。家庭の事情による退職を抑止する効果が、大いに期待できるだろう。
もちろんテレワーク導入によって、別の課題が生まれることも忘れてはならない。その1つが人事評価だ。オフィス集中型の従来の勤務形態ならば、従業員の仕事の進め方を一目で把握しやすい。
これに対してテレワーク環境では、従業員の一挙手一投足を上司が常に見守ることはできない。よって、仕事の達成量や質などを事後的にチェックすることでの評価が中心となり、オフィス内での振る舞い、ほかの同僚への気遣い等、やや観念的な要素が見落とされるとの指摘は多い。
評価指針が変わったり、あるいは周囲に同僚がいないことで、長時間労働につながりやすいとの声もある。例えば遠隔会議は、オフィスと会議室の移動時間すらかからないため、いくつものミーティングをひたすら延々とこなすことができてしまう。オフィスで実際に顔を合わせられない分、それを補うだけのコミュニケーションが必要なのも確かだが、個人が集中して執務する時間の確保など、バランス感覚が上司・部下のどちらにも求められる。
言うまでもないが、テレワークの諸課題を一気にすべて解決する特効薬は存在しない。新型コロナウイルス問題があることを前提とした「ポストコロナ」「ニューノーマル」時代の働き方について、それぞれの企業が真摯に向き合い、トライ&エラーを繰り返していくことが、テレワークの“体得”になにより必要だろう。
【本記事は2020年12月22日、クラウド Watchに掲載されたコンテンツを転載したものです】
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