2022.01.25
印刷の世界で色といえばCMYKが常識だ。しかし世の中を見回せば、我々の生活は光の三原色であるRGBに囲まれている。テレビやPCモニター、タブレットやスマホの画面はもちろん、デジタルカメラで撮影した写真やデジタルイラストなどのデータも基本的にRGBで形成される。RGBの色空間はCMYKよりも広く、これまでも印刷業界ではCMYKの色域を広げようと様々な試みがされてきた。RGB画像の発色を再現できるとしたら、これまでの印刷業界の常識を覆すことができるのではないか? HPは、最先端のHP IndigoエレクトロインキとRIPテクノロジーの融合により、印刷におけるRGBの再現という命題に取り組んでいる。なぜ、今RGB印刷が求められているのか? その背景や市場性、同人誌出版での活用事例などをもとにHPが取り組むRGB印刷の実態に迫る。
写真左)株式会社日本HP デジタルプレス事業本部 ソリューションアーキテクト 森真木
写真右)株式会社日本HP デジタルプレス事業本部 営業本部 小松秀徳
RGB印刷と、同人誌は相性が良い。同人誌は「カラー表紙+本文がモノクロ」の仕様が一般的で、カラー表紙は基本的にRGBデバイスで作成されている。カラー表紙の印刷でクリエイターが求めているのは、イメージ通りの仕上がりだ。しかし、冒頭でも説明したようにこれまで印刷で使用されていた色はCMYKで、RGBの色空間で作成したデータの再現が難しい。RGBからCMYKに変換して印刷すると、カラー表紙にくすみが生じてしまうからだ。データの入稿前に色合いを調整すればある程度は理想の色に近づけられるが、どうしてもズレは出てきてしまう。そこで精度の高い再現性を実現できるRGB印刷が、同人誌のクリエイター達の間で求められているのだ。
そもそもRGBとCMYKはどのような違いがあるのだろうか? ここではそれぞれの基本的な意味を復習する。
RGBとは光の三原色で、「赤(Red)」「緑(Green)」「青(Blue)」の3つの光を指し、頭文字から「RGB」と呼ばれている。スマートフォンやパソコン、テレビなどの液晶画面に使われている光だ。3色の光を混ぜ合わせることで、さまざまな色を生み出している。100%の割合で3色の光を重ね合わせると「白」になるのが特徴だ。光の色を混ぜ合わせて色を作り出すことを「加法混色(かほうこんしょく)」と呼ぶ。
CMYKは「シアン(Cyan)」「マゼンタ(Magenta)」「イエロー(Yellow)」「黒(Key plate)」で構成され、頭文字を取り「CMYK」と呼ばれている。印刷物ではCMYKを使うのが基本だ。色の三原色であるシアン、マゼンタ、イエローを混ぜると色が暗くなり、黒色に近づく。CMYKによる色の変化は「減法混色(げんぽうこんしょく)」という。
なぜ、CMYKではなく、RGB印刷へのニーズが高まっているのだろうか? その理由を、日本HPデジタルプレス事業本部の小松氏と森氏に詳しく尋ねた。
―― 今、RGB印刷が求められている背景について教えてください。
小松:「印刷の歴史は長く、古くは絵画などを複製するために木版や銅板を掘ったり、石版を使ったり、版の材質や印刷の方式も時代と共に発展してきました。印刷物は「ここはこういう色にしたい」といった作り手の思いを忠実に表現し、複製できるのが理想です。ところが、現在印刷はCMYKのプロセスカラー4色で表現するのがスタンダードになっているため、作画されたRGBデータと比較すると、どうしても印刷物の彩度は低く、くすんだ色になりがちで、制作者のイメージとはギャップが生じているのが現状です。
それを解決するソリューションがRGB印刷です。データをCMYKに変換することなく、RGBのまま入稿し、CMYKモードよりも鮮明な色を豊かに再現できます。その根幹となるのは、HP Indigo独自のエレクトロインキとRIPテクノロジーですが、「RGBの世界に近づける」ことを印刷物の理想形として、HPはこの分野に積極的に投資をしています」
森:「今、世の中はRGBの世界で溢れています。PCやスマホ、タブレットなどのRGBデバイスに囲まれて育ったデザイナーやクリエイターは、当然デジタルデバイスを使用して作画・彩色をします。彼らにとっては画面の色こそが正しい色なので、制作物をいざ紙に印刷してみると、色がくすんで見えたり、イメージと違ったりという違和感を覚えるのです。これまでは、印刷物はCMYKでしか表現できないのが当たり前だと思ってきましたから、『印刷だからしょうがない』という考えに業界全体も甘んじていたのだと思います。ところが、若い世代のクリエイターはRGBが当たり前なので、紙で再現できないことに納得がいかないわけです。
印刷業界は努力を重ね、特色を駆使して色域を広げようとしてきましたが、オフセットで実施しようとすると費用も手間もかかります。デジタル印刷では、インキの変更や色の追加が容易なため、もっと手軽にCMYKでは叶わなかった世界を再現できるようになりました。なぜ今RGB印刷なのかと言われれば、現代の人たちの想いとデジタル印刷テクノロジーが融合したタイミングがまさに今なのだと思います」
―― HP Indigoが持つRGB印刷技術について教えてください。
森:「RGB印刷に効果的な特色インキである、ビビッドピンクとビビッドグリーンですが、実はインキとしてはとても薄いピンクとグリーンなのです。CMYKの4色にビビッドインキ2色を足すことで、6色で印刷しますが、RGBの色域と比較した時に、CMYKでは再現できない範囲に対して補色として加え、色域を広げます。プロファイルを利用して、RIP上で自動的にCMYK+ビビッドピンク、ビビッドグリーンの分版を生成するのです。濃い色だけではなく、淡い色でもビビッドカラーを使うと彩度が上がり、ピンクとグリーンがあることで、濁りのない鮮やかなブルーも表現できるようになります。
ビビッドインキによるRGB色域の再現は、物理的にCMYKにビビッドピンクとグリーンの2色をプラスすることで色域を広げる方法ですが、もう1つRGBの色域を再現する「Color Up!(カラーアップ)」という方法があります。Color Up!は、特色を使わずに、プロセスカラーの4色のみで追加の版を生成して補色するRIPの機能で、具体的には、独自のHP Indigoアルゴリズムによって、CMYKでは再現できないシアン要素(C)、マゼンダ要素(M)、イエロー要素(Y)の各色域を自動で抽出し、CMYの別版を作って印刷するというものです。画像によって補う色が異なりますが、CMYK+CMYの最大7版で印刷することにより、HP Indigo特有の機能であるダブルヒットができるので、それを活かしてシアン100%よりも、もっと濃度の高いシアンや、マゼンダ100%よりも、もっと深いリッチなマゼンダを再現することが可能です。Color Up!は、HPだけが提供するテクノロジーで、従来比で135%のワイドガモットを再現することに成功しています」
小松:「様々な特殊インキや原反に印刷できるのがHP Indigoデジタル印刷機の強みですが、ホワイトやシルバー、インビジブルインキなどで、既に5、6、7色目が埋まっている場合や、コストの制約や作業の負担上4色で印刷しなければならないという場合には、Color Up!を使用すれば特色を購入せずに手軽にRGB印刷ができるのでメリットは大きいと思います」
―― 実際にRGB印刷を活用されている事例を教えてください
小松:「ビビッドピンクとビビッドグリーンというRGB印刷向けのインキを初めて日本で導入されたのは、漫画やアニメの同人誌や関連グッズを制作する大阪印刷株式会社(旧 合同会社いこい)様です。同人誌は、出版流通を通さずに発刊できますから、作者は自分の作品を好きなように表現したり、納得のいくまで体裁を整えたりできるのが最大のメリットです。そんな思い入れが詰まった作品をいざ印刷すると、思っていた色と違うと感じられる方も多いようで、同人誌のイベントなどでは、作家さんがスマホを片手に『グリーンの色が違うようですがどういうことですか?』と印刷会社のブースにやって来ることもあります。自分の作品へのこだわりや想い入れがそれだけ大きいということです。
大阪印刷様は、2018年にHP Indigo 7600デジタル印刷機を導入し、ビビッドインキを搭載した構成でRGB色域の再現を謳ったところ、お客様からの評価が非常に高く、今ではRGB印刷を軸とした戦略で受注拡大に成功し、HP Indigo を3台に増設するなどビジネスを大きく伸ばしています。同人誌の受注量はイベントの有無によって大きく左右するため、コロナ禍ではイベントが開催できず業界としても苦しかったのですが、2021年より徐々にイベントが再開され、24時間3台フル稼働でも生産が追い付かない状況になっています。同人誌作家の方からは『オフセットよりも綺麗だ』という評判も耳にするほどで、同人誌の市場はHP Indigoデジタル印刷機の導入台数も印刷量も右肩上がりです。ビビッドインキは同人誌市場のニーズや期待値とマッチしていますし、これからもまだまだ伸びると感じています」
森:「Color Up!の採用事例としては、凸版印刷株式会社様が、HP Indigo 12000HDデジタル印刷機とHP Indigo認証紙のヴァンヌーボLT-FSを使用して、小部数の高品質なアート作品や図録などの印刷、製本までを行うデジタルプリントサービス「TOPPAN FINE DIGITAL PRINT」を提供しています。個人のクリエイターが自分の作品集を作るのはお金がかかります。オフセット印刷では最低発注部数も多く初期費用が高額になることから、気軽に作ることはできませんでした。少部数で高品質、作品集として持ち歩けるものを、というニーズに応えるためにこのサービスが生まれました。凸版印刷は、HP Indigoデジタル印刷機のRIPの中にColor Up!で自動分版するためのプロファイルを持たせ、さまざまな印刷方式で培ってきた色調補整の製版技術を活かして、そのプロファイルに適する形にデータ編集を行い、より一層Color Up!の効果を出せるようなサービスを提供されています。これにより、従来のCMYK印刷では再現が難しかった色彩表現の美しいアート作品集を実現しています」
―― RGB印刷における他社ソリューションとの差別化は?
森:「色の再現性向上のために、他社からも様々な特色が出ていますし、HPでも蛍光ピンク、オレンジ、グリーンを含む多くの特殊インキを提供しています。しかし、これらはあくまでも特色インキであり、RGB印刷のビビッドピンク、ビビッドグリーンとは別物です。RGBデータをそのまま印刷にかけて、自動分版を生成しガモットを広げる類のソリューションではありません」
小松:「オフセットでRGB印刷を行う場合、版の調整など、色校正含めたプリプレスが大きな負担となり、大ロットでなければ採算が合わなくなります。HP Indigoデジタル印刷機は、少部数でも迅速に対応できる点や、RGBデータを入稿いただければRIPで自動分版してくれるというプリプレスの手軽さが大きな強みになります。
オフセット印刷の製版は印刷ディレクターの職人技ともいえます。版データや補色の作り方にはノウハウがあり、製版作業の負荷が大きいので、HP Indigoデジタル印刷機のようにアルゴリズムがあるのは大きなメリットになるでしょう」
―― コロナ禍で対面営業に制約がある中で、印刷会社はRGB印刷の良さをどのように伝えたら良いでしょうか?
小松:「印刷物の強みはリアルな物ですから、実物を見て頂くのが一番です。やはりサンプルは効果的で、先般、私が担当しているある印刷会社様がお客様の実際のデータでサンプルを出力するという有償のキャンペーンを展開されましたが、特殊紙30種類に対してお持ちのRGBデータで印刷できる見本帳が、ワンセット1500円と有料にも関わらず、何千人という単位の応募がありました。既存のお客様からのお申込みが多いだろうと想定していたのですが、なんと応募者の1/3は新規のお客様だったそうです。有償のサンプルにもかかわらず、数千人単位のお申込みがあったこと、新規のお客様からのコンタクトが多かったことに驚かされました。それだけ潜在的な需要があるということですが、HP Indigoデジタル印刷機なら1枚からでも刷れますので、このようなサンプルキャンペーンは印刷機の特性をうまく活用されていますよね」
―― RGB印刷を最大限活用するためのアドバイスがあればお願いします。
まずはカラーアップを試してみる
小松:「Color Up!はインキを替える手間もかかりませんから、HP Indigoをお持ちのユーザー様にはぜひトライいただきたいです。例えば、名刺100枚の印刷発注があったら、Color Up!で印刷したものをプラス1枚つけて納品してみてはいかがでしょうか。次回、プラスいくらでこの色が出せますと全てのお客様にサンプルをお送りすれば、RGB印刷の色彩をご紹介できると同時に将来的な受注につなげることができると思います。見比べられる現物があることが大きな強みです」
CMYKよりも豊かな色をお客様に訴求する
森:「分版という面では、RGB印刷は色がこうあるべきだという正解がありません。人為的に無理して合わせる必要がなく、ファジーな面がありますから、CMYKよりも鮮やかな発色ができるという点をうまくお客様に訴求いただければと思います。HP Indigoデジタル印刷機のRIPで自動的にアウトプットできるRGB印刷という選択肢によって、これまでの製版・色校正のプロセスが簡便化できれば、大きなインパクトとなるはずです」
小松:「私たちが普段見ているものはRGBなので、本来紙の印刷もRGBであるべきです。ですが今までは印刷の都合上CMYKでの表現になっていた。印刷物を手にするお客様の満足度を考えれば、当然RGBデータから RGB印刷の方が喜ばれるはずで、印刷側が変わることで、印刷の価値を1つ上のステージへと上げることができるのではないかと思います」
森:「つまりCMYKが唯一の正解ではない、新しい世界が到来しているということですね。これまでの常識にとらわれず、印刷もまだまだ進化しなければならないということだと思います」
古くから人々の生活や文化に根付いてきた印刷は、今大きな転換期を迎えている。HP Indigo が実現するRGB印刷は、これまでの業界の常識を大きく覆すテクノロジーだ。長い間、我々は「印刷だから色再現に限界があるのはしょうがない」という固定概念に縛られていたのではないか。誰もが当たり前だと思っていることに疑問を投じることは難しい。しかし、これまでの常識を疑ってみることで、初めてイノベーションは生まれる。そして今、RGB印刷という新しい扉がひとつ開いた。HPは、その扉から新しい風を印刷業界に送りこんだといえよう。この世界に美しい彩を加えるその風をどう操るかは、印刷業に携わる方々の腕にかかっている。
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