第10回:1億総AI頼みとその似たり寄ったりの結末 〜平均化される世界と「ノイズ」の価値

山田祥平の戦うスマートライフ

2026-10-28

Illustration: Generated by Gemini / Created by Syohei Yamada
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身近になったAIに誰もが相談するようになった結果、誰もが破綻のない「80点」の最適解を容易に手に入れることができる時代になった。企画書を作らせれば、文章もデザインも、かつてないほどスマートに整っている。破綻はない。それが新しい当たり前となった。でも、1億人がAIの恩恵に預かったとして、その結果、われわれのアウトプットは驚くほど似たり寄ったりの方向へ収束してしまわないだろうか。そのことを危惧して、平均化される世界において、あえて不器用な「人間のノイズ」を残すための戦い方を考えてみたい。

フリーランスライター:山田 祥平

AIを使って短時間で「破綻のない高水準な成果物」を作れるようになった。「高水準」の「高」がどこに向かっているのかはあとで考えるにしても、街を見渡すと、どこかで見たような整いすぎた表現や、無難で耳当たりの良い言葉ばかりが増えているように感じる。「0点や30点」が絶滅した世界の不気味さがそこにある。

慣れ親しんだオフィス内だけで考えても、以前は「読めないほど粗削りでツッコミどころ満載だが強烈な何かがある企画書」とか「支離滅裂なのにパッションだけは満点の報告書」が存在していたはずだが、それらが「そつなく論理的で丁寧な80点」に置き換わってしまったかのようだ。「減点法では満点、加点法ではゼロ点」の退屈さだといえる。SNSへの投稿でいえば、炎上もしないし、誤字脱字もなく、論理破綻もないけれども、読後感が一切残らないという「無菌室の心地悪さ」がそこにある。

とはいえ、最終的にAIの生成物を得て、細かく修正を加えたり、ごっそりと構成を変えてしまうような強者もいる。かと思えば、生成された成果物をろくに確認もせず、自分の仕事の結果として、上司や部下、同僚に共有する輩もいる。人それぞれとはよく言ったもので、誰もが同じAIを使っているのに、同じ成果を得られるわけではないところが興味深い。

ちゃんとした敬語でプロンプトをつづれば丁寧に計算された生成が得られるが、乱暴な表現では成果はずさんだというまことしやかなノウハウもある。ただ、これは敬語を使って丁寧に自分の意図を伝えることが、何をしてほしいかを明確に言語化することであり、その結果として、意図が正しく伝わり、よりよい成果が得られるということだ。あながちデタラメでもないのが興味深い。誰もが頷くAIあるあるだ。

大規模言語モデル(LLM)の本質は「学習データに基づく最も確からしい出力」だ。「確からしさ」というのはLLMの本質ともいえるものだ。なぜなら、言語モデルは世界中に実在する膨大な量のテキストを学習した結果に基づいて、次にどんな言葉が続きそうか、その確率を計算しながら文章を組み立てるからだ。なぞときとは違ってオチもない。〇×とかけて△□と解く、その心はという鮮やかな伏線回収は構造的に生まれない。AIの生成結果には落語や小噺のようなオチはつかない。なぜなら、オチとは常に「お約束の裏切り」だからだ。AIは人を裏切らないからオチがないわけだ。

1億人が同じようなAIの支援を受け、同じように「破綻のない答え」を求めれば、社会全体から生まれるアウトプットは、似た方向へ引き寄せられていく。LLMは学習データと文脈に基づいて、次に続きそうな言葉の確率分布を作る。その仕組み自体が直ちに「80点」を意味するわけではないが、利用者が無難さや整合性を求めれば、結果もまた、もっともらしく摩擦の少ない方向へ寄っていく。

まさにスマートフォンの予測変換やSNS、日常会話で誰もが反射的に選んでしまう今風の連鎖を考えてみてほしい。「拝啓」から始めれば「時下ますますご清祥のことと」と続く、「現場からは」なら「以上です」で締める。手元のAIがいうには、最近は「サ活の後は」と言われたら「ととのう」が続くそうだ。「冷水で体を冷やす」でもなく「休憩する」でもなく、「ビールを飲む」でもない。もはや全員が自動的に「ととのう」と続けるのだ。「推し」は「尊い」みたいなものか…。

まるで枕詞、係り結びそのものだ。「あかねさす」なら「紫」や「日」、「たらちねの」なら「母」が続く。それが現代では、「コスパ」といえば「最強」、「全米」といえば「泣いた」となる。最初に「全米が泣いた」を映画予告のコピーに使ったライターはさぞかし誇らしいに違いないのだが、その様子を見た人はいないようだ。ちなみに、このコピーは個人のクレジットとしては特定されていない。映画史、広告史における都市伝説のような扱いになっていると手元のAIが説明してくれた。AIの説明では、「全米が泣いた」は、日本の映画宣伝を象徴する決まり文句として誰もが知っているのに、その元祖ははっきりしないらしい。映画業界にも起源を知る人が見つからず、古い映画広告を遡っても、よく似た表現は出てくるものの、決定的な「最初の一本」は特定できていないという。だとすれば、このフレーズ自体が、人類が自前で作り出した統計的な幻覚、つまり無数の宣伝文句の最大公約数として生まれた記号だったのかもしれない。

枕詞は約束事なので摩擦がない。誰もが知っているお決まりのペアだ。LLMが計算している確からしさは、まさにこの最もひっかからないお約束の係り受けを無限に繋げていく作業だ。そういう意味で、AIの確からしさとは、学習対象となったインターネット上の膨大な言葉が作り出した現代の枕詞や係り結びを、統計的に完璧に再現する処理からできている。

「もっともありそうな答え」ばかりを選び続けると、尖った意見、クセや偏見、常識破りの飛躍、無茶苦茶な試行錯誤などは、ノイズやエラーとして切り捨てられる。結果として残るのは誰にも嫌われないが、誰の心も打たない最大公約数的な生成だ。それに対してイノベーションは常に確からしくない場所から生まれる。画期的なアイデアや心を震わせる表現は、ときに、統計的には取るに足らない外れ値のように見える偏りや勘違い、無謀さから生まれるといってもいいということに、ぼくらは経験的に気づいている。確率の最適化を信奉することは、そうした変異の芽を自ら摘むことに等しいともいえる。全員が同じ助っ人を選んだ社会の行き着く先がそこにある。

Illustration: Generated by Gemini / Created by Syohei Yamada
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かつてのヒット作や独創的な発明は、正解を知らない人間が手探りで偶然起こした勘違いや、過剰なこだわりといった「偏り(エラー)」から生まれていたといってもいい。でも、最適化され尽くした世界では、そうした偶然の変異が削ぎ落とされてしまう。いろんな意味で文化やイノベーションの起源は「バグ」だったし、必然ではなく偶然だったともいえる。

その偶然を必然とした強者もいる。イノベーション論における最大のパラドックスだといってもいい。天才や強者と呼ばれる人たちは、偶然をただ待っていたのではなく、意図的にバグ(エラー)を起こす環境を整え、そこに飛び込んできた偶然に気がつき、それを必然へとねじ伏せた人たちだ。

こうした議論のネタとしてよく話題にのぼるのが、3Mのポストイット開発に関するものだ。「強い接着剤」を作ろうとして「弱すぎて簡単に剥がれる接着剤」ができてしまったのは完全な開発のバグ、つまり偶然の失敗だった。合理と効率だけを最適なものとして求める企業であればそのバグを規格外として廃棄する。ところが、その接着剤を開発したスペンサー・シルバーは、失敗として捨てず、使い道を求めて社内で粘り強く紹介し続けた。その話を聞いた同僚のアート・フライが、教会で賛美歌集に挟んだしおりが滑り落ちるという日常のストレスと結びつけた。その瞬間、失敗した接着剤は、必要がなくなったらきれいに剥がせる紙のための、最適な接着剤として世紀の発明に昇華した。偶然の産物を必然の価値に書き換え、粘り強く社内を説得して世に出すことができたという逸話がある。

ぼくらは最短距離でゴール(正解)に到達できるようになったことで、寄り道や迷子の途中で拾っていたかもしれない「予想外の発見」の機会まで削ぎ落とされつつある。その事実を忘れてはならない。

個人的なささやかな抵抗としては、AIの導き出す綺麗な正解をそのまま受け入れるのではなく、あえて自分自身の無駄なこだわりやへそ曲がりな視点を混ぜ込むことを常に頭においておくようにしている。均質化の波に抗い、自分だけの「歪み」を残す戦い方こそが、これからの書き手やクリエイターの生命線になるにちがいないと確信しているからだ。

そのためにも、「AIを使いこなす行為」を再定義する必要がある。AIに正解を出させるのではなく、「AIが絶対に出してこない悪手や違和感」をあえて誘い出せるようにあがいてみる。ノイズをぶつけて化学反応を起こす道具にするのだ。ジミ・ヘンドリックスが、本来ならノイズとして嫌われるフィードバックを自在に操り、極上の音楽表現に昇華させたような、あの感じだ。

少しでもラクをしようとパソコンを使ってきた。ぼく自身のその過去は認めよう。でも、これからはスマートライフにおける「意図的な非効率・偏愛」を見出すことにする。宗旨替えに近いチャレンジだ。

80点までの地ならしはAIに任せつつ、最後の20点に「自分の執念、偏愛、無駄なこだわり」というノイズを注入する。それこそが、平坦な世界で自分の輪郭を保つための武器になる、という着地をめざそう。これを戦いと呼ばずになんと呼べばいいのだろう。スマートライフもラクじゃない。

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連載 |コラム「山田祥平の戦うスマートライフ」
  1. 第10回:1億総AI頼みとその似たり寄ったりの結末 〜平均化される世界と「ノイズ」の価値
  2. 第9回:AIエージェントの免罪符 ~「望むだけで叶う」という大義名分
  3. 第8回:AI時代だからこそ冴える現役の紙とペン
  4. 第7回:AI時代に再定義する「同期」と「非同期」の作法
  5. 第6回:モバイルノートってすげぇ ~ 4年使ったデスクトップパソコン愛機不調の回復断念で再認識
  6. 第5回:アドビが認めた中間言語としての紙文書
  7. 第4回:身体の可視化と日々のバイタルデータ活用 温「数」知新
  8. 第3回:優れた同僚であるAIと戦う、その距離感を考える。
  9. 第2回:コンピューターとパーソナル ~「私の拡張」としてのマルチデバイス
  10. 第1回:翻訳。言葉の壁が消えたあとの「摩擦」を楽しむ

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