掲載日:2025/01/14

「2025年ウォルマートvsアマゾンをどう見るか」、「ピックルボールがイーターテイメントで拡大」他:進化を続けるアメリカ小売業界Vol.53

「2025年ウォルマートvsアマゾンをどう見るか」、「ピックルボールがイーターテイメントで拡大」他:進化を続けるアメリカ小売業界Vol.53

2025年ウォルマートvsアマゾンをどう見るか

 左:ウォルマート、右:アマゾンフレッシュ 出典:各社広報資料 左:ウォルマート、右:アマゾンフレッシュ 出典:各社広報資料

 

 アマゾンは2025年7月15日に開業30周年を迎える。図表1はウォルマートとアマゾンの創業時からの売上高の推移をまとめたものだが、アマゾンがまもなくウォルマートを全社売上で追い越すことがわかる。ご参考までに国内売上、アマゾンの収益を支えるAWSの売上推移も図表に入れてみた。

 

 図表には入っていないが2024年度第3四半期まで9か月間の総売上高はウォルマートが4957億ドル、アマゾンが4502億ドル、前年同期比はウォルマートが5.3%増、アマゾンが11.2%増だ。この成長率を2025年以降も維持すると仮定して売上高を試算すると、2026年1月期にウォルマートは7186億ドル、アマゾンは7107億ドルとその差はわずか80億ドル、2027年1月期は同じく7567億ドル、7904億ドルでアマゾンが売上を追い越すことになる。

右の数値はウォルマート2024年1月期、アマゾン2023年12月期 出典:各社アニュアルレポートより平山作成 右の数値はウォルマート2024年1月期、アマゾン2023年12月期 出典:各社アニュアルレポートより平山作成

 

 ただし、NRF(全米小売業協会)が調査した純粋な小売販売高のみで比較すると2023年、世界売上はウォルマートが6350億ドル、アマゾンが3599億ドルとかなり開きがある。その理由は図表2のように、アマゾンの売上成長を支えるのがセラーサービス、AWS、サブスクリプションフィー等非物販売上だからだ。小売事業売上すなわちオンラインストア+実店舗の構成比は年々下がっている。

出典:アマゾン社アニュアルレポート 出典:アマゾン社アニュアルレポート

 

 しかしここで米国小売業全体の現状を改めて考えてみたい。ウォルマートに限らずクローガー、ホームデポ、ターゲット、ベストバイ、ダラージェネラル、メーシーズとどの大手小売企業もオンライン売上を重視し、さまざまなオムニチャネル投資をかけている。その結果、ウォルマートはマーケットプレース事業を拡大し自社の宅配サービス、ウォルマートゴーとセラーサービス収入を拡大、ターゲットも宅配企業シップトを傘下に収め、他社に配送サービスを提供して重要な収入源としている。そしてどの小売企業もウェブサイト、モバイルアプリ、店舗を使ったリテールメディアの拡大に力を入れている。つまり、昔のようにただモノを売っていれば良いのがリテールビジネスではなく、物販を取り巻くさまざまなサービス全体がリテールビジネスを運営する上で不可欠となっているのだ。

 

 そんな時代の申し子とも言える企業がインスタカート社だ。インスタカート社は当初はホールフーズマーケット等大手スーパーマーケットのオンラインオーダーのピック・パックと宅配を行っていた。しかし当ブログ2022年3月号でも既報の通り、インスタカートはEコマース、フルフィルメント、インストア、広告、インサイトレポートサービスを統合したプラットフォームに事業転換し、自社単体ではオムニチャネル戦略に十分投資ができない大手や中堅リージョナルスーパー1500社以上と提携して、スマートカートを通じて店舗事業も支援、現在ネットスーパー取引総額ではアマゾンに迫る勢いを見せている[1]。

 

 したがってアマゾンの非物販事業のうちAWS以外については、やはり現在の小売事業で必然的に発生する売上と考えてもよいのかもしれない。この考え方を踏まえれば、総売上でウォルマートを超えるかもしれない今年は小売業界にとって重要な1年と言える。

 

【ウォルマートの店舗戦略】

 

 ここで、いったん両社の小売店舗の近況をおさらいしてみたい。小売販売の約80%が店舗売上である以上、アマゾンがウォルマートに純粋な小売売上で近づくには店舗売上拡大は必須だ。

 

[1] https://www.emarketer.com/chart/258184/us-digital-grocery-sales-share-2017-2024-of-total-grocery-ecommerce-sales

図表3 ウォルマート店舗数遷移

 

 近年ウォルマートは国内外共に店舗数を削減している。それなのに売上が伸びているのはオンライン売上拡大もあるが、不採算店舗を削減し店舗の売上効率を上げていることも大きい。その要となっているのが、世帯年収10万ドル以上の高額所得者層の開拓だ。長らく物価高や先行きの不透明感によって消費者が節約モードに入っていることが追い風となり、ディスカウンターやオフプライス業態はどこも業績が好調だが、高額所得世帯がウォルマートでも食品やマーケットプレースで買い物するようになっている。

 

 またウォルマートは膨大なテクノロジー投資を行っているが、サプライチェーンマネジメント等のインフラ整備だけでなく、モバイルアプリのグレードアップで、店内で商品がどこにあるか、在庫の有無までわかる利便性を提供したり、AR技術を使ったヴァーチャルトライオン(オンライン上の試着や家具の試し置き)サービスによって自宅でも商品購入しやすい環境を整えている。

 

 さらに、会員制ホールセールクラブのサムズクラブ全店に顧客がモバイルアプリで自分で決済できるスキャン&ゴーを導入し、増加が懸念される万引きを防ぐためのAIやコンピュータヴィジョンを使った防犯ゲートを導入するなど、ハイテクノロジーを多用して次世代の店内テクノロジーを活発にテストし、若い世代も買い物しやすい店舗、オンラインストアへと常に向上している。

 

【アマゾンの店舗戦略】

 

 一方のアマゾンの実店舗数は図表4,5の通り、増加はしているが、スマートカートによるレジレスのアマゾンフレッシュは24年春まで店舗フォーマット修正のため出店凍結し、ようやく出店モードに切り替わったところで、まだまだ数字が小さい。レジレスのアマゾンゴーは店舗数を減らしている。こちらはJWOシステムで天井や什器にカメラ、センサーを設置しコンピュータヴィジョンとAIで自動決済するシステムだが、当ブログでご報告の通り、スタジアムや空港の売店へのシステム外販に戦略がシフトしていて、今後アマゾンゴーが残るのか、あるいはフォーマットを手直しして継続するのかはこの原稿執筆の段階では不明だ。

図表4 アマゾン店舗数遷移、図表5 ホールフーズマーケット店舗数遷移

 

 ホールフーズマーケットは数年間に100店舗を追加する計画があり、加えて24年9月に小型店1号店をマンハッタンに出店、既に3~5店舗開業が決まっている。アマゾンはホールフーズをアマゾンエコシステムに統合することに膨大な時間を費やしていた。以前はアマゾンドットコム上の全く同じ商品でも価格が異なったり、ホールフーズのオンラインオーダーでも在庫数量がはっきりしなかったりと不備が多く、完全に別の企業であるかのように運営していた。しかし2021年からシステム統合が進み、現在はアマゾンドットコム上にホールフーズとアマゾンフレッシュのオンラインストアがあり、店舗でプライム会員割引価格やポイントを獲得するために必要なインストア(店内)モードもアマゾンアプリに統合され、非常に使いやすくなっている。その上、ホールフーズのレジではもしプライム会員でアマゾンワン(手のひら認証)を登録していれば、レジ開始時に手のひらをセンサーにかざすと割引、ポイントを得るだけでなく、そのまま自動的に決済できる。

 

 マーチャンダイジングについても高級ナチュラルスーパーながら価格やバリューに敏感な品揃えに整備されてきている。昔ながらのホールフーズファンやお金に糸目をつけないヘルシーグルメな顧客にとっては少々突っ込みの足りない品揃えにはなってきたが、その結果顧客層や出店地域を拡げる下地はできている。さらにアマゾンフレッシュでは徹底した低価格指向を打ち出しているので、店舗事業でハイ・ロー両方のマーケットを狙っていくだろう。

 

 アマゾンは2017年のホールフーズ買収から長い年月をかけてアマゾン流店舗事業を模索し、アマゾンエコシステムに統合するという駒を着実に進めてきた。2025年、26年とどのように伝統的小売企業に迫っていくのか、これに対してウォルマートはどう進化していくのか。今年は今まで以上にウォルマート、アマゾンの戦いがおもしろくなりそうだ。





ピックルボールがイーターテイメントで拡大

コロラド州の店舗完成予想図 出典:Chicken N Pickleウェブサイトのニュースページより 画像はYaeger Architecture制作 コロラド州の店舗完成予想図 出典:Chicken N Pickleウェブサイトのニュースページより 画像はYaeger Architecture制作

 

 テニス、卓球、バドミントンを掛け合わせたようなスポーツ「ピックルボール(pickleball)」が急増している。スポーツ・フィットネス業界協会の今年4月の調査報告によると2023年にプレイした人数は1358万人、前年比53%増で、既に野球の1670万人やサッカー1410万人に近づいている。最大の特徴は簡単にプレイできることで、18~34歳の若い世代が29%を占めるものの、子供から60代、70代のシニアまで幅広く参加している。筆者が住むニューヨークでもセントラルパーク内ウォルマンリンクは、冬はアイススケート、夏はテニスコートだったが今や夏はピックルボールコートに変わった。ピックルボールのパドルはテニスラケットと違って柄が短く持ち運びに便利で、プレイの後そのまま食事や他の用事に行ってもあまり邪魔にならないのが良い。

 

 このように誰もが簡単に気軽にできるスポーツを、イーターテイメント業界が放置しておくはずがない。イーターテイメント(eatertainment)とはイートとエンターテインメントの造語で、ボーリングやゴルフのミニコース等のスポーツ、ゲームといったエンターテイメントとレストランを複合した業態を指す。業界大手のデイヴ&バスターズ・エンターテイメント(Dave & Buster’s Entertainment, Inc.)は北米に200か所以上施設を展開するナスダック上場企業だが、平均面積4100㎡にさまざまなエンターテイメント機能を充実させるだけでなく、レストランも本格的な世界の料理を楽しめ、都会から少し離れた郊外での人気スポットになっている。

 

 このイーターテイメントのピックルボール版として店舗数を拡大しているのがチキンNピックル(Chicken N Pickle、https://chickennpickle.com/)で、2024年12月時点でコロラド州、カンサス州、ミズーリ州等中西部に11か所、2025年にはテキサス州、インディアナ州等に5か所が開業予定だが、今後ますます増えることは間違いない。屋外・屋内コートにレストランが併設されているが、ここのレストランは「ただの鶏肉料理レストランではなく、吟味された地元の素材を使ってシェフが考え抜いた調理法で料理している」[1]とケリー・オールドレッジ社長は自信を見せている。

 

 同社の成功で次々と新規企業が参入し、キャンプピックル(Camp Pickle、https://www.playcamppickle.com/)、ザ・ピックルパッド(The Pickle Pad、https://www.thepicklepad.com/)、エレクトリックピックル(Electric Pickle、https://www.electricpickle.com/)が同様のコンセプトで追従をかけている。後者2社は2025年に1号店が開業するところで、まさにこれからブームが始まるという状況だ。

 

[1] Nation’s Restaurant News, ‘Chicken N Pickle leans into the powerhouse pickleball trend’, 2024年5月6日





キム・カーダシアンの下着ブランド「スキムズ」が五番街旗艦店を開業

スキムズの五番街旗艦店 出典:平山撮影 スキムズの五番街旗艦店 出典:平山撮影

 

 日本でもよく知られているセレブ、キム・カーダシアンが共同経営する下着ブランド「スキムズ(Skims)」がマンハッタン五番街の元ヴェルサーチの館に12月11日開業した。そのオープニングパーティにはカルディB、パリス・ヒルトン他豪華な顔ぶれが大勢出席し、クリスマス直前のショッピングで賑わう五番街の一大イベントとなった。

 

 スキムズは2019年にカーダシアン氏とスウェーデンの実業家、ヤンス・グリード氏が体形を整えるシェイプウェアの下着として創業した。製品は人種や体形の多様性を受け入れるインクルーシブなデザインがコンセプトで、どんな肌色・体形の人が来ても、身体を美しく見せることを目指している。基本的に薄いベージュから濃いブラウンまで皮膚の色に合わせた色展開で、サイズ展開はXXSから5XLだ。その後Tシャツやフリース等のカジュアルウェア、2023年にはメンズコレクションも発売した。

 

 同ブランドはカーダシアン自らが製品を着て登場するアート的なビデオクリップや写真広告、インフルエンサーマーケティングの効果で初年度300万点以上を販売した。もともとオンラインストア、Net-a-porter等ラグジュアリーオンラインストア、サックスやノードストローム等百貨店への卸で販売し、昨年からは直営店舗を出店、現在7店舗だが今後海外を含めて増やす方向だ。五番街の旗艦店は120年前に建築されたフレンチルネサンス様式の優雅な白い建物で、長らくヴェルサーチがニューヨーク旗艦店として営業していた建物だ。サックスフィフスアベニュー、ロックフェラーセンターに近く、隣にはカルチェのNY旗艦店が、はす向かいにナイキ旗艦店がある。店舗は610㎡、3層で、1Fには巨大な白いギリシャ彫刻風裸体像があり、肌色のグラデーションのシンプルなデザインのブラや下着がコンテンポラリーアートのように陳列している。開業時がホリディ商戦ピークということもあり、入店には長い待ち列ができている。

 

 同社の企業評価額は2022年1月に32億ドル、現在は40億ドルでIPOの噂も絶えない。短期間にこれだけ成長したブランドだからこそ五番街の一等地のラグジュアリービルに出店できる訳だが、家賃は1スクエアフィート当たり200ドル以下、周辺の平均リース料は平均2000ドルなので10分の1とう破格だ。このような好条件を引き出せたことからもスキムズの勢いがわかる。それにしても五番街は今、ナイキ、アディダス、ルルレモン、アロヨガ等スポーツ系ブランドが立ち並び、ティファニー、ルイヴィトン等のラグジュアリーブランドも残ってはいるが少しずつ数が減っている。スキムズの出店は、ファッションの関心が「着飾ること」から「素の自分を誇ること」に移行していることを象徴している。





他社のオムニチャネル戦略が強みに?トレーダージョーズの成長戦略

トレーダージョーズ、マンハッタン・アッパーウェストサイド店 出典:平山撮影 トレーダージョーズ、マンハッタン・アッパーウェストサイド店 出典:平山撮影

 

 トレーダージョーズは日本に店舗が無いにも関わらず、日本人に大人気のスーパーマーケットだ。アンティーク調だがポップな絵柄の99セントのエコバッグは米国土産の定番だ。同社は中小企業でもネットスーパーがデフォルトな米国スーパーマーケット業界で、未だにオンラインストアを持たないため、週末は店内が大混雑するがそれでも客足が途絶えることは無い。

 

 人の地理的移動を調査分析するPlacer.aiによると2024年に主要小売企業の月次来店客数が毎月前年より伸びていたのはトレーダージョーズくらいで、8月は業界平均の来店客数前年比3.0%に対し同社は8.7%を記録した。この傾向は昨年から顕著だという。そのグラフが下にあるが、紫がトレーダージョーズ、黄が業界平均だ

出典:Placere.ai, ‘Trader Joe’s: continuing to thrive in 2024’, 2024年10月2日 出典:Placere.ai, ‘Trader Joe’s: continuing to thrive in 2024’, 2024年10月2日

 

 同社はTV広告などマスマーケティングを一切行わず、未だに紙のフライヤーと自発的なファンクラブによるSNS上の口コミで人気を保っている。広報活動も積極的ではないので、詳細がヴェールに包まれている部分もあるが、今年は同社ウェブサイトによると42店を出店した。ウェブサイト上で公開するポッドキャストで同社マーケティングディレクターのタラ・ミラー氏は「現在当社は店舗数を増やしている」ことを認め、マーケティングVPのマット・スローン氏は「当社は1000店舗を目指している訳ではないが、現在1000件以上の物件を調査している」と述べた。場所の選定については、他社同様に人口密度の高さや遠方からも集客しやすい場所を優先し、確実に収益化できるかどうかを最優先し店舗数目標達成のために出店を急ぐことはしない。

 

 昨今の出店加速だけでなく、トレーダージョーズは最近新商品の投入数を増やし、市場であまり見ない商品も多いという。メディア、Eat This, Not That!が選んだ2024年トレーダージョーズ新商品トップは「日本風スフレチーズケーキ(注:日本の一般的なチーズケーキのこと)」「鶏肉のベーコンのランチディップ」「スパイシーな縮れ麺」「コーヒー味パンナコッタ」「バブル・ワッフル」等がある。また日本へのお土産でも大人気のキャンバストートバッグのミニ版、クーラーバッグのミニ版を始め、雑貨の新商品も数多く投入している。

 

 既に全米に500店舗以上あるのに未だにファンが途絶えず、出店コールがやまないのはやはり、継続的な新しく美味な商品の投入、低価格、活気があり何となく楽しい雰囲気の店舗、そして何よりも「店舗でしか買えない」という希少価値性だろう。なお「店舗が小型で買い物を短時間に済ませることができる」点も成功理由の1つとしてよく指摘される。従来小売業界では、小型店はワンストップショッピングできない点が不利とされてきた。例えばトイレットペーパーや洗濯洗剤は同社ではPB1種類しかない。それでも問題ないのは「他のブランドが欲しければ、他社のオンラインストアで買えばいい」からであり、「Eコマースやオムニチャネル戦略に投資せずに、その分、お客様の希望の多いところに新規出店に投資する」という独自の成長戦略は、2025年も強みを発揮しそうだ。







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【在米リテールストラテジスト 平山幸江】


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