2020.02.14
デジタル時代に訪れた勝てる営業の育成と実践
ここ2〜3年でBtoB事業あるいは法人営業の領域に大きな変化が到来している。デジタルマーケティングや、自社デジタルメディアなどを活用したデータドリブン型営業スタイルの実践に乗り出す企業が急増すると同時に、法人営業を担う人材の間でも意識とスキル変革の波が押し寄せ始めているというのである。そこで、かねてよりBtoB領域のブランディングや法人営業分野の変革を提唱してきた慶應義塾大学大学院経営管理研究科の余田拓郎教授に話を聞いた。
-業種や企業規模を問わず、BtoBマーケティング手法や法人営業の現場に変化が訪れている、という話を頻繁に聞くようになりました。余田先生はこうした潮流をどう捉えていますか?
余田拓郎教授(以下、余田氏):確かに数年前とは様変わりした感が強いですね。これまでマーケティング分野に注力する日本企業の多くはBtoC事業をコアにした大企業が主体でした。ところが、最近では面白い動画をつくりCMをテレビやネットメディアで大量に発信しているBtoB型事業が急速に増えています。名刺データ管理ソリューションのSansanや、人材採用ソリューションのビズリーチなど、法人に向けたサービスや事業を展開して急成長中のベンチャー企業が、動画CMによるブランディングに成功して多様な層から認知されるようにもなってきたことはその象徴といえると思います。
-以前から余田先生は著書などを通じて「BtoB企業こそ、マーケティングに積極的に取り組むべき」というお話をされていましたが、望ましい変化の波がやってきた、という認識でしょうか?
余田氏:いえ、そうとも言い切れません。今起きている変化は言ってみれば二極化の潮流です。マスメディアを活用したブランディングであったり、デジタル技術を活用したデータドリブン型のマーケティングであったり、先進性の高い施策に積極的に乗り出しているBtoB企業が増えているのは事実ですが、今なお、旧態依然の状況にとどまっている企業も少なくないように感じています。
-積極的に新しい取り組みをしている企業では、何がきっかけになって変化が起きているんでしょう?
余田氏:一口にBtoB企業とかベンチャー企業といっても、ビジネスモデルはさまざまですし、各企業が抱えている経営課題もまちまちですから一概には言い切れませんが、アーリーアダプター的に新しい取り組みをし始めた企業の多くは、トップ経営層が変化に対して積極的にリスクを取ってチャレンジしているといえます。2013年にフィリップ・コトラー氏が来日した際には、大企業の経営者をはじめ、多くの経営層が話を聞きに集まったわけですが、マーケティング界の巨人であるコトラー氏をして「日本の経営陣はまだまだマーケティングを単なるプロモーション手法だと誤解している」など、痛烈な指摘を投げ掛けていたんです。私のところに来てBtoBマーケティングについて相談をされる方々も、以前は大手広告代理店など専門性の高い人たちがほとんどでした。しかし、今では中堅企業の経営層の方などから具体的な相談をいただくようなケースも増えています。
-前向きな経営層を動かし始めた要因とは何でしょう?
余田氏:これもまたケースバイケース、企業によって事情はさまざまですが、1つ言えるのは人材不足が要因になっているケースが多いと考えられます。ご承知の通り、日本における法人営業の領域はプッシュ型プロモーションが主であり、しっかりと時間を掛けて育成した優秀な営業人材が顧客との関係性を維持させながら収益を確保するスタイルをとってきたわけですが、あらゆる領域で人材不足が顕在化する中、十分なマンパワーを確保するのが難しくなりました。特に中堅中小規模企業では若手の採用が難しく、自社のことをよく理解しながら育てていく人材を確保できない。そして同時に顧客企業側からの需要もまた細分化され、ニーズの分散化が起きています。こうなると欧米スタイルともいえる広告を中心としたプル型のアプローチを取っていかざるを得ない状況も生まれているんです。「限られたリソースを効率よく動かしながら、分散化・多様化が進むお客さまのニーズにも迅速に対応するにはどうすれば良いのか」という経営課題の解決を、切迫感を持って考え抜いた末にマーケティング施策への注力を決断した経営者が、今目立った動きを示しているのだと私は捉えています。
-逆に二極化の流れの中で遅れをとっている企業では何が起きているとお思いですか?
余田氏:「何かをしなければいけない」と直感はしていながらも「何をどうすれば良いのか分からない」という経営層の企業では、どうしても変化は起きづらいはずです。仮に現場の最前線からデジタルマーケティングへの着手など、チャレンジングな提案が上がってきたとしても、これまでに前例が無いためその稟議がなかなか通らない。意思決定のスピードの遅さや、最先端のマーケティング手法に対する理解不足などがたたって、環境変化に対応できずにいる企業は少なくないはずです。
-まさに余田先生がご指摘された二極化の様相が、歴史ある印刷業界にも訪れているようなのですが、前向きな変化を起こすには何が必要だとお考えですか?
余田氏:私自身、紙を専門に扱う商社の経営に携わるようにもなりましたので、紙や印刷に関わる業界の実態をある程度リアルに実感してもいます。そして、この領域でも十分に先進的なチャレンジを行っている企業があることも理解しています。例えば凸版印刷や大日本印刷といったリーディングカンパニーは、マーケティングだけに限らず多方面でデジタルトランスフォーメーション(DX)的な取り組みを開始していますよね。ではなぜ、こうした企業が先進性を得ているかというと、もちろん経営層が前向きだということもあるでしょうけれど、事業そのものの裾野の広さも作用していると思います。従来型のBtoB事業だけでなく、自らBtoBtoCのような事業にも早くから進出し、変化が分かりやすく表れるコンシューマー市場の動向と直結した環境下で、新しい技術や取り組みに携わってきたわけです。加えて、リーディングカンパニーとしての優位性として経営上の余裕もあります。BtoB事業、あるいは法人営業の成果というのはROIが見えづらい傾向になりがちですが、だからこそ利益率の状態が目安になります。一部を除いて日本の多くの産業がフラットかこれから減少していく市場ですから、売り上げ至上主義的な発想に執着せず、法人営業部門における利益率向上のために、新規事業に挑戦したり、マーケティングに対する投資に注力したり、というアプローチを取ることは重要だと思います。
-では、業界リーダー以外のプレーヤーが変革を実行していくためには、どうすれば良いのでしょう?
余田氏:これは印刷業界に限った話では無いのですが、日本の製造業の多くは中小規模のオーナー企業が大半を占めていますよね? そういう企業が大企業と同じ手法でチャレンジをするといっても現実味はありません。それでも、やれることはいくつもあると私は思います。経営面でいえば、売り上げ指向への偏りを捨てて、利益指向でビジネスを捉えていくことも視野に入れるべきでしょう。例えば、先ほど挙げた人材不足という局面は、中小規模の企業ほど切実ですし、優秀な法人営業人材を獲得することはますます難しくなる。しかし、だからといって手をこまねいているのではなく、DXの成果として表れ始めている時代の変化をうまく活用すべきだと思うのです。冒頭でいくつかのベンチャー企業がBtoB型のビジネスモデルでありながら、新しいマーケティング手法を積極的に採り入れているお話をしましたが、なぜ彼らがそれを体現できているのかといえば、低コストで先進的なデジタルマーケティングのプラットフォームを提供するような企業などが増えていることが追い風になっているからだと思っています。動画CMを露出するにしても、従来型のテレビのように莫大なコストを要する場だけでなく、ローコストで済むソーシャルネットワークやタクシーなどに代表される交通メディアなども戦略的に活用していくことも可能です。
-印刷業界の最前線にいる若手社員による懇談会などでは、非常に前向きな声も多く聞こえるのですが、一方で余田先生もご指摘のように「上がなかなかやらせてくれない」「意思決定が遅くて実行に至らない」といった不満もあるようです。
余田氏:それもまた印刷業界だけの事情では無いと思います。中堅中小企業のオーナーや経営層の多くは、これまで成功した営業モデルをキープしながら売り上げの積み上げをはかるため「みんなで頑張ろう」というような掛け声に終始してきた部分があります。「リスクを取って利益体質に変革する」というようなチャレンジには大きな決断が伴いますし、うまく現場に浸透するかも怖く、やはり売り上げが落ちてしまうことが怖い。日本の中堅中小企業はそんなリスクをとらずにこれまではある程度維持できてきた経験ももっています。とりわけBtoB事業を展開してきたところは、景気に左右されやすいBtoC事業者のようにリスクと正面から向き合う経験をあまりもっていません。ボトムアップで変革を叫んでも、トップの重い腰がなかなか上がらないという実情は多くの企業が抱えています。ただし、私が多くの企業経営層とお話をする中で感じているのは、経営者たちもまた「今のままではいけない」という危機意識は強くあるということです。ですから、例えば外部のアドバイザリー企業との連携を図ったり、MBAホルダーのような人材を変革メンバーとして採用したり、生きの良いスタートアップ企業との共創関係をスタートさせたことで、大胆な変革を始めているところもあるわけです。
-もしも経営層がなかなか動かないと感じる場合、現場にいる社員、あるいはミドルマネージメント層が変化を主導するには、どんなアクションが望ましいとお考えですか?
余田氏:エビデンスが鍵を握るはずです。つまり、費用対効果の視点で、実証可能な数値をもってマーケティングや営業成果を語れる存在が社内に育ってくれば、経営層を動かすことも可能なはずです。「うちは新しいことを上がやりたがらないから駄目だ」と決め付けてしまう前に、とにかく行動を起こしてほしいと思います。例えば「法人営業部門の人的リソース不足をデジタルマーケティングツールの活用で補い、利益を向上させる」という提案を上申するのであれば、「具体的にどういうツールを導入し、その場合、現場がどうPDCAを回すことになるのか」、「その結果としてどのタイミングで、どういう数値結果が見込めるのか」というところまで、きちんとエビデンスをもって語っていくべきです。「とにかく新しいツールや手法を導入すれば、全てがうまくいく」などという説得の仕方ではなく、「データを活用した法人営業を行った場合に、どんな働き方の変化が起きて、結果としてコストがどういう推移で抑えられるようになるのか」という部分まで言及できるかどうかが問われます。
-最後にこれから変化を起こそうという法人営業関係者マーケティングを始めようとする皆さまにメッセージをお願いします。
余田氏:物事が理想論通りに進まない現状を嘆く前に、とにかくアクションを起こしてほしいと思っています。先ほども申し上げたように、新しいマーケティングやデジタル活用の導入については、過大なコストを覚悟しなくてもトライできる環境が整いつつあります。エビデンスをもって経営層を説得できたなら、小さなトライからでも良いので新しいPDCAを回していく挑戦を始めてみてほしい。PDCAプロセスはその経験を積めば積むほどノウハウに変わっていきますので、これは早く始めたほうが明らかに良い。そしてこれはやっていないところに比べて確実に差別化要素になっていきます。そこで数字が前向きな変化を物語るようになれば、社内でも必ず次の変化に向けた姿勢と意識が整っていくはずです。一方、経営層の方でも「短期間で劇的な変革が実現できる」かのような幻想はもたず、一定期間リスクを見ていくだけの気構えをもってほしいですね。中堅中小企業にとって人材こそが貴重な経営リソースなのですから、少数であっても自走力のある集団にしていくため、変革に取り組んでいく姿勢を具体的に示してほしいと考えています。