2021.7.29

ワークステーションの本質
第3回:エンジニアの新たな働き方を支える(後編:建築・建設業編)

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 前回は、製造業の設計部門で働くエンジニアに焦点を当て、その新しい働き方に向けた取り組みやそれを支援するワークステーションの活用方法を紹介しました。今回は、リモートワークが進む建築・建設業の設計部門のエンジニアの働き方と、そこで必要とされるITデバイスについて考察します。

建築・建設業で加速する設計者のリモートワーク

 前回述べた通り、製造業の設計/開発部門では、自社製品の設計データという極めて機密性の高い情報を扱っているため、リモートワークの導入については検討中、あるいはオフィス内のフリーアドレス化にとどまっている企業が多く、実際に導入や運用を開始している企業はいまだ少数と言えるでしょう。

 一方で、設計業務を担当するエンジニアのリモートワークを意欲的に推進しているのが建築・建設業界です。同業界では、モバイル型のPCワークステーション(以下、モバイルワークステーション)を積極的に導入し、社外でもBIM(Building Information Modeling)やCIM(Construction Information Modeling)を活用できるようにする動きが急速に広がっています。

 建築・建設業でリモートワークが加速する最大の理由は、“現場”があることではないでしょうか。建築・建設業の設計者は、施主との打ち合わせや施工現場に図面やCAD(Computer-Aided Design)端末を持ち込んで作業するといったことを当たり前のように行ってきたわけです。その延長線でBIM/CIM用のワークステーションをオフィスから外に持ち出すことは自然な流れだったのではないでしょうか。

テクノロジーの活用で高まる設計者の生産性

 設計者のリモートワークが積極的に進む中、BIM/CIMなどのテクノロジーの発達も急ピッチで進み、結果として、設計者の生産性が大幅に高められています。

 例えば、従来は紙図面、CADデータ、建築資材の台帳などの相互連携は困難でした。一方で、BIM/CIMでは3Dモデルを中心に各種図面の切り出し、属性情報との連携など、施工やメンテンナンスに必要な情報をその都度3Dモデルから取り出すことができます。

 加えて、BIM/CIMの3Dモデルを作成する手段として、ドローンや3Dスキャナーで収集した現場や構造物の点群データを3Dモデル化してBIM/CIMのアプリケーションに取り込むといった手法も実用化されており、デジタルカメラの連続写真から盛土や切土の量を計算するといったことも行われています。

 このように、建築・建設の現場においてBIM/CIMなどのテクノロジーやモバイルワークステーションを活用したリモートワーク(あるいは、モバイルワーク)を推進することで、設計・施工からメンテナンスに至るまで、効率性が大きく高められているのです。

小規模の設計事務所でもBIMをベースに業務を変革

 BIM/CIMとモバイルワークステーションを活用した設計者のリモートワークは、大手の建築・建設事業者のみならず、中小規模の事業者の間でも広がりを見せています。

 例えば、岐阜県を拠点とする総勢6人の設計事務所、アーキ・キューブでは、代表取締役で一級建築士の大石佳知氏が「小規模な設計事務所こそBIMの効果がある」という持論を掲げています。2008年にBIMソフトウェアを導入した際に、外出先からでも事務所のデスクトップワークステーションにノートPCを使ってリモートアクセスし、BIMソフトウェアを最大限活用できる環境を整えました。さらにモバイルワークステーションも積極的に導入し、コロナ禍においても在宅で設計業務を行い、事業を継続する環境を整えています。

リモートワークをサポートするテクノロジー

 コロナ禍以前からいち早くモバイルワークステーションに注目し、導入が進んでいる建築・建設業界でも、モバイルワークステーションに対するニーズはさまざまです。施工の現場では大容量のBIMモデルの確認、また3Dスキャナーやドローン撮影の現場では大量の点群データや写真のデータを現場で確認する必要があるため、デスクトップワークステーションと遜色のないパワフルなモデルが必要とされます。

 また、性能や重量・サイズだけでなく、振動や粉じん、熱などに対する堅牢性も重要な要素になります。一方で施主との打ち合わせやプレゼンなどには持ち運びの利便性が求められ、薄型・軽量のモデルが好まれる傾向にあります。最近ではプレゼンや住民説明会などにVR(仮想現実)を活用する事例も徐々に増えてきており、その場合はVRに対応したパワフルなGPUを搭載したモデルが必要になります。

 ユーザーのニーズに対応すべく各メーカーがさまざまな製品をそろえていますが、HPでもここ数年モバイルワークステーションのラインアップを拡充しています。例えば、持ち運びに優れた薄型の「HP ZBook Firefly」シリーズ、高性能と薄型を両立させ、VRにも対応する「HP ZBook Studio」シリーズ、そしてデスクトップと遜色のない拡張性を備えたハイエンドの「HP ZBook Fury」シリーズはBIM/CIM用標準機として多くの企業に採用いただいています。建築/建設現場への持ち込みも多いため、米軍調達基準 のMILスペックに準拠した高い耐久性も高く評価いただいています。

 また、リモートワークが進む中、設計者と現場とのスムーズな連携に大判プリンター/複合機が活躍しています。例えば、在宅の設計者がモバイルワークステーションなどのモバイルデバイスから現場に設置されているWi-Fi搭載の大判プリンター/複合機に直接図面を送信することで、現場ではA1サイズなど大判用紙に印刷して確認できます。

 現場で何か修正が入った場合には、その修正指示を手書きで入れた図面を現場の大判複合機でスキャンしてクラウドにアップ。在宅でモバイルワークステーションからスキャンデータを参照しながら設計の修正をし、再度図面を現場の大判プリンター/複合機に送り、印刷するといったワークフローに対応できます。5G(第5世代移動体システム)の普及によりネットワーク環境の整っていない施工現場でも、リモート環境の設計者とリアルタイムにコラボレーションして効率良く修正や施工を行う環境が整ってきています。

重要度を増すセキュリティ対策

 設計者のリモートワークが以前にも増して活発化している建築/建設業界ですが、それに伴いワークステーション(モバイルワークステーション)などの端末のセキュリティレベルを向上させる必要が出てきています。

 HPが先日発表した調査レポート「HP Wolf Security Blurred Lines & Blindspots~曖昧になる境界とセキュリティの死角」によると、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが発生してから、世界中でサイバー攻撃件数が238%増加しています。また、国内企業のIT部門の意思決定者のうち60%が過去1年間にフィッシング攻撃が増え、また57%がウェブブラウザー関連の感染が増えたと回答しています。

 最近増えているのがランサムウェアなどの悪質なマルウェアを使ったサイバー攻撃です。ランサムウェアとは、PCやワークステーションなどのエンドポイントやサーバーに保存されているデータを勝手に暗号化したり、端末を使用できなくしてしまうタイプのマルウェアです。そして攻撃者は、「元の状態に戻してほしければ対価を支払え」と身代金を要求してきます。

 この種の攻撃によって仮に設計データが破壊されたり、復旧が不可能になると、施工の工期が遅れ、大きな経済的損失につながります。例えば、大型商業施設の工期が伸びてグランドオープンが1カ月遅れてしまった場合、伸びた工期の分だけコストが増加するのは言うまでもなく、巨額の損害賠償や違約金を請求される可能性もあります。当然のことながら社会的な信用も失墜し、その後の営業活動にも大きな影響が及び、会社の存続さえ危ぶまれる状況に陥ってしまいます。

 こうしたトラブルを防ぐためにも、エンドポイントのセキュリティ対策を強化することが重要です。とりわけ、リモートワークに使われるデバイスは、オフィス内のファイアウォールで守られている環境で使う場合と比較して防御が手薄になりがちです。故に、サイバー攻撃の標的になりやすく、攻撃者はリモートワーク端末への侵入を足がかりに、社内ネットワークに侵入してランサムウェアなどのマルウェアの感染を広げようとしてきます。従って、攻撃への備えを固めておかなければなりません。

 HPのワークステーションは全て、OSの下、中、上の各層でワークステーションを保護するセキュリティソリューションを搭載しています。例えばOSの下の保護では、HP独自のセキュリティチップ「HP Endpoint Security Controller」を搭載することで、ファームウェアを保護し、何か変更が加えられた場合には自己回復し、ファームウェア攻撃からのリモートリカバリーを可能にします。これにより、ファームウェアを狙ったマルウェアの侵入やさまざまな破壊行為からデバイスを守りネットワーク内への侵入を防ぎます。

 企業にとって大切なのは、自社で働くエンジニアにとってベストの働き方/働く場所を自由に選べる環境を築き、それぞれの生産性を最大化することであるはずです。そのためのテクノロジーは既に整いつつあり、リモートワーク推進の阻害要因であるセキュリティリスクを引き下げる手段もさまざまに存在します。コロナ禍を境にビジネスパーソンの働き方が大きく変化しようとしている今こそが、エンジニアの働き方を見つめ直し、抜本的に変革するタイミングと言えるのではないでしょうか。

大橋秀樹
日本HP パーソナルシステムズ事業本部 ワークステーションビジネス本部 本部長
1993年に横河ヒューレット・パッカード 入社(当時)。ストレージ製品の技術担当、コンピュータシステムのビジネスプランニングを経てワークステーションチームへ移動。製品マネージャー、ビジネスデベロップメントマネージャー等を担当。2017年から現職(2021年6月現在)。

【本記事は2021年7月15日にZDNet Japanにて掲載されたものです】