第5回:アドビが認めた中間言語としての紙文書

山田祥平の戦うスマートライフ

2026-08-12

Illustration: Generated by Gemini / Created by Syohei Yamada
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6月15日はPDFの日だ。1993年6月15日にアドビがAdobe AcrobatとPDFを正式発表してから2026年は33年目。

アドビは、ずっと、PDFを通じて文書の作成・共有・活用を支えてきた。どんなデバイスでもどんなアプリでもドキュメントを固定レイアウトで同じように見えるようにしようというのがPDFの役割だった。「だった」と過去形なのは、その使命がカタチを変えようとしているからかもしれない。PDFはもはや、人間同士が同じ紙面を見て共有するためだけのものではなく、AIを介したコミュニケーションのための中間言語になりつつある。アドビもPDFの解釈にはAIを使うことを勧める。

フリーランスライター:山田 祥平

2026年6月15日、アドビはPDFの日を記念してプレス向けの説明会を開催、紙文書を取り巻く現状を踏まえたPDFの基本的な役割をあらためて整理し、紙文書のデジタル化、さらにAI活用へとつながるワークフローの数々を紹介した。

1993年6月15日に最初のPDF製品「Adobe Acrobat 1.0」が発売されてから33年が経過し、PDFはビジネスに不可欠なツールとして広く浸透した。ただ、現代のPDFは従来の「人が読むためのPDF(Wordからの変換や紙スキャンの保存先)」という用途から、昨今では「AIが読むためのPDF」へと活用の形がシフトしているという。大量の文書を高速に読み込めるAIの特性から、今後は人よりもAIがPDFを読む回数が増えていくだろうとアドビでは考えているそうだ。PDFは情報のコンテナではあるが、紙という物理的なスペースに情報を閉じ込めて固めるものではないということだ。

異論はあるかもしれないが、1980年あたりをワープロ元年と考えると、一般市民が専用ハードウェアやアプリなどを使って文書を作るようになってから半世紀近くがたっている。現在は絶滅しているが、ハードウェアとしてのパーソナル日本語ワープロ専用機が各社から発売された1980年代から、ワードプロセッシングがパソコン用アプリに移行していった1990年代の後半頃まで、少なくとも当時は、日本語ワープロに求められてきた最大の役割は、美しく印刷することだった。

そして、その印刷にはA4縦の用紙が使われた。日本で文書の基本サイズが「B5」から「A4縦」へと本格的に切り替わったのは、1990年代前半だったので、ワープロ利用の一般化と時期が重なる。それ以前の昭和から平成初期にかけては官公庁も民間企業も「B5横書き」や「B5縦書き」が日本の標準だった。

A4サイズ推進の大きなきっかけは、1992年11月の各省庁事務連絡会議の申し合わせを受けて、1993年4月以降、行政文書の用紙規格を原則A判へ移行していく方針が示されたことだ。奇しくもアドビがPDFを発表した同じ1993年に、日本では政府が『行政文書の用紙サイズをA4判に統一する』という方針を出したのだ。それまでは、国の公文書や提出書類のほぼすべてが「B5(またはB4)」だった。政府が「今後、行政に提出する書類や作成する文書はすべて原則A4縦サイズにする」と決めたことで、各省庁や地方自治体の文書のA4化が進んだ。官公庁がA4化されたことで、行政とやり取りする企業も書類をA4に合わせざるを得なくなっていく。さらに、ちょうどこの時期には1995年のWindows 95発売などもあり、オフィスへのパソコンやレーザープリンターの普及が重なる。

1993年に「政府の公文書をA4にする」という方針が決まった後、5年間(1993年〜1998年)の経過措置期間を経て、各種様式や規格の整理、法律の施行や規則の改正が進められた。この猶予期間中に、企業で使われるコピー機やパソコン用のプリンター、市販のファイルやバインダーなども一気にA4サイズへシフトし、1999年には名実ともに「日本のビジネス文書の基本規格=A4判・縦・横書き」として完全に定着し、日本からB5のビジネス文書が姿を消していった。

ワープロ元年から約20年をかけて完成したA4縦文化、それから四半世紀が過ぎた今、われわれがその呪縛に苦しむことになろうとは、誰が想像したろうか。

ワープロアプリを使った文書作成では、ほとんどの場合、A4縦の白い紙が目の前に表示され、そこに文字を入力していく。その環境のほとんどは横長のディスプレイが使われている。つまり、縦のものを横で作っている。

たとえば14インチくらいのノートパソコンの画面で文書を作ろうと思うと、ウィンドウのタイトルバーがあって、その下にメニューバー、さらにリボンの大きなボタンがぶらさがる。グラフィカル・ユーザー・インターフェースの要素が画面のかなりの部分を占有する。

表示される用紙イメージには、紙に印刷したときには適切かもしれない余白まで含まれている。その余白が作成中にも表示され、作業領域を占有する。このウィンドウをディスプレイの半分幅で表示すると小さすぎるし、全画面では大きすぎる。適当なサイズに調整すると、中途半端にデスクトップにスペースができてしまう。このスペースをどう使うかというと、たとえばAIとのチャットウィンドウのために使うのが便利だ。アドビにしても Microsoft にしても、横長画面でのワープロによる文書作成や表示では、画面の利用効率が悪いと判断したのだろう。だから、そこでAIとのコミュニケーションができるようにするというのは、かなり理にかなっている。

仕事柄、いろんな会社の文書を見る。配布される文書は多くの場合A4縦なのだが、企業によってはA4横のことがある。PowerPoint を使って作成した文書のようだ。こうした文書は、投影して見せることを前提にせず、じっくりと画面で読むように作ってある。

つまり、パワポによる文書作成であり、プレゼン資料ではなくドキュメントを作っているのだ。これは、自然な流れだといえる。A4横の文書が容易に作れるからだ。一時期話題になった「紙エクセル」よりもずっと合理的だ。「紙エクセル」は「神エクセル」とも呼ばれ、表計算に使うワークシートのセルを複雑怪奇に結合したり、サイズを変更したりして、エクセルをワープロのように使う。明確な仕様がなく、作成者自身が神となり紙を作るので、保守もたいへんだ。

いずれにしても、文書で伝えたいことと、その体裁、作る環境、読む環境がバラバラなのに、それをA4縦に収束しようというのが無理ゲーなのだ。

25年前はそれでよかった。誰もが文書を紙に印刷して読んでいたからだ。ところが今、文書の多くは紙に印刷されず、パソコンなどの画面で読まれることがほとんどだ。場合によってはスマホで参照されることも少なくない。人によってはPDFでA4縦の文書を配布されても迷惑だと感じるようになった。本当にその通りだと思う。

Illustration: Generated by Gemini / Created by Syohei Yamada
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2010年代前半からスマートフォンの普及が急速に進み、2015年には Google がモバイルフレンドリーアップデートを実施するまでになった。それまではPC用サイトとスマホ用サイトが別々になっていて、異なるURLでアクセスするようになっていたが、このころからレスポンシブデザインによりひとつのURL、ひとつのHTMLでPCやスマホなど画面のサイズや縦横比に応じて最適化されたコンテンツを閲覧できるようになっていった。

Google によるモバイルフレンドリーアップデートでは、検索アルゴリズムを改定することが表明された。一般にモバイルゲドンと呼ばれている事件だ。ここで、スマホでの閲覧に最適化されていないサイトは、スマホでの検索順位を下げるという方針が打ち出されたのだ。以降、各社のウェブ担当者や制作会社がいっせいにレスポンシブ対応に動き、それが標準になりつつある。でも、それから10年たった今、ウェブの世界ではそれが当たり前になってはいるものの、一般的な文書は今なおA4縦が設定されたPDFで配布されていて、その閲覧のたびにイライラを募らせる。

たとえば、今、読んでいただいている日本HPのHP Tech&Device TVのこのコラムだが、スマホで見たときとパソコンで見たとき、それぞれに最適化されて表示されるようになっている。パソコン画面に表示されるウィンドウでは、その横幅に応じて文字情報はリフローするようになっている。また、画面のズーム倍率を変更しても同様にリフローされる。スマホの場合も同様だ。これがレスポンシブウェブだ。

こうして文書は、A4縦の呪縛を解かれ、表示されているデバイスの種類やサイズに応じた見かけをダイナミックに得られるようになった。拡大して大きな文字で表示すると、文字が左右にはみ出して、読み続けるのに苦労することもない。再流し込みとしてリフローされるからだ。

実は、情報のコンテナをめざしてきたPDFにも、同様の機能が実装されようとしてきた。誕生時に目指されていたどこでも同じ見た目を維持する固定レイアウトとは真逆に、見かけは変わっても文書の構造を変えず、必要に応じて柔軟に体裁を変えるハイブリッドなルック&フィールを実現する。もっとも固定レイアウトは消えるのではない。契約書、帳票、校正、証跡のように「同じ見た目で残す」必要がある場面では、PDFの価値はむしろ残り続ける。ただ、読む行為そのものは、固定された紙面から解放されつつあるということだ。

スマホのAcrobat Readerには表示メニューの中に「リーダーモード」が用意され、固定レイアウトのPDFが、スマホの画面サイズ、縦横比に応じた最適化で表示される。また、WindowsのAcrobat Readerなら表示メニューの[ズーム]-[折り返し]で同様のことができる。もっともPDFの作り方などに依存する面が多く、必ずしも期待通りになるかどうかは保証されていない。

そこまでをも目指した機能が「リキッドモード」だったが、特に日本語対応での実装が道半ばとなった経緯もある。だがAIがそれをキャッチアップした。AIに頼めば、PDF文書を丸ごとレスポンシブな状態に文字起こししてくれるし、その要約を得るのもカンタンだ。

冒頭にふれたように、PDFは今や「人が読むためのもの」から「AIが読むためのもの」へシフトしている。AIが中間言語としてPDFを読み解き、人間に最適な形で届けてくれる。アドビが示す未来は、まさにこうした脱・固定レイアウトの形なのだろう。

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連載 |コラム「山田祥平の戦うスマートライフ」
  1. 第5回:アドビが認めた中間言語としての紙文書
  2. 第4回:身体の可視化と日々のバイタルデータ活用 温「数」知新
  3. 第3回:優れた同僚であるAIと戦う、その距離感を考える。
  4. 第2回:コンピューターとパーソナル ~「私の拡張」としてのマルチデバイス
  5. 第1回:翻訳。言葉の壁が消えたあとの「摩擦」を楽しむ

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