掲載日:2025/10/10

「2025年ウォルマートvsアマゾンをどう見るか」、「ピックルボールがイーターテイメントで拡大」他:進化を続けるアメリカ小売業界Vol.53

「ルルレモンの業績下降に見るアスレジャーファッションの変化」、「アマゾンがウォルマートマーケットプレースのフルフィルメントと配送を提供」他:進化を続けるアメリカ小売業界Vol.61

ルルレモンの業績下降に見るアスレジャーファッションの変化

(左)ルルレモン (右)アロヨガ、共に向かい合ってニューヨーク、ザ・ショップス・アット・コロンバスサークルSC内に出店 出典:平山撮影 (左)ルルレモン (右)アロヨガ、共に向かい合ってニューヨーク、ザ・ショップス・アット・コロンバスサークルSC内に出店 出典:平山撮影

 

 過去10年以上業績は勢い良く右肩上がりだったヨガウェアのトップブランド、ルルレモンの業績に陰が見え始めている。第2四半期の売上高は25億3000万ドルで前年比7%、しかし既存比はわずか1%の伸びで市場予測25億4000万ドルを若干下回った。その原因は米国内の売上減少で同事業の前年比1%、既存比は▲4%、まだ勢いのある海外事業は前年比22%、既存比15%で国内損失分を補った。粗利益、営業利益、一株利益も前年同期を下回り2025年度通年の売上高成長予測を当初5-7%から2-4%に下方修正、売上高は市場予測の111億8000万ドルを下回る108億5000-110億ドル、一株利益予測は市場予測$14.45を大きく下回る$12.77-$12.97と発表した結果株価は一時期20%下落した。 

 このニュースは米国小売業界で注目され、グローバルデータのマネージングディレクター、ニール・サンダース氏はアスレジャーファッション市場全体の平均成長率3.4%で伸びている点を根拠にルルレモンが他社ブランドにシェアを取られ始めていると指摘した。筆者が通うヨガクラスでも、10年前はインストラクターも生徒もルルレモンが主流だったのに最近は若い世代は最新のD2Cアスレジャーブランドで上下コーディネートし、インストラクターも必ずしもルルではなくなった。ルルレモンは今でも高品質なプレミアムブランドとして消費者から一目置かれているが、さすがに長引くインフレの影響で100ドル以上のヨガパンツを無理して購入とはいかなくなってきたようだ。しかも市場にはさまざまな価格帯のさまざまな新ブランドが登場し、どれも品質・機能性には明確な差はない。  

 アスレジャーを取り巻く環境変化もある。米国では在宅勤務は従業員の労働生産性が明らかに低下するとして、どの企業もオフィス勤務に戻し始めている。これによってオフィス用衣類、アクセサリーにいやおうが無しに支出が増え、ヨガやジョギングのためのアスレジャーファッションへの予算が小さくなっている。 

 eマーケター社のアナリストを始め専門家は「アスレジャーの本質はファッション」とし、デザイン性も重要なポイントだと指摘している。例えばヨガだけでなく、バー[1]、ピラテスに通う人々は身体にピタッとフィットしたヨガパンツより、裾野が広がったワイドレッグやゆったりとしたパンツの方を好む。さらに全米で大流行のピックルボール、そしてテニスやゴルフと言った伝統的スポーツウェアも従来のデザインを進化させ、ショーツやスカート、ドレスなど機能性にファッション性を加味したデザインがZ世代を始めとした若い層に人気だが、ルルレモンは頑なにヨガウェアの基本スタイルを守る結果、おもしろみの無い品揃えになってしまっている。この結果、現在のマーケティングに不可欠な「ソーシャル上の口コミしたくなる要素」も欠けている。 

 アーネストアナリティクスが2024年4月に実施した調査では、急速に店舗数を増やしているアロヨガ(Alo Yoga)とヴオリ(Vuori)はそれぞれ23年4月に比べて市場シェアを1%拡げ、アスリータ(Athleta)、アディダス(Adidas)、ファブレティクス(Fabletics)も堅調に推移している。注目すべきはヴオリ購買客の52%がルルレモン、30%がナイキも購入し、アロヨガ顧客の63%がルルレモン、34%がナイキも購入している点だ。消費者は複数のアスレジャーブランドを同時に楽しんでいる。  

 ルルレモンCEO、カルヴァン・マクドナルド氏は今年9月に「我々の製品はあまりにもありきたりになってしまった」と課題を認め、デザイン刷新のため昨年グローバルクリエイティブディレクターにジョナサン・チャン氏を採用し、ラウンジウェア、タウンウェアなどスポーツ以外のアイテムも拡げてきた。しかし消費マインドが冷え込む中で主力の高額ヨガウェアは安定的に売れているものの、新規カテゴリーは可処分性が高いと見られてあまり好調ではないようだ。 

 同社は来春に向けて新規スタイルを当初の23%から35%に上方修正し、消費者の嗜好やライフスタイルに対応する計画をたてている。また今月からチーフAI&テクノロジーオフィサーを雇い、トレンド製品の売上予測精度を上げていく。ただし金融アナリストたちはこのような対策には悲観的で、ヨガのルーツを忘れて短期的な対応に振り回されて終わるのではないかという懸念を示している。その根拠として、同社が次の成長性の柱としたメンズコレクションやロゴ付きアクセサリーがこの夏セールコーナーに多く並んでいたことを指摘している。またHSBCアナリストはカナダや中国といった重要な海外市場において関税政策の影響でブランド力が弱まる可能性を示唆している。 

 いずれにしてもファッションの世界では浮き沈みは避けて通れない。ルルレモンの経営陣は正しいイノベーションをおこせるのか、正念場を迎えている。 

 

[1] バレエで使うバーで身体を支えながら全身の筋肉を鍛えるエクササイズ



ベストバイの新インショップとリテールメディア戦略

ベストバイ店内のイケア・インショップの完成予想図 出典:イケア社米国ウェブサイト広報ページ ベストバイ店内のイケア・インショップの完成予想図 出典:イケア社米国ウェブサイト広報ページ

 

 インショップは、ホスト側の小売店舗に不足するカテゴリーやサービスを補充したり、圧倒的な集客力を持つブランドを入れて集客力を向上する定番的な戦略だ。しかし今秋から始まる家電最大手のベストバイ内へのイケア・ミニショップ展開は、従来の枠を若干超えている。イケアのショップ内でイケア従業員がキッチン改装などの空間プランニングのコンサルテーションを行うだけでなく、ベストバイ従業員も入って家電製品の商品情報を説明したり、設計中の空間に最適な家電を推奨するのだ。

 イケアは店舗・オンラインでプライベートブランドの家電製品を販売しており、通常は家具類とコーディネートできるPB家電の中から商品を推奨する。もし顧客が他社製造の家電を買いたければ、別途自分で探さなければならない。米国消費者の間では大手家電ブランドへの信頼や愛顧が高いため、2度手間になるケースが多い。ここに真正面から取り組むのが今回のインショップの最大の使命だ。

 両社は9月以降フロリダ州、テキサス州それぞれ5か所、計10店舗を開設する。インショップ面積は約930㎡で、前述のコンサルテーションの他にキッチンとランドリールームのショールームがあり、床板や壁面素材などのサンプルも展示、家具類は全てオンラインで購入し、サービスのみを提供する。また10店のうちフロリダ州レークランドとテキサス州アラモランチの店舗のみはイケア製品のオンラインオーダーを同店内で無料ピックアップできる。

 ベストバイは他社との提携による新戦略を他にも打ち出している。10月からリテールメディア事業では、店舗外壁から店内インテリアのほとんどすべての広告可能な媒体を30日単位で広告主に提供する。広告主は30日間、外壁での広告、店舗ショーウィンドー、店内デジタルディスプレー、レジ周辺などの全てのスペースやデバイスを独占して広告できる。特に修理サービス「ギークスクワッド」エリアやオンラインオーダー受け取りカウンターでは顧客の待ち時間が発生するため、高い広告効果が期待されている。同社広告部門プレジデントのリサ・ヴァレンティノ氏によると、オンラインオーダーの30-40%は店舗ピックアップで、例えばゲームのコンソールのオンラインオーダーを受け取りに来た顧客が新たなゲームソフトの店内広告を見て店内で購入ということも期待できる。

 チーフマーケティングオフィサ、ジェニー・ウェバー氏は、同戦略はマーケティングファネルの入口段階でブランド認知度を高めると大きな効果を期待している。また、顧客経験を最優先し決して店全体が広告臭の強いものにならないよう細心の注意を払うそうだ。このような思い切った「店舗の貸し切り」を提供するのは、家電専門店ゆえに家電に関心を持つ顧客層をターゲットできるメリットがある一方で、ターゲット層が限定的というデメリットもあるためだ。同プログラムでは広告主の対象を家電メーカーだけでなく動画コンテンツ、ファーストフードチェーン、ビデオゲーム企業、自動車メーカー等幅広い領域で募集する。

 米国ではインフレ、関税問題で消費マインドは非常に冷え込み、特に家電や家具など大型商品は苦戦している。ベストバイも2023年度全社売上高は▲6.8%、24年度▲2.3%と苦戦していたが25年度第1四半期の売上高は▲0.7%、第2四半期1.6%と改善の方向にある。今回の新戦略がホリディ商戦を成功に導くのか注目したい。



tm:rw(トゥモロー):次世代テクノロジー製品のショールーム

Tm:rw中2階の中央にある特注のシルバーカラーの什器とガジェットのコーナー 出典:後続写真を含め平山撮影 Tm:rw中2階の中央にある特注のシルバーカラーの什器とガジェットのコーナー 出典:後続写真を含め平山撮影

 ニューヨーク、タイムズスクエアにスマートテック製品を紹介するショールーム、tm:rwが7月29日に開業した。歴史的建造物であるキャンドラービルの1~3階(1,860㎡)を占め、先端技術を使った約150ブランドを、ゲーミング、ヘルス&ウェルネス、フード、ビューティ、エンターテイメント、スポーツなどの領域別に展示、一部はその場で購入もできる。 

 内装デザインはナイキ、バレンシアガ等を手掛けた建築家ハリー・ヌリエフ氏が協力し、古いレンガの壁面にスマートテック製品が並ぶという新旧対比が空間に独特の魅力を与えている。1階入り口右手には「コーナーショップ」(48㎡)があり、初回はヘルス&フィットネストラッカー、Whoopが出店していたが、4-6週間ごとにブランドを入れ替えるポップアップスペースだ。左手はカーレーシングのシミュレーション体験ができ、3台あるものの常に来店客が列を作って順番を待っている。中2階には高さ5メートル以上のHYPERVSN社3Dホログラムが設営され、動く3D画像でイマーシヴな体験を提供している。3階奥には赤い照明のゲーミングスペース「プレイハウス」があり、よりイマーシヴにゲーム体験ができるチェアが中央にある。その奥の部屋はヘルス&ウェルネスのスペースで、Capsix社のロボットマッサージ台ではロボットの腕がユーザーの希望する圧力、タッチでマッサージしてくれる。 

 同店を開発・運営するのはスマートテックリテールグループ(本社ロンドン)で、既に英国セルフリッジなどに小型のインショップを展開しているが、直営店は今回が初めてだ。スマートテックの体験型店舗は、日本にも2020年に出店したb8taが先駆者だったが米国では2022年にコロナ禍による来店客数減少やその後のリース契約上の理由で全店撤退している。tm:rwは出店戦略を変え、世界中から人が集まるタイムズスクエアの大型店という旗艦店戦略を取り、前述のように店舗デザインにも投資をしてイマーシヴ体験を徹底的に追求している。体験型小売業態については今後の小売店舗の重要な方向性ではあるが、コロナ禍後はあまり事例が出ていない。体験型フォーマットの可能性を見極めるためにも、今後の動向に注目したい。 

定期的に出店者が変わる「コーナーショップ」は独立した空間になっている 定期的に出店者が変わる「コーナーショップ」は独立した空間になっている
カーレーシングのシミュレーター カーレーシングのシミュレーター
プレイハウス内の様子 プレイハウス内の様子
ロボットのアームが希望の通りにマッサージ ロボットのアームが希望の通りにマッサージ


アマゾンがウォルマートマーケットプレースのフルフィルメントと配送を提供

アマゾンのフルフィルメントセンターの様子 出典:アマゾン社広報資料 アマゾンのフルフィルメントセンターの様子 出典:アマゾン社広報資料

 アマゾンは3PLサービスの1つマルチ・チャネル・フルフィルメント(MCF)を拡大し、シーイン、ショッピファイ、ウォルマートの各マーケットプレース上のセラーに年内中にサービス提供すると発表した。既にeベイ、イッツィ、ティームー、TikTokショップなどが同サービスを利用している。セラーは簡単かつ迅速にさまざまな販路で販売することができ、シームレスな在庫管理が可能となる。 

 セラーがMCFを利用するための設定方法は各社で若干異なる。シーインのセラーはシーインアプリからアマゾンMCFを経由してシーインのオーダーをフルフィルするが、ショッピファイの場合はショッピファイ・フルフィルメントネットワーク管理者ページに入ってからアマゾンセラーセントラルの口座とショッピファイの口座をリンクする。ウォルマートマーケットプレースの場合はアマゾンセラーセントラルにマニュアルで口座開設をリクエストするか、WebBee, Pipe17, Rithum, Goflow, Lingxingなどのシステム統合パートナーのどれかを選ぶと自動的にウォルマートで発生するオーダーをアマゾンMCFでシンクロナイズできる。 

 セラー側から見ると売上拡大には複数の販路を持つことは有効だがオーダーや在庫管理の複雑さが大きな障壁だ。同サービスを利用することで在庫を1か所に置き、それぞれの販路に出荷できるようになる。アマゾン・ワールドワイド・セリングパートナーサービスVPのダーメッシュ・メータ氏によると、MCFとFBA(フルフィルメント・バイ・アマゾン)を両方利用する場合、平均で欠品率が19%低下し、在庫回転率は12%上昇する。 

 アマゾンはグローバル・ウェアハウジング・アンド・ディストリビューション・サービスも準備中だ。セラーは海外に出荷するまで工場近くの低コストの場で全在庫を保管し、必要に応じて海外出荷用にDCに移動すればよい。アマゾンは同サービスを各国の主要生産地で展開する計画だ。 

 現在アマゾン・グローバル・ロジスティクス(AGL)は中国、香港から米国、英国、フランス、ドイツ、イタリア、スペインに向かう海運・空輸サービスを提供しているが、これらの新たな配送システムを開始することで2026年末までにはインバウンドセラーによるFBAへの配送の96%をカバーできると予測している。当然ながら物流の可視化が進み即日配送、翌日配送などスピード配送を拡げていくことができる。関連して、アマゾンは生成AIを使って通関業務の簡素化・スピードアップにも取り組んでいる。メータ氏によると既にセラーは通関書類作成時間を50%削減しているそうだ。 

 最近アマゾンではラストマイル配送を含む物流網整備に関する報道が多い。物販事業でウォルマートを追い抜くより、世界中にスピード配送網を構築することの方が重要なようだ。 


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【在米リテールストラテジスト 平山幸江】


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