掲載日:2025/12/09

「2025年ウォルマートvsアマゾンをどう見るか」、「ピックルボールがイーターテイメントで拡大」他:進化を続けるアメリカ小売業界Vol.53

「クローガーがオカド自動フルフィルメントセンター5か所を閉鎖」、「マーケター必見:ターゲットのAIギフト相談機能の体験報告+チャットGPTのポテンシャルについて」他:進化を続けるアメリカ小売業界Vol.63

クローガーがオカド自動フルフィルメントセンター5か所を閉鎖

オカド社自動CFCの内部の様子 出典:クローガー社 オカド社自動CFCの内部の様子 出典:クローガー社

 

 クローガーは2018年に英国オカド社と提携し、ロボットがオンラインオーダーをフルフィルメントするカスタマーフルフィルメントセンター(CFC)網を構築してオンライン事業の生産性向上と売上拡大を実現すると大々的に発表した。しかし11月18日、ウィスコンシン州プレザントプレーリー、メリーランド州フレデリック、フロリダ州グルーヴランド、テネシー州ナッシュヴィル、オクラハマ州オクラハマシティを含むCFC、5拠点を2026年2月1日付で閉鎖すると発表した。

 同社のCFC導入については当初から大きな関心が寄せられていた。当時、ウォルマートやターゲットはすでに店舗網を活用し店舗からオンラインオーダーを出荷する戦略を明確に打ち出し、インスタカートやドアダッシュ、ウーバーイーツといったオンデマンド配送企業との提携を急いでいた。これとは真反対の、中央集権型の大型自動FCからの食品配送が戦略的に有効かどうか、に焦点が当たった。

 図表のように、2021年4月にオハイオ州モンローに第1号が開業し、その後重要な商圏の中心に大型CFCをハブとし周辺には小型CFCをスポークとしてラストマイル配送のスピードアップを図るハブ&スポーク戦略を進めていったが、2023年3月に拡大計画をいったん保留、図表で緑色にハイライトされていない拠点はすべて計画のみで頓挫した。この理由について当時のロドニー・マクミュレン前CEOは「少し課題が生じており、これを見極めたい」とコメントした。オンライン販売はコロナ禍でどの小売企業でも急増したが、2022年、23年には店舗営業の平常化に伴い、チェーンストアにおけるネット事業はどこも成長率が鈍化または売上高が低下する傾向にあった。クローガーが多大な投資に対して売上を十分に伸ばせなかったことは容易に想像がつく。

 翌2024年3月にはテキサス州オースティン、サンアントニオ、フロリダ州マイアミのCFCを閉鎖した。チェーンストア経営のセオリー通りに不動産コストが低い郊外に大規模なDC、FCを作ってコストダウンしても、遠方から顧客までの配送には時間もコストもかかる。同ニュースで業界内には「やはり店舗網を使って即日配送する方が現実的かつニーズが高いのではないか」という憶測が拡がったが、今回の発表で「チェーンストアのオンライン事業は店舗網活用」が決定的となったようだ。

出所:クローガー社広報資料、スーパーマーケットニュースより筆者作成 出所:クローガー社広報資料、スーパーマーケットニュースより筆者作成

 クローガーは今年9月に、ドアダッシュとの配送提携を拡大し約2700ある全店舗からオンラインオーダーを店舗出荷し、年明けにはウーバーイーツ、インスタカートとの提携関係も拡げる計画だ。この戦略転換によって2026年にはオンライン事業収益を約4億ドル改善する計画だが、一方で3拠点の閉鎖に伴い第3四半期に26億ドルの減損を計上する。

 ところで今後の戦略に特に影響が出るのがフロリダ州だ。フォックスニュースは11月19日、フロリダ州が連邦法に従って開示する大企業の解雇情報WARN(Worker Adjustment and Retraining Notification)によると、クローガーのフロリダ州内全CFCが閉鎖になるらしいと報道した。フロリダにはクローガーの店舗は無く、最強のリージョナルSM、パブリックスの本拠地にオンラインスーパーで食い込むためにCFCを投入した訳だが、これが無くなればオンラインでのフロリダ攻撃もあきらめざるを得なくなる。一方でパブリックスは既にケンタッキー州に6店舗出店し、クローガーの本拠地シンシナティの10マイル未満まで店舗を拡げた。来年も出店を加速する計画だ。

 オンライン売上構成比は企業によって差があるがウォルマートは食品売上の約3割をオンラインに頼り、成長戦略の柱ともなっている。オムニチャネル戦略をどう組み立てるかで企業経営の根幹を揺るがしかねないことを今回の事例は物語っている。



マーケター必見:ターゲットのAIギフト相談機能の体験報告+チャットGPTのポテンシャルについて

チャットGPT上でギフトについて相談し、ターゲットのアプリのそのまま移動できる新機能 出典:ターゲット社 チャットGPT上でギフトについて相談し、ターゲットのアプリのそのまま移動できる新機能 出典:ターゲット社

 

 小売企業とチャットGPTの取り組みの報道は後を絶たない。業績苦戦が続くターゲットはファッション領域のてこ入れや、食品価格の据え置きなどさまざまな経営改善に取り組んでいるが、ホリディ商戦を勝ち抜くためにチャットGPTを含む顧客向けのAIツールを複数作成した。報道ほど役に立つものなのか、筆者は試してみた。

 

 

【ホリディ・ギフト・ファインダー(ベータ版)】

 ウェブサイトまたはアプリ上の「ホリディ・ギフト・ファインダー」に名前、電話番号、メールアドレスを登録し、ギフトエクスパートであるチャットボットとギフト目的や相手の属性について会話し、ギフトを推奨してもらう。

 試したところ、まだこの機能がアプリに搭載されていないのでウェブサイトから入り、ターゲットサークル会員であっても再度個人情報を登録しなければいけないのが不便だ。しかし最大の課題は、チャットボットが受取人の属性を全然考慮しないギフト提案をすることだろう。例えば「71歳のおばあちゃんへのギフト」と入力したのにニンテンドーのギフトカードや幼児用絵本が上位に出てきてしまった。

 

☆右写真:「ギフト・ファインダー」での会話 出典:平山がアプリをスクリーンショット

【リスト・トゥ・カート・スキャニング】

 もともと備わっていたウェブサイトまたはアプリ上の「リスト&フェイバリット」機能では、ショッピングリストを自分でタイプしたり、バーコードをスキャンしてリストを作ることができたが、これに加えて「スキャン・ア・ペーパーリスト」機能が加わった。自分の手書きのメモを写真に撮ると、自動的にタイプされたリストが出来上がる。

 既にアプリに搭載されているので簡単に利用できるが、「大人用レゴブロック」「ラブブ人形」と書いたのに「レゴブロック」「人形」しか読み取らず、追加情報を手入力しなければいけなかった。しかし修正後は適切な商品推奨され便利ではあったが、これなら既存のリスト機能の方が手書きのメモを作り、それを写真に撮り、できたリストに修正を加えるより全然楽だ。むしろ既存のリスト機能を音声認識にしたり、精度を上げて欲しい。

 

【チャットGPT内ターゲット・アプリ(ベータ版)】

 11月のブラックフライデー直前に立ち上がった機能で、チャットGPTの会話の際、「Target,(カンマ)」でタグし、そのまま聞きたい内容を尋ねると贈り主の気持ちを分類し、その分類別にさまざまな商品を推奨してくれる。例えば71歳のおばあさんの例では「自宅でリラックスできるギフト」「毎日使える実用品」「思い出として大切にとっておきたいような品」のカテゴリー提案があり、温かいフリースのひざ掛けやスリッパ、可愛いマグカップ、メッセージ入りペンダント等が出てくる。さすがチャットGPTだけのことはあると感心したが、商品をクリックするとターゲットだけでなくウォルマート、eベイ等提携している他社のサイトも出てきて、価格が異なるとここで客を取られてしまう。ただ、ギフト選びに行き詰った時の手助けにはなりそうだ。

☆チャットGPTでターゲットをタグして71歳のおばあさん向けのギフトを相談する様子。(左)会話後のチャットGPTの推奨、(中央)「毎日使える実用品」のリスト、(右)その中のマグを選ぶとターゲット以外にウォルマートもリストに登場 出典:平山がアプリをスクリーンショット

 こうして体験してみると、前2機能については既存の検索広告の精度を上げたり、既存のアプリ機能の向上だけでも十分消費者の利用経験が上がり、売上につながりそうに感じる。ただし最後のチャットGPTとの提携は、現時点で多少課題があるとしても今後のマーケティング機会としての手ごたえを感じる。なぜなら、推奨商品にきちんと会話の内容が反映されているからだ。広報資料をよく見るとチャットGPT側の担当者として、あのインスタカート前CEOで現在チャットGPTアプリケーション部門CEOのフィジ・シモ氏がコメントしているではないか。インスタカートを数年でただの食品オンデマンド配送サービス企業から包括的なネットスーパーサービスプラットフォーム企業へと変身させた元メタ社の女性幹部だ。インスタカート社在籍中に全米の中小から大規模スーパーマーケットの裏表を見てきた彼女なら、広告媒体を検索からカンバセーショナルに移動させることなどたやすくできたに違いない。

 シモ氏は「ターゲット社と協働することで顧客と従業員が楽しめ、実用的な経験を作り上げることができたのは喜ばしいです」とコメントしているが、内心、まだまだこれからよ!と思っているに違いない。



アルタビューティがマニキュアロボットを導入

出典:10ビューティ社広報資料 出典:10ビューティ社広報資料

 

 マニキュアロボットは日本でも話題になっているが、ビューティ専門店最大手のアルタビューティは11月からマサチューセッツ州ブレインツリーおよびエベレット市内の店内に10ビューティ社のマニキュアロボットをテスト導入した。選ぶサービス内容にもよるが25~45分で30ドルだ。同地区のネイルサロンでネイリストにカラーリングしてもらうと基本的なサービスは25ドル以上、これに通常は20%のチップを払うため、ロボットと価格は同じだ。同社は8月にノードストローム百貨店のマサチューセッツ州バーリントン店でもテスト導入している。(注:現在は稼働していない様子)

 マニキュアロボット業界では2020年に創業したクロックワーク(Clockwork)社が約15分間で28色の選択肢を10ドルで提供し、カリフォルニア州、ミネソタ州でテスト営業後に2022年からはターゲットのフォートワース地区3店舗でも展開したが2023年2月に全ての営業を終了した。クロックワークで当時マニキュアを試した人を取材したDマガジン[1]によると、価格はサロンよりずっと安いが、乾燥が十分ではなかったため気を付けないと終了直後にキズが付きやすかった、1週間もしないうちに一部が剥がれてきた、という体験談をつづっている。同社は今年2月に10ビューティ社に買収された。10ビューティ社は2024年2月時点で、1,000か所にロボットを設置し年間ロボット使用料1300万ドルを見込み、近い将来3000か所5000万ドルを計画している。

 10ビューティの装置では、利用者が装置に接続したタブレットでサービスと16色の中からカラーを選ぶ。衛生管理上機械は毎回消毒し、必要なスポンジ、エナメル、キューティクルセラム等は1回限りの使用のカプセル状の器に入り、カプセルはリサイクルしている。まだテスト段階ということで共同CEOのアレクサンダー・シャソウ氏は「顧客のフィードバックを聞きながら運営していくので将来のことを予測するのは難しいが、ビューティ業界におけるオートメーションは毎日のスキンケアの一部になっていくと思う」と語っている。

 マニキュアは自分で塗るのは手間も時間もかかるため、アメリカでは今や多くの女性がネイルサロンに通っている。馴染みのサロンに通う楽しみはある一方で、頻繁にいかなければならず、チップを含めれば結構な金額になるので技術の完成度が上がって費用が下がれば、市場のすそ野が大きいことは間違いなさそうだ。

 

[1] D Magazine, ‘A robot at Target paint my nails’, 2022年6月27日 



ウォルマートの人事政策がハーバードの事例研究に

5年間のウォルマート社の株価推移(2025年12月3日時点) 出典:ヤフーファイナンス 5年間のウォルマート社の株価推移(2025年12月3日時点) 出典:ヤフーファイナンス

 

 ウォールストリートジャーナルは10月17日の記事[2]で、かつて低賃金の代名詞だったウォルマートがいかに雇用条件や職場環境を改善したかを採り上げた。同社の事例はブラックストーン社やバンクオヴアメリカ等大手金融企業がヒアリングしたり、ハーバードビジネススクールでの事例研究にも取り上げられているという。詳細に興味のある方は原文を読むことをお勧めするが、そのポイントをご紹介したい。

 2014年にマクミロンCEOが現職に就き、従業員の定着率を高めチームワークを向上することで運営効率を高めるため、倉庫および店舗従業員に対してトレーニングを増やし、昇格・昇給への意欲を高めた。これと同時に2015年当時連邦政府の最低賃金だった7ドル25セントを上回る時給を全拠点の従業員に提供、これらのコストは2年間で27億ドルに及び、また小売価格の削減や店舗やオンラインへの設備投資で同社の利益は低下、株価も低下した。

 しかしそれから10年後の現在、株価は過去5年で2倍以上に成長し、売上も昨年度6810億ドルに達している。同社の平均時給は2015年に12ドルだったが今年7月には18ドル25セントに上昇し、加えて育児休暇、大学学費無料化,ハイテク技術向けトレーニング等の福利厚生を手厚くした。2018年には労働不足が顕著となり、アマゾンとコストコは最低時給を15ドルに上げたが、ウォルマートは従業員の昇格に向けたトレーニングを強化した。その後コロナ禍でオンライン売上が急増した際、アマゾンを始め多くの小売企業のフロントラインでは労働力不足が深刻化し、高額な時給だけで組織が必要な人を集め、つなぎとめておけるわけではないことが実証された。

 ウォルマートは本レポートでもご紹介しているように、AIを活用し倉庫の自動化に投資を進めている。これらのコスト管理は重要で同社の店舗での入社時最低賃金は現在でも14ドルだ。しかし努力して昇進・昇格すれば昇給だけでなく前述のさまざまな魅力的な福利厚生を得ることができるシステムができあがっている。AIやロボットを管理するトレーニングも提供されており、これらハイテクを使う側に回れば雇用が安定する仕組みだ。米国では現在、経験がない大学新卒の就職難が社会問題にもなっているが、小売業界は伝統的にこういう経験のない人材の受け皿となってきた。個人的には、ウォルマートが営利企業としての使命を越え、社会の公器としての自覚をもって事業を営んでいるように感じる。

 

[2] Wall Street Journal, ‘Walmart, once a byword for low pay, becomes a case study in how to treat workers’, 2025年10月17日


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【在米リテールストラテジスト 平山幸江】


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