掲載日:2025/09/11

「2025年ウォルマートvsアマゾンをどう見るか」、「ピックルボールがイーターテイメントで拡大」他:進化を続けるアメリカ小売業界Vol.53

「トラクターサプライカンパニーがファッションに挑戦!」、「アマゾンDCでロボットの数が人間の数を上回る」他:進化を続けるアメリカ小売業界Vol.60

トラクターサプライカンパニーがファッションに挑戦!

トラクターサプライカンパニーxモリーイェのコレクションより 出典:トラクターサプライカンパニー社 トラクターサプライカンパニーxモリーイェのコレクションより 出典:トラクターサプライカンパニー社

 

 トラクターサプライカンパニーは23州の農村部に2,335店とペット専門店ペットセンス207店を持つ農村ライフスタイルの店だ。85年の歴史を持ち、農家、酪農家たちの生活に必要な商品をトラクター、家畜、肥料から食品、衣料品、娯楽用品まで総合的に販売し、現在フォーチュン500の296位を占める。同社は近年、小売業界の成長株として注目されているが、その理由はいくつかある。もともと農村部に強かったウォルマートが都市型商圏の高所得者層にフォーカスし農村部の業績の悪い店舗はむしろ撤退していること、ウォルマートをしのぐ勢いで農村部に店舗網を拡げるダラーストア、ダラージェネラルは食品と生活必需品がメインで店舗面積も700~880㎡と小型で住民の生活全ての需要を満たしてはいないこと、などだ。一方でトラクターサプライは1,400~2,200㎡の面積で、農業と生活の両方の需要を満たす総合的な品揃えを行っている。加えて近年同社はオムニチャネルを始めとするテクノロジー投資を積極的に行い、簡単にモバイルショッピングできるだけでなく、経営効率向上にも努めている。

 一番重要なポイントとしては、「農村のライフスタイル」をサステナブルでスローな魅力的なライフスタイルとしてポジショニングしていることだろう。それは決して都会的なセンスを持ち込むことではなく、例えば同社のエコバッグは牛や鶏の絵や写真だが、そこには生き生きと楽しい農村の生活が感じられる。とは言え、従来衣類はラングラー、リー、ディッキーズ等ベーシックなブランド展開とプライベートブランドのカジュアルベーシック「ブルーマウンテン」と作業着「リッジカット」に限られていた。ところが8月22日、同社はTVフードネットワークのエミー賞にノミネートされた料理番組「ガール・ミーツ・ファーム」のホストで料理書の著者、そして自身もノースダコタとミネソタの境界線にあるシュガービーツ農場で生活するモリー・イェと共同開発した「トラクターサプライカンパニーxモリー・イェ」コレクションを発表した。同コレクションは農場での生活にインスパイアされ、耐久性があり機能的だがカラフルで快適だ。園芸作業や乳しぼり、隣家のバーベキューパーティやカジュアルなレストランでのディナーなど、農村ライフスタイルのリアルなオケージョンを想定してデザインしている。

 コレクションは23点で、デニムオーバーオール、フランネルのシャツジャケット、バーンジャケット等23点から構成されている。11月にはフィールド&ストリームマガジンともタイアップして別のアパレルコレクションを立ち上げる予定だ。ニューヨークやLAのスタイリッシュなデザインオフィスから生まれるものとは異なるクリエーションに期待が寄せられている。





満足度の高いファーマシーはディスカウントストア系とスーパーマーケット

2024年度のJ.D.パワー社米国ファーマシー研究で1位になった時の広報写真 出典:ウォルマート社ウェブサイト広報ページ 2024年度のJ.D.パワー社米国ファーマシー研究で1位になった時の広報写真 出典:ウォルマート社ウェブサイト広報ページ

 

 日本でも5月に改正医薬品医療機器法が成立し、一定の条件のもとで薬剤師や登録販売者がいないコンビニなどでも医薬品を売ることが可能になった。

 米国では1960年代初頭にジャイアントフードやパスマークと言ったスーパーマーケットが、顧客の利便性だけでなく「スーパーマーケットは健康全てに関わるプロフェッショナルなサービス」というコンセプトに基づいて積極的にファーマシー事業を導入した。1970年代にはスカッグズ・アルバートソンズの「スーパーマーケット+医薬品販売」フォーマットがヒットし、瞬く間に業界にこのコンセプトが拡がった。ファーマシーの導入は集客力向上にも役立ったからである。スーパーマーケット内ファーマシーの数は1991年4,461店から2001年には9,255店に急増した(フードマーケティングインスティテュート調べ)。

 グローバルコンサルティング企業J.D.パワーは17年間にわたって毎年ファーマシーにおける顧客満足度を調査している。7月29日に発表された「2025米国ファーマシー研究」は2024年5月から2025年5月の期間にファーマシーで処方薬を購入した顧客14,700人を対象にその満足度を調査したもので、その結果が下の図表だ。

米国医薬品販売の販路別顧客満足度ランキング 出典:J.D.パワー 2025 U.S. Pharmacy Study, 2025年7月29日発行

 

 ドラッグストアがピンク、会員制ウエアハウスとディスカウントストアがブルー、スーパーマーケットがイエローにハイライトしてあるが、一目瞭然と価格志向の会員制ウエアハウスとスーパーマーケットの満足度が高い。スーパーマーケットで上位の3社はいずれもリージョナルスーパーマーケット、つまり地元に強いスーパーでウォルマート等大手ナショナルチェーンを大きく上回っている。ドラッグストアで首位のヘルスマートは1997年に創業した独立系ファーマシーのフランチャイズチェーンで50州に5,000以上の個人経営ファーマシーが参加している。2位グッドネイバーファーマシーも地元の家族経営ファーマシーのコーポラティブネットワークで全米に2,000以上が参加している。これらに次いで満足度が高いのはオンラインファーマシーで、アマゾンファーマシーは2販路で上位に入り、利便性の高さが改めて認識される。

 こうして見ると、医薬品販売が本業のファーマシー、特に大手チェーン系が顧客満足度で低いという点には解決すべき課題を感じる。上位企業が共通して「地元を良く知り、地元客から信頼されている」または「徹底して価格志向」であるのに対して、現在の全米ドラッグストアチェーンが中途半端な立ち位置になっているということが明白だ。CVSやウォルグリーンズは広報資料で必ず、人口の85%以上が当社店舗から半径10マイルに居住、といったデータを紹介するが、自宅から近ければ便利で必ず買いにいく、という時代は既に終わっている。多少遠くてもワンストップで食品でも何でも買える店の方が結果的に便利だし、「来店したくなる要素」が明確であることが重要だ。

 米国のドラッグストアはこれに対して過去に食品部門を拡大したり、ビューティに力を入れたりしてワンストップ機能を高めてきたが、足元の経営状況は優れず大手3社は店舗数を削減している状況だ。医薬品販売への規制がまだ厳しい、コンビニエンスストアが徒歩圏に多い、という日本の市場環境とは異なるため、一概に比較できないかもしれないが、消費者が望むものは何かを考える上で興味深いデータである。





アマゾンが小さな町にも迅速配送を拡大

出典:アマゾン社ウェブサイト広報ページ 2025年6月24日 出典:アマゾン社ウェブサイト広報ページ 2025年6月24日

 

 アマゾンは2025年中に全米の小規模な市町村4,000を対象に、即日および翌日配送の迅速配送(ラピッドデリバリー)サービスを提供する。これによって数日以内にオーダーを受け取れる世帯数が数千万世帯増える。また、既にこれらの迅速配送を提供している都市では、翌日までに配送を受け取れる都市が30%増加する。

 ワールドワイドアマゾンストアーズCEOのダグ・へリントン氏は「ロサンジェルスのダウンタウンに住んでいようがアイオワ州であろうが、同じように即日または翌日に配送されることになる」とコメント、特に食品や日用品も対象としているため小さな町での生活が格段に便利になることは間違いない。これらの地域は人口成長率が低下すると、スーパーマーケットやドラッグストアの閉店候補地になりやすく、平均世帯収入が低いことも多いため、自動車で遠方まで必需品を買い物に出るのは時間的にも経済的にも負担が大きい。

 アマゾンでは今年第1四半期には迅速配送の効果で食品、日用品の売上成長率は家電など他のカテゴリーに比べて2倍だった。即日配送でリピート購入されている商品上位50のうち90%は生活必需品だという。ニューメレーター社は7月に開催されたプライムディで購入したアイテムに関するアンケート調査を行ったが、上位はアパレルと靴(30%)、生活必需品(29%)、ホーム用品(26%)、ヘルス&ウェルネス(26%)、ビューティ&化粧品(25%)が下位のカテゴリーを大きく引き離している。

 同社は2026年度末までに配送網に40億ドルを投資して規模を3倍に拡張する。また、農村部の配送ステーションを在庫保管、配送準備もできるハイブリッドハブに転換し、アドバンスト機械学習アルゴリズムを使ってどの商品がその地域で最も売れるかを予測し在庫を最適化する。

 ここまで読むとアマゾンが配送力をさらに強化しオンライン販売市場を手堅く制圧しているように見えるが、実際にはウォルマートを始め大手チェーンストアは店舗をハブとした配送力を強化し、ウーバー、ドアダッシュ、インスタカートと言ったオンデマンド配送企業が食品や生活必需品分野では勢力を拡げている。アマゾンがラストマイル配送網を築き上げた都市での配送競争が激化してきたので小都市も開拓、ということだろう。

 しかしここには前述のトラクターサプライカンパニーといった農村部に強いチェーンストアがオムニチャネル戦略に投資し、配送網を敷いている。同社は8月に従来ドアダッシュ等配送企業に委託してきたラストマイル配送を徐々に自社化すると発表した。同社のEコマース事業は2024年度に対前年340%増で10億ドルを超えている。飼料や工具などを扱うので客単価が$400近く大きいというメリットがある一方、舗装されていない道路や木立でトラックの屋根がひっかかる、オンデマンド配送の運転手は大型トラックを所有しているドライバーが少ない、といった農村部ならではの課題もあるが、トラクターサプライはこうした状況に慣れているため、むしろ自分たちで配送した方が効率が良い、と踏んだようだ[1]。

 アマゾンのラストマイル配送戦略は米国市場では小売業界の歴史を大きく塗り替えたが、今後は悠々独り勝ちという訳にはいかなさそうだ。

 

[1] Wall Street Journal, ‘Tractor Supply beefs up last-mile delivery to grow sales’, 2025年8月4日 





アマゾンDCでロボットの数が人間の数を上回る

アマゾン・フルフィルメントセンターで従業員と共に働くロボットたち 出典:アマゾン社ニュース 2024年10月9日 アマゾン・フルフィルメントセンターで従業員と共に働くロボットたち 出典:アマゾン社ニュース 2024年10月9日

 

 ウォールストリートジャーナル(WSJ)は6月30日に、アマゾンの米国内ディストリビューションセンター(DC)ではまもなくロボットの台数が従業員の数を超えると報道した。既に世界中でロボットは100万台以上[2]が稼働し、配送の75%はロボットがプロセスに関わっているとのこと。WSJアナリシスによると、昨年のアマゾンDCの平均従業員数は約670人で、2020年の約1,000人の3分の2、過去10年間で最低となった。一方で従業員一人当たりのパッケージ処理数は2015年の約175から2024年に3,870に上昇している。ロボットを導入しているDCでは物流も25%早くなっているそうだ。

 同社は既に従業員70万人以上をロボット制御業務に向けて訓練し、例えばアリゾナ州テンペDCの訓練を終了したある従業員は入社時に比べて2.5倍高い給与を得ているそうだ。このようにDCへのロボット導入と既存従業員のアップスキルはセットになっていて、ウォルマートでも近年リージョナルDC42か所をハイテク施設に改造した際、AIを活用した新たなロボットやシステムを使いこなせるよう従業員を教育している。ウォルマートは昨年4月の企業紹介ウェブサイトに、ハイテクDC化第一号のフロリダ州ブルックスヴィルDC(6020番)でフォックスロボティクス社と16か月以上をかけて開発した自動運転フォークリフト19台を稼働させた。従来手作業で到着したトラックから荷物を運び出していた従業員のホセ・モリーナ氏は現在、AIの機械ヴィジョンとダイナミックプランニング機能によって自動運転するフォークリフトをどのように動いて作業させれば最も効率的かを自己の経験から判断し、これに沿ってリフトを動かして作業効率を高めている。そのおかげで孫と遊ぶ時間も増えたというエピソードも紹介している。

 ウォルマートはまた、新たなハイテクDCでの人材募集用に動画を公開し、現場はどのように仕事をしているか、従来無かった職種であるオートメーションマネジャーとはどういう仕事か、を担当者による説明を加えて具体的な動作を見せている。

 アマゾンもハイテクフルフィルメントセンター(FC)やDCを企業ウェブサイトで定期的に紹介しているが、6月11日付のレポートではアマゾンロボティクスが開発した各種ロボットの機能を詳しく紹介していて、テクノロジー企業でハイテクを全面的に訴求するアマゾンと、長年現場の従業員の手作業に頼ってきて今でも多くのDCで手作業をしてくれている従業員への配慮が伺われるウォルマートのスタンスの違いが見えて興味深い。

 いずれにしても、NVIDIA社ジェンスン・フアン氏が述べていたように「AIがあなたの仕事を奪うのではなく、AIを活用する人があなたの仕事を奪う」という現実を動画で見ることができる。

 

◇ウォルマートのハイテクDCでの仕事の様子(動画)

https://one.walmart.com/content/usone/en_us/company/programs/high-tech-regional-distribution-centers.html#:~:text=More%20options&text=Walmart%20is%20retrofitting%20our%2042,skills%20in%20robotics%20and%20technology

 

◇アマゾンのロボット紹介(動画)

https://www.aboutamazon.com/news/operations/amazon-robotics-robots-fulfillment-center

 

[2] アマゾンの企業ニュースのウェブサイト上では2025年6月11日現在75万台、と公表している。


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【在米リテールストラテジスト 平山幸江】


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