2021.8.12

ワークステーションの本質
第4回:AIシステム/デジタルツインの活用にワークステーションが活躍

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 仕事や暮らしのデジタルシフトが進み、企業・産業・社会のデジタルトランスフォーメーション(DX)の潮流が本格化する中、バーチャル空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)が融合した新たな社会「Society 5.0」の構想も実現の歩みを速めています。これに伴い、活躍の場を大きく広げているのがワークステーションです。本連載の締めくくりとして、そうしたワークステーションの新しい活躍の場を紹介します。

AIシステムのエッジ端末として利用が進むワークステーション

 ディープラーニングを用いたAI(人工知能)による画像認識は、製造業における外観検査などで実用化が進んでいます。生産ラインを流れる製品や仕掛品をカメラが瞬時に判別し、不良品を見つけ出します。

 ディープラーニングが優れているのは、特定の画像を他と区別するための特徴点をコンピューターに自動で抽出させることができることです。とはいえ、ディープラーニングの技術を使ったAI画像認識を活用するには、事前に多くの画像をコンピューターに読み込ませて学習させ、特定の画像を認識する(あるいは、他と区別する)アルゴリズムを作り上げる作業が必要です。

 そのため、AIの開発、活用には相応のコンピューティングリソースとストレージリソースが必要とされることが多く、開発プラットフォームはクラウドの活用が一般的、というイメージが強くなっています。また、クラウドには必要な開発・学習環境が既に構築され、従量課金型で誰もが簡単にいつでも利用できることから、さまざまなAIの開発がクラウドサービスを使って行われているのも事実です。

 ただ、AIの開発/活用において、クラウドだけでなく、手元にあるマシン(エッジ端末)を使うことで、より効率的に開発や現場への展開を進められる場合が多数あります。そうした場面でエッジ端末として活躍しているのがワークステーションです。

 特に、エッジ端末が選択されるケースは3つにまとめられます。

  • 低レイテンシーでリアルタイムなレスポンスが求められるケース
  • 機密情報などセンシティブなデータを扱うケース
  • 大量のデータ転送を繰り返し行う必要があるケース

 それぞれ具体例を含めて、紹介していきます。

AIの開発や展開にエッジ端末が選択されるケース

低レイテンシーでリアルタイムなレスポンスが求められるケース

 商品の外観検査などでは、製品の良品と不良品をリアルタイムに判定する必要があります。AIによる画像認識は医療や監視などの分野でも応用されていますが、即時的な判定が必要になるケースが多くあります。

 AIによる画像認識エンジン(予測モデルによる認識処理エンジン)をクラウド上に配置した場合、多数の高精細カメラやハイスピードカメラなどの認識対象の画像をクラウドに転送するのに時間がかかり、リアルタイムでの判定が行えなかったり、最悪の場合、回線が切断して処理自体が行えなくなったりする可能性があります。そうした事態を回避するためにAI画像認識のエンジンをエッジ端末として配置されたワークステーションに展開する方法がよくとられます。これにより、リアルタイムでの判定を安定的に行えるようになります。

 また、工場の検査工程、監視カメラ系や、公共施設、店舗、交通系システムなど、ネットワークへの常時接続が難しい環境でもエッジ端末としてワークステーションが採用されるケースが多くなってきています。

機密情報などセンシティブなデータを扱うケース

 コンプライアンスやセキュリティ上の理由から、AIの学習に必要なデータをクラウドにアップロードできないケースもあります。例えば、個人情報に属するような医療画像データや製造業の外観検査で用いる良品/不良品データなども、生産工程における独自のノウハウや知見を含む機密情報となる場合があります。従って、これらのデータの学習や推論は必然的に全てエッジ側で行うことになります。

大量のデータ転送を繰り返し行う必要があるケース

 AIの学習で用いるデータは、IoTで収集した無数のセンサーデータや画像など、大容量あるいは膨大な件数になりがちです。こうしたデータをクラウドにアップロードするには時間を要するとともに、クラウドに接続している時間分だけ利用コストが発生します。また、WAN回線の帯域を逼迫(ひっぱく)させる要因となってしまいます。そこで必要となるのが、学習に用いるデータを取捨選択したり、あらかじめ抽出した特徴点のみを渡したりする作業です。こうしたデータ処理にも、手元のワークステーションが使われることが多くあります。

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「クラウド vs エッジ」の強み/弱み

ワークステーション+AIパッケージでAI導入がより簡単に

 少し前までは、AIの開発には数理統計に精通したデータサイエンティストや機械学習のアルゴリズムを熟知した専門家が必要とされてきました。それが今日では、ワークステーション上で運用可能なパッケージタイプのAIソリューションが多数登場し、データサイエンティストやAIの専門家の力を借りずともAIが開発できるようになってきています。これらのパッケージソリューションの多くは、直感的なGUI操作によって学習データの作成から最適なアルゴリズムの選択・適用、予測モデルの作成・評価に至るまで、AI開発に必要とされる一連の作業が行えるようになっています。

 例えば、HPの事例サイトでも公開しているシステム計画研究所の外観検査ソリューション「gLupe」は、少量の良品データ画像をユーザーが学習させることで、本格的な外観検査システムを短期間に構築することが可能なソリューションです。具体的には、最初に簡単なテスト撮影セットを使い良品データを撮影し、小型のワークステーションを活用してテストを行います。現場での展開も、カメラ台数、ラインのスピードなどに合わせて、最適なワークステーションの機種を選択することで、外観検査ソリューションを容易に構築することが可能です。

 また、医療の現場では、医用画像を医師が患者の近くでスピーディーに確認、分析するために高性能で信頼性の高いワークステーションが必須となっていますが、最近、精度向上、均てん化、診療負担軽減のためにAIのテクノロジーが使用されるようになってきています。AIメディカルサービスでは、内視鏡を操作しながら,得られた映像をAIでリアルタイムに処理して認識や診断支援を行うソフトウェアを開発し、高い処理能力を安定して現場で使用できる端末としてワークステーションを活用しています。

 このようにAIパッケージソフトが増えることでAI導入に対するハードルが低くなり、さまざまな分野での導入が加速しています。特に、設計、解析や映像制作など、既にワークステーションに慣れ親しんでいる業界では、ワークステーションをAI用途に使用することも増えています。会社によっては、クラウドの使用が制限されているケースもあり、今後は、AI開発現場でもクラウドとエッジの良いところを利用するハイブリッド型のAI導入が進んでいくと思われます。

多様化するAI用ワークステーション

 こうした中、GPUを搭載したワークステーションの多様化も進み、筐体サイズが3リットル以下のミニタイプや従来のデスクトップタワー型、複数枚のハイエンドグラフィックカードを搭載できるサーバークラスの拡張性を備えたタイプ、持ち運び可能なラップトップ型まで幅広いラインアップが用意されています。これらの中からAI活用の目的に合わせたワークステーションをプラットフォームとして選定・活用することで、中長期的なライフサイクルに基づいた運用コストの最適化が可能になります。

 HPのワークステーション製品も、エッジAI端末として多く採用されています。主に推論やパッケージソリューションの展開用としては、搭載できるGPUがエントリーからミッドクラスのミニタイプ「HP Z2 Mini G5」が採用されています。また、学習・開発用から推論用まで最も幅広く採用されているモデルは、タワー型の「HP Z4 G4」で、ハイエンドのNVIDIA RTX A6000を1枚搭載でき、安定性と拡張性が特徴です。さらに複雑な推論処理や、ビッグデータ解析を伴うAIの学習・開発や研究機関では、RTX A6000を2枚搭載できるサーバークラスの拡張性を持った「HP Z8 G4」が採用されています。また、テレワークやリモートワーク用に注目浴びているモバイルワークステーションも高性能GPUを搭載し、手元でGPUを存分に使用できる開発環境としての導入も進んでいます。

デジタルツインを通じてスマートな社会の構築

 「デジタルツイン」もワークステーションの活用が期待される領域です。デジタルツインとは、3Dスキャナーやドローン、さまざまなIoT機器などを通じて実空間の情報を収集して、バーチャル(仮想)空間上に実空間を再現するソリューションです。建築・建設業界のBIM(Building Information Modeling)やCIM(Construction Information Modeling)は、まさにデジタルツインを実現するための基盤技術と見なせます。構築されたデジタルツインはVR/AR(仮想現実/拡張現実)技術と組み合わせて、より直感的でリアルタイムなコミュニケーションツールとして活用が期待されています。

 例えば、3Dスキャナーで収集した都市の点群データを自治体単位でオープンデータとして公開する動きが最近活発になっています。この点群データを用いてバーチャル空間に都市を再現し、地下の配管などのライフラインのデータを重ね合わせることで、効率的なメンテナンスや今後の都市計画などに活用する流れが出てきています。今まで部署ごとにバラバラだったインフラの維持管理や紙ベースのコミュニケーションが、デジタルツインを中心に効率的でリアルタイムになってきています。

 また、自動運転システムの構築を目指す自動車メーカーやソフトウェアベンダーは、開発フェーズで必須となるシミュレーションをデジタルツイン上で行おうとしています。自動運転システムを実機のみで開発する場合は、数億kmものテスト走行が必要と言われており、エンジニアリングにおける負担は重く、開発過程で発生する事故や故障などのリスクを背負わなくてはなりません。

 しかし、デジタルツインを活用すれば、実際の街の構造物や道路網、交通規制、他の車両や歩行者、天候、日照条件などをリアルに再現し、多様な環境下で走行テストを安全に繰り返し実施できます。また、このようなシミュレーションを通じて収集した膨大なデータは、車両が周辺環境を認知しながら的確な判断を下すための学習データとして利用可能です。

 そして前述したAIの場合と同様の理由から、こうしたデジタルツインの構築・運用をクラウドの世界だけで完結することはできません。エッジに展開・配置された高性能・高信頼性かつ柔軟な操作性を備えたワークステーションとの緊密な連携が必須となるのです。

ワークステーションの過去・現在・未来

 「ワークステーションの本質」と題し、4回に渡ってワークステーションの創生期から最新の状況を振り返ってきました。元々開発・設計者のための専用端末として誕生した「知る人ぞ知る」存在のワークステーションは、製造業、建築・土木業から医療、小売、交通とその活躍の場を広げ、日々の皆さまの暮らしを裏で支えています。

 デジタル化が加速する社会において、その活躍の場は、さらに広がるでしょう。より快適で持続可能な社会実現の一翼を担う存在として、今後はワークステーション製品にも高い環境配慮が求められるのではないでしょうか。HPでは、ワークステーションを含むPCやプリンティング製品への再生プラスチックの利用を加速し、2025年までに30%の再生プラスチックの利用を目指しています。また、2020年から一部のワークステーションには、海に流れ込む前のペットボトルを収集して、再利用しています。時代の変化とともに少しずつ形を変えてきたワークステーション製品の今後の展開にご期待いただきたいと思います。

大橋秀樹
日本HP パーソナルシステムズ事業本部 ワークステーションビジネス本部 本部長
1993年に横河ヒューレット・パッカード 入社(当時)。ストレージ製品の技術担当、コンピュータシステムのビジネスプランニングを経てワークステーションチームへ移動。製品マネージャー、ビジネスデベロップメントマネージャー等を担当。2017年から現職(2021年6月現在)。

【本記事は2021年7月29日にZDNet Japanにて掲載されたものです】