掲載日:2025/07/16

「2025年ウォルマートvsアマゾンをどう見るか」、「ピックルボールがイーターテイメントで拡大」他:進化を続けるアメリカ小売業界Vol.53

「アマゾンのグローサリー事業に新たな動き」、「ディスカウントストアに求められるものとは~グローサリーアウトレット」他:進化を続けるアメリカ小売業界Vol.58

アマゾンのグローサリー事業に新たな動き

(左)ホールフーズマーケット、ミシガン州グランドラピッズ店 (右)アマゾンフレッシュ、カリフォルニア州ウッドランドヒルズ店 出典:ホールフーズマーケット、アマゾン広報資料 (左)ホールフーズマーケット、ミシガン州グランドラピッズ店 (右)アマゾンフレッシュ、カリフォルニア州ウッドランドヒルズ店 出典:ホールフーズマーケット、アマゾン広報資料

 

 アマゾンはウォルマートには大きく遅れをとっているグローサリー事業成長力強化のために複数の重要な戦略を開始した。

 

 今年1月アマゾンはホールフーズマーケット(WFM)CEOのジェイソン・ビークル氏をアマゾン・ワールドワイド(AWW)グローサリーストアーズVP兼務として任命し、6月にWFMチーフマーチャンダイジング&マーケティングオフィサーのソニア・オブリスク氏をAWWグローサリーマーケティング&プライベートブランドのトップに、同オペレーションEVPのビル・ジョーダン氏をAWWグローサリーストアオペレーションのトップにと10名以上のWFM幹部をAWWグローサリー事業の各領域責任者兼務に任命した[1]。さらにWFM社員をアマゾン社人事システムに移管し、同社社員と同じ給与体系、福利厚生等を提供した。WFMは2017年に買収されたが、長年アマゾンとは別事業として運営され、その結果マーケットプレースとの矛盾・混乱や二重投資などが課題となりながらも、アマゾンの巨大なエコシステムへの統合に時間がかかっていた。

 

 5月の投資家説明会でアマゾンのジャシーCEOは「私は食品事業については非常に強気だ」と述べ、食品事業の進化に向けた戦略を紹介した。それはWFM、アマゾンフレッシュ、マーケットプレース上の食品セラーの統合戦略だ。

 

【即日・翌日配送を農村地帯にも拡大】 

 

 6月4日、WFMビークル氏はアマゾンのブログにグローサリー事業の成果を報告した。現在同事業は3500都市に食品と日用品約300万アイテムを配送している。2024年度は20億点以上を即日または翌日配送しスピードは対前年50%短縮、2025年度第1四半期には30%短縮している。

 

 この配送スピードを達成するための新たな取り組みとして、①WFM、アマゾンフレッシュ、セラーがフルフィルメントセンター(FC)を共同使用、②ペンシルバニア州プリモスミーティングのWFM店にマイクロFCを横付けした新フォーマットをテスト操業、③ニューヨーク市マンハッタン内にWFM小型店デイリーショップ3店を開業した。

 

 6月24日には、2026年度末までに全米の小都市および農村地帯のコミュニティ4000か所以上への即日および翌日配送を発表し、配送網構築に40億ドルの投資を行う。また既存の農村地帯にある配送ステーションも進化させた在庫保管、ラストマイル配送の準備機能を付加し、配送効率向上のため機械学習アルゴリズムを使って地域ごとにどのアイテムが売れるかを精度高く予測する。

 

 【業界の反応】 

 

 この食品事業統合戦略は投資家の間では一定の評価を得て株価は4月21日以降上昇し2か月ぶりに200ドル台を超えた。アマゾンの食品売上高はWFM、アマゾンフレッシュを除いても1000億ドル以上[2]で米国内だけで推定607億ドル[3]、ほぼWFMとAFの売上である実店舗212億ドルを加えると819億ドルとなり、ウォルマートにはまだ手が届かなくてもスーパーマーケット最大手のクローガー1471億ドルは視野に入ってくる。ジャシーCEOの鼻息が荒いのも納得がいく。

 

 しかし食品販売は店舗の力が大きい。WFM535店+アマゾンフレッシュ60+店をいかに拡大していくのだろうか。さらに、著名なリテールブログ、オムニトーク(OmniTalk)の共同主宰者クリス・ウォルトン氏は6月20日の動画の中で「ホールフーズの文化はどうなっていくのか?」「業務合理化や組織統合は良いとして、小売事業には他の要素、例えばただヘルシーな食品を安く売ればよいのではなくそれ以外の要素が重要だが、そこはどうなのか?」と発言、これについて登壇者の間では「アマゾン化が行き過ぎないようにするのでは?バランスが重要」といったコメントがあったが、まさにその店舗体験、ブランド体験こそが鍵となりそうだ。

 

[1]Business Insider, ‘Leaked memo reveals new leaders reorganizing Amazon’s grocery business and integrating Whole Foods’, 2025年6月12日

[2]Amazon Blog by Jason Buechel, VP of Amazon Worldwide Grocery Stores and CEO of WFM, 2025年6月4日

[3]アマゾンの米国売上構成比60.7%をかけた数値





ディスカウントストアに求められるものとは~グローサリーアウトレット

グローサリーアウトレット、カリフォルニア州サンノゼ店 出典:グローサリーアウトレット社広報資料 グローサリーアウトレット、カリフォルニア州サンノゼ店 出典:グローサリーアウトレット社広報資料

 

 グローサリーアウトレット(Grocery Outlet)は1946年にサンフランシスコに創業したナスダック上場のディスカウントスーパーマーケットで、現在西海岸と北東部12州に468店舗、年商43.7億ドルだ。店舗面積は1115~2320㎡で一般的スーパー3700㎡より小型だ。ナショナルブランドや農産物の過剰在庫を仕入れ、伝統的スーパーより平均40%安く、特売品「ワオ!(WOW!)」商品は40~70%安い。1店舗あたり平均5200SKUを取り扱うが、昨年9月にプライベートブランド「シンプリーGO」「GOホーム&ヘイブン」「GOポー&パンパー」を立ち上げ100SKU以上を販売している。

 

 同社は消費者の価格志向の高まりの中で注目を浴び、メディア、グローサリーダイヴは6月18日にチーフマーケティングオフィサー、レイラ・カシャ氏をインタビューした。「グローサリーアウトレットには宝物探しの楽しさがある」という定評について同氏は「当社がおもしろい店というのは確かで、それを(経営の)柱としている。ディスカウントストアにはふつう期待しないようなもの、例えばオーガニック食品やハイエンドなブランド品を取り揃え、それを破格の値段で提供している。当社は『顧客が何を発見するだろうか?』にフォーカスを当てている」とコメントした。中でもオーガニック食品を重視し他にもワイン売場や化粧品、ナチュラルフード売場等、一般的に大幅な値下げをしない領域で格安商品を見つけた時の顧客の喜びに焦点をおいている。

 

 店舗は個店経営で各店舗にオーナーがいて、各オーナーはそれぞれのコミュニティで生活し、コミュニティのことをよく知っている。ビルボード広告、TV、ラジオなどの広告を手広く行っているが、地元のインフルエンサーとのデジタルマーケティングも重視している。

 

 同社が昨年9月に立ち上げたアプリも、そのユニークさが業界で注目されている。一般的なスーパーのショッピングアプリと異なり、①指定店舗の週替わりの販促を見る、②ショッピングリストの作成、③ロイヤルティプログラム「ワオ!カード」の管理をするもので、Eコマースは提供せず店内購買体験を助けるためのツールとして設計されている。

 

 顧客はアプリをダウンロードし、自分が買い物したい店を選定するとその店舗の週替わり販促と1年間食料品が無料になる懸賞、が出てくるが、どちらもロイヤルティプログラムの「ワオ!カード」に登録しないとそれ以上はアクセスできない。会員費は無料で、30日以内に150ドル以上購入すると次のレベル「ワオ!インサイダー」となり、最初のレベルより幅広い値引き商品を購入できる。

 

 アウトレットには価格が安いし宝探しの楽しみはあるが、生活必需品の食品領域となると例えば「今日はバターを売っていない」といった欠品問題がある。にも関わらず2024年度も10.1%の成長率で、今後も成長が期待されている。

(左)アプリのトップページ。節約の累積金額が一番上にある (中)1年間食料品が無料になる懸賞当選者の累積節約金額と当選者の写真 (右)商品の値引き情報はワオ!カード会員にならないと全ては見られない 出典:アプリのスクリーンショット (左)アプリのトップページ。節約の累積金額が一番上にある (中)1年間食料品が無料になる懸賞当選者の累積節約金額と当選者の写真 (右)商品の値引き情報はワオ!カード会員にならないと全ては見られない 出典:アプリのスクリーンショット




専門店のモバイルPOSと店舗デザイン・トレンド

グロシエ・フィラデルフィア店 出典:グロシエ社ウェブサイト グロシエ・フィラデルフィア店 出典:グロシエ社ウェブサイト

 

 スーパーマーケットやドラッグストアなど大型セルフ式店舗ではセルフレジを巡って議論が多くまだ模索の状態だが、小型のファッション系専門店では店舗スタッフが接客をしながらモバイルPOS決済の形態が定着し始めている。

 

 元ヴォーグのビューティセクションのライターだったエミリー・ワイス氏が創業したD2Cブランド、グロシエは既存の化粧品に対する若い世代の不満や期待といったフィードバックをオンライン上のコミュニティで自由に発言しあい、そこでの生の声をベースに2014年に創業、現在はニューヨーク、ロサンジェルス、ダラス、ボストン等全米10都市とロンドンに直営店を持ち、ビューティ専門店チェーンセフォラ内でも卸売販売を行っている。

 

 グロシエの直営店舗にはレジカウンターが無くその分売場を広げ、より魅力ある「商品の体験空間」を作り上げている。同社の店舗デザインを担当したチェンジアップ(ChangeUp)社エグゼクティブクリエイティブディレクターのジェイミー・コーネリアス氏はメディア、モダンリテールの取材で「(当社のクライアント企業は)もはやレジカウンターが必要だと思っていない。例えば家具専門店では家具を見て触っている顧客の横で決済する方式に転換する企業が増えている」と述べている。

 

 ロサンジェルス発のラグジュアリーなカジュアルファッション、ヴェルヴェット・バイ・グラハム&スペンサー(Velvet by Graham & Spencer)も、店内からレジカウンターを完全に撤去し、代わりにソファーや椅子を置いたラウンジ空間を作った。これによって顧客や同伴者が座ってくつろげるだけでなく、ここで製品についてゆっくり考えたり携帯で友人に相談する時間を持つことで客単価は40%向上した。 

 

 前述のグロシエ直営店では、店舗スタッフは百貨店の美容部員のように話しかけてくるのではなく、顧客が店内を回遊しながらじっくりと商品を見る時間を与えている。そして頃合いを見計らって声をかけ、顧客が試している化粧品の詳細情報を提供したり、他の商品を紹介したりする。

 

 北米、イギリスに45店舗を持つエシカルジュエリー専門店メジュリ(Mejur、店舗面積約75㎡)は業界常識を破ってガラスケースではなくオープンな什器にジュエリーを陳列し、顧客が自由に手にとって試すことを推奨している。ここでも顧客にゆっくり時間を与えることを優先し、意思決定したらその場でモバイルPOS決済、という流れだ。

 

 コーネリアス氏は「店舗の役目はブランドモーメント(体験)の創出であり、来店によってブランドに対するイメージが変わっていくように仕向けていきたい」とコメントした。

メジュリ・ブルックリン店 出典:メジュリ社ウェブサイト メジュリ・ブルックリン店 出典:メジュリ社ウェブサイト




「DEI政策見直しでターゲットの売上減少」は本当か?

ターゲット、ニューヨーク市タイムズスクエア店 平山撮影 ターゲット、ニューヨーク市タイムズスクエア店 平山撮影

 

 6月はプライド月間、LGBTQ+コミュニティの平等への権利や文化への貢献について啓発する月だ。以前はターゲットを始め米国小売企業はレインボーカラーの旗やレインボーカラーの商品で店内を飾り付けたものだった。しかし今年は百貨店やアバクロンビー&フィッチ、リーバイス等ファッション業界では継続しているものの、ターゲットはプライド商品をオンラインストア限定とし、店頭では一部の店舗で販売する程度だ。百貨店のコールズやメーシーズは昨年まではプライド月間中の限定商品販売、LGBTQの若者の自殺防止の活動を行う非営利団体ザ・トレヴァー・プロジェクトに多額の寄付を行い広報部が正式に発表していたが、今年は両社とも活動は継続しているものの一切広報活動を行っていない。ただしソーシャルメディアには投稿を行っている。

 

 調査会社グラビティリサーチ社によるとプライド月間に関連する活動を削減した企業は14%に過ぎないが、大々的に広報して大統領のソーシャルメディアに取り上げられたり、過去にターゲットで起こったが保守的な顧客が怒って店舗従業員を襲撃するといったトラブルを回避する方向なのだろう。また、プライド月間のイベントが定着してきたのでSNSだけでも自然に売れていく、という状況もあるのかもしれない。

 

 さて多様性と言えば1月20日にホワイトハウスは「急進的(ラジカル)で無駄なDEIプログラムを終了する」と発表した。2023年に少数民族や女性を優先的に大学に入学させるアファーマティブアクションを最高裁が禁止したこともあり徐々にDEI戦略にも見直しムードはあったが、1月以降マクドナルド、メタ、アマゾン、ターゲット、グーグルなど次々にDEIプログラムの中止を発表した。ただしコストコは「DEIプログラムは適切で必要なので継続する」と発表し、一般市民の間では好意的に受け止めたられた。

 

 この頃から流通小売業界では「DEIプログラムを中止したターゲットの来店客数が減り、コストコは逆に増加した」という報道が増えた。複数の調査会社が具体的なデータを公表したが、グローバル調査企業のニューメレイターは「小売業界におけるDEIプログラム削減の影響」調査で1月12日から2月9日までのターゲット、コストコ、ウォルマートの来店客数を人種別に分析し、ターゲットではヒスパニック系、黒人、アジア系の来店客数が1月26日以降大きく下がった一方でコストコではヒスパニック系の来店客数が急激に増加したと指摘した。

バリュー市場の企業別市場シェアの推移(2025年1月12日~2月9日週) 出典:Numerator, ‘The Impact of DEI Cuts on Retail’, 2025年4月 バリュー市場の企業別市場シェアの推移(2025年1月12日~2月9日週) 出典:Numerator, ‘The Impact of DEI Cuts on Retail’, 2025年4月

 また全米で生活必需品以外の買い物をボイコットする市民運動「エコノミックブラックアウト」が2月28日に実施されたが、同レポートのアンケート調査で参加すると回答した比率が最も高かったのが黒人(30%)で次いでヒスパニック系(24%)、Z世代(22%)だった。

 

 確かにこれらのデータは説得力があり、企業のDEI政策に対する一般消費者の気持ちの一部を捉えているようだ。しかし実際に米国で生活し来店客の様子を見ていると、必ずしもDEI政策の変更だけがボイコットにつながるようには見られない。1月に政権が変わって一番消費者が心配したのは関税によるさらなる物価上昇、そして移民系在住者なら今後も安全に米国内で生活できるのかどうか、この2点だった。現在はトランプ政権の駆け引きのパターンがある程度見えてきて、移民政策についても具体的な動きが報道されているので若干緊張が解けているかもしれないが、1月から現在までの半年間は多くの消費者にとって「とにかく余計な支出は押さえ、食品も少しでも安く買える店で買う」が最優先だった。

 

 企業の生活必需度合いを食品売上構成比を比較するとウォルマートは59.7%、コストコ40.6%に対しターゲットは22.4%だ。チープシックなファッションや化粧品で若い世代から人気のある企業なので先行きが不安な時には一番購買をカットされやすい。加えて、ターゲットはDEIに関心が高い顧客が多いのに、前述の店内トラブルを契機にプライド月間のメッセージをトーンダウンしたので、こちらの方がDEI政策うんぬんより目に見えて若い顧客をがっかりさせた可能性がある。さらに全米の大手小売企業は集団万引きの多発によって化粧品や薬剤など小型で高額な商品を鍵のついた什器に入れている。横にあるボタンを押して従業員に商品を取り出してもらうのだが、ビューティ部門売上構成比が高いターゲットではこの防犯対策もZ世代をがっかりさせているに違いない。

 

 DEI政策の見直しについて、実はウォルマートは昨年11月に2020年に発足した1億ドル、5年間のDEI政策を中止すると書類で報告した。しかしタイミングが早かったため大きく注目されることもなくやり過ごすことができた。マクドナルドは特定のマイノリティ従業員を優先するのをやめて新たに「グローバル・インクルージョン・チーム」を作るとし、アマゾンは「古くなったプログラム」をやめて時代にあった新たな制度を作るとしている。「DEIの概念を否定するのではないが、実際にやってみて矛盾や大統領曰く『無駄』が出ることもわかったので仕切り直しをする」というのが現状と言える。


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【在米リテールストラテジスト 平山幸江】


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