ドラッグストアチェーンのCVSヘルスがファーマシー部門を中心に物販部門を大幅に縮小した465㎡前後のミニ店舗を12店、テスト出店する。平均的な店舗面積は745~1210㎡なのでかなり小さい。縮小対象となるのはビューティ、食品、ステーショナリー部門で、ウォルマートなどディスカウントストア、ビューティ専門店チェーンなどとの競合が激しい領域だ。ビューティや食品は過去20年間にディスカウンターやオンラインストアとの競合に対抗するため、ワンストップショッピングの利便性向上を目的に拡張してきた部門だが、今や本業の薬剤販売ですら市場シェアを脅かされており、今回のテストに踏み切った。
メディア、ドラッグストアニュースの取材に対してCVS広報担当は「新たなミニ店舗は病院や薬剤、予防接種サービスが少ない商圏に出店する。出店先の地元コミュニティのニーズに合わせてカスタマイズする」と答えている。
CVSは近年約900店を閉店し、今年はさらに270店の閉店を計画している。同社競合のウォルグリーンズも2027年度末までに1200店の閉店を昨年10月に発表した。ライトエイドは昨年秋にチャプター11を抜けて現在経営再建中だ。ニューヨーク市内に在住する筆者自身の経験でも、コロナ禍以降は近隣に数件あったCVSやデュアンリード(ウォルグリーンズ)が次々閉店し、処方箋なしに購入できる医薬品は近隣にあるターゲット小型店、処方薬はオンラインで郵送してもらうことが増えている。少し前までは、朝食用のミルクが切れたら最寄りのドラッグストアに買いに行くこともあったが、ドラッグストアの食品は価格が高く品揃えも限られているので、現在は即日配送時間内ならネットスーパーで買い、本当に緊急の時しかドラッグストアで購入しなくなっている。
とは言え、店舗数が減少しても全米のドラッグストアチェーン網は、消費者にとって利便性の高い場所にあり、ヘルスケア領域では深い専門性を持ち、生活に欠かせない存在だ。今後どのような店舗フォーマットに進化すべきか、その実験がようやく始まったということだろう。
24年4月に倒産し全33店が閉鎖になったフォックストロット(Foxtrot)が昨年末から徐々に再開し始めている。同店は15年に登場したアーバン・コンビニエンスストアで、地元で生産・製造した食品、飲料やワインとカフェからなる高級コンビニエンスストア業態だ。ワシントンDC、ダラス、オースティンの都心部に出店し、23年11月に高級グルメストア、ドムズ・キッチン&マーケットと合併し、24年にはテクノロジーによる来店客分析企業Placer.aiの「トレーダージョーズに並んでホットな店」に選ばれた。この時点では24年末までに100店舗体制に成長することが期待された。
ところが24年4月に資金不足で突然破綻、翌月資産は220万ドルで高級コンビニエンスストアを経営するファーザーポイントエンタープライズに売却され、新オーナー企業はフォックストロットの創業者だったマイク・ラヴィトーラ氏をCEOに迎え、24年9月から段階的にシカゴとダラスの店舗を再開し始めた。
【店舗の様子】
3月上旬に、ダラス、ユニバーシティパークの店舗を訪れた。290㎡の店舗は閑静な高級住宅地のライフスタイルセンター内にあり、白と黒を基調にしたシンプルだが落ち着く印象の店舗デザインで、売場面積の半分以上をカフェが占める。コーヒーやサンドウィッチ等の食品は地元ブランドを中心に高品質で、ラウンジ・スペースでゆっくりと飲食する20~30代女性が目立った。スターバックス同様、仕事や勉強にいそしむ姿もちらほら見られた。
店内奥にはローカルブランドを中心に新興ブランドのスナック、パッケージフード、冷凍食品、飲料、ワインのコンビニエンスストアがある。販売するブランドはパッケージデザインもフレーバーもZ世代の好みを反映し、ナチュラル、サステナブル、エシカルな製品が基本だ。価格帯は高めだがプチ贅沢にはぴったりな品揃えだ。客の流れを見ているとカフェ目的が主流で、途中で席をたちスナックを買う姿が見受けられた。しかし同社はもともとゴーパフ(Go Puff)が先鞭をつけた「30分以内に生活必需品を配送するコンビニエンスストア」の高級版を目指していて、店舗からオンラインオーダーを出荷する。ワインや冷凍食品などはオンライン客が主流のようだ。
【アーバンコンビニエンスストア・モデルは成功するのか】
現在シカゴに6店、ダラスに2店が再開しているが、創業者兼CEOのラヴィトーラ氏はメディア、プログレッシブグローサーの取材[1] に、いくつか興味深いコメントをしている。まず、破綻前に出店を急ぎ中西部大都市で33店舗体制に拡大したのはオンライン事業を主体に考え、人口密度の高い都心でフルフィルメント・配送拠点を拡げることが主目的だったようだ。これは投資家の意図が大きかったようで途中でラヴィトーラ氏は経営から外されアドバイザーとして残っていた。しかし先行投資に無理があったようで倒産した。
新経営チームによる再開では、①全店を再開するのでなく成長性の見込める地域・店舗のみ再開、②店舗経験を重視し来店客数をあげる、③店舗では地元住民の好みを細かく反映させたローカルストア色を強調、を行っている。ラヴィトーラCEOによると、ダラスのカフェではダラス限定で地元の豆や牛肉を使ったタコスの新メニューを導入し、物販側の品揃えも地元色を訴求している。例えばワインの場合、ダラスでは力強い赤ワイン、カベルネソーヴィニヨンが売れ筋だが、シカゴではより繊細なピノノワールがよく売れるという。
一方で「発見、驚き」を提供するため、シカゴ、ダラスのそれぞれの地元名産品を交換して販売するテストも行っており、ダラスではシカゴピザ、イタリア風ピクルス、シカゴでは朝食用タコスやメキシコ料理のフレッシュチーズを提供している。
同社の動きにはコンビニエンスストアの進化系を考察する上での学びの種がある。現在小売業界全体にローカライゼーションが重視されているが、ハイエンドなコンビニエンスストアを目指すならただ便利なだけでなく、商圏内顧客ニーズを深く掘り下げ、知的好奇心をくすぐるような発見、特別感のあるマーチャンダイジングを提供し、ゆったりとした自分(たち)の時間を過ごせる飲食空間が不可欠だ。小売業界人の間ではロサンジェルスのエレワン(Erewhon)、マンハッタンのハッピヤーグローサリー(Happier Grocery)やマストマーケット(Mast Market)などが注目されているが、物販部門のサイズの大小はあるものの同じ方向を目指している。今後の動きに注目したい。
[1] https://progressivegrocer.com/exclusive-foxtrots-big-plans-big-d
昨年9月、モーガンスタンレー証券はアマゾンが今年春にも約14,000人のマネジャークラスのレイオフ、21~36億ドル相当の経費カットを実施するのではないかという分析レポートを発行した。ジャシーCEOは着任以降1万人単位のレイオフを数回実施しており、今のところ同規模のレイオフ計画は発表されていないが、組織の生産性向上策が継続的に実行され、ただ投資家を喜ばす数字合わせの経費削減以上の意図をもっているようだ。
ジャシーCEOは昨年秋、従業員が不要だと感じる業務プロセスについて報告できる「ビューロクラシー・ティップライン」制度を開始し、不要なプロセスはどんどん削減するよう従業員に訴えた。1月からアマゾン本社社員に週5日オフィス勤務規則を通達し、同月ファッション部門、フィットネス部門のスタッフ200人がレイオフになった。対象にしたのは会計管理、マーチャンダイジング、データエンジニアリング業務だ。またコミュニケーションズ(広報)とサステナビリティ部門でも少人数ながらリストラが行われている。
1月末にはホーフルーズマーケットCEOのジェイソン・ブシェール氏がアマゾン・ワールドワイド・グローサリーストアーズVP兼任となり、スーパーマーケット事業全体を見ることになった。これによって現在60店舗以上に増えたアマゾンフレッシュと同じく出店モードのホールフーズ、直営店数は減っているがレジレスのJWOシステムは拡大中のアマゾンゴーを総合的に統括し、労働生産性向上だけでなく、マーチャンダイジングの効率化や、既にテスト店舗しているようにホールフーズ店舗でアマゾンフレッシュやアマゾン購入の食品もピックアップできるといった顧客経験のレベルアップもスピーディに実行しやすくなる。
前述のグラフのように2月にアマゾン、ウォルマート両社の2024年度業績が報告された。全社売上では440億ドルの差まで近づいてきたが、物販売上はウォルマート国内とサムズクラブ合算値が5526億ドル、アマゾンオンラインストアと実店舗合算値が2682億ドルとまだウォルマートが2倍以上大きい。しかし小売事業の定義が単なる物販を超えていることは本レポート25年1月号で議論した通りだ。
現在米国では消費全体への警戒心が高く、ウォルマートでは高所得世帯の売上が増えている。しかし関税問題で物価高騰懸念が現実感を増す中でウォルマート、アマゾンを始め小売大手は値上げの可能性と、25年度の業績低調予測を早々に公表している。アマゾンは24年度はAWSの売上躍進に救われたが、未だに売上の6割を占める物販事業の成長に本気にならざるを得ない。その結果組織の生産性向上、特に労働の質の向上に力を入れているのではないか。
オムニチャネルプラットフォームのインスタカート社が試験的に新たなサービスを特定の商圏内で展開している。最初に報道したビジネスインサイダー[2] によると、同社クライアントの小売店店内でオンラインオーダーをピッキングするショッパーが、その仕事の合間に「特定の消費財ブランドの棚の写真を撮り、送信する」というサービスだ。ショッパーはこれをやる義務はないが、行う場合は1回10分程度の作業に12ドルの報酬を得る。従業員用アプリでその仕事を選ぶだけで参加できる。ビジネスインサイダーが聞き取り調査を行った匿名のショッパーは、ユニリーバのダヴ・ボディケア製品の写真を撮って送ったそうだ。
このことは小売流通業に携わっていない方にとっては「…だから何?」で終わるかもしれないが、業界人は「えっ!」という反応になるのではないか。まず、日米ともに基本店内での撮影は禁止である。理由は棚割り(注:陳列棚のどこにどのブランド・商品をどれだけ並べるかの計画)と在庫や販促の状況からプロならある程度売上動向も推測できるし、極端な場合経営の綻びもうかがい知ることができる。もちろんこれらは普通に店内を視察すれば誰にでもアクセスできる情報だが、情報が定点観測で定期的にリアルタイムに現場から直接送られてくれば分析精度は向上する。
インスタカートの今回の設定では「依頼主の消費財メーカーは自社ブランドの棚しか撮影依頼できない」そうで、「自社ブランドの売上状況や補充タイミングの分析に役立てる」のが目的のようだ。テストに参加している小売店側も承諾しているのだから問題はない。とは言え、ちょっとカメラをひけば隣近所の競合ブランドの様子も画像に入ってしまう。
同社フィジ・シモCEOは24年9月に開かれたゴールドマンサックス社のコンファランスで、同社の成長はリテーラーや広告パートナー(すなわち消費財メーカー)へのサービスを拡大に依存する、と述べている。またメディア、オムニトークはこの新たな取り組みは「店内で新たな業務を増やすことは店舗側とのデリケートな話し合いが必要」としながらも「リテーラーと消費財メーカーの店内でのコラボレーションの大きな変化の始まり」だと評している 。[3]
古いタイプの業界人なら、店頭の棚割りや在庫数量、価格は小売企業にとっては経営の心臓部、これをサービスとして売るとはねえ、と思われるかもしれない(実は筆者も内心そう感じた)。一方で、オンラインストアなら品揃えや企業によっては店内在庫数量も掲示していて地球の裏からでも見られるのだから一緒でしょ!という考え方もある。リテールテックとも呼べない人海戦術の今回の試みは短期間で終了するかもしれないが、小売業界にどっぷり浸かったことがないインスタカートのような存在から売場を見ると、まだまだできることがいろいろあるのだなあ、というのが今回の学びであった。
[2] https://www.businessinsider.com/instacart-gig-work-job-photographing-store-shelves-brands-workers-2025-2
[3] https://omnitalk.blog/2025/02/11/instacart-tests-cpg-brand-task-program/#:~:text=The%20new%20initiative%2C%20currently%20in,no%20penalties%20for%20declining%20opportunities.
【在米リテールストラテジスト 平山幸江】