2019.05.22
NewsPicks Brand Design
世界的な人口動態の変化、急速な都市化やグローバル化、ますます加速するイノベーションと、それに伴うディスラプション。HP Inc.では、世界規模の調査をもとにした長期的な「メガトレンド」から、これからの社会やライフスタイルで求められるテクノロジーを逆算し、製品開発やビジネスの投資領域の判断に生かしている。
NewsPicksでは、この「メガトレンド」をテーマとして全4回の特集記事やイベントセッションをお送りしてきた。最終回となる今回は、日本HP執行役員・九嶋俊一氏、同社マーケティング部・甲斐博一氏にインタビュー。一連の企画をリードしてきた彼らから「メガトレンド」を発信することの狙いと、その背景にある思いを聞いた。
── HPが予測する4つの「メガトレンド」は、これからの経営や事業計画に、どのように結びついていくのでしょうか。
九嶋 どんな企業でも、経済から社会情勢まで、市場のあらゆる動向を分析して戦略を立てています。特にHPは、新しいテクノロジーをつくりだす企業です。その製品は、3Dプリンタにしろ、進化したデジタル印刷にしろ、一夜にしてできるものではありません。
ハードウェアの研究開発には長い時間と多大なコストがかかります。もしも研究の方向性が間違っていれば、その投資がすべて無駄になってしまう。だから、研究が世界の動向に対して正しい方向、つまり、世の中に求められている技術に向かっているかを見極めるうえで、長期的な予測が必要です。
人口動態や都市化の話は、「次にビジネスを行う場所がどう変わるか」という話であり、「誰に向けて、何を開発するか」を考えるうえで欠かせません。
HPでは、これまでも次の時代のメガトレンドを読み解き、その先の社会やそこで暮らす人が何を求めるかを想像しながらビジネスで注力する領域を決めてきました。
たとえば、ビジネスがグローバルに広がる現在、サイバーセキュリティの重要性はますます高まっています。HPはそのトレンドを予測し、10年以上前からハードウェアを基点とするセキュリティ対策について研究を重ねてきました。
現在、アメリカ企業と取り引きするには、国防総省が定めるセキュリティガイドライン「NIST SP 800-171」を満たす必要があります。そこには、HPが数年前から製品に搭載しているエンドポイントセキュリティ技術が採用され、世界標準となっています。
── 問題に気づき、対策を考え、開発して製品化する。それには10年、20年とかかるということですね。
今の時代に10年は長すぎるかもしれませんね。でも、既存の技術を組み合わせて設計するだけではなく、素材から基礎研究を行う場合は、もっと長い開発期間が必要になります。
たとえば、HPは20年以上にわたってインクジェットプリンタの世界シェアNo.1を獲得しています。その中心となっているのは、流体力学などの基礎科学を用いて液体をコントロールする技術です。その知見を医療にも応用できるかもしれませんが、商用で使えるレベルまでチューニングアップするには、相当長い時間がかかるでしょう。
時代のトレンドとして医療の重要性が高まることが見えていたとしても、そこに投資するかどうかは、各産業の動向や学術研究のリサーチ、また、今HPが持っている独自技術や人材、エコシステム。こういったビジネスアセットとの相性も見ながら考えていかなくてはなりません。
── HPは世界170ヶ国でビジネスを展開していますが、一国や特定の世代ならまだしも、世界の未来を予測できるのですか。
完全な未来予測なんて、誰にもできませんよ。エジソンなど過去の偉人たちも、たくさんの予測を外しています。でも、だからといって未来について考えることを諦めていいわけではありません。事業を実行しながら未来へのあたりをつけて、そこに向かって世の中を変えていくのが現実のビジネスです。
特に、日本は先進国のなかで真っ先に超高齢化社会に突入します。2050年には総人口が9515万人、全人口に対する生産年齢人口は約52%まで減少するとされている。
人口の半分近くが働いていない国なんて、世界に例がありません。この状況を乗り越えるためには、何が必要なのか。日本HPとしても他国にはないトライをしていきたいですし、この課題を解決できれば、世界へ輸出できる新しい市場セグメントを生み出すくらいのインパクトがあると考えています。
── 世界のメガトレンドを直視することで、ある種の危機感も覚えます。
危機感を煽るわけではありませんが、我々がメガトレンドを発信することには、多くの人の気づきや、変化のきっかけになってほしいというメッセージが含まれています。
日本はいろいろと不安要素が指摘されますが、世界のなかではまだまだ大企業が多い国。投資をする余力もあるはずです。
── この先のトレンドを受けて、HPとしてはどんな領域に投資していきますか。
それは……具体的にはお話しできないですね(笑)。
ただ、AIやセキュリティのほか、いくつかの重点領域はあります。たとえば、「3D」。PCからスマホやタブレットへと情報を使う裾野は広がってきましたが、その進化の先にある、デジタルとフィジカルの接点を変えていく。人間とコンピューターのインタラクションであり、ユーザーエクスペリエンスに関わる部分ともいえるでしょう。
また、コンピューティングそのものについての議論もあります。AIやIoTが普及し、コンピューターによる情報処理が増えれば増えるほど、消費電力も劇的に増加します。5Gの時代に現在のコンピューティング・アーキテクツのままでよいのかということも含めて、対策を考えなければなりません。
── 予測される時代の変化によっては、今あるコンピューターを根本的に見直さないといけないこともありうる、と。
もちろんです。もっとも、テクノロジーは時々非連続的に変化します。ある日、どこかの企業がすごいものをつくったら、これまでの予測がすべて覆される可能性もあります。先が見えないものに対する投資というのは、だから難しい。
現在のAI開発も未来予測も、基本的には今あるテクノロジーから始まっています。でも、HPは、まだ世界に存在しないテクノロジーを生み出すことを自らに課しています。そのために、20年後、30年後のメガトレンドを予測し、提案し続けないといけないんです。
── マーケティング担当者として、今回「メガトレンド」を発信した理由を教えてください。
甲斐 まず前提として、日本のマーケットにおけるHPのポジションが正しく伝わっていないという課題が背景にありました。
「HPは何者だ?」と問われたら、当社のなかでは定義がハッキリしているんです。我々は「テクノロジーで人々を幸せにする集団」であり、「絶え間なく“Reinvention(再発明)”を起こし続ける集団」でもある。ただ、グローバルではともかく、日本国内でそういう認知がされているかというと、そうとは言えない。
HPとReinventionをわかりやすく表現するには、もっと未来に目を向ける必要があると考えました。そうすることで、我々がどのような思いを持って製品をつくっているのかが伝わるだけでなく、日本の社会や産業がどう変わらなければならないのかを一緒に考えるきっかけにもなる。
── HPはただPCやプリンタを出している会社ではない、と。
はい。そこがジレンマだったんですよ。パソコン業界にはとても変わったところがあって、OSや半導体素子などの部品メーカーさんが完成品のメーカーより有名なんです。IntelやMicrosoftの名前は誰でも知っていますが、これって他の業界では珍しいことですよね。
有名になるとマーケットシェアが広がり、デファクトスタンダードになる。結果的に何が起こるかというと、技術の中心となる部品が共通化され、その分製造コストは下がりますが、完成品としての差別化がしにくく、コモディティ化していきます。
特にパソコンは用途の汎用性が高いこともあいまって、コストダウンがユーザーにメリットをもたらした一方で、シェア争いが加速し、利益性が失われ、イノベーションが生まれにくい土壌をつくってしまった。
そんななかでも、「コンピューターって本当にコモディティなのか?」ということは問い続けたいです。
今ではシリコンバレーというと情報プラットフォーマーの印象が強い。でも、ハードウェアを中心とするテクノロジーで、既存のコンセプトを塗り替える発明を続けてきたのがHPという企業なんですよね。
── ルーツをたどれば、1939年にパロアルトのガレージで創業。シリコンバレーにおけるスタートアップの元祖ですね。
2019年で創業80年。シリコンバレーに一番長くいるし、ハードウェアメーカーとしてコンピューター技術の歴史を担ってきたという自負もあります。ただ、問題は、これから先の新しい価値を創造できるか。Reinventionを、HP自身が続けていけるかどうかだと思っています。
少し個人的な話になるかもしれませんが、僕は企業活動の原点を、社会的な価値を創造し、社会や人類の未来にどれだけ貢献できるかだと考えています。もっと言えば、利益さえ、企業活動のKPIの一つにすぎない。
マーケターとしてモノが売れる仕組みをつくらなくてはいけないけれど、その仕組みが結果として社会にどんなイノベーションを起こすのかを考えなければ、発したいメッセージは正しく伝わりませんし、ターゲットの心に響かせることもできません。
デジタルテクノロジーによって短期的なROIを可視化しやすくなりましたが、その指標だけを絶対視すると、マーケティングが狭義になりすぎる危険をはらんでいます。大事なのは利益だけでなく、価値を創造できるかどうか、ですから。
── 新しい価値を創造しなければならない。ビジネスとして成立するように広く普及させる必要もある。なおかつ、コモディティ化も避けなければならない。なかなか難しいですね。
とても難しい。でも僕は、価値さえ創造できれば、すべてうまくいくと考えています。
確かに、マジョリティの支持を得ることで、マーケットシェアは広がります。でも、後から参入するとすれば、そのマーケットでは過当な競争が起こっているでしょう。本当の価値というのは、ゼロからイチをつくること。新しいマーケットを生み出すような発明であれば、そこにあるのはブルーオーシャンですからね。
もちろん、それを実践するためには他人と違った発想が必要だし、物事の本質を捉え、最初はともかく結果的には多くの人に受け入れられるアイデアが必要です。キャズムを越えずに消えていくモノやコトは多々ありますが、それはアイデアやメッセージが本質からズレているからだと思います。
そして、本質を捉えるためには、既存の技術やビジネスから一度離れて、社会や人の暮らしを見る必要がある。メガトレンドを読み解くことに意味があるとすれば、そういうことではないでしょうか。
── そう考えると、メガトレンドと価値の創造がつながってくる気がします。
そう感じてもらえると嬉しいですね。僕自身、今回のメガトレンド特集に登場していただいた太田直樹さん、豊田啓介さん、遠藤謙さんほか、イベントに登壇いただいた皆さんのお話から多くの気づきを得たし、刺激も受けました。
社会・都市・身体など、様々な視点から未来を語っていただいたことで、HPが担うべき未来の役割を再認識できたように思います。
── 取材者としては、自分がデジタル偏重になっていたことを感じました。社会や暮らしを変えるにはデジタルとリアルの両方が必要で、その接点がハードウェアだということに、あらためて気づかされましたね。
だって、人間は物理世界で生きていますからね。SF映画やバーチャルのなかでは物理法則に縛られませんが、その外側で動いているハードウェアは計算処理の分だけエネルギーを消費して、熱を発生させています。
これからコンピューターの処理速度が上がり続け、デバイスの数も増え続けるなら、ハードウェアをどう冷却するか、その電力をどう供給するかという問題も、現実世界の我々は考えないといけない。
── メガトレンド特集も最終回です。言い残したことはありませんか。
個人として発言するなら、「サステイナブルな未来を、テクノロジーと共生しながら一緒につくっていきましょう」ということ。日本HPのマーケターとして言うなら、「HPは、その挑戦のお供をさせていただきます」。これが、自分自身の正直なメッセージです。
(制作:NewsPicks Brand Design 取材・編集:宇野浩志 執筆:田澤健一郎 撮影:後藤渉 デザイン:九喜洋介)