2021.06.18

軟包装業界にゲームチェンジャー現る。彼らがもたらす変化は、日本市場にとって脅威か、チャンスか?

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 世界屈指の品質を誇る日本の軟包装。食品や日用品などで幅広く採用されている軟包装は、プラスチックフィルムや紙などの素材を用いて商品を美しく包装する。

 コロナ禍で厳しい情勢にある印刷業界の中で、継続的に成長しているのがその軟包装市場だ。しかし、成長しているからといって安心してばかりはいられない。世界の先進国では日本に先駆けてデジタル印刷の活用が進み、新しいビジネスモデルの展開によって業界の勢力図を変えようとする軟包装コンバーターが台頭している。独特の商習慣を持つ日本の軟包装業界は、グローバルプレイヤーという黒船の来航でどのような影響を受けるだろうか?

 軟包装市場で生き残るために今、何をすべきか――。そのヒントを探るため、株式会社日本HP デジタルプレス事業本部でラベル&パッケージセグメントマネージャーを務める大津山英郎氏へのインタビューを通して、世界および日本の軟包装の市況と間近に迫るグローバルゲームチェンジャーの影響を聞いた。

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株式会社日本HP デジタルプレス事業本部
ラベル & パッケージセグメントマネージャー
大津山英郎

HP デジタル印刷機
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HPの実績から見る軟包装市場の動向

 包装の機能とは、いうまでもなく商品を保護すると同時に、消費者への情報伝達、店頭での差別化および販売促進などの役割を担う。パッケージのインパクトや美しさ、心を動かすデザインを、商品の顔として高度に再現する印刷技術が必要だ。そんな軟包装印刷の市場では、現在、グラビア印刷での製造が主流であり、大規模な経済ロットを印刷する技術として確固たる地位を築いている。その一方で、小ロット多品種への対応は従来のグラビア印刷が苦手とするところだ。世界で数百台が稼働するHP Indigo 20000デジタル印刷機は、軟包装パッケージ向けの広幅デジタル印刷機である。導入実績は堅調で、その背景には、市場の変化に伴う小ロット多品種の需要増があると大津山氏は分析する。

 「今、軟包装市場では、世界的に小ロットの需要が高まっています。その理由はいくつかありますが、一つには、一度パッケージを大量に作ってしまうと、店頭での差別化や、見た目の陳腐化に迅速に対応できないという点があります。デジタル印刷であれば小ロット印刷が可能なので、いつでもデザインを変更でき、テストマーケティングの実施や、キャンペーンなどの限定パッケージにも対応できます。また、コロナ禍での生活様式は、流通にも大きな変化をもたらしました。世界中でステイホームが叫ばれ、ネット通販での商品流通量が著しく増加しましたが、ネットでの購買行動では短納期が求められます。消費者は、同じ類の商品を買うのであれば、数週間後に届く物よりも、より早く配送される物をカートに入れるからです。そうなれば、商品の包装資材の提供側にも迅速なデリバリーが要求されます。短納期・小ロットを実現するデジタル印刷は、こうした消費者の購買行動の変化とも相性が良いです」

 世界の軟包装市場を見ると、市場全体は年4.4%で成長する中、HP Indigoデジタル印刷機ユーザーは驚くことにその7倍もの成長率で印刷量が増えているという。それほどまでに伸びている理由はどこにあるのだろうか。

 「HP Indigoデジタル印刷の成長は、小ロット生産、短納期対応、環境へ配慮したパッケージの製造、店頭で差別化するための可変デザイン、セキュリティを担保する可変コード印字など、さまざまな面で世界の軟包装の需要にマッチしていることが考えられます。現在、軟包装用のデジタル印刷機では、HP Indigoが非常に大きなシェアを占めているため、これほどまでに大きな成長で推移しているとみています。言い換えれば、デジタル印刷そのものが、世界の軟包装市場でお客様から求められているということです。」

 HP は軟包装分野におけるデジタル印刷機のリーディングカンパニーとして、デジタル印刷を市場に広めるために、素材やアプリケーションの多様性にこだわってきた。

 「私たちは、軟包装分野でのデジタル印刷の実用化に向けて、印刷できる素材のラインアップを広げることを最も重視してきました。軟包装を求めるお客様のニーズは多様で、特定の産業に絞ると利用に制約が出てしまい、デジタル印刷の活用領域は広がっていきません。軟包装市場におけるデジタル印刷活用の裾野を広げるというのがHPの開発コンセプトなのです」

 HP Indigo 20000デジタル印刷機は2014年の販売開始以降、世界のコンバーターへの導入数を伸ばし続けてきた。2020年に後継機であるHP Indigo 25Kデジタル印刷機が出るまで製品のバージョンアップがされることがなかったのは、それほどまでに完成度の高いデジタル印刷機だからだと大津山氏は太鼓判を押す。

 「また、印刷機の生産性についても力を入れて開発に取り組んでいます。昨年発表した新製品「HP Indigo V12デジタル印刷機」は、毎分最大120mの生産性を実現する次世代機種です。2022年の販売開始を予定しており、すでに日本のお客様からも、このレベルの生産性であれば、アナログからデジタルへの切り替えを真剣に検討したいというお話しを複数いただいています」

海外から迫りくるゲームチェンジャー

 世界的に堅調な軟包装市場であるが、2016年にアメリカで登場した軟包装コンバーターePac Flexible Packaging社(以下「ePac」)は、業界に大きな衝撃を与えた。同社はグラビア印刷機を持たず、デジタル印刷機のみで軟包装の生産を行うベンチャー企業として設立され、すでに50台のHP Indigo 20000デジタル印刷機が稼働している。また、2021年までにHP Indigo 25Kデジタル印刷機を追加で26台導入することがすでに発表されており、その勢いはとどまるところを知らない。ePacは、HP Indigoデジタル印刷機の特徴を活かし、高品質の軟包装パッケージを少ロット、短納期で提供することを基盤として急成長を遂げ、北米、欧州、そしてアジアにも事業を拡大し、ネットワークを広げている。

 「ePacは、個人事業主や中小規模のブランドオーナーを主なターゲットとしており、彼らに最適化された軟包装の生産サービスを提供しています。彼らは商品の存在を世間に知らしめるため、そして販売量を増やすために高品質で魅力的なパッケージを必要としています。しかしながら、従来の軟包装の生産方式では発注量の少なさがネックとなり生産できず、個人事業主や中小規模のブランドオーナーはやむなく無地のパッケージに手作りのラベルを貼るなどして対応していました。そこにビジネスチャンスを見出したのがePacです。ePacは、HP Indigo 20000デジタル印刷機と、デジタル印刷に最適化された後加工設備を揃え、高品質・短納期・小ロット対応を強みに世界各地へ事業を広げ、今や韓国にも進出を果たしました。ここまでくると、日本でのビジネス展開が現実味を帯びてきます。日本は、軟包装に対する品質要求が高く、日本で成功すればどこでも成功する、とまで言われている市場です。ePacのサービスが日本の要求にマッチするかどうかが一つのハードルになりますが、日本市場も視野に入れているのは間違いないでしょう。また近年は、ePacのみならず、デジタル印刷のメリットを軸に、軟包装ビジネスを新たに展開する企業が増えていると感じます」

 ePacのような革新的な海外コンバーターの参入はシェアを奪われる脅威と捉える人も多いだろう。品質要求の高さは参入障壁になり得る一方で、日本の包装品質は過剰なのではと疑問視する声もある。

 「確かに、革新的な海外企業の参入により、世界基準の品質ガイドラインが日本で許容されるようになる可能性も考えられます。消費者の購買意欲や満足感を犠牲にしない範囲で調達基準が変われば、業界が活性化すると考える人もいます」

 つまり、海外企業の参入により、国内でのデジタル印刷の普及や新たな商機につながるかもしれないのだ。しかし、ePacのように世界規模で事業を展開するケースは別として、多くのコンバーターにとって、小ロット印刷だけでデジタル印刷ビジネスを成立させるのは難しいだろう。成功の鍵はどこにあるのか。

 「やはりテクノロジーによる自動化がひとつのキーになると思います。人海戦術でやってきたことを、デジタルテクノロジーで自動化をはかり、工程を最適化することは重要です。小ロットは受注点数が多いので、かける手間を最小化しないと量をこなせません。Webを使った受発注もその一つです。工場全体の効率化をはかることで、グラビア印刷機の稼働率を上げることもできる。つまり、小ロットはデジタルで対応し、大ロットはグラビア印刷に正しく振り分けることで、デジタル印刷機だけではなく、工場全体の効率化と最適化がはかれるのです」

 日本の軟包装市場でもデジタル印刷を活用して成功している企業がある。株式会社吉村は、日本茶を中心とする食料品の軟包装パッケージの生産を手掛ける会社だ。常に時代の先を読み、今から13年も前の2008年にHP Indigoデジタル印刷機を導入。版がないことを利点に、小ロットでオリジナルパッケージを作るなど新しい企画に次々とチャレンジした。それが功を奏して、今やHP Indigoデジタル印刷機のジョブ数はグラビア印刷機を上回り、コロナ禍にあってもビジネスはどんどん成長している。HP Indigoデジタル印刷機を4台保有する同社の稼働率は、なんと世界でも継続的にトップクラスを誇るという。

発注者がデジタル印刷を求める理由

 では、発注者(ブランドオーナー)は軟包装に何を求めているのだろうか。軟包装市場において、デジタル印刷の需要が年々増加している背景をさらに探ってみる。

 「ブランドオーナーが軟包装に求めるのは、商品の確実な包装という機能面はもちろんですが、売り場に溢れる商品の中から自社商品を手にとってもらい、購買意欲を喚起するデザイン性を重要視します。パッケージデザインをすぐに変更できるように、透明の袋にラベルを貼ることで対応するケースも多いのですが、軟包装にするとデザイン性に優れた見た目の良いパッケージが作れます。また、消費者へ商品を提供するリードタイムを短くする企業努力は常に続けられていますが、この点でもデジタル印刷が有効です。さらに、見た目や納期面だけではなく、環境面での配慮も重要な要素です。デジタル印刷機は必要な分だけ作れるので余剰在庫が減るのはもちろん、損紙が少ないなどそもそもの考え方がエコなんです」

デジタルパウチファクトリーの推進

 軟包装市場において、デジタル印刷は今後も成長を続けていくのだろうか。HP Indigoデジタル印刷における今後の展望を聞いた。

 「今まで軟包装は、食品でいえばお菓子のような中身の軽い固形包装がメインでしたが、今後はテクノロジーの進化とともに、鍋のつゆやカレーのレトルトパウチといった分野にまでデジタル化が進んでいくと考えられます。環境に配慮し、ラベルのないラベルレスボトルなども出ていますが、これは一つの特殊な販売方法で、ラベルのない商品を納品する際には外箱に工夫を凝らすなど、全体の流通の中でデジタル印刷を提案できる余地はまだまだあると思います。認知度の高い商品はラベルレスでも通用するかもしれませんが、そうではない商品は数多くあり、消費者が手に取る際にパッケージのビジュアルは極めて重要です。こういった商品はロットも小さいケースが多いので、よりデジタル印刷との親和性は高くなります」

 ラベルレスの根底にあるのは深刻化する環境への配慮である。環境問題への対応は、いまやあらゆる企業にとって外せない課題だ。大量生産・大量消費・大量廃棄型の経済モデルから脱却し、資源投入量や過剰在庫によるロスを減らし、付加価値の最大化を図る循環型の経済モデルへのシフトが今後一層重要になるだろう。

 「HP Indigo 20000デジタル印刷機からHP Indigo 25Kにバージョンアップする際に、弊社の開発チームが最も注力したのが廃棄・ロスの低減で、損紙の削減、不要な資材を使わないなどの配慮がされています。また、HP Indigoはクラフト紙への印刷や、三菱ケミカル株式会社との協業による生分解性プラスチックフィルムへの印刷など、環境に配慮した素材の開発にも力を入れています」

 社会からの環境配慮要請は高まる一方だが、HPのデジタル印刷技術を駆使すれば、環境保護に取り組みながら、競争力の強化を目指すことができる。デジタル印刷機を活用することで、コンバーター、ブランドオーナー、消費者、印刷機メーカーのすべてが循環型経済を成す一員となれたらこんなにいいことはない。

 デジタル印刷の普及を進めることがHPの命題だが、最後に「デジタルパウチファクトリー」というHPの構想を紹介したい。パウチは軟包装を意味し、すなわちそれは 「デジタル軟包装工場」の構想である。HP Indigoデジタル印刷機だけではなく、後加工機メーカーなどと協業し、軟包装分野でデジタルトランスフォーメーション(DX)を目指すコンバーターに対して、推奨設備と全体の最適化を実現するソリューションを提案している。目指すところは、デジタル印刷の特徴を最大限活かして、商品の市場投入までにかかる時間を大幅に短縮し、環境にも配慮した高い付加価値をもたらす軟包装の製造を実現することだ。

 デジタルパウチファクトリー構想の推奨設備をそろえて稼働しているのが、本記事で紹介したePacである。世界中で着々と実現しつつあるデジタルパウチファクトリー。その構想を実装した黒船来航は間近に迫っている。日本の軟包装業界は、デジタルシフトへ舵を切らずに傍観していて良いのだろうか――。

 社会や生活様式は一変し、先行きが不透明なトンネルの出口は未だに見えない。しかし、コロナ禍で経済が停滞していても、ビジネスを伸ばしている需要分野があることも事実だ。商品があれば包装が必要。ふと身の回りを見回せば、軟包装の何と多いことか。実際、包装の絵柄や情報には印刷技術が必要で、短納期・少量多品種といったニーズにデジタル印刷はマッチしている。ゲームチェンジャーの到来を脅威と捉えるか好機と捉えるか、それは各社の判断に委ねられるだろう。しかし、彼らが何らかの形で日本の軟包装業界に風穴を開けることは想像に難くない。自らの可能性を狭めることなく、将来のビジネスをしっかりと見据えて、新しい道を切り拓いていける日本企業が続くことを大いに期待したい。

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