2022.08.26

goof岡本氏とHP甲斐が、30年後の印刷の未来を語る<後編>

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左から。
株式会社グーフ CEO 岡本 幸憲 氏
株式会社 日本HP 経営企画本部 部長 甲斐 博一

前編から続く)

INDEX(後編)~未来思考で歴史・テクノロジー・人の3つの視点を語る~

印刷業界の歴史を振り返り、未来を考える

―― 歴史を振り返ることは未来を考えることにつながります。印刷の歴史を振り返っていかがですか?

甲斐:「印刷は、木版印刷から始まり、中国で活版印刷が生まれましたが、活字数の多さからアジアではあまり普及しませんでした。文字数の少ないアルファベットを使う欧米の方が、活版印刷の普及は早かったのですね。15世紀にドイツのグーテンベルクが活版印刷技術を実用化し、ルターがラテン語で書かれた新約聖書をドイツ語に翻訳して印刷したことから聖書が広く普及し、宗教改革に大きな影響を与えたといわれています。つまり、聖書はゴールデンアプリケーションであり、それによって印刷技術が一般的に広まった。技術は、社会からの要請ともいえますし、それと相まって広がっていくのがポイントですね」

岡本:「特に欧米では、聖書と経済は、当時の社会に大きな影響がありました。キリスト教宣教師の布教活動と貿易など、日本もその影響を受けていますよね。つまり、経済が回る根幹に印刷があったのです。宗教など様々なコミュニティを支える情報伝達の手段として、当時印刷は非常に重要な位置づけにありました。書物を複製するための印刷が、機械的な量産体制に入ったことは、グーテンベルクの大きな功績だと思います」

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甲斐:「長い歴史を見ると、今オフセット印刷は全盛期にあり、デジタル印刷の歴史はまだ浅い。しかし、長らく続いた活版印刷が今あるかといえば、現在は嗜好性の高いものとしてごく一部が残るのみで、商業印刷としての役目は終えています。今一番使われている技術が、この先も永遠に使われ続けることはありません。100年後、200年後、オフセット印刷機やグラビア印刷機は、恐らく一旦デジタル印刷機に置き換わり、なくなっているでしょう。もしかするとその頃にはデジタル印刷機も存在しないかもしれません。『今あるものが永遠に続くことはない』という視点を持ち、どのタイミングで次の技術に置き換えられていくかを考えるのは未来思考だといえます。新しい技術も10年、20年後には古い技術になって、どんどん置き換えられていく。そのスピードは指数関数的に速まる一方です」

岡本:「生物の進化論のような話ですよね。枝葉が分かれるように木版から活版になって、銅板からグラビア印刷に、石版からオフセット印刷に枝分かれして、デジタルに分かれてきた。ここから先は多様化して面白くなっていきそうです」

甲斐:「そう思います。世の中のニーズやアプリケーションと、その技術がぴったりはまった時にそれが大きく伸びるのでしょう」

岡本:「現在はオフセット印刷機とデジタル印刷機が共存している時期で、これが今後年表の左にずれていく。有版印刷の良いところを活用した無版のデジタル印刷機は、今後まだまだ伸びるでしょう。しかし、それもやがては新しいものに置き換わっていきます。ただ、それはデジタル印刷機の存在を塗り替えるような新たな技術ではなく、デジタル印刷機の中で大きな変化が起きるのかもしれません。アナログ要素がデジタル要素に置き換わり、その上で価値変容が起きる、それもまたイノベーションです。20年後の未来を想像すると、どんなイノベーションが待ち受けているのかワクワクします」

甲斐:「印刷そのものだけではなく、実はデジタル印刷の裏側では大きな変革が起きています。オペレーションにおける自動化、省力化など、デジタルの力によって起きている変革は、今後一層発展していくことは間違いありません。また、そこから生まれるデータをどう活用していくかは新しいチャレンジであり、機会でもあります」

岡本:「物づくりを考える時、デジタルかアナログかの二項対立ではなく、何のために使い、なぜ印刷なのかを考える必要があります。ただ、それを個々の印刷会社がやっても限界があるので、産業そのものが取り組み、活性化させないといけません。業界団体が向き合うべき相手は、行政よりもマーケットです。印刷産業が、ITソフトウェア産業とクロスセッションして、社会環境を前提としたテーマで議論したり、アナログ・デジタル融合のコンソーシアムを作ったり、そういったことをどんどんやればいいんです。その中で、どのような印刷ニーズがあるのか、産業としてパーパス(存在意義)をどう持つべきかを再定義できれば、印刷会社が進む道の先を照らす灯りになるかもしれません。印刷量の成長が見込めないのであれば、どう利益を伸ばすか、つまり議論は質になっていく。そこには、デジタル印刷が得意とする付加価値が多くあります。もはや『生産量=利益』ではなく、『付加価値=利益』です」

人的資本経営と動的な組織編成

―― 企業の競争力を高めるために、いま人材育成が注目されています。働く環境が激しく変動する中、企業は時代の流れに合わせてどのように対応していくべきでしょうか。

岡本:「私は1985年から1991年まで、シリコンバレーでIT業界にいた経験があるのですが、会社が赤字で潰れるというのはよくある話でした。それでも、何らかのアクションを起こしたこと、新しい発見があったこと、意見を出して議論が進んだことなどが評価される世界でした。投資運用としては失敗だったとしても、人として成長できたという面でプラスに評価され、R&Dで再就職したり、1~2年後にもう一度起業したりという機会が多々あります。日本は失敗してはいけないという雰囲気があるので、なかなか人が育たず、イノベーションが起こりにくいですよね」

甲斐:「失敗はつきものですから、それを許容できる企業文化や社会構造が必要だと思います。仮に失敗が許容されない環境にいるのであれば、そこから飛び出すか、自分で変化を起こすしかありません。もし、そこに居続けるなら、何でも経営者のせいにするのではなく、自分で変えていく意志と行動力も大切です。経営者が優秀であれば必ず気づいて変えます。そうでないと企業は持続できませんから」

岡本:「その通りだと思います。経営者だけではなく、社員にもその価値観を持って欲しいですね」

甲斐:「印刷業界にも当てはまりますが、IT業界でも日本企業は、例えばアプリケーション開発など完璧になるまでリリースしないことが多いです。欧米の企業は、ある程度できれば、あとは業務に合わせてユーザーに使ってもらいながら正解に近づけていこうと考えるので、そのスピード感には歴然の差があります。それは日本の情報システムが遅れを取った理由のひとつだと感じます」

岡本:「印刷業界もアジャイルを実践できていません。長い時間をかけている間にユーザーの要望は変わります。変化が激しい中、印刷業界だけ5年も6年も変わらないという前提でITを導入しているのはおかしな話です」

甲斐:「これまでは、企業の中で人材は『人的資源』でありコストだと捉えられていました。一方、人材を『人的資本』として捉え、その価値を最大限に引き出して中長期的な企業価値向上につなげるのが、人的資本経営の考え方です。オペレーションのために消費されるコストが『資源』であるのに対して、『資本』は投資であると考えるのがその大きな違いです。つまり、『人的資源』では、支出を抑えることや、コストを有効活用することに主眼が置かれがちですが、『人的資本』では、人は成長し、価値を生み出す投資だと捉えるのです。今は国全体が人的資本経営という考えのもと再起動がかかろうとしていますから、人材の再育成など敏感な経営者は既にそれを実践しています」

岡本:「そういう方向性に乗り遅れないことは大事ですよね」

甲斐:「人材に関しては、内外ともに流動性を高めて、動的な組織を結成します。様々なスキルを持った人を集めることが必要になりますが、変化に合わせて動的な人材ポートフォリオを組むので、正社員である必要はありません。さらに重要なのは、多様な人材を雇用した時に、しっかりとインクルージョンできるかどうかです。最近では『ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)』という言葉もよく耳にするようになりましたが、スキルや能力を求められて転職しても、1年もたたずに辞めてしまうケースも多い。それは、受け入れる組織側にインクルージョンする力がないことが主たる理由です。D&Iは、何も障害者雇用やジェンダーの話だけではありません。多様な人材を統合できるかどうかは、これからどんな組織にとっても重要になります。

また、社員側も、『リスキリング』が必要です。これまで培ったスキルとは別のスキルを身に付けるいわゆる『学びなおし』ですが、少なくとも、今の40~50代はリスキリングをしなければ、動的人材配置の中に組み込まれていかないでしょう

岡本:「セルフブランディングを見直すということですね。日本は、デジタルシフトでは10年遅れているといいますが、その差は年々開く一方です。コロナ禍ではその差を縮めるチャンスがあったのに、それもできていない。でも、まだチャンスはあります。この1~2年が肝心だと思います。新しい行動様式がデジタルを推し進め、マーケットが形成される。あと10年、20年たてばお金の流れも変わってしまいます。それを前提に日本の教育も変えていかないと、世界で使えない人材が増えてしまいます。質の高いものをミスなく作ることだけに依存していては、イノベーションは生まれません」

甲斐:「デジタルは、仕事をしていく上で絶対的に必要なスキルであり、これは印刷業界に限った話ではありません。その中でどのようなスキルをつけていくのかを考えましょう。

例えば、オフセット印刷機のオペレーターは、色の表現や品質に徹底的にこだわって印刷製造してきました。その技術継承が難しい、スキルが使えなくなるという話をよく聞きますが、デジタル技術をもとに『その色をどう出すか』にこだわり続けることは、デジタル印刷の世界でも必要な魂であり、パッションだと思うのです。ただ使うスキルは少し異なるでしょうから、これも立派な学びなおしです。

デジタル印刷機は誰にでも使えるという考えは違うと思います。こだわりをもって色彩の豊かさを表現する世界は残りますし、そこにはニーズがある。職人さんの技は、新しい技術と再融合させて生き返らせるべきですし、それは、日本が世界に誇れるものになり得るでしょう。職人さんは内に秘めたパッションがある。そういう人たちのそういった魂こそ、デジタルの世界を発展させるのに重要だと思います。日本が誇る物づくりの職人技やこだわりを、ぜひデジタルの世界でも実現させてほしいと思います」

岡本:「例えば、HP Indigoデジタル印刷機に搭載する蛍光ピンクは日本のコミックスの要望から生まれた日本発のインキですよね。日本にはイノベーションの源泉になることがたくさんあるので、もっと日本発で行動するべきです。そのためにも、若い世代の人たちには、もっと好奇心を高めて欲しい。知ることで損をすることはありません。知識を持つこと、引き出しを多く持つことは、あらゆるプロセスにおいて可能性や成功確率を高めます

海外と比較すると、日本人はおしなべて基礎力が高く、応用力にも優れています。ミスなく機械を使えて、応用できる力があれば、デジタル印刷機の活用においても日本がトップを走っていてもおかしくありません。何か1つの分野で、印刷によって市場を動かすことだってできる。しかし、オフセット印刷機やグラビア印刷機が担う一部の印刷業務を単にデジタル印刷機で置き換えるだけではそれは実現しません。デジタル印刷機を使う目的や、KPI(重要業績評価指標)をしっかりと設定し、どの仕事をやることで何に貢献できるのか、社員をどう評価するのかまでをきちんと伝えていくことが重要です」

これからの印刷業界

―― この業界の先に明るい未来があるとしたら、どんな条件が必須になると考えますか?30年後、50年後の未来を想定してお答えください。

岡本:「50年先のことはわかりませんが、ひとつ思うのは、印刷業界がサステナブルな社会の発展にどう貢献できるのかという議論は、極めて大切だということです。今まさに私たちが直面している気候変動は思っている以上に深刻な問題です。実際、人間が生存する環境に影響が出始めているのも事実です。

考えてみてください。人間は、物理的に移動・活動し、物の所有価値を感じるからこそ、初めて印刷のニーズが存続するのです。もしも気温上昇が進み、人間が外を歩けないような未来がこの先に待っていたら、テクノロジーに頼り、全ての食事や物品はロボットが配達するようになるかもしれません。SFの世界の話だけではなく、現実の社会環境が崩壊するかもしれないのです。そうなれば、印刷技術など無用の長物です。屋外広告や駅貼り広告は必要なくなります。真空パックと無垢のダンボールで食料が配達されるようになれば、ラベルだって必要ありません。印刷物が存在する場がなくなってしまうのです。印刷業界が主導権を握って、しっかり環境問題と向き合うということは、実はデジタル化や印刷について語る以上に大切なことなのです」

甲斐:「産業革命以降、平均気温が1.2度上がっており、この先50年で1.5度上昇すれば、本当に外で人間らしい生活ができなくなるかもしれません。ここ数年、自然災害の頻度や規模も増す状況は日本も含めて世界中の人が体感している事実だと思います」

岡本:「そうなれば、人々は、より一層デジタルな環境で要求を満たすようになるでしょう。印刷は、人の生活を豊かにする根源です。どこかへ出かけ、買い物をしたり、学んだり、何らかの体験をする、そんな日常の活動に貢献できるのが印刷です。だからこそ存続してほしい。サステナビリティがこの業界に重要だと思うのは、環境問題に伴う大きな生活様式の変化が、印刷のニーズや存在価値をなくしてしまうからでもあります。印刷が求められなくなる世界にしないためにも、環境課題には業界が一丸となって取り組まなければなりません」

甲斐:「30年先の未来を予測することは難しいですが、リスクを想定することはできます。印刷業界の未来を考えた時、『脱炭素』と『成長』と『人』が重要なキーワードになると考えています。まず、脱炭素を実現するためには、生活を豊かにするものだけを印刷するべきだと思うのです。経営者をはじめ、私たちは常にそういった視点で問いただしながらビジネスをしなければなりません。では、ますます印刷量が減るだけかというと、付加価値のついたものは今よりもさらに評価され、価格も高くなるはずです。かつ適切な場所、適切な量で印刷するというのは今後の絶対条件になるでしょう。そして、それらを基本行動として、新しい「成長」をもたらすビジネスモデルを創り出すことも必須です。その時に成長の要素となるのは印刷物だけではなく、しっかりとお客様に向き合ったサービスだと確信しています。

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さらに、印刷業が製造業だとするならば、今後は食品等と同じように、誰がどのように印刷し、加工したか、という情報をきちんと表示するトレーサビリティも重要になるでしょう。SDGsの『つくる責任 つかう責任』でも明言されていますが、トレーサビリティはカーボンフットプリントを明確にするという環境対策につながります。これは、そう遠くはない未来に起こるべき変化だと考えます。将来的には、のぼり一つにもQRコードが印刷され、その印刷物がどこでどのように生産されたのかをトラッキングする時代になるかもしれません。

脱炭素という課題に対峙するためには、テクノロジーのイノベーションが鍵になるでしょう。イノベーションなくして成長はもたらせませんし、イノベーションを起こすためには人的資本が重要です。『脱炭素』と『成長』と『人』はこのように互いに関連し合い、このキーワードから必要なものを考えていけば、それがおのずと印刷の付加価値となり、持続可能な市場をつくることにつながっていくのだと思います」

私たちは今、デジタル化によって社会が大きく変わりゆく岐路にたっている。問題を先送りにしたり、誰かが何とかしてくれるのを待っているだけでは、何も変わらないどころか、潮流に乗り遅れて沈んでしまうかもしれない。本対談で語られた未来思考では、現在を起点として未来を予測するのではなく、まずは未来がどうあるべきか、どうしたいかという大きな目的地を描き、そこに到達するために何をするべきかを考えていく。絶対に譲れないものは何か、自社の強みはどこにあるのか、どこで付加価値をつけることができるのかを見つけ、基軸をしっかりと持って進むのである。挑戦の歩みを止めなければ、きっと望むべき未来を創造できる。既存のものとの新しい組み合わせがイノベーションであるならば、イノベーターは天才である必要はない。必要なのは、好奇心と信念、そして、それを貫くパッションだ。そうなれば、次の時代を切り拓くイノベーションを起こすのは、あなたかもしれない。

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