掲載日:2025/05/07

「2025年ウォルマートvsアマゾンをどう見るか」、「ピックルボールがイーターテイメントで拡大」他:進化を続けるアメリカ小売業界Vol.53

「サムズクラブが全店レジをスキャン&ゴーのみに転換」、「ルルレモンの中古品再販「ライクニュー」直近の戦略」他:進化を続けるアメリカ小売業界Vol.56

サムズクラブが全店レジをスキャン&ゴーのみに転換

支払いを全てモバイルセルフレジ、スキャン&ゴーに転換したサムズクラブのテスト店、テキサス州グレープヴァイン店では出入口からデジタル技術を使ったサービスを数多く提供している。 出典:ウォルマート社広報資料 支払いを全てモバイルセルフレジ、スキャン&ゴーに転換したサムズクラブのテスト店、テキサス州グレープヴァイン店では出入口からデジタル技術を使ったサービスを数多く提供している。 出典:ウォルマート社広報資料

 

 4月16日にメディア、ザ・ストリートは、サムズクラブ全店のレジから伝統的対面レジもセルフレジすらも無くし、クラブ会員がアプリを使って自分でスキャンする「スキャン&ゴー」決済のみに転換すると報道した1。スキャン&ゴーは16年に初めてテスト店舗に導入し、同年12月には全店での導入を発表、昨年3月の同社ブログによると会員の3人に1人はスキャン&ゴーを利用している。過去3年間で同決済の利用は50%増加し、これらのデータや会員の声をもとに今回の決断に踏み切った。 

 

 スキャン&ゴーのメリットは長いレジ待ち列に並ばずに済む点だが、一方で顧客による万引きの多発、スキャンする手間を厭う人やテクノロジーを使いこなせない客も出てくるため、ウォルマート自体はテストしたものの18年4月にテストを終了した。当時のコメントによると、テクノロジーへの慣れの問題だけでなく、膨大な商品量、野菜などの量り売り商品が多いため、顧客側のスキャン作業の負担が大き過ぎる、というのが終了の理由だった。現在はウォルマート+会員のみが利用できるサービスとして残っているが、筆者がいつ店舗を視察してもこのサービスを利用している客を見ることがない。北東部の大手リージョナルスーパーマーケット、ウェグマンズもモバイルセルフレジを導入したものの、22年9月には万引きが多過ぎることを理由に撤退している。 

 

【なぜサムズクラブ会員はスキャン&ゴーを使ってくれるのか】 

 スキャン&ゴーは筆者も仕事柄、機会があれば試している。実感としては「相当慣れなければ、それほど決済スピードが早まるものでもない」。1点1点バーコードを捜し、スキャンし、同じ商品を複数購入する際は2重にスキャンしないよう気を付けなければならない。うっかり間違うと、結局従業員を捜したり対面レジに並ぶことになり、2倍時間がかかる。むしろセルフレジの方がスキャンしやすいテーブルや設備が整っていて、スキャン前と済んだ商品を別々におけるので混乱が少ない。気をつけながらスキャンするうちに次第に面倒になって、万引きが目的でなくても単価の安いものなどはついスキップしたくなる誘惑が湧き出てくる。さらに、量り売りの青果や年齢確認が必要なアルコール飲料は別途従業員がいるレジで支払わなければならない。ウォルマートのレジを観察していると、明らかに1週間分の食品・日用品を大量に購入する客は従業員がスキャンしてくれる対面レジに並んでいる。 

 

 従って「スキャン&ゴー決済のみ」というのは圧倒的に企業側のメリットの方が大きい。レジ従業員数は削減しなくても在庫補充やオンラインオーダーなど他の業務に配置変えして労働生産性を向上できる。サムズクラブは、今後順次対面レジとセルフレジの台数を減らし、そのスペースを「強力なデジタル拡大の場」に転換していくとニュースウィークの取材に答えている2。具体的な内容が不明確だが、当レポートでも既報のAI自動万引き防止ゲート「エグジット」設置のことかもしれないし、リテールメディアのためのスペースかもしれない。 

 

 では、クラブ会員にとって何がメリットなのだろうか。実は明確なメリットは無い。「長引くインフレの上に関税問題でさらに物価が高騰しそうだし、とにかく安く食品・日用品を買うには仕方ないのでサムズクラブで買い続ける」が最も今のサムズクラブ会員の心情に近いのではないだろうか。「ウォルマートや他のスーパーなどでスキャン&ゴーするよりは面倒さ加減が低いから、まあいいや」というのが本音なのだろう。「エグジット」のお蔭で、出口でいちいち従業員にショッピングカートの中身をレシートを見せる必要が無くなったこと、同社発表によると出口通過時間が23%早くなったこと、は顧客にとって大きなプラスで、よく考えればこれも企業メリットのために存在するものだが、実はこのゲート導入が一番目に見える時短効果をもたらしている。 

 

 ところで下の図表は3社の店舗のフォーマットの特徴をまとめたものだ。これを見るとコストコは店舗面積は広いのに取り扱い商品SKU幅が非常に狭く、バルク購入なので1商品のサイズやパッケージが大きい。つまり、こっそりバッグに入れて持ち帰るのが難しい商品構成だ。面積が広いので、防犯カメラの死角も少ない。サムズクラブにはも同様のことが言える。さらに、コストコとサムズクラブを比較すると、サムズクラブは品揃えは若干幅広いが店舗面積は概ね同等、それなのに少ない従業員数で運営している様子だ。また品揃えはコストコより幅広いのに年会費は安いので、インフレ時には強みになる。これを実現するための人件費削減、そして少ない従業員を支えるためにスキャン&ゴーとAI万引き防止ゲートの設置、という非常に明解なロジックが見えてくる。 

 

 

 ただ、顧客は本当に100%スキャン&ゴーについてきてくれるのだろうか?ウォルマートは広報リリースで「サムズクラブは40年かかって900億ドル規模に成長し、新たな変革の時期に入った。私達は向こう8~10年間で会員数・売上・利益を2倍以上にすることを目指す」と強気の戦略を発表している。 

 

 

今春時点で300店舗以上に実装されたAIによる万引き防止ゲート「エグジット」 出典:ウォルマート社広報資料 今春時点で300店舗以上に実装されたAIによる万引き防止ゲート「エグジット」 出典:ウォルマート社広報資料
サムズクラブの商品は全てが大型なので万引きしにくい。グレープヴァイン店のケーキ売場の巨大なケーキ 出典:ウォルマート社広報資料 サムズクラブの商品は全てが大型なので万引きしにくい。グレープヴァイン店のケーキ売場の巨大なケーキ 出典:ウォルマート社広報資料




ルルレモンの中古品再販「ライクニュー」直近の戦略

テキサス州オースティン市内ザ・ピーチハウスで開催されたルルレモン・ライクニューのイベント風景 写真:ルルレモン テキサス州オースティン市内ザ・ピーチハウスで開催されたルルレモン・ライクニューのイベント風景 写真:ルルレモン

 

 ヨガウェア大手、ルルレモンは22年に自社中古品を店舗で回収し、同社店舗・オンラインストアで再販する「ライクニュー(Like New)」ブランドを立ち上げた。今年3月にはそのポップアップイベントをテキサス州オースティン市内のザ・ピーチハウスで開催した。イベントでは、オースティン在住インフルエンサーが選んだライクニュー商品の展示販売、ピラテスのクラス開催、サウナ、冷水ジャンプ、そしてパーティでは心身の健康を促進するスナックやドリンクが提供された。 

 

 毎年第3者調査機関と提携して「リセールレポート」を発行するスレッドアップの調べでは米国アパレル中古品再販市場規模は24年に490億ドル、29年には740億ドルに達し、年平均成長率9%が見込まれている。このうち約半分が非営利団体への寄付などで、メルカリなどのように消費市場で再販される市場規模は24年で250億ドル、29年450億ドルと予測され、29年には再販市場の68%は18歳~44歳の若い世代が占めると見られている。米国でも関税政策への懸念が拡がる中、ファッション業界はこれが追い風となり、さらにアパレル中古品再販市場がさらに拡大すると見ている。理由として①国内流通なので関税がかからない、②価格が安いので物価上昇時には有利、③5月1日以降中国発ファストファッションのシーインやティームーには関税がかかり、もしこれらの売上が落ち込んだ場合、再販市場がその分シェアを拡大するのではないかという憶測があるためだ。 

 

 アパレル中古品再販ではポッシュマーク、スレッドアップ、デバッグ、メルカリUSAなどのオンライン中古品マーケットプレースが主流だが、パタゴニア、アイリーンフィッシャー、Jクルーなどのファッションブランドの間でもブランド戦略の一貫として自らの手で自社製品の中古品を回収し、再販する動きが加速している。消費者や再販サイトが中古品に自由に価格をつけて売買する動きを牽制し、販売後もブランドとしての責任を果たし循環経済にも貢献するためである。前述のリセールレポートによると、24年春の時点で163以上のブランドが再販事業に取り組んでいる。 

 

 ライクニューはトレードイン(下取り)モデルで、顧客がキズの少ない同社のヨガパンツやスウェットシャツを店舗に持ち込むと、商品の状態によって$5~$25のストアクレジットで買い取り、ライクニューのオンラインストアで販売する。収益は100%、非営利団体アパレル・インパクト・インスティチュートのファッション・クライメート基金に充てられ、ファッション業界における二酸化炭素ガス排出削減の活動に使われる。ルルレモン社戦略的新規事業SVPのモリーン・エリクソン氏はメディア、モダンリテールの取材に対し「ライクニューはルルレモンの事業循環化努力の一部として本業を補完するものだ」と説明し、さらに中古品が他の販路を経由することを抑制し全体としての市場シェアを守る役割も果たしていると説明している3。 

 

 スレッドアップの調査では、アパレル中古品のオンラインチャネルの市場シェアは再販マーケットプレースが58%、ソーシャルメディアの再販ショップ18%、ライクニューのようなブランドの再販サイトが11%、ライブストリーミングの再販ショップが8%だ。まだブランドの再販サイトは規模が小さいものの、ブランドが責任をもって製品を循環させることは消費者からの信頼を勝ち取るためにも今後ますます重要視されそうだ。 





オールドネイビーがRFIDチップを読み取るプラットフォームを導入

天井に設置されたディスクがAIとコンピュータヴィジョンでRFIDタグ情報を追跡 出典:RADAR社広報資料 天井に設置されたディスクがAIとコンピュータヴィジョンでRFIDタグ情報を追跡 出典:RADAR社広報資料

 

 3月26日、ギャップ社オールドネイビーはRFIDタグをAIとコンピュータヴィジョンでリアルタイムに追跡するプラットフォーム開発企業RADAR社と提携し、円盤型のデバイスの店内実装を発表した。ただし具体的な店舗数は公表していない。これによって、商品が店内の売場、後方スペースのどこにあってもリアルタイムに精度高く所在を認識でき、在庫管理の精度・生産性向上だけでなく従業員の接客サービスの向上、オンラインオーダーのピックアップ業務のスピードアップが期待できる。 

 

 デバイスは1つ当り70~930㎡をカバーし、精度は99%だ。コストは明らかになっていないが、RFIDタグは値下げによって現在米国内大手小売企業は数量割引で4セント以下で購入しているという4。同社のプラットフォームは既にアメリカンイーグルアウトフィッターズ500店を含め北米600店に導入されている。RADAR社は累積1億ドル以上の資金調達に成功しており、出資者には大手投資グループ以外にアメリカンイーグル、ギャップ、マイケルコースとトミーヒルフィガーのバッカーのアグネリ家も含まれている。 

 

 RFID技術は近年、AIその他と組み合わせることでサプライチェーンマネジメントを革新できる点で小売業界で再び注目を浴びている。 





フォエバー21倒産に安堵するショッピングモール

マンハッタン、タイムズスクエア店も残り5日で閉店セールを開催。既に地下売場は何もなかった 出典:筆者撮影 2025年4月22日 マンハッタン、タイムズスクエア店も残り5日で閉店セールを開催。既に地下売場は何もなかった 出典:筆者撮影 2025年4月22日

 

 フォーエバー21(F21)が3月に2度目のチャプター11入りした。最初は19年で800店を200店削減して再生したが、今回は現在ある約350店に買い手がつかなければ4月末で閉鎖する計画を同社広報部が発表し、既に閉店セールが始まり一部の店舗は閉鎖している。倒産の直接理由はシーインやティームーで、両社は関税政策の影響で4月25日から値上げを発表しているが、時すでに遅しとなった。 

 

 しかしこの悲劇を米国ショッピングモール企業はむしろ歓迎しているとウォールストリートジャーナルは報道した5。ショッピングモールの占有率が上昇し、家賃もクラスBのモールですら上昇傾向にある。大手モール開発企業マセリッチ社では営業経費増にも関わらず純営業利益は黒字で19年の水準を越した。背景には、人口移動や競合激化で客足が遠のいたショッピングモールが消滅する一方で、屋外型ショッピングセンターやタウンセンターの建設はあっても、屋内型モールは新規開発されていないため、優良なモールは供給量が少ないという状況がある。WSJの調べでは、ニュージャージー州のブリッジウォーターコモンズではF21の跡地を2分割し、別のファストファッションリテーラーを入店させて売上を6倍上昇する計画だ。またニューヨーク市郊外のウェストチェスターモールでは、F21跡地はアロヨガやルイヴィトンに囲まれているため、これに合わせてよりハイエンドなテナントを誘致する計画のようだ。 

 

 昨年から米国ではスーパーマーケットやディスカウントストア、オフプライスストアの積極的出店の一方でウォルグリーンズやCVSといったファーマシーの店舗削減を含めて7300店が消えている。今年も同様のトレンドが予測されているが、オンラインショッピングの定着、消費行動や消費の中身の変化によって米国小売は新旧交代の時期だと言える。 


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【在米リテールストラテジスト 平山幸江】


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