Muse for Small Businesses 出典:メタ・ニュース 2026年9月29日
米国では年々ホリディ商戦開始が早まり、10月初旬のアマゾンやターゲットのセールイベントがキックオフとなって本格化する。今年注目されているのは「エージェンティックコマースがどこまで進み、消費者側はどのように反応するか」だ。9月8日にメタがパーソナルAIエージェント、ミューズを発表して以降、この議論はさらに高まっている。
9月23日に開催されたメタ社「コネクト2026」ではウォルマート、ギャップ、セフォラ、ウェイフェア、ベストバイ等業界大手企業がミューズと提携していることが公開され、AIエージェントによって迅速・簡単な決済が可能になる点が強調された。チケット販売プラットフォームのチケットマスターもミューズを使ってユーザーを自社マーケットプレースに誘導するが、決済はチケットマスターのシステムで行う。ヴァージニア大学ダーデン・ビジネススクールのルカ・チアン教授は10月3日のCNBCの報道[1] で、AIエージェント導入で一挙に状況が変化するのではく、ステップバイステップの過程を経ながらエージェントへの信頼を築いていくことになるだろうと述べている。また(トイレットペーパーなど日用消耗品の)補充、価格比較、返品、値下げのタイミング待ちなど消費者にとってあまり楽しくないプロセスは、消費者はAIエージェントに任せても気にしないだろうとコメントした。もっとも、業界識者たちは、アマゾンは既にこういった領域の利便性を高めるため、サブスクリプションサービスや簡単な返品サービスを提供している、と指摘している。
マーケットプレース・プラットフォーム側を見ると状況は若干異なる。アマゾンは昨年11月にパープレキシティAI(Perplexity AI)のブラウザー、コメットとAIショッピングエージェントが顧客の承認を得ずに自動的にアマゾンのアカウントにアクセスし、データ取得や商品の自動注文を行っているとして起訴し、今年3月に一審の連邦地方裁判所は同社の訴えを一部認め、一時的に差し止め命令を下した。しかし8月には控訴裁で「アマゾンのシステムにアクセスしているのはAIエージェントの助けを借りているユーザー自身であり、パープレキシティではない」として一審の差し止め命令を取り消した。
アマゾンはミューズについても同社のサイト利用規定に反しているとして商品購入を阻止している。アマゾンは長年培った独自の巨大なエコシステムの中で、膨大なファーストデータを活用してさまざまな利便性の高いサービスを提供し、アレクサ、ルーファスといったAIアシスタントも育てている。ファーストデータは重要なリテールメディアの収入源でもある。このエコシステムを言わば土足で入り込んでくるかもしれない自動AIエージェントを阻止するのは当然のことだろう。
一方マーケットプレース上に690万以上の企業やブランドが営業するショッピファイは、AIエージェントの提供は商品を発見しやすくする、購入が便利になる、といった顧客経験を提供するためには有効だと判断し、導入に積極的だ。
グーグルもエージェンティックコマースを可能にするUCP(ユニバーサルコマースプロトコル)チェックアウトの機能アップデートを行い、ケート・スペードやコーチを保有するタペストリー社がグーグル上で効率的にUCPチェックアウトを統合して同社ブランドをAIモードを含むグーグル検索から直接購入できる環境を構築している。ただし、まだAIエージェントに決済はさせていない。
グーグルは米国リテーラーが直接、簡単にYouTube広告を出稿できるツールの提供も開始し、視聴者はYouTubeを離れることなく自分が興味あることについて調べ、商品に関する複雑な質問をして適切な回答やアドバイスを得て、そのまま購入へとつなげるテストを行っている。
[1] CNBC, ‘Meta’s Muse can shop and check out for you. Here’s how it works’, 2026年10月3日
【消費者はどう見るか】
メディア、リテールタッチポイントはCI&T社の「リテールテックレポート:エージェンティック版」を紹介し、米国消費者の74%がチャットGPT、グーグル・ジェミニ、パープレキシティ等のAIエージェントをショッピングに使っているものの、「AIエージェントに決済を含む買い物全てを任せても問題ない」と考える人は27%に過ぎないことを指摘した[2] 。
同様にベイン&カンパニーの調査でもデータのプライバシーに関して16%が否定的で、29%が「途中でプロセスを確認せずに全面的にエージェントに購入を任せるのには否定的」と考える人が29%だ。また、AIへの信頼性は年齢が若ければ高い、という訳ではなく、同調査では昨年秋時点での調査結果と比較してAIへの信頼は若い世代で大きく低下しているという。これはZ世代を始めとする若い世代が仕事をAIに奪われてるのではないかと不安に思っていること、実際に大卒の若い世代がホワイトカラー職で就職が困難になっているという社会状況を反映しているのだろう。
CI&T社リテールストラテジー&インサイツ、グローバルディレクターのメリッサ・ミンコウ氏はAIエージェントへの信頼性、特に決済が絡む信頼性が高まるには時間がかかる、とコメントしている。ウォールストリートジャーナル[3] の取材に応じたEマーケター社のプリンシパルアナリストのスカイ・キャナヴェス氏は「テック系関係者の間では『消費者はショッピングが好きではない』という認識があるが、実際には私達はスーパーに買い物に行くのが好きだ。消費者はまだ、特にお金が絡んでいる場合には、自分で判断する方を好んでいる」とコメントしている。
ホリディ商戦はこれから3か月近い長丁場となるが、AIエージェント、エージェンティックコマースはどのような成果を見せるだろうか。
[2] Retail Touch Point, ‘Are shoppers ready for Muse AI Agentic Commerce?’, 2026年10月2日
[3] Wall Street Journal, ‘AI agents aim to change shopping. Some retailers are locking the doors’, 2026年10月2日
1,000種類もの生地見本を見られるスウォッチバー 出典:マイケルズ
データアナリティクス企業YouGovの調査(2025年7月)によると、米国成人の42%は1日5時間以上スクリーンを見ている。18~19歳では76%、65歳以上でも47%が5時間以上を費やしている。こうしたデジタル漬けの状況を平均23%の人が非常にネガティブに感じているが、おもしろいことに年齢が若いほどネガティブに感じている人が増え、デジタル世代の18~29歳では28%、30~44歳は30%にのぼる。
この反動か、裁縫や工作などアナログなクラフトアートが人気だ。ビジネスリサーチインサイトの報告書(2026年9月発行)によると昨年米国全世帯の74%以上がアート、クラフト商品を購入し、子供を持つ家庭では61%が購入、DIYホームデコ用品は2023年から25年の間に23%増加している。ただし業界自体は現在再編中で、クラフトアート業界2位で最大約800店だったジョアンは25年2月に倒産、この市場を奪うため1位のマイケルズは7月以降、既存店の改装による新店舗フォーマットをテキサス州、オハイオ州、アーカンソー州に出店している。
【特徴】
マイケルズは昔からクラフトアートに少しでも興味のある人や学童児を持つ家族にとっては楽しいホビーストアではあったが、日本のハンズやロフトに比べるといかにもオバサンの店、という印象をぬぐえなかった。新店舗フォーマットでどこまで若い層を集客できるかが勝負どころだろう。
10分でカスタムフレーミングができる売場 出典:マイケルズ
レンタルスペース「パーティ&イベント」 出典:マイケルズ
ウォルマートの定番アイテム、ローストチキンのデザインのトートバッグ 出典:ウォルマート
スパークショップ(Spark Shop)はウォルマート・ブランドの商品を販売する公式サイトで、期間限定商品、限定デザインの商品を販売している。あまり知られていない存在だったが、9月1日に数量限定の「ウォルマート・ローストチキン・パース $5.97」(上の写真)を発売し話題を呼んでいる。ローストチキンは米国では食卓の定番で、晴れの日ではなく普段の夕食アイテムだ。他社で購入すると通常2、3ドルは高いので、同社のチキンはインフレの折、庶民の味方だ。
他に同じデザインの「レモンペッパー風味」のトートやチャーム(各$5.97)、PBグレートバリューのホットソースやシーズニングの瓶のデザインのチャーム($4)も販売し、オンライン限定で店舗では本社近くのベントンヴィル店のみで提供した。いずれも1,2日で完売し、10月2日時点でeBayで最高値$65で再販されている。
リテーラーやCPG(日用消費財)企業が自社のロゴやブランドのデザインを使ったアパレルやアクセサリー、雑貨を期間限定・数量限定で販売するのは目新しいことではない。しかしこのトレンドは確実に広告効果だけでなく収益にも貢献するとして業界に拡がっている。
もっとも有名な事例はトレーダージョーズのミニトート($2.99)で、2024年に最初の原色シリーズを販売後、パステルカラー、ハロウィーンカラーとデザインを増やし、当初は年1、2回のドロップ(期間限定販売)だったのが今年は既に4回、その間ミニアイスバッグ($3.99)も投入しているので2か月に1回はドロップの状況だ。当初は即日完売だったり、eBayで1枚$50、$100、最高値は$500という途方もないプレミアム価格で販売されていたが、最近ドロップしたハロウィーンカラーは昨年と同じデザインということもあり、数日後に店舗に立ち寄ったらまだ売れ残っていた。eBayでは原色シリーズを含めどれも1枚8ドル前後に下がってきている。
アルディは2022年に「アルディ・ギア・コレクション」としてジャージーの上下、靴下、キャップ、キーチェーン等を販売したのが成功し、毎年デザインやアイテムを変えてドロップしている。アルディのロゴデザインの一部である虹色のストライプをフィーチャーしたデザインがアディダスの製品デザインを連想させるため「アルディダス(Aldidas)」というニックネームもつくようになった。価格は$1.49~$9.99と安い。というよりほとんど原価だ。最近は同じデザインで、レジで購入できるエコバッグが人気で、ホールフーズやトレーダージョーズの店内でもこれを持って買い物に来る客をよく見かけるようになった。
ブログShopping Scientistsはアルディダスについて、アルディ自体はラグジュアリーブランドでも何でもなく、安物というイメージもあるが、これによって消費者に「アルディダスはアディダスの模造品ではなくただのジョーク、パロディである」という共通認識をもたせ、今のところ訴訟にも発展せず、消費者から笑顔と共感をうまく獲得した、と分析している[4] 。ただし何度も繰り返すと次第に飽きられ、またアディダス側からの訴訟リスクも拡がるので注意が必要だと警告している。
いずれにせよ、リテーラーやCPG企業のロゴやデザインといった知的財産は、過去にはなかった新たな価値を持っているということだ。マーチャンダイズは収益を上げるのが目的ではなく、ソーシャルメディア時代のストーリーある広告だ。いかにクリエイティブにIPを活用し、消費者をおもしろがらせファンにするか、知恵の絞りどころである。
[4] ShoppingScientists.com, ‘ALDI “ALDImani” and “Aldidas”: how a discount supermarket become a cult brand’, 2026年9月20日
アルディ・ギア・コレクション(2023年版) 出典:アルディ広報資料
アルディのエコバッグ $0.95 出典:アルディ、ウェブサイトより
【在米リテールストラテジスト 平山幸江】