2020.10.19

高品質・小ロットのデジタルオフセット印刷で同人誌印刷という特殊マーケットを大きく切り開く

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 コロナ禍によって市場規模のさらなる縮小が懸念される印刷業界だが、前年を上回る稼働率で業務を拡大し、さらなる大型の設備投資も検討している印刷会社がある。同人誌印刷所「おたクラブ」を運営する合同会社いこい(大阪市)がそれで、同人誌・同人グッズという特殊なマーケットに特化し、「同人作家」といわれるサブカルチャーの担い手の高い支持を集めている。

 印刷業を本格化して以来、RGB対応のオンデマンド印刷機やデジタルオフセット印刷機(=HP Indigoを中心とするオフセット印刷の良さをデジタル印刷機で発展させるデジタル印刷技術)などを相次いで導入。印刷そのものがネットを介したウェブ通販であるほか、直近では同社で制作した商品を販売する通販代行システムという新しいビジネスモデルも開発し、マーケットを拡大し続けている。

 そうした一連の施策は、外から見れば、デジタルシフトやデジタルトランスフォーメーション(DX)と言えるものかもしれないが、「顧客中心主義を標榜し、に対していかに適切な価格で高品質な商品・サービスを提供していくかを追求していった結果にすぎない」と2人の創業者、根田貴裕代表と緒方人志店長は説明する。

 デジタルオフセット印刷機の利用方法と共に彼らの行動力、探求心が切り開く、同人誌マーケットの可能性について話を伺った。

同人誌の漫画喫茶から印刷業に事業転換

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 合同会社いこいは2012年、大学時代のバイト先の先輩(根田氏)と後輩(緒方氏)によって設立された。現在は同人誌印刷所「おたクラブ」を運営し、同人誌の印刷、同人グッズの制作を中心に事業を行っているが、創業当初は同人誌専門の漫画喫茶としてスタートした。「他にあまりないサービスを始めようということで、社長と2人でお金を集めて、事業計画書をつくって、信用金庫にお金を借りて始めたのですが、鳴かず飛ばずで、お金も一瞬でなくなって……」

 その頃たまたま店舗に備え付けてあったコピー機の稼働率が良かったことに気が付いて、お客さまが店舗に来て漫画を印刷するのであれば、それに合わせたサービスを始めようということで、オンデマンド印刷機を導入し、印刷業として事業転換を図ったのが2015年のことだった。

 最初は店舗に来店したお客さまからデータを預かって、印刷を受注し、その場で印刷して納品するサービスを提供していたが、それではお客さまが来店するまでは“待ちの商売”になってしまい、限られた営業時間では売上げや利益に大きなバラつきが生じていた。そこで、常に受注を受けられる印刷のウェブ通販事業を始めたのが約4年前。

 そこからこのWebでの印刷サービスは順調に滑り出し、印刷機を増設したり、ノベルティグッズを製造する機械もどんどん導入し、2年前にはデジタルオフセット印刷機「HP Indigo 7900 Digital Press」を導入し、そのことが大きな転換点になったと緒方氏は振り返る(これについては後述する)。

 ここで同人誌のマーケットについて概観しておこう。コミケ(コミックマーケット)と呼ばれる同人誌の即売会があるが、このイベントがすごいのはそれを運営するイベンターに対して動くお金と同人誌を印刷する印刷会社に対して動くお金があり、それぞれ多額である点。しかも、「イベンターに対して動くお金に比べて、同人誌を印刷する印刷会社の売上金額の方がはるかに大きい印象がある」(緒方氏)と、印刷会社にとっては隠れた大きな市場になっている。

 自社の売上げと競合の数などに基づいて緒方氏は、同人誌・同人グッズの制作に対して印刷会社に入るのは大まかに150億~200億円と予想するが、そうした同人誌マーケットにあって、いこいは小ロット~中ロットの印刷サービスを提供。平均客単価は5000~6000円で年間約15万件の受注を受けている。

 そして多くのお客さまが女性客だという点も特徴的だ。業態の性質上、ECでの同人誌印刷の多くは女性が占めるという意外なマーケットとなり、さらにそれは拡大している。

 このお客さまの嗜好をデジタルで捉えることができれば、印刷物とグッズのクロスセルが効果的に行われ、1回の購買単価が上がらずとも顧客のSOW(Share Of Wallet)は明らかに拡大していくだろう。特殊性がなせるとても魅力的なマーケット開拓といえるだろう。

 この印刷サービスに大きく舵を切って以来、いこいには2つの転換点があったと緒方氏は言う。1つは、RGBでの印刷の追求だ。ご承知の通り、一般的な印刷では、CMYK(シアン・マゼンタ・イエロー・ブラック)の4色で色を表現し、RGB(レッド・グリーン・ブルー)という「光の三原色」でつくられたデータは、いったんCMYKデータに変換し、4色に分版して印刷を行う。

 デジタル技術の進展により、パソコンやスマホを使って誰でも漫画やイラストを手軽に描けるようになったが、同人誌をつくるようなクリエイターは、CMYKのようなプロフェッショナルな形式ではなく、RGBでデータを作成することが多い。そうすると、RGBからCMYKにデータを変換して印刷を行った際に、色の再現性が低くお客さまに不満を与えていくことが大きな課題となっていた。

 「当社のお客さんの多くは個人です。RGBデータとはいえ、個人の方が時間と労力をかけて自らつくった思い入れのあるデータなので、その再現性を高めていきたいと考えました」と緒方氏は顧客満足への追求は欠かさない。RGB印刷をより突き詰めれば、お客さまももっと喜んでくれるとの思いから、RGB対応のオンデマンド印刷機を導入。そこからRGB印刷に対する強いこだわりを持ち、自ら研究開発も手掛けるようになっていった。

 もう1つの転換点は、先述の通り、デジタルオフセット印刷機Indigoの導入である。 「それまでのオンデマンド印刷機は、印刷機というよりも、コピー機の延長みたいな形でパッケージ化された商品との印象が強くありました。メーカーも商品である機械を売ったらおしまいで、後はどういうふうに機械を使って商売をするかは自分たちで考えてくださいというスタンスが見受けられました。でもHPの担当者はそうではなかった」と緒方氏は言う。

 HPにはプロフェッショナルな人材が集まっていて、相談を投げ掛けると、「こういうサービスはどうですか」といったアイデアが返ってきて、一緒に会社や事業を大きくしていこうという感覚があったという。そうしたコミュニケーションを経て、1台目のIndigoが導入されたのが2年前のことだった。

最高品質の印刷物を少数ロットから提供したい

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 なぜ「HP Indigo」だったのか? そもそもデジタルオフセット印刷にはどのような特徴やメリットがあるのか? 

 デジタルオフセット印刷は、4色に分版して印刷するオフセット印刷と同等の品質を小ロットの印刷でも可能にする革新的な印刷方法だ。印刷機自体は大型となるため、全国の印刷会社の中でも導入しているところは少なく、ましてや同人誌印刷に特化した、いこいのような規模の印刷会社が導入しているケースは稀である。そこには「最高品質の印刷物を、少数ロットでお客さまに提供したい。それを実現できるのはHPの技術だ」という確信があったという。

 「印刷の速さの面では、オンデマンド印刷機を大量に使う方が速いです。ただ、できる仕事の幅は圧倒的にHP Indigoの方が広い。例えば、表面に凸凹がある用紙でも紙の質感を残しながらきれいに印刷ができるとか、あとは白のインクを印刷できるとかです。オンデマンド印刷だと、トナーを溶かす際に熱を加えると、表面がテカテカした状態になり、上質紙に黒いベタを印刷すると、焼きのりみたいになりますが、それがHP Indigoでは一切ありません」と言う緒方氏。実際のHP Indigoの特性、印刷機としてのクセは、導入後1年程度かけて、用紙やインクとの相性をいろいろ試しながら見極めていったという。

 いこいはデジタルオフセット印刷機のHP Indigoをはじめ、RGB対応のオンデマンド印刷機、モノクロオンデマンド印刷機など、最先端の印刷機を複数導入している。緒方氏はその背景を、お客さまのニーズに応えてきたというよりも、自分たちでこれがいいだろうというものを常に情報収集し、いち早く「こんなのを入れましたよ」という感じで顧客ニーズを先回りして、提案してきた部分が大きいと言う。

 「創業してから5~6年ぐらいまでは、既存の印刷機や用紙、世の中に広く流通しているものを組み合わせて商品をつくっていたのですが、そうすると、どうしても限界点が見えてくるんです。よくある用紙を使って、よくある機械で印刷してものをつくったとしても、そのあとは価格の差で勝負するしかなくなるんです。それは避けたかった」

 自分たちで印刷機と用紙を一から組み合わせて、新しい商品をつくることにこだわりを持つからこそ、常に情報収集を怠らないし、新しい印刷機を導入した際は時間をかけて勉強することが必要なのだという。

日本HPと共同でお客さま満足を高め未来を創る

 顧客中心主義と探求心はいこいの強みであり原点だ。現在の印刷品質やRGBの再現性に満足し切っているわけではない。今後はHPにもお客さまが満足する品質を提供するための技術協力は求めていく、という。

 また日本HPもそれに応えるべくスタッフを配置し、時にはイスラエルの開発部隊も巻き込んでプロジェクト化することもあるという。マーケットにいるお客さまの要望はますます高度化し、多様化していくであろうが、お客さまの満足を追求する姿勢は変わらない。

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 コロナ禍にもかかわらず、いこいの業績は好調だ。コミケのような大規模イベントが開催できないため、即売会などのイベントに依存してきた印刷会社は売上げが大幅に低下しており将来に向けた投資が厳しいどころか現在を生き延びる方法を模索している最中だが、いこいの受注案件は小ロットでオンラインチャネル中心、そして個人間で消費し合える数量が中心のため、イベントの有無で売上げが大きく変動することはないそうだ。

 ただ、コロナ禍を静観しているわけではない。同人誌の頒布の機会が減少している現状に対応し、開発した通販代行システムを最適化させたことで、顧客が通販サイト(マーケットプレース)に情報を登録すれば、いこいで印刷した同人誌や同人グッズをそのまま販売することができるようにしている。

 「コロナで売上げが落ちた。即売会がないからしょうがないと言っていても始まらない。イベントがないのであれば、売る場所をつくればいい。ということで、われわれはつくりました」と何とも心強い。

 2020年1月に2台目のIndigoが導入されたが、稼働率の向上に伴い、既に3台目の導入も検討している。そのためには、現在のオフィスでは手狭なため、移転も含め検討する必要があり、もうしばらく先の話になりそうだと緒方氏は打ち明ける。

 「オンデマンド印刷は、登場から約20年が経過し、品質の限界点に達していると思います。同時期からHP Indigoは存在していたと思いますが、デジタルオフセット印刷の品質に関しては、広く普及しているとはまだまだ言えないでしょう。サブカルの担い手の皆さんのニーズとシーズに応えながら、品質のいいものを少部数でもつくれることをしっかりと世の中に訴求していきたいと思います。そのためにも設備投資のコストを確保し、さらなるHP Indigoの導入に振り向けたいと思います」。緒方氏はこう締めくくった。


【本記事は JBpress が制作しました】