第7回:AI時代に再定義する「同期」と「非同期」の作法

山田祥平の戦うスマートライフ

2026-09-16

Illustration: Generated by Gemini / Created by Syohei Yamada
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テクノロジーの進化史は、コミュニケーションの「同期(リアルタイム)」と「非同期(タイムラグ)」の葛藤の歴史でもある。パソコン通信まっさかりの1980年代後半には、BBS(非同期)とリアルタイムチャット(同期)双方の熱狂を体験した。そして今、SlackやTeams、LINEの普及により、非同期であるはずのテキストコミュニケーションが、事実上の『即レス(即時同期)』を求められるストレスを生んでいる。既読スルーは御法度だ。

解決策は「デジタルをやめること」ではなく、現代のAIエージェントをコミュニケーションのバッファ(緩衝材)として挟み込むことだ。夜間に思いついたアイデアをAIに渡して整理させておき、タイムシフトさせて翌朝チームへ共有するなど、人間同士は緩やかな「非同期」で繋がりつつ、間をAIが「同期」して埋めるという、新しいスマートな距離感と実用アプローチを考えてみた。

フリーランスライター:山田 祥平

ビジネスの現場では、すでに電子メールがある程度定着していた。そこから一般に電子メールが浸透していった大きな転換点が、ガラケー時代の携帯電話ではないだろうか。1999年以降、iモードやEZwebなどによって、携帯電話からインターネットメールを送受信できるようになった。電話機単体とインターネットの世界でシームレスにメールが通じるようになった転換点だ。世界的に見て突出して進んでいて、完全に世界の先頭を独走していた。端末単体でインターネット標準のEメールプロトコルと日常的・シームレスに送受信できる環境は世界的に見ても先行していた。

だが、その前史として、1985年の電電公社民営化と電気通信事業法の施行による、いわゆる通信自由化により、一般の事業者が第三者間のコミュニケーションを媒介することができるようになり、通信事業者各社がパソコン通信サービスをスタートさせ、そこで電子メール機能が提供されるようになったという経緯を忘れるわけにはいかない。

当初の電子メールはサービスごとに独立していて、相互に接続されていなかった。したがって、複数の異なるサービスを使っている場合は、サービスごとにメールボックスを参照する必要があった。今では考えられないことだが、名刺に多くのメールアドレスを羅列するのが当たり前のように行われていた。また、まだまだ個人の趣味の域を出ず、起床したらとりあえず、加入している全サービスにログインして新着メールを確認するのが日課だった。

送信したメールはエラーが戻らない限り、相手のメールボックスに到着したことまではわかる。だが、実際に開封して読んだかどうかは、相手から返信でも届かない限りわからない。この構造は当時から40年以上がたった今も変わらない。

メールを送ったから読んでほしいと電話するようなことが普通に行われていた。人によっては週に一度くらいしかメールを確認しないのだから、送ったことを電話で知らせるしかなかったのだ。その暗黙のルールは、書く側も読む側も自分の都合でかまわないというメリットを生み出した。夜中に書いたメールを即時送信しても相手の睡眠を邪魔するわけではない。忙しいときに割り込む/割り込まれる懸念もない。メールは数秒で相手のメールボックスに届くが、それをいつ読むかは相手次第だ。それが非同期のコミュニケーションだ。

つまり、書く側と読む側に異なる時間軸がある。瞬時に届くとはいえ紙にしたためられた書簡のやりとりと同じだ。

ところが携帯電話のようにネットワークに常時接続されたデバイスでメールを読み書きするようになると、メールの世界は同期のコミュニケーションに片足を突っ込んだ。なにしろメールを送信すると、そのメールが相手のメールボックスに届いた瞬間、デバイスに配信され、端末は着信のサウンドを鳴らす。その音に気づいたユーザーはいやおうなく内容をチェックすることになる。メールなのだからすぐに読まずに放置して、時間の余裕があるときにまとめて返信などの処理をすればいいのに、届いたらすぐに読むことが求められるような気がしていた。その頃から、コンピューターを使ったコミュニケーションにも同期の概念が色濃くなりはじめた。

音声通話のような同期のコミュニケーションは相手が忙しかろうが、手が離せなかろうが、容赦なく、相手のリズムに割り込んできて、一定時間の束縛を要求する。たとえば、応対する余裕がなくても、そのことを告げるためには数秒とはいえ時間を使う。忙しければ無視すればよいのだが、なかなかそういうわけにもいかない。

電子メールの黎明期には、並行してリアルタイムチャットもよく使われた。仮想的な部屋としてのチャットルームに夜な夜な集まり、その場で文字を使っておしゃべりを楽しむわけだ。同じ日の同じ時間にその部屋の中にいなければコミュニケーションは成り立たない。部屋に入ってそこにいる人たちの発言を聞きつつ自分も発言し、場合によっては所用があったり、急な電話が入ってパソコンの前を離れても、回線をキープしたまま部屋に居続け、余裕が生まれたところで会話に復帰、そこまでのやりとりをザッと振り返るといったことをしながらコミュニケーションを続ける。

今のLINEやFacebook Messengerを使った会話は、メールとチャットの融合のようなイメージだ。相手の都合とは関係なくメッセージを送れる点ではメールと同じだし、場合によってはチャットのようにリアルタイムのコミュニケーションにも使える。ただ、いつのまにか、既読スルーは悪のように考えられるようになった。メッセージを読んだことが相手にわかるため、読んだのに返事がないのは失礼だという考え方が新しい当たり前になったのだ。

デジタルコミュニケーションが生み出したある種のストレスでもある。相手の都合にかかわらず容赦なく割り込む電話がわずらわしくてメールによる電子のコミュニケーション世界に順応しようとしたのに、そのメールを便利に使うために常に電話を携帯するようになり、非同期のメールを同期コミュニケーションに使ってしまう。そして、新たなコミュニケーションツールが登場するたびに、非同期でも使えるが同期でも使える超コミュニケーションツールが爆誕するという経緯だ。

Illustration: Generated by Gemini / Created by Syohei Yamada
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今、AIとの対話では、AIの都合を考える必要がない。深夜だろうがAIのことを考えずに調査をさせたり、質問したりすることができる。チャットをいきなりやめても失礼にはならないし、ウソをつかれたら、ひどいじゃないかと怒りをぶつけることもできる。

でもなんとなく、そのうち、AIに対しても人間相手のときと同じような態度で振る舞ったほうがいい、という考え方も出てくるかもしれない。単なる道具としてではなく、一定の距離感を持った相手として扱うことで、決済やメールの送信、過去の対話のメモリー管理など、より重要な仕事も安心して任せられるようになるのかもしれない。メールの距離感が各種のメッセージングツールやTeamsやZoomなどのオンライン会議のシステムと共存し続けているのにはなんらかの理由があるのだろうけれど、人間は本能的にコミュニケーションにリアルタイム性を求める存在なのかもしれない。

それはそれでいい。コミュニケーションが機械可読のものとなったことで、電気通信の結果として他者とつながることがワールドワイドでできるようになった。もはや距離も関係ない。時間も関係ない。コストも当事者レベルでは著しく低い。それで地球の裏側とも気軽に対話できるのだ。そこにAIが緩衝材として機能するようになる。言語の壁が取り払われ、束縛についてもクッションとして機能する。たとえば、夜中に書き殴った思いつきをAIに渡しておけば、角が立たない形に要約・整理し、相手の業務時間に合わせて最適なタイミングで届けてくれる。人間同士は非同期のままで、AIがそれぞれの時間軸を接続する。

パソコン通信が始まったとき、パソコンというデバイスは通信機だったのだと実感した。今、AIとチャットしていると、人間相手に対話していたパソコン通信時代のチャットとの相似を感じる。こんなに面白い時代が始まったと思った当時の興奮と似たようなことを、もう一度体験できるとは思わなかった。AIが間に立つことで、私たちは無理に相手のリズムに合わせる同期の呪縛から解放され、本来の心地よい非同期を取り戻せるのではないか。当面は、その興奮を堪能したいと思う。

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連載 |コラム「山田祥平の戦うスマートライフ」
  1. 第7回:AI時代に再定義する「同期」と「非同期」の作法
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  3. 第5回:アドビが認めた中間言語としての紙文書
  4. 第4回:身体の可視化と日々のバイタルデータ活用 温「数」知新
  5. 第3回:優れた同僚であるAIと戦う、その距離感を考える。
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