【中窪 悟 編】第9回:ブロードリスニングが導くデジタル民主主義の未来
元自治体キーマンが描く、ICT活用の過去・現在・未来シリーズ
2026-10-20
日本のICT活用の進化を決定づけるのは地方自治体だ。国家レベルの施策を実際に運用し、国民へのサービスとして昇華させるのは各自治体の役目でもある。そんな自治体において、ICT活用の進化が著しいケースがいくつかある。そしてその共通項として必ず浮上するのが、特筆すべき人材、いわゆる「キーマン」の存在だ。ここでは各自治体においてキーマンとして活躍し、大事業を達成させてきた人物にそれぞれが思い描くICT活用について語ってもらっている。彼らの考えや軌跡をみることによって、同じ自治体はもちろん、企業、組織にも大きなヒントが得られるはずなので、ぜひ熟読していただきたい。
取材:中山 一弘
中窪商店(ITコンサル) 店主
一般社団法人コード・フォー・ジャパン Govtech チーム
総務省 地域情報化アドバイザー
総務省 地方公共団体の経営・財務マネジメント強化事業アドバイザー
- 自治体職員として30年間勤務。うち15年をいわゆる情シス担当として自治体の情報通信インフラからネットワーク及びシステム全般の構築・運用に従事する。
Googleのソリューションを全面的に導入し、自治体で初めてフルクラウドによるゼロトラストな環境を構築。2025年4月より現職。
デジタル民主主義とは
「デジタル民主主義」という言葉は、聞き慣れない方もいらっしゃると思います。中窪さんご自身は、「デジタル民主主義」はどのように定義されているのでしょうか。
基本的にはこれまでと同様に、みんなの意見や声といったものを、デジタルを活用していかに拾い上げていくかということだと思います。「声なき声」という言い方がありますが、従来はいわゆる“声の大きな人”や“権力のある人”の意見が通りやすかったりすることもあったと思います。
しかし、インターネットの普及によって、デジタル環境でマイノリティの意見や多様な意見を拾い上げていくことが可能になり、それによって包摂社会を実現していくのが「デジタル民主主義」だと思っています。
これまでの回では、インターネットの恩恵をみんなが安全に享受できるようにするための仕組みづくりについてお話ししてきましたが、それが実際に手に届くようになってくると、人や組織に関連する様々な課題も浮き彫りになってきていると思います。それらを解決していくことで、社会がどのような影響を受けるのかは完全には見通せないので、私自身も見守っていきたい気持ちもあります。
例えば特に地方に関しては、人口もどんどん減少しており、都市部への人口集中は続いています。国全体として、そうした人口減少地域の意見をどのように集約していくのかは難しいところです。そうした課題に対するひとつの回答として、デジタルツールによって意見を拾い上げるといったインフラを構築、整備することも有効な手段だと感じています。
一方で、SNSをはじめとしたデジタル上の意見には他者をおとしめるような表現も多いですよね。例えば選挙戦の最中などでは、過剰な表現が多くなり問題視する声もあるようです。
確かに選挙というのは、こういった影響が見えやすいところなのかもしれません。しかし、行政の側が地域の方々に広く意見を求めるときには、デジタルツールは非常に重要になってくると思います。ただし、現状では意見を求める側も声を出したい側も、単純に慣れていないためにうまくコミュニケーションが取れていない傾向も見受けられます。
そうした問題をひとつずつ解決していくことで、例えば選挙権がないため、これまで意見を表明する機会が限られていた未成年者の意見を取り入れることや、知ることも可能になってくると考えます。
意見の拾い方にもさまざまなやり方があり、SNSから集めるのかどうかなども個別に検討すべき問題です。ただ、その場合でも行政の側からまず発信するツールというのは大切です。
その土地で暮らす人々が、どういった立ち位置で情報を発信するのか、その理由はさまざまでしょうが、現時点ではその発信ツールの使い方が上手いかどうかで色が分かれてしまっている気がします。
そうはいっても、いま学校で学ぶ子どもたちは、GIGAスクールでそういったことにも慣れてきています。その子どもたちが意見を発信するようになることが、デジタルツールの使い方の練習にもなるでしょうし、社会との関わりを得ることにもなると思います。
ブロードリスニングの手法による意見の可視化・集約化
GIGAスクールでデジタルツールに慣れ親しんだ子どもたちは、我々の世代とは違って新しい使い方を苦もなくどんどん見つけていくかもしれませんね。そうした時代に備えて行政側で必要になる取り組みはあるのでしょうか。
やはり意見を集約していくために、行政などでも効率的なツールを扱えるようにしておく必要があると思います。
その手法として「ブロードリスニング」というものがあると思いますが、これは多くの人による膨大な発信内容を、AIなどを使って収集・集約して可視化したりしていくものです。
しかしこれは役所のなかで待っていて使うだけのものではなく、アナログ的かもしれませんが職員が地域にどんどん出て行って、色々な人に会って話を聞くというやりかたも、その意味ではブロードリスニングといえると思います。「多くの人の意見を聞く」ということの必要性は、今後ますます重要になってくるでしょう。
先ほど話題になった選挙では、従来「選挙公報」のような形で配布されることが多かったと思います。それとデジタルツールをうまく掛け合わせる仕組みが作れれば面白いとも考えています。例えば選挙公報に記載された立候補者の公約に対してどう思うのかとか、どう評価するのかなどを住民の側から意見を出すようなことも可能になってくると思います。
テレビ報道や新聞などのメディアとは別に、自分の意見が他の人にどう評価されるのかなども知ることができるはずです。偏った意見だけ聞くのではなく、多様な意見を可視化していくことで気づきもあるかもしれません。熟考したりディスカッションしたりするきっかけになるかもしれないので、そうした意味でも活用できるものだと思います。
地方議会では議員のなり手不足も問題になっていて、無投票当選が続くといったことが問題になることもあります。選挙は自治の根幹にあるので、地方分権の話でもありましたがどう解決していくのかにもデジタルツールは役立つものになるはずです。
そのような課題解決や住民への提案などは、自治体主導でやっていくことになるのでしょうか。
自治体が場づくりやきっかけづくりをすることはできると思うのですが、なかなか難しいとは思います。
単に建物としての場を作れば済むということではなく、コミュニティデザインのようなものが求められてくるはずです。そこをしっかりできるかどうかですが、どの自治体でもできるかというとそうとは限りません。
そういった文脈でいうと、選挙は実際に投票するという当事者意識があるので、活発にコミュニケーションが生まれやすいのかもしれません。選挙以外の自治体の問題に関しても、同じようにいかに当事者意識を持ってもらえるか、といったところが肝になってくるのだと思います。
現実問題として、いま地方では市民生活に必要な色々なサービスがなくなってきています。例えば街からクリーニング店がなくなってしまったり、商店がなくなってしまったりといったこともよくある話です。自分の生活に密着していたものがなくなるということは、当然ですが当事者意識を持って考える問題になるということです。その問題を放置してしまうと、結局はそのサービスを求めて住民が外へ出て行ってしまうことにもなりかねません。
その問題を放置せず、投げかけるためのきっかけとしても、ブロードリスニングのようなことが必要になってくるということです。
意見を拾い上げるためのツール
デジタルツールの場合には、世代によって受け止め方も変わってくるような気もします。「デジタル民主主義」や「ブロードリスニング」は各世代にとってどのように見えているのでしょうか。
世代によっても感じ方は異なると思いますが、「デジタル民主主義」といってしまうと硬い高尚な思想の話のように聞こえるかもしれません。しかし、「スマホを使って様々な人の話を聞きます」ということであればまた違ってくると思います。
SNSに限らず、ネット上には非常に多くの情報があるので、例えば地域向けの掲示板サービスなどが残っているところもあります。それこそ小中学校などでよくある「おやじの会」やPTAなどで話題になっていた課題などを、すぐアップしてみんなで解決していけるような仕組みも考えられると思います。
いまはよくあるのですが、行政だけでは手が回らないところで、例えば「道路に穴が空いていたら写真を送ってください」ということにして、問題箇所を共有できるようにしたような事例もあります。
いずれにせよ、コミュニティのなかで問題が可視化されてきたときに、その声を拾い上げることが大切です。そこにデジタルツールが入ることで、その声を届けやすくなるのではないでしょうか。
まだまだ始まったばかりだし、認知度も低いと思うのですが、これからは地域の小さな声を拾い上げるツールの役割は大きくなっていくはずです。
そこで拾った情報の真偽の確かめ方や、その意見が住民のものであることをどう確認するのか、などの問題は当然指摘されていますが、これからのサービスなので解決されていくはずです。
おそらく今後の自治を支えていくうえでの、インフラとしての確立が必要になってくるのだと思います。
「ブロードリスニング」に関して、具体的なツールなどの事例はあるのでしょうか。
正確に言うと「ブロードリスニング」ではないかもしれませんが、「Code for Japan」という組織の取り組み事例で、「Decidim(デシディム)」という様々な意見を上げていくためのプラットフォームがあります。
いまこの「Decidim」を使って、福島県の西会津町では学校教育のなかで活用していたりします。他にも東京都品川区や兵庫県加古川市など、30以上の自治体・企業・団体などで様々な用途で活用されているものです。
参考:西会津町デシディム
西会津町では町民が参加できる合意形成のプラットフォームとして使っているのですが、寄せられた意見に対してオンラインで議論していくことができます。参加者は登録時に非公開情報として氏名やメールアドレス等を登録しますが、公開はされないようになっています。投稿はニックネームで行いますが、これによって自由にアイデアを出し合ったり議論したりすることができます。
「Decidim」に限らず様々なツールがあるので、意見集約の場なども作りやすくなってきていると思います。教育の分野で意見集約などをしているので、子どもたちが自由に自分の意見を言う練習にもなっていると思います。どのような環境にある住民の方でも、自治に参加しやすくなるためのツールとして、今後活用されていくとよいと考えています。
すでに事例があるのは心強いですね。確かにこれまでよりも多様な意見を見ながら自治体の運用ができれば、よりよい地域づくりに役立てられそうな気がします。良くも悪くも、SNSなどでは、これまで声を出せなかった人たちも意見が言いやすいように思えます。こうした仕組みが暮らしをよくするために使われる時代が来ると良いですね。本日はありがとうございました。
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