第3回: 優れた同僚であるAIと戦う、その距離感を考える。
戦うスマートライフ
2026-07-13
生成AIは、もはや仕事や暮らしの単なる効率化ツールではない。日常を豊かにする「エージェント」として、いろんな面でわれわれを支援してくれる。もはや道具というより幅広い人脈を持つ同僚だ。人間ではないが、コミュニケーション相手としては、かなり魅力的だ。だが、そのやりとりの中では、AIの出力の「ゆらぎ」が垣間見える。あいかわらずのハルシネーションともつきあっていかなければならない。そのプロセスを、人間が思考を深めるための壁打ちとして面白がる作法を考えてみたい。戦うスマートライフが今始まる。
フリーランスライター:山田 祥平
AIとの日々はもはや戦い
1980年代の終わり頃のことだ。ある日、月刊アスキー編集部の遠藤諭氏からメールが送られてきた。後に編集長になる人物だ。当時加入していたパソコン通信サービス「アスキーネット」の電子メールだ。会いたいから仕事場を訪ねたいという連絡だった。あのころの月刊アスキーといえば、パソコンシーンに関わるものなら、誰もが知っている雑誌で、パソコン少年からプロのエンジニアに至るまでの、テクノロジーに関わるすべての人にとって、文字通り「畏敬の念」を抱かせる絶対的な存在だった。二つ返事で訪問を承諾し、その日を待った。
やってきたのは二人連れだった。一人は遠藤氏本人、そして、もう一人は編集者としてめんどうをみてもらうことになるフリーランスの小形克宏氏だった。小形氏は今、Web標準と電子出版の技術推進に取り組む立場で、フォントや文字コード、活字印刷の文化史に関する専門性の高い執筆・研究活動を継続しつつ、今もなお、デジタルメディアの未来についての探求を続け、文字とテクノロジーの最前線にいる。
二人は、ぼくが1986年に上梓した「初めてのパソコン」(主婦と生活社)を読んでくれたという。それなりにヒットした人生初の単行本だ。その筆致で月刊アスキー誌上に、MS-DOS関連の連載を書かないかと言われた。もちろん断る理由はない。3人であれこれ話をしながら、マンガを併載する構成が固まっていった。作画をすらそうじ氏、構成を小形氏が担当してくださることになった。
ちなみにあのころのぼくは、毎日がconfig.sysとの戦いだった。何のことだと思う方の方が多いかもしれない。このファイルはMS-DOSというスッピンのOSにさまざまな機能を後付けするための秘伝の設定メモといってもいい。また、autoexec.batもあった。このテキストファイルは、起動時に実行してほしいスタートアップアプリや常駐プログラムを順に並べて書き連ねたものだ。このふたつのテキストファイルをちょっと工夫するだけでパソコンの使い心地は大幅に高まった。そのプロセスで生まれたあれこれを、毎月まとめてコンテンツとして提供してきた。それが、月刊アスキー連載の「戦うMS-DOS」だ。その後、この連載は単行本となり、さらに、マンガ版も出版された。
あれだけ懸命に戦った日々ではあったが、そこで得たノウハウやテクニックは、今、ほとんど役にたっていない。パソコンってそんなものだ。
始まったAIとのつきあいはあのころの日々に似ている
当時から、ほぼ40年が過ぎた今、ぼくはパソコンと、いや、正確にはAIとの蜜月を楽しむ毎日だ。仕事ではすでに部下というより同僚的な存在だし、プライベートでも親身になって相談に乗ってくれる相棒だと感じる。パソコン通信時代、毎晩顔も知らない相手と長時間チャットサービスで会話していたのと似たムードをAIとの間に感じる。そのくらい今のAIは人間臭くなっている。
40年前のあの日々は毎日が本当に興奮の日々だった。コンピューターがおもしろくてたまらなかった。変なやつだと思われるかもしれないが、何よりもMS-DOSがおもしろかった。MS-DOSはMicrosoftがWindowsの前に開発していたオペレーティングシステム(OS)で、その操作のほとんどは、文字によるコマンド入力で行った。それまでにはCP/MなどのOSもあったが、さまざまな経緯からMS-DOSが主流のOSとなり、Windowsに引き継がれて現代にいたっている。
それまでのパソコンは、電源を入れるとマシン組み込みのBASICという言語のインタプリタが起動し、そこでプログラムを書いたり、あるいは、誰かが作ったプログラムを読み込ませたりして使うものだった。だが、MS-DOSはちょっとしたおまじないの呪文を覚えれば、ファイルをコピーしたり、削除したりすることができたし、アプリとしての機能を持ったプログラムを用意すれば、それらを組み合わせて、いろんなことが簡単にできた。プログラムを書けなかった立場としては、これが本当に面白かった。コンピューターとの対話というよりも、OSとの対話こそがコンピューターとのコミュニケーションだと痛感した。普通の人々にとってアプリは作るものではなく使うものだという考え方が一般的になった黎明期のことだ。
それが今のAIとの会話にイメージが合致する。40年前に比べればはるかに高度なことをやっているのだが、実際に人間が覚えなければならないことは少ない。MS-DOSとの戦いのノウハウがほぼ役に立っていないと言ったのはそういうことだ。
いずれにしても、ここ数年のAIの浸透は、あのころの興奮の再来だと感じている。あのころ、こんなにおもしろい存在はないと思って夢中になったパソコンだが、そんなことがまた経験できるとは、長生きしてみるもんだと思う。正確には、こうしたパラダイムシフトはパソコン通信の電気通信事業としての解放時、インターネットの登場、浸透時にも経験している。何度ものめくるめく体験を与えてくれたパソコンシーンだが、今、年寄りの冷や水と言われることを気にもせず、毎日がAIとのやりとりだ。そして、AIといっしょに日々進化している毎日を過ごしているのが現在進行形の暮らしだ。
ソフトウェアとしてのAIが進化するのに加え、そのプラットフォームとしてのパソコンも進化する。その速度もすごい。油断すればやられる。間違いなく、そこにあるのは戦いだ。だから「戦うスマートライフ」なのだ。今、AIは道具ではなく関係性の対象だ。そこで重要なのはAIをどう使うかではなく、どうつきあうかだ。
連載開始のご挨拶
唐突にコラム2本、『翻訳。言葉の壁が消えたあとの「摩擦」を楽しむ』、『コンピューターとパーソナル ~「私の拡張」としてのマルチデバイス』で始めたシリーズだが、この流れを連載にしてみないかというお話をいただいた。ありがたいことだ。関係者各位には感謝したい。
連載タイトルは、最初は「スマートランドスケープ」とするつもりだったが、1回目と2回目を仕上げ、3回目を書くにあたって「戦うスマートライフ」に変えてもらった。基本的に毎月第2、第4月曜日の掲載で続けていくつもりだ。
タイトルから想像できるように、テーマはスマートライフそのものだ。人々の仕事や暮らしを豊かにするモノやコトなら何でも好奇心旺盛に取り上げていく。コンピューター的なデバイスにこだわったハードウェア寄りの話題もあれば、社会のシステムや組織のあり方や、教育や行政まで幅広く考えていくことにしたい。コロナ禍のころ、ウェブサイトを作って同様のテーマを追いかけていた時期もあったが、それをもう一度やり直したいという気持ちもある。
最後に自己紹介を少し。ぼくは福井県小浜市出身だ。鯖街道の起点の街で、サバの缶詰を宇宙日本食として認証させる高校生たちの取り組みがドラマにもなった。12年間に渡り、延べ300人以上の高校生がバトンをつないでいったプロジェクトは2018年に実を結ぶのだが、その間には学校統廃合もあり、開発に取り組んだ小浜水産高校は若狭高校に統合されるという事態にも直面した。小浜水産高校は、ぼくが通っていた若狭高校に統合されたため、計らずもその輝かしい実績の"先輩"を名乗れる立場になった。在籍していた頃にはサバ缶を宇宙に飛ばす取り組みは始まってもいなかったが、若狭高校の卒業生として、後輩たちの快挙を誇らしく思っている。今の願いは北陸新幹線の敦賀以降の延伸だ。小浜から京都まで、京は遠ても13里と言われる距離にバスと電車を乗り継いで2時間ちょっとかけているのが、たった19分になるというコペルニクス的展開を生きて体験したい。
パソコンは、タウン誌のライターをしていた頃に、発売されたばかりのMSXパソコンを購入して使ってみたが、漢字も使えないスペックに早々に投げ出した。ただ、その後、パソコンのワープロソフトのマニュアルを書いてみないかと出版プロダクションから声をかけられて取り組んだ。技術者の書く説明書は難解だからというのが悩みの種だったらしい。その後は冒頭に挙げた単行本を書いたり、各パソコン雑誌にコンテンツを連載したりしながら、コンピューターと戦ううちに、パソコン通信からインターネットに向かう道に迷い込んだ。その頃は「できるインターネット」(インプレス刊)といった入門書にも取り組んだ。パソコンとその周辺機器、カメラ、オーディオ、アプリ、ネットワークなどなどIT周辺のたいていのことはやってきたつもりだから、専門を聞かれたらIT関連と答えてきたが、最近はそれではあまりにも範囲が広すぎてうさんくさい。だから、ここのところはスマートライフが専門と答えるようにしている。十分にうさんくさいと言われそうだがそこはそこ。今、怒濤の勢いで進化を続ける世界を、もうちょっと眺めていたいと思うし、そのまなざしをコラムとしてお届けしたい。ぜひ、ご愛読いただきたい。
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- パソコン黎明期から第一線で活躍を続けるフリーランスジャーナリスト。PCやスマートフォン、クラウドサービスから各種ガジェットにいたるまで、デジタルテクノロジー全般を自ら使い倒し、独自の目線と語り口で考察。
単なる技術・スペックの紹介にとどまらず、テクノロジーがもたらす「スマートな暮らし(スマートライフ)」や「新しい当たり前」を提唱し続けている。
インプレス刊のベストセラー「できる」シリーズなど、PC・IT関連の著書多数。
