2020.02.04
デジタル化が進む最前線で格闘中の若手5人が本音で議論
今、あらゆる産業において、デジタル技術を活用し既存のプロセスやビジネスを自ら変革し、新たな価値を生み出していく「デジタルトランスフォーメーション」が全世界で叫ばれ、日本企業にもその波は押し寄せてきている。この流れは時にはこれまでのエコシステムを破壊し、新たな勝者を生みながら市場を変えていくことに加え、グローバルを分断なき世界へと動かしていく。その一方で過去の成功体験から抜き切れず、なかなか変革を遂げられない企業も多く存在するのもまた事実のようだ。特に日本市場は、少子高齢化により労働人口の減少を主たる要因に、経済全体が縮小してくことが各方面から予想され、こうしたデジタル変革には生産性や事業の収益性を改善していく目的もあわせもつ。デジタル変革への取り組みは企業の大小に関わらず、どの産業のどの企業に対してもその未来を描くには避けて通れない取り組みになっているのは間違いない。
印刷業界の現状はどうだろうか。データを中心に据えた経営の見える化から始まり、RFID技術を活かした生産現場のデジタル化、デジタルチャネルの拡大による顧客との接点把握とそこから生まれるデータ活用、そしてデジタル印刷技術の本格導入によるパーソナライズされた新しい印刷形態の提供など、先進企業を中心にデジタルトランスフォーメーションへの取り組みは多様な形で進んでいる。その一方でデジタル印刷に関するマーケットの拡大という動きに目を転じると、課題もまた見え隠れする。日本印刷産業連合会の調べ*によると、2018年の時点で8割以上の印刷会社が既に産業用デジタル印刷機を保有している一方で、デジタル印刷機を保有している企業のデジタル関連売上比率はまだ11.2%に留まっている。このスピードは世界市場から見ると劣っているのは事実である。変革へ向け、積極的に取り組む姿勢が成果につながっている企業もある一方で、変革の途上にある企業も存在するようだ。
そこで今回は、最先端の産業用デジタル印刷機を保有し、積極的にデジタル化を進める複数の印刷会社から、印刷業界の現場で日々奮闘する平成生まれの20代を中心とするデジタルネイティブ世代の若手印刷パーソン5人に集まってもらい、デジタル時代の印刷業界のビジネスの現状や未来について、どのような思いを抱えながら仕事に取り組んでいるのか、座談会形式で語り合ってもらった。
-皆さんの現在の職務について教えてください。
石原謙さん(凸版印刷 2015年入社):私は営業職に就いており、主に大手出版社発行の幼児雑誌などを担当しています。誌面内容の企画が頻繁に変更されるため、それに対応して迅速に動く必要があるのですが、それは時代の変化とは関係なく昔からあることと聞いていますし、印刷会社のフロントマンとしてのやりがいは、こうした変化に対応していくところにこそあるのだ、と捉えています。とはいえ、時代は確実に変わり、エンドユーザーである読者層の価値観に寄り添っていくために出版社が挑もうとしているチャレンジに、我々印刷会社は本当に最適な価値を提供できているのだろうか、というようなモヤモヤを抱えているのは事実。近年の特徴として実感しているのは、雑誌に添える付録の企画が重要性を増していて、単に紙に印刷することだけを考えていればよい状況ではなくなっている点が不安を大きくしています。
太田裕子さん(トッパングラフィックコミュニケーションズ 2016年入社):私は企画・制作職として、お客さまからの要請を受けて、店頭用ツールやウェブなどを提案し、納品段階までコミットしています。主に百貨店をはじめ大手流通業のお客さまを担当していますが、中国からの観光客を主とするインバウンドへの対応もあって、店頭用のPOP制作や多言語ツール制作などのニーズが非常に高くなっています。短納期・小ロットの案件が多く、デジタル印刷を頻繁に利用しています。今後、お客さまからさらなる短納期を求められることも考えられるため、ますますデジタル印刷をはじめとした知見を深めなければいけないなと思っています。技術の進化を積極的に採り入れているチームにいるからこそ、現状どれだけ有効活用できているのか、もっとやれることがあるのではないか、という意識が私の中にはあります。
佐々木拓哉さん(フジプラス 2012年入社):私は入社時にはいわゆる印刷会社としての生産管理業務に携わった後、現在のアカウントセールスのチームに移りました。一般的な印刷の営業職というよりも、印刷やデザイン・ITの技術を用いて、多角的に提案することが主体になってきています。お客さまである企業さまの“売れる仕組み”を創るためのお手伝いをしているので、マーケティングやシステム連携の話し合いをするなど、かなり幅広い業務に携わっています。印刷を請け負うことばかりが私たちの使命ではないという姿勢で日々の業務に取り組んでいるものの、周囲との感覚の差を感じることも多く、まだまだ日々試行錯誤が続いています。
佐々木貴浩さん(精工 2009年入社):精工は農産物の包装に関わる事業で成長してきた会社なのですが、特にその包装資材であるフィルム素材への印刷技術で評価をいただいています。私は業界に先駆けてデジタル印刷に取り組んでいるつくば工場に勤務し、HPのデジタル印刷機「HP Indigo」のオペレーターをしています。個人としての仕事にはある程度の納得感で臨んでいるものの、組織として最新鋭のデジタル印刷の仕組みを生かし切れているのかどうか、という面では自分なりに課題を感じている今日この頃です。
相澤泉さん(精工 2016年入社):私も同じく精工のつくば工場に勤務しています。役割としては実際の印刷に取り掛かる前の工程を担当しており、大小さまざまな規模のお客さまからいただいたデータをデジタル印刷に掛けていける状態に整えていくオペレーションに携わっています。技術職ですから、お客様に対峙するというより、基本的には外部から集まってくるデータの処理に追われる日々なのですが、やりがいもあります。
-今現在抱えている課題、悩み、不満などについて、本音を教えてください。
相澤:フィルムという素材に印刷するためのデータや色見本をお客さまからいただくのですが、その大部分が紙などの異素材に印刷した物だったりデータだったりするんです。そのまま用いれば必ず色目が違ってきてしまうため、私たちのところで調整をしなければいけなくなります。もちろん、お客さまが印刷の専門家では無いことは分かってはいるのですが…。
佐々木(貴):相澤さんと私は違う工程に携わっていますが、やっぱり似たようなことを感じています。先端のデジタル印刷技術を備えていることを強みにするためには、その現場でどういう要素が不可欠になるのか、という理解を広く社内で高めていくことが必要ではないかと考えています。「お客さまは印刷のことがわかっていない」とか「うちの営業にはもっと最新技術のことを理解してもらわないと」とか、そういう不満を私たち技術職の人間が一方的に愚痴っているだけでは、何も改善できないのだということはわかっているんですけれどもね。
太田:佐々木(貴)さんや相澤さんと同じく、私もデジタル印刷を用いるケースの多い現場にいます。というのも、「短納期で低コスト」という条件のある案件が増えているからなのですが、そればかりが今後の印刷業界に求められるという状況にならないよう、まず現場から働きかけていく必要があるなと思っています。たとえば同じデジタル印刷でも、先日は特色を使用した高品質DMを制作させていただきましたし、そういった付加価値のある作品を受注していきたいですね。
石原:私が日々感じているのは、「印刷技術のデジタル化もいいけれど、日々の業務プロセスに現状以上にデジタルやITの技術を導入できないものか」という気持ちですね。私は営業ということもありお客さまと直接向き合う機会が多いですし、急な企画変更があるので、その都度改めて見積もりを出す場面に遭遇するんですが、例えばクリック1つで新しい見積もりを提示できるようになれば、浮いた時間をもっと有効に使えると思ったりするんです。
佐々木(拓):新しいビジネスモデルへとシフトしていくなかで、自社内でも変化の度合いの差が価値観のギャップとして生まれているように感じます。古き良き時代と呼んでいいのか分かりませんが、かつて良かったと言われている時代に培った技術や仕組みがあるからこそ、今の会社が成り立っているということを理解しているつもりですが、意見がすれ違うと感じる場面が時々あります。せっかく生まれた新しい価値観を年長者や若手だからという括りで見ずに、多様性を持って受け止めて意見を伝えてほしいという願望がありますね。
太田:私はむしろ周囲の先輩たちが発揮しているクリエイティブな部分に刺激を受けますし、お子さんのいる先輩女性がしっかり子育ての時間を確保しながら仕事もきっちりやっていて、すごく触発されるものがあります。
石原:私も何年か上の先輩には、とても学ばせていただいていて、理解もしていただいている感覚はあるのですが、40代、50代の上司たちが普段何を考えていて、どう動いているのかが見えにくいように思うことがあります。佐々木拓哉さんが言うようにもっと世代を超えて互いに理解し合う必要があるように思っています。
佐々木(貴):私も佐々木(拓)さんと同じ心境です。私たち最前線にいる人間の声を全て肯定してほしいわけではなくて、とにかく一旦は聞き留めてほしいんですよね。その上でなぜ違うのかを教えてくれれば、何を考えているのか理解もできますし、私たち自身も成長に役立てることができるのではないかと思います。
相澤:先輩方は経験豊富なので、「こういう場合はこうすれば良いんだ」というのがご自分の中だけで完結していることもあります。こちらの理解が十分に及ばない中、猛スピードで工程を進められてしまうと、私たちも納得できないですし、成長したいのに学びにつながりにくく、結果的に効率は上がらないと思ってしまうこともあるんですよね。
-未来の印刷業界について皆さんの考えを教えてほしいのですが、ひとまず今から10年後を想定した時、どんな変化が訪れていると思いますか?
石原:まず大量印刷の時代ではなくなっていると思います。今でさえ、通勤電車内で紙の雑誌を読んでいる人の姿はほとんどなくなり、みんながスマホを見ていますよね? ラーメン屋さんとか病院の待合室など、特定のシチュエーションではいまだに雑誌を眺める光景を目にしますが、いずれそういう情景も減っていって、印刷物はOne to Oneの色合いの強い製品に変貌するはず。そうなれば、デジタル印刷の特性をより生かしていく状況になるでしょうし、営業職の仕事の進め方自体にも大きな変化が来ると考えています。
太田:今、凸版印刷では現場レベルでも五感に訴える手法というのを取り入れ始めています。従来の印刷技術を応用して、「平面に文字や画像をプリントする」以外の多様なチャレンジを10年後はこれまで以上に行うようになっていると思います。いわゆるデジタル印刷だけでなく、使う技術もさまざまに広がるでしょうし、私たちもまた幅広い発想が問われるようになると思います。
佐々木(拓):One to Oneになって、利用技術も多様に広がって、という部分については私も同じ発想です。ただそうなった場合、10年後なのかどうかはさておき、「一度全てがデジタルに置き換わった後、『だからこそあえて紙を使おうよ』というような振り戻し」のニーズも生まれてくる気もしています。
佐々木(貴):私も皆さんと同じ考えなのですが、技術的な仕事が多い部門としては、「One to Oneで小ロット・短納期が当たり前」な世の中にならなかったとしても、印刷機の主流がデジタルに移行するはずだと考えています。現状はまだ相対的なスピードでグラビア印刷に劣るデジタル印刷機も、間違いなく進化して追い抜く日が来ると思っています。そうなれば、今デジタル印刷技術の第一線にいる人の仕事の価値も大きく変わるでしょうね。
相澤:精工では私たちより一世代上の30代の方たちが中心となって、さまざまな印刷工程上のシステムを新しいものへと変えていこうとしています。ですから、この世代を中心としながら、職場環境や組織まで変わっていく時期が10年後くらいには訪れるんじゃないかなとむしろ私は期待しています。
石原:組織面での変化について考えると、私のような営業職の在り方も変わると思っています。従来は得意先や担当業種ごとに部門も分かれていましたが、お客さま側のニーズも多様化して、私たち印刷会社側の技術や対応も細分化していくと、どこかのタイミングからは、その都度得意分野や強みに応じた組織編成が必要な時代になるはずだと思うんです。もちろん、「お客さまとどこまで信頼関係を築けるか」は変わらずに問われると思いますが、同時に「どんな強みや得意分野を持っているか」が印刷会社の営業パーソンには求められるようになるのではないでしょうか。
佐々木(拓):そういう方向で捉えると、印刷会社同士の関係性にも変化は及ぶような気がしますね。今までは単に競合相手だったのが、そうではなく各社の強みを尊重しながら共同体を形成してプロジェクトを一緒に進めたり。
-部門や役割を超えて、あるいは会社の枠組みを超えて、皆で業界の未来のことを話し合ったり、デジタルなど新しい技術や案件の動向について情報交換をしたりするような場はあまりないのでしょうか?
佐々木(拓):今日ここで皆さんと会って、いろいろと話ができましたけれども、こういう機会をもっと増やしていければ、きっともっと前向きな空気が生まれますよね。
相澤:私は技術職を続けてきたせいか、なかなか他部門の方とお話する機会がなかったのですが、今日のこの場はとても新鮮ですし、良い刺激になっています。
佐々木(貴):本音を言えば、社内でももっとこういう機会があれば良いのに、と思いますね。
-では10年後の未来に向けて皆さんはどうありたいですか? そして周囲の先輩や後輩にどんなメッセージを送りたいですか?
相澤:今までは技術職だということを言い訳にして、外部とのコミュニケーションを積極的には行っていませんでしたが、今後は営業部門とも積極的につながりをもって、面白い仕事を自分から取りにいけるようになりたいですね。
石原:私は営業職ですが、相澤さんと同じ気持ちです。固定概念を持っていることが仕事をつまらなくする最大の原因だと思っていますし、これから印刷業界に参画してくれる後輩たちとも意思疎通をきちんと行えるように、進んで新しい変化に絡んでいき、楽しみながら仕事をしていきたいですね。世代を超えたコミュニケーションも本当はもっと多くやっていきたいです。
佐々木(拓):先ほどお話をしたような新しい枠組みの変化に向けて、私なりに考えている具体的なアクションを常に起こしていると思います。
太田:私は、会社ではなく自分宛に仕事が来るような、そういう存在になりたいと思うので、「無理しない働き方」ではなくて「したい無理だけする働き方」を心掛けています。周囲の先輩がまさにそういう働き方を体現して充実した顔を見せてくれていますし、私も後輩たちにそういう顔を見せられるようになりたいです。
佐々木(貴):私も先輩や上司と後輩、部署間をつなぐ「架け橋」のような存在になりたいと考えています。これから確実に印刷の技術は劇的に進化しますし、1つの目標に向かっていくにしてもさまざまな手法を用いることが可能になるはずですから、これから業界に入ってくる人たちにもそれがどんなに面白いことなのかを語れる人間になりたいと思います。
相澤:新しい世界をたくさん見せてくれることを私も期待しています。
[取材を終えて]
営業職・技術職・企画職など、異なる役割を担う参加メンバーではあったものの、共通して伝わってきたのは、デジタル変革時代とそれが導きだす未来へ向けて自社や業界の変革に自らも積極的に携わりたい、という意向だ。メンバーは皆、「デジタル印刷をはじめとする最新技術を導入している」点や「従来とは異なるミッションを印刷のプロとして果たしていこうとしている」点など、前向きに今の仕事と向き合っていることをひしひしと感じた。一方で、市場ニーズの変化や技術革新が加速度を増して進んでいく中、最前線にいる彼ら彼女らの日々の活動の中では、都度生まれる新しい課題に対して戸惑いを多く感じることもある様子も垣間見えた。
とりわけ多くの意見が集中したのが「世代間ギャップ」。このことは印刷業界に限らず、統一された価値観のもとマスプロダクションの時代で凄まじい成長を築き上げてきた全業界に当てはまるものと思われるが、「平成生まれ世代」における働くことへの価値観やコミュニケーションの方法に関する相違や温度差はあって当然ともいえる。デジタルネイティブな育ち方をしてきた平成生まれ世代にしてみれば、「もっと普段の仕事にもこれまでのやり方に固執するだけでなく、より積極的にデジタルを採り入れていきたい」という思いを抱いているようにも感じられたのも事実ではあるが、少なくとも、今回集まった若手キーパーソンたちは、過去を否定するのではなく過去の財産を築き上げた世代をリスペクトし、先輩たちとともに融合されたやり方で10年後の未来を一緒に創っていきたい、という意欲が伝わってきた。すでにデジタルの先端技術やノウハウは職場に浸透しはじめているからこそ、それを活かすヒトと組織とコミュニケーションのあり方もあわせて変革できた時、彼らが描く新しい未来が現実のものとなるはずだ。
【本記事は JBpress が制作しました】