【藪上 憲二 編】第8回:日本の自治体インフラはパブリッククラウド一辺倒で大丈夫!?本当に費用対効果の比較をしているのか!?
元自治体キーマンが描く、ICT活用の過去・現在・未来シリーズ
2026-08-13
日本のICT活用の進化を決定づけるのは地方自治体だ。国家レベルの施策を実際に運用し、国民へのサービスとして昇華させるのは各自治体の役目でもある。そんな自治体において、ICT活用の進化が著しいケースがいくつかある。そしてその共通項として必ず浮上するのが、特筆すべき人材、いわゆる「キーマン」の存在だ。ここでは各自治体においてキーマンとして活躍し、大事業を達成させてきた人物にそれぞれが思い描くICT活用について語ってもらっている。彼らの考えや軌跡をみることによって、同じ自治体はもちろん、企業、組織にも大きなヒントが得られるはずなので、ぜひ熟読していただきたい。
取材:中山 一弘
一般社団法人 日本管理者支援機構
代表理事
- 1979年生まれ、大学卒業後、準大手建設会社入社後、姫路市非常勤職員、気象庁職員、IT企業役員を経て2005年姫路市入職。4年間生活保護ケースワーカとして勤務後、IT部門のシステム管理課(現:デジタル戦略室)へ異動。端末、ネットワーク、セキュリティそれぞれの調達・運用の他、情報系仮想基盤やネットワーク分離の調達・運用も主担当として9年間携わる。その後、教育委員会事務局のIT部門である教育研修課へ異動し、教育委員会におけるGIGAスクール構想に関することを含むIT整備全般を主担当として4年間携わった後退職。(一社)日本管理者支援機構を設立し、自治体や教育委員会の支援に奔走中。保有資格に高度情報技術者(ST、SM、PM、SA、NW、SC)など。
予期しないコスト増加と自治体のITインフラ
学校のクラウド化や先生方のネットワーク環境のゼロトラスト化などについて、これまでもお話いただいてきましたが、自治体全体のネットワークインフラに関しては現在どのような環境にあるのでしょう?
私がいろいろな自治体の情シス担当者とお話ししていると、皆が同じことをいう問題があります。それは、「デジタル庁が各自治体を共通化したら、コストも安くなっていくという話だったのに、逆に高くなった」というものです。しかもちょっと高くなったとかいうレベルではなくて、倍以上になったという話があるほどです。
補助金が出ている間はいいけれども、それがなくなったらどうしようという問題を、どの自治体も抱えているということになります。さらに今後安くなる見込みがあるかといえば、昨今の物価高騰の流れもあるので、まずそれは見込めないと思います。そうなってくると、フルクラウド化が本当にいいことなのかどうか、という問題になってくるわけです。
私はガバメントクラウドの発想自体は、素晴らしいものだと思っています。ただ、いつもといえばそうなのですが、国の施策が途中段階で自治体へ委ねられるケースも多く、「後は自治体で責任を持ってやってください」というようなことになりがちです。このため、完全な標準化まで進まないということがあります。
お隣の韓国などでは、自治体のシステムが本当に共通化されているので、各自治体で差がありません。それは無駄なコストをかけずに実現できていますし、変なカスタマイズが入る余地がないので、スムーズに使えるものになっています。
日本の場合は共通化とはいいますが、結局のところ単にAWSを使っているだけということもあって、各自治体で違うシステムのままになっているので本当に標準化されているとはいえません。これがコスト高の要因にもなっています。
これまで各自治体で使っていたシステムは、いずれも大手ベンダーさんが作ったものなので、それ自体に問題があるわけではありません。それをどう標準化していくのかについて、国がもっとリーダーシップを持って進めていけばよかったのですが、「ここまでは共通化してここから先は諦める」などという形をはっきり示すことがなかったので、中途半端で自治体側もどうにもできなかったというところがあります。
これによって、そこに費用をかけるのだったらオンプレミスで残しておいた方が、よりコストが安く済んだのではないか、というような状況になってしまっています。
結局、自治体のネットワークはいまも分離されたままで、今後はβ‘モデルなどの計画はあるでしょうが、マイナンバー系がそうなっていくのかと言われればそれはないでしょう。そう考えていくと、すべてをクラウド化するメリットというのは、それほどないという考え方もあるのです。
教育委員会の場合は、インターネットに接続するという前提でいまのシステムを構築していますが、これはどちらかというと個別のサーバーを立てるのではなく、ネット上のサービスを利用するということになっています。これが首長や本庁側の考え方としては、仮想マシンが立っていてそれを利用するという違う考え方になっています。その意味で、同じクラウドという言葉でも、意味合いが異なるのが実情だと思います。教育委員会のクラウドはSaaS寄りで、本庁側はIaaSあるいはPaaS寄りといえるでしょう。
実情としてこれだけ違うので、これを一緒くたにすることが、おかしなことになってくる原因でもあると思います。
個別システムをクラウドで使うことは正しいのか
そうなってくると、同じ自治体のなかでもクラウド活用に関する意識が異なってくるということになるわけですね。
例えば行政でもオフィスデータを使って外部とやり取りすることは日常的にありますので、Microsoft 365 などのサービスをクラウドで使うということはあると思います。ただ、個別システムをクラウドで使うのが必須なのかといえば、それは単純にはそうだと言えないのではないかと私は考えています。
日本では災害も多いので、BCP対策でバックアップデータをクラウド上に持っていたいというニーズはわかります。ただ、それはあくまでもバックアップであって、常にクラウド上で運用する必要があるということではないと思います。
通常、本体はオンプレミスで置いておいて、クラウドにはバックアップデータを置くという方が安全かもしれません。そもそもそうすれば閉域環境なので、そこはゼロトラストではありません。ゼロトラストが必要になってくるのは、LGWAN系やインターネット接続系などであって、そういったところでは切り分けが大切になると思います。
ビジネスの現場では、特に生成AI活用などに関してオンプレミスへの回帰も起きています。自社データを外部に出せないことが大きな理由ですが、自治体でも同じような流れがあるということでしょうか。
実際にセキュリティポリシーとして、特にマイナンバー系では機微情報が含まれるため、クラウドに出すことの是非がかねてから議論されてきました。もちろん、生成AIに関しても内部の情報が漏れる可能性があるため、オンプレミスでAIサーバーを立てた方がよいのではないかという声も多くあります。この流れの源流を考えると、欧米でもオンプレミスへの回帰という動きはだいぶ前から始まっていたと思います。
大きな課題はクラウド活用にかかるコストだと思います。クラウド関係のコストが高止まりしているため、自治体の使い方ではそれだけのメリットがあるのかという話にもつながってきます。
自治体の場合、民間とは違ってクラウド化した後から急激にアクセスが増えるようなサービスを展開することはありません。結局のところ、確保したものを一定期間使い続けるということなので、課金し続ける意味があるかという問題にもなってきます。
また自治体ならではの問題として、クラウドサービスの場合は従量課金制で料金が変わるし、為替相場によっても料金が変動することがあることがやっかいです。予算がきっちり決まっている自治体の場合、そういうところは対応しにくいということもあります。またクラウドサービスは自治体がコントロールすることができないので、もしサービスが止まった場合も自治体がどうにかすることはできません。このあたりも難しいところです。
だからといってオンプレミスを復活させる場合も限定的な部分に絞るべきで、よく考えてから実行する必要があります。私の考え方としては、個人情報が含まれるような本番データは、基本的にオンプレミスでいいと思っています。一般的な業務情報はクラウドに上げてもいいと思いますが、そういう前提に立ってバックアップデータをクラウドに上げるという使い方をする、いわゆるハイブリッドな使い方がいいのではないかと思います。
またクラウドサービスといっても、閉域で使うものもあれば、パブリッククラウドというものもあるので、状況に応じて使い分けるルール作りも必要です。実際にデータ連携を考えると、ある程度はクラウドに出さなければいけないものもあります。例えばWebからの申請データをどう扱うか、などの課題も同時に解決しておく必要があります。法律との兼ね合いもあるため、その点も整理していく必要があります。
足りないノウハウは外部を頼ることも大切
オンプレミスへの回帰というと、その手間やコストが問題になることがありますが、それは実際にはクラウドでも同じです。クラウドサービスにしても、本当は誰かが保守管理していて、それも含めたサービス料金を支払っているわけです。
オンプレミスで調達するときに、それを構築した事業者さんのその運用保守まで含めた契約や、保守のための人員配置をお願いして予算措置をすればよいのです。そこまで自治体の職員でやろうとするから、「かえって手間やコストが増えた」などという問題になってしまうのです。
もしオンプレミスサーバーを再構築しようとしても、昔のように大量のサーバーが必要になることは現在ではありません。規模に合わせた仮想基盤があればできてしまうような時代になってきているので、以前とはコスト感もかなり違ってきていると思います。既存のオンプレミス環境があるのであれば、残せるものは残して活用した方が絶対にコストも安くなると思います。
ただ、自治体では部署間による管理の問題でそもそもクラウドへ移行できないサーバーも存在します。最近そうした視点から出てきているのが、各部署からの予算請求の前に一覧を上げさせて、どういうシステムの調達を予定しているのかを一元的に把握するケースも増えてきました。その調達に対して専門部署や、場合によってはITコンサルを付けて、オンプレミスにするのかクラウドにするのかなどをまとめてアドバイス・判断するのです。
前にもお話ししましたが、国のポリシーとしてα‘モデルであればISMAPを取得していなければならないなどということがありますが、それがクラウド選びを難しくすることもあります。
これを取得しているかどうかで、コスト感が変わってくるところもあるので、どのクラウドをどう使っていくのか見極めていくことがより大切になってくるのです。外部団体もうまく使いながら、なるべく予算をかけずに効率化するためには、クラウドとオンプレミスのバランスを取っていくことが必要になってくるでしょう。「いいところ取り」をしながらベストミックスさせていくことが、今後一層重要になると思います。
本日はありがとうございました。
- 第1回:自治体ICTを動かすキーマンの原点
- 第2回:ICTのための予算獲得には「理屈」が必要な訳とは?
- 第3回:IT部門は“何でも屋“?自治体におけるIT部門の位置付けを考える
- 第4回:他力本願も大いにあり!自治体のIT人材育成を考える
- 第5回:なぜ自治体にはIT部門がいくつもあるのか?部門の「壁」の実態を探る
- 第6回:マイナンバーの導入と共にあったネットワーク分離とその功罪
- 第7回:コロナ禍を通じて一気に進んだ「GIGAスクール構想」と教育ITインフラの大幅な進化、そしてゼロトラストネットワークへ
- 第8回:日本の自治体インフラはパブリッククラウド一辺倒で大丈夫!?本当に費用対効果の比較をしているのか!?
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