2021.7.1

ワークステーションの本質
第1回:創生期からひも解くワークステーションの存在理由

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 現在のPCワークステーションは、製造業における3D CAD(Computer Aided Design)やCAE(Computer Aided Engineering)にとどまらずAI(人工知能)活用、CG/アニメーション制作、建築/建設業界におけるBIM/CIM(Building Information Modeling/Construction Information Modeling)など幅広い業務に用途を広げています。一般的にオフィスで使われるビジネスPCとは何が違うのでしょうか。第1回は、PCワークステーションが提供している価値の本質を、創成期からの連綿とした取り組みを振り返りつつ解き明かします。

PCワークステーションはハイスペックのPCなのか?

 「PCワークステーションと一般のPCとは何がどう違うのか」「単にスペックの高いPCがPCワークステーションなのか」「グラフィックカードを搭載したPCのことをPCワークステーションと見なせば良いのか」── このような疑問を抱かれている方は意外と多くいます。

 確かにPCワークステーションと一般の業務用PC(以下、ビジネスPC)との違いをカタログ上のスペックだけで理解するのはなかなか困難です。なぜなら、どちらもOSはWindowsを使い、CPUにIA(インテルアーキテクチャー)系のプロセッサーを採用するなど、基本的なコンポーネントが同じだからです。

 ただ、PCワークステーションとビジネスPCは本質的な違いがあります。その辺りの違いをご理解いただくために、まずはワークステーションというコンピューターが、どのように進化と普及を遂げてきたのかについて簡単に触れておきます。

コンピューターの「ダウンサイジング」と「オープン化」の流れ

 ワークステーションは、コンピューターの「ダウンサイジング」と「オープン化」の流れの中で登場したIT機器です。

 ダウンサイジングとは、コンピューターのサイズを(性能を可能な限り落とさずに)小さくして、価格も安くし、よりパーソナルな利用を可能にしようというコンセプトです。かつて主流だった大型汎用機(メインフレーム)は、文字通り非常に大型で高価であったことから、多数の企業が共用して使うのが一般的でした。それを単一の企業、部門/部署、さらには企業内個人でも占有して使えるようにするのがダウンサイジングの考え方です。

 一方のオープン化とは、メインフレームのようにメーカー独自のOSを採用するのではなく、業界標準のOSを使い、公開されたAPIを通じて自由にアプリケーションを開発できるようにすることです。この流れを生んだOSがUNIXで、1980年代にはUNIXはワークステーションの主流OSとなりました。また、ワークステーションは、研究開発やエンジニアリング用途のコンピューターとして、高い性能を求められていたことから、RISC(縮小命令セットコンピューター)がCPUの主流でした。

 市場もこの動きに呼応するように、機械系CADや電気系CAD、グラフィックなど、オープンシステム環境で動作するアプリケーションが続々と登場しました。それに伴い、それまで紙の図面をもとに設計開発を行っていた多くのエンジニアが、コンピューターを使った設計開発へと転換し始めました。まさに「RISC+UNIX」ワークステーションが、時代の変革を促したのです。

 ちなみに、Hewlett-Packard(当時、現HP)は1977年にコロラド州フォートコリンズ(現在のワークステーション事業部の拠点)に新たな事業所を構え、今から40年前の1982年、32ビットのスーパーチップテクノロジーを利用した最初のテクニカルコンピューター「HP 9000 500シリーズ」を発表しました。これは複数のプロセッサーを搭載する世界初のワークステーションといわれています。その後、1987年には大手システムメーカーとしては初めてRISCベースのプロセッサーをワークステーションに採用し、商用UNIXの標準化をはじめとするオープンシステム化と、コンピューターのダウンサイジングを加速させました。

 「RISC+UNIX」がワークステーションの主流だった時代は約10年続きましたが、そこに新たな動きを巻き起こしたのが1996年にリリースされた「Windows NT 4.0」です。このOSの登場でIA系のコンピューターにグラフィック機能を搭載するという新たな流れが生まれました。当時はワークステーションメーカーがUNIXワークステーション用に自社開発したグラフィックカードをIA系コンピューター用に改良したり、サードパーティーベンダー製のカードを採用したりするケースもありました。HPも1996年に、「KAYAK(カヤック)シリーズ」というインテルCPU/Windows NTベースのPCワークステーションを発表しています。

拡張性、信頼性と安定性が要求されるPCワークステーション

 「IA+Windows NT」を搭載したPCワークステーションは、研究開発やエンジニアリング、クリエイティブといった分野の業務に大きな変革のうねりを引き起こしました。

 「RISC+UNIX」系ワークステーションの価格帯は数百万円と高額で、企業がエンジニア1人に1台の割合で導入するのは困難でした。故に多くの場合、「RISC+UNIX」系ワークステーションはCADルームなどの特別な設備内に設置され、設備内のワークステーションを使用できるユーザーも限定的でした。それに対して大幅に導入コストが下がったPCワークステーションは、高度なグラフィックコンピューティングのパワーを一気にパーソナルなものにしたといえます。

 では、PCワークステーションとビジネスPCとの違いはどこにあるのでしょうか?

 まずはスペック面での違いについて見てみましょう。デスクトップ型のPCワークステーションの上位機種では、サーバーと同等レベルの構成を組むことができます。CPUはサーバー用のCPU「インテルXeonプロセッサー」を採用し、メモリーもECC(エラー訂正機能)メモリーを搭載可能です。

 また拡張性もビジネスPCとは一線を画しています。最新モデルでは、最大で24コアのXeonプロセッサーを最大2基搭載、メモリーも最大で3TBの構成が可能。20TBを超える大容量の内蔵ディスクや複数枚のPCIeカードを搭載することも可能です。

 これだけの拡張性を持ったハイエンドのPCワークステーションになると、その使われ方もPCとは大きく異なってきます。

 例えば、CPUやGPUを使って大量の計算を行うCAEやレンダリングにはPCワークステーションが使われます。この作業はPCワークステーションといえども長時間を要します。そこでエンジニアは、終業前にそのタスクを実行しておき、翌日の出勤時に結果を確認するといった作業をよく行っています。仮にそうした夜間のシミュレーション処理中にPCワークステーションが停止していたらどうなるでしょうか。あらためて就業時間中にシミュレーションを再実行せざるを得ず、その日の予定は完全に変わってしまいます。

PCワークステーションの性能を左右する排熱技術

 PCワークステーションの信頼性や安定性を維持する上で重要な鍵を握っているのは筐体内部からの排熱処理です。CPUやGPUといったパーツは演算処理の実行に伴い膨大な熱を発生させるため、適切に冷却を行わなければ、CPUやGPUは暴走したり故障したりする可能性があります。そのリスクを回避するために、近年のCPUやGPUは各種センサーによるインテリジェントな機能を有しており、周辺温度が一定以上に上昇するとリミッターを働かせて自らを保護するようになっています。これは優れた仕組みですが、排熱処理が適切に行われていないと、処理速度がいきなり大幅に低下して、業務に支障をきたすおそれがあるのです。

 排熱処理のポイントは、筐体内部でマザーボードやグラフィックボード、電源モジュール、ディスクなどのコンポーネントをどのように配置し、どのようなエアフローを行えば効率的な排熱を行うことができるのかにあり、そこは各メーカーの腕の見せどころです。最近では、各パーツから発せられた熱が周囲に伝わらないように閉じ込めて効率的に筐体外に排出するモジュール設計が業界のトレンドとなっています。

 例えば、HPのワークステーションに搭載されている「HP Zクーラー」という技術は、熱伝導ロスを抑えるとともに、空気の流入速度を向上することで排熱効率を大幅に向上しました。同時に、静音性を実現するなど、エンジニアやクリエイターの作業環境に配慮したニーズにも対応しています。

ISV認証の重要性

 PCワークステーションは、3D CADやCG、CAE、映像編集などさまざまな業務用専用アプリが使用されます。そのため、これらのアプリケーションが問題なく動作するかをあらかじめ確認することは重要です。専用アプリケーションを開発しているISV(Independent Software Vendor :コンピューターメーカーではない独立系ソフトウェアメーカー)各社がPCワークステーションの各モデルやグラフィックカードの種類などで検証をして認証を行っています。これらの情報をもとに認証済みのモデルや構成を選ぶことで安心して導入計画を立てることが可能になります。

桁違いの並列演算能力を生かして機械学習を高速化

 以前からのグラフィックや3Dモデルのヘビーユーザーである製造業では、PCワークステーションの適用業務が拡大しています。

 象徴的な動きが、3D CADとVR(仮想現実)/AR(拡張現実)/MR(複合現実)技術の融合です。3D CADで設計したソリッドモデルを仮想空間で可視化することで、開発中の製品の使用感を利用者目線で体験しながら検証するというものです。

 この手法はファクトリーシミュレーションの分野にも適用されており、例えば、工場内に新しい生産ラインを敷設する際のレイアウト設計などで役立てられています。「ベルトコンベヤーの高さをもう少し下げた方がいい」「モニター画面はもう少し高く持ち上げた方が見えやすくなる」といったように、実際に工場内で働く作業者の目線に立ったシミュレーションをVR空間で行うことを可能にしています。

 さらに、さまざまな産業におけるAI活用の活発化も、PCワークステーションの需要拡大につながっています。

 例えば、大量のデータの深層学習(ディープラーニング)によって、製造工程における不良品を判別したり、顧客の行動を予測したり、不審な取引を発見したりするなど、さまざまな業務の改善・効率化を実現するAIを開発することが可能になります。このAIによる処理をCPUベースのコンピューターで実行しようとすると、膨大なオーバーヘッドが発生してしまい、データの入力に対してAIがリアルタイムに予測結果を返すような処理は実現できません。これに対してPCワークステーションに搭載されたGPUは、数千スレッドといったCPUとは桁違いの並列演算を行うことが可能であり、結果としてAIによる処理を高速化することができるのです。

エンターテインメント業界

 CG映像やアニメーションなどの制作現場でも、既にPCワークステーションは不可欠な存在です。例えば、4K/8Kへと高精細化が進む映像データを通常のPCに取り込み、再生しようとした場合、コマ落ちが発生してしまい編集作業をスムーズに直感的に行うことが難しくなります。これに対してGPUを搭載したPCワークステーションを活用すれば、映像データをダウンコンバートすることなく、リアルタイムにプレビューしながら効率的に編集作業を行うことができます。

 アニメーション制作のプロセスもデジタル化が進み、CGの活用が当たり前になっています。いまや、PCワークステーションがなければアニメーション制作は成り立たないと言っても過言ではありません。

建築/建設業界で拡大するPCワークステーションのニーズ

 現在では建築/建設業界のBIMやCIMといった分野でも導入が広がっています。建築・建設業界では設計と施工が長年にわたり2Dの図面をもとに連携してきたことから、3Dデータの活用が製造業などに比べて遅れているといわれてきました。しかし、建築・建設業界を取り巻く環境は大きく変化しています。

 BIM/CIMのコンセプトの下、3Dモデルを最大限に活用しながら、調査・測量・設計・施工・維持管理に至る業務全体で効率化や工期短縮によるコストダウンなどが求められています。そして、BIM/CIMの運用を支えるプラットフォームとなるのがPCワークステーションであり、建築/建設現場でも3Dモデルを活用する目的でモバイル型PCワークステーションの普及が進んでいます。

 このようにPCワークステーションは従来からの研究開発やエンジニアリング、クリエイティブといった分野にとどまらず、あらゆるビジネスの高度化やデジタル変革に欠かせないツールとなっており、業界や業種の垣根を越えて存在感を高めています。

大橋秀樹
日本HP パーソナルシステムズ事業本部 ワークステーションビジネス本部 本部長
1993年に横河ヒューレット・パッカード 入社(当時)。ストレージ製品の技術担当、コンピュータシステムのビジネスプランニングを経てワークステーションチームへ移動。製品マネージャー、ビジネスデベロップメントマネージャー等を担当。2017年から現職(2021年6月現在)。

【本記事は2021年6月17日にZDNet Japanにて掲載されたものです】